上 下
532 / 1,360
螺旋編 五章:螺旋の戦争

歪みの始まり

しおりを挟む

 マギルスと同行する『青』が、話をしながら通路内を歩いていた頃。

 同じ地下内部に侵入していたシルエスカは、子供達と別れた後に地下自然の中に紛れた東側の通路を発見し、四十名程の兵士達を率いて通路内を索敵しながら都市の浮遊施設を捜索していた。
 しかし入り口にしていた西側の通路と内装は変わらず、特に目立った施設も無いまま長い通路を歩く一行にも、流石の焦りの色が見え始めている。

「――……施設らしい設備が、何も無いですね」

小型索敵機レーダーにも、魔導反応は確認できません……」

「部屋もない、通路だけだ……」

「……」

「元帥。ここに第一目標が、本当にあるのでしょうか……?」

 不安の声を漏らす兵士達の声に釣られるように、第十部隊の隊長がシルエスカに尋ねる。
 その問い掛けに目を細めたシルエスカは、簡素に短く答えた。

「無いから探すのだ。焦る気持ちは分かるが、警戒を解くな」

「は、ハ……ッ。申し訳ありません」

「だが、焦るお前達の気持ちは分かる。……方角的には、都市の中央部に向かっているはずだ。もし地下ここに無いのなら、エリクが目指した塔の上に第一目標が在るという事になるだろう」

「……!」

「エリクが無事に侵入する事が出来ていれば、向かっているはずだ。……我々は、今の我々が果たせる事をやり遂げよう」

「……ハッ!!」

 兵士達の士気を維持する為に鼓舞するシルエスカは、先頭を歩きながらそう述べる。
 その鼓舞を受けて気を引き締めた兵士達は、シルエスカの頼もしい背中を庇いながら周囲を索敵し、通路内部に照明を照らしながら捜索を続行した。

 それから更に十数分以上が経過し、シルエスカと兵士達は何度か行き止まりに辿り着く。
 壁を焼き貫こうとシルエスカが槍を振るったが、その壁の奥には黒い魔鋼マナメタルで覆われ、破壊する事が叶わなかった。

「……無理か」

「元帥……」

「仕方ない。戻って別の通路を探る」

「了解しました」

 そうして道を戻る事になり、中央へ向かい方角から逸れる形でシルエスカ達は通路を進む。
 しかし幾度も同じような行き止まりに遭遇し、その度にシルエスカが槍を振るい焼き貫こうとしたが、魔鋼マナメタルの壁に阻まれてしまう。

 ついに中央部へ向かえる通路は全て行き止まりである事が判明し、シルエスカ達は渋い表情を浮かべていた。

「ここもダメか」

「……これ程の強固な壁を設けているということは、間違いなくこの先に何かがあると考えるべきでしょうが……」

「突破できなければ、意味は無いか」

「はい。……やはり地上都市の地面に穴を作り、降下するしかないのでしょうか?」

「……」

 隊長の言葉を受けたシルエスカは、首を小さく横に振りながらも思考する。

 この通路が地下の中央部へ繋がっていない以上、ここに居る意味は無い。
 隊長が述べる通り、地上へ戻りマギルスやエリクと同じ方法で地下に侵入する以外、地下中央部へ辿り着く事は不可能だとシルエスカも考えていた。

 シルエスカは思考する表情を止め、戻る事を決断する。
 それを命じようと振り返った瞬間、シルエスカの聴覚はある音を聞き取った。

「――……仕方ない。戻る――……!?」

「……元帥?」

「……今、声が聞こえた」

「!」

「戻る通路だ。……全員、警戒しろ」

「ハッ」

 そう命じたシルエスカは、赤槍を持ったまま再び戻りの道を先に歩く。
 銃を構えながら歩き進む兵士達も、声の正体を探る為にシルエスカへ付いて行った。

 それから戻るにつれて、シルエスカが聞こえた声が兵士達の耳に入る。
 誰かが喋りながら通路内を歩き、それが鉄の壁で覆われた通路に反響してシルエスカ達にも響き聞こえていた。

 足音を殺しながら進むシルエスカ達だったが、十字路がある場所まで戻る頃合いにはその声が途切れる。
 それと同時にシルエスカは手に持つ赤槍に力を込め、空いている左手で手信号ハンドサインを兵士達に送り伝えた後、赤槍を構えて高速で走り抜けた。

 そして十字路を抜けた瞬間、曲がり角でシルエスカの眼前に巨大なやいばが襲う。
 警戒していたシルエスカは眼前に迫る刃を見切り、右手に握る槍を分裂させて左手に握る短い赤槍で刃を弾きながら防ぎ、長い赤槍で刃を放った持ち主が居る角度を突いた。

