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螺旋編 五章:螺旋の戦争
箱庭の秘密
しおりを挟むマシラ共和国が在る大陸に流れ着き、ゴズヴァールと出会い闘士となったマギルス。
その出生の秘密が『青』の七大聖人の細胞で複製した合成聖人であり、それに精神生命体の首無族が憑依した事で、マギルスという人格を形成し得た。
自身の出生を思い出し、右目から涙を流すマギルスは『青』を見る。
その出生を明かした『青』は一度だけ頷いた後、再びマギルスに語り掛けた。
「――……どうやら、思い出したか」
「……なんで僕、忘れてたんだろ……?」
「恐らく複製に自我が芽生え、その精神が魂を形成しようとしたのだろう。そこに首無族が憑依した為に、複製の不完全な魂と、お主の魂が融合してしまい、記憶と意識が混濁したのかもしれぬ」
「魂が、融合なんてするの?」
「事例はある。しかし普通ならば、別々の個体が形成した魂が融合すれば長く無い間に破綻を起こし、魂と共に精神と自我が崩壊する事もある」
「!」
「故に、まだ不完全だった複製の魂と融合した事が幸いだったのだろう。基本の魂は首無族のモノとなり、その表層の奥に複製の自我が溶け込んだと考えるべきだな」
『青』が事の起こりを説明し、マギルスという存在が生まれた過程を推測しながら話す。
それを聞いたマギルスは右腕の袖で涙を拭い、改めて『青』の顔を見上げる。
しかし先程のような涙は無く、今度は不敵に微笑むマギルスから『青』に話し掛けた。
「――……それで『青』のおじさんは、複製の身体を乗っ取りたいの?」
「いいや。こうして儂の身体を動かせる以上、複製は不要。必要であれば、また作ればいい」
「えー。僕の身体、アリアお姉さんより強いかもよ?」
「ふっ」
「むっ。なに、その笑い?」
「老いぼれた複製にも負けた小僧が、随分と粋がると思ってな」
「むぅ! 今だったら楽勝だもんね! 試してみる!?」
「それよりも、出口へ向かうとしよう」
「えー! やろうよ! 再戦したい! さーいーせーん!」
「儂はもう、戦わぬよ」
「そんなこと言わないでさぁ! この作戦が終わったら、もう一度だけ僕と戦おうよぉ!」
「作戦?」
「あれ、そういえば言ってなかったっけ? えーっとね――……」
マギルスは『青』に状況の説明をしていない事を思い出し、手早く短めに自分達がここに来ている理由を話す。
歩みを戻した『青』は黙ってマギルスの話を聞き、それが終わった後に呟くように述べた。
、
「――……っていうのが、僕達の作戦!」
「……大胆な作戦ではあるが、確証も無い情報だけで見通しも無いまま計画を進めるとは、甘いと言わざるを得んな」
「む?」
「まず、魔導人形を製造している施設を破壊したとしても無意味だ」
「え……?」
「機械仕掛けの魔導人形など、所詮は劣化品に過ぎん。完成品が出てくれば、この都市に侵入している者達は瞬く間に殺されるだろう」
「劣化品? 完成品ってなに?」
「恐らくお前達が戦っていたのは、劣化ミスリルの魔導人形ではないか?」
「うーん。確か、そんな感じの奴だったかも! 銀色のやつ!」
「アレも、儂の研究からアルトリアが奪った技術に過ぎぬ。……最も恐るべきは、その完成品。そして箱庭の防衛機能だ」
「しすてむ?」
「ある条件を満たした時、箱庭の防衛機能《システム》が起動する。……それが起動した時、お前達の作戦は失敗に終わるのだろう」
「むぅ、起動したら何が起こるのさ? それくらい教えてよ」
頬を膨らませながら訴えるマギルスに、『青』は短い嘆息を漏らす。
そして通路の角を曲がった後、『青』は自分が知る事を教え始めた。
「……この内壁を覆う黒い金属。