 それと同時に互いが互いを視認し、両者は驚きの目を向ける。
 シルエスカの長い赤槍は相手の持つ武器の柄で弾き防がれ、そして互いに飛び退きながら距離を保って向かい合った。

「――……マギルスか!」

「あれ? シルエスカお姉さんだ!」

 暗闇の通路で互いに攻撃を加えた相手をはっきりと見据え、互いに驚きの声でそう呼ぶ。
 互いに気配の殺し方が上手く、手練れだった故に同士討ちをしそうになった二人は、すぐに矛と刃を下げて歩み寄る。
 そして遭遇したマギルスに先に尋ねたのは、シルエスカからだった。

「……どうしてお前がここに?」

「僕? 僕はね、なんか降りてったら黒いのに飲み込まれて、気付いたらキメラがいた場所で戦って、それから赤いのを見つけて、あとは――……」

「……色々と遭った事は分かった。……お前の後ろに居るのは、誰だ? エリクではないな」

 シルエスカはマギルスの話を聞きながら、その後ろに控えているもう一人の存在に気付く。
 説明をしていたマギルスは思い出したように振り返り、その人物の事を教え呼んだ。

「黒いのに囲まれた場所で、出口を探してたらね。あのおじさんを見つけたんだ」 

「……?」

「『青』のおじさん、こっちにおいでよ!」

「!?」

 マギルスが呑気にそう伝え、シルエスカは驚愕を浮かべた後に表情を強張らせる。
 そしてマギルスの後ろから出て来たもう一人が、その周囲に白い魔力の光を浮かべて照明とし、シルエスカの前にその姿を晒した。

 その様相は、三十年前に皇国でシルエスカが対峙した『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフと同じ服装。
 そして手に持つ錫杖も見覚えがあり、更に長い青髪を揺らした三十代前後の長身男性が姿を見せた。

「――……シルエスカ」

「お前は……!?」

 『青』と元『赤』の七大聖人セブンスワン同士が再び相見あいまみえ、シルエスカは下げていた長い赤槍の矛を意思のまま向ける。
 突くように向けられた赤い槍を見据えた『青』は構えず、そのままシルエスカから呼び掛けた。

「貴様が、今の『青』か?」

「違うな、『赤』のシルエスカ。……いや、元『赤』なのだな」

「なに……?」

「どの代の『青』も、全てが儂だったというだけのこと」

「……!?」

「このおじさんが、最初の『青』なんだって。それで、ずっと違う身体で『青』をやってたんだってさ」

 二人が向かい合い対峙しようとしている間に、マギルスが入り『青』の説明をする。
 それを聞いたシルエスカはガンダルフの死後に起こっていた『青』の七大聖人セブンスワンに関する継承の不可解さを思い出し、改めて目の前に居る人物が何者なのかを察した。

「初代『青』の七大聖人セブンスワン……。……まさか、ガンダルフもお前が……!?」

「その通りだ」

「ッ!!」

 そう告げる『青』に、シルエスカは憤怒の表情を宿して赤槍に炎を灯す。
 そして憤怒のまま飛び掛かり襲おうとした時、マギルスが間に割って入り止めた。

「待って待って!」

「止めるな、マギルス! コイツは魔導国の実質的な頂点トップ! 事を起こした元凶だッ!!」

「違うよ! 『青』のおじさんも、アリアお姉さんにやられて閉じ込められてたんだって!」

「そんな嘘で騙されてどうする!?」

「もう! 本当なんだってばぁ!」

 『青』に憤怒を向けて赤槍を振るおうとするシルエスカと、それを止めようとするマギルス。
 互いに『青』の存在に関する思い入れの違いから相反した態度となり、思わぬ衝突を起こした。

 その騒ぐ声を聞いて兵士達も通路へ飛び込み、銃を構えて三名を見る。
 そしてマギルスが庇う青い服の男と、それと対峙し武器を向けるシルエスカを見ながら、困惑の表情を浮かべた。

「……あの少年は……! 元帥、この状況はどういう……!?」

「奴は『青』の七大聖人セブンスワンだ!」

「!?」

「もー! どんどん人が多くなって、ややこしい!」

 人が増え、更に状況説明が出来なくなったマギルスは、面倒臭さを感じながら怒る。
 そうしたマギルスの後ろ姿と、対峙する兵士達やシルエスカを見ながら、『青』は嘆息を漏らして言葉を述べた。

「――……儂はもう、お前達と敵対する気は無い。シルエスカよ」

「どの口が言う……! 皇国であのような企みを行い、地上の国々に魔導人形ゴーレムを送り込み、我々を滅ぼそうとしている貴様が……!」

「シルエスカ。お前は七大聖人セブンスワンに刻まれる聖紋《サイン》の制約を忘れたか?」

「!」

七大聖人セブンスワンは人間大陸を守護する存在。その身に宿る聖紋サインは誓約により様々な恩恵が得られる反面、制約に反する意思を持ち実行しようとすれば、刻まれた聖紋サインの拒絶反応によって衰弱し、長くも無い時で死に至る」

「……!!」

「儂が人間を滅ぼそうなどと少しでも考え至れば、儂に刻まれた聖紋サインが儂の肉体と魂を殺す。……儂はアルトリアの企てには、加担しておらん証明になるだろう」

「だが! 貴様は【結社】を組織し、様々な悪事を各国で行い、多くの人命を損ねた! 二十五年前に起きたガルミッシュ帝国が催した和平式典の襲撃を手引きしたのも、貴様だろう!?」

「違う。アレはまた、別の意思を持つ者の思惑だった」

「そんな嘘に騙されるか! あの襲撃さえ起らなければ、アルトリアもああはならなかった!」

「……」

「それにこの企みにはミネルヴァが加担し、人間を滅ぼそうとしている! ……貴様のことだ。制約に反しても聖紋サインの反動を受けぬように、細工を施しているのだろう!」

「……このまま儂が否定しても、お前は信じぬのだろう。埒が明かぬな」

 強硬にシルエスカは疑い、『青』はそれを聞いて嘆息を漏らしながら首を横に振る。
 そうして口論を交える最中、マギルスはシルエスカが不可解な事を述べた事を聞いた。

「……ねぇねぇ、シルエスカお姉さん」

「なんだ!?」

「帝国と王国が戦争した時に、アリアお姉さんに何かあったの?」

「!」

「僕、アリアお姉さんがその時くらいに同盟国そっちに来てたのは聞いたけど、帝国と王国の戦争とか、それでマシラの王様が死んだとか、そういうの『青』のおじさんに初めて聞いたんだよね」

「……」

「もしかして、シルエスカお姉さん達。僕達に何か隠してない?」

 マギルスがそう尋ねると、シルエスカは途端に口を噤む。
 そうした態度と渋い表情を見せるシルエスカに怪訝な顔を向けるマギルスは、後ろに居る『青』に尋ねた。

「『青』のおじさんは、何か知ってる?」

「ああ。……なるほど、お前達は話しておらんのだな。シルエスカよ。……まぁ、お前達から話せぬ理由も理解は出来るが」

「……ッ」

「何があったんだね?」

「単純な話だ。……記憶を失ったアルトリアは、ルクソード一族の呪縛からは逃れられなかった」

「え……?」

「王国との和平式典で襲撃を受けたガルミッシュ帝国は、ルクソードの血脈である皇帝と皇后、そしてアルトリアの兄である宰相を失った。そこまでは話したな?」

「うん。それから帝国と王国で戦争が始まったんだよね?」

「それと並行し、ある物事も進んでいた。……皇帝の跡継ぎである皇太子も式典に参列したが、襲撃後の混乱で行方が分からなった。そして王国以上に帝国内が大混乱に陥った。それを落ち着かせる為にも、また王国に対する復讐戦を行う為にも、残る者達は新たな皇帝が立てる必要がある。……その矢面に立たされたのが、記憶を失っていたアルトリアだった」

「!」

「帝国で保護されていたアルトリアは神輿みこしにされ、数多の人命を奪う戦争の中心に放り込まれた。……その結果、アルトリアの人間性は間違いなく歪んだのだろう」

「歪んだ……?」

「アルトリアは女帝とされながらも、戦場ではまるで兵器のように扱われた。……そして五万以上の大軍勢で攻め込む王国兵と王国民の混成軍を、たった一人で瞬く間に殲滅したという」

「!」

「それだけではない。逆侵攻を開始し王国領へ侵攻した帝国軍だったが、それを率いているはずのアルトリアが帝国兵も殺め始めた」

「……!?」

「アルトリアに何があったか、儂にも詳しくは分からぬ。……しかし、その時からであろう。奴が人間を殺し尽くす事を考え至り、世界を滅ぼす計画をくわだてたのは……」

 『青』から語られる記憶を失った後に起こったアリアの話に、マギルスは驚きを浮かべ、シルエスカは渋い表情を更に下へ向ける。
 それを聞いていた兵士達も初耳の話であり、全員が『青』の話に耳を傾けていた。

 それは、記憶の無いアリアが歪んだ原因。
 そしてそれこそが、アリアが世界を憎悪する理由きっかけでもあった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,071

マイベイビー(傲慢王子は、偽装愛人少年を溺愛する)

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:75

甘い失恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:35

僕は花を手折る

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:74

処理中です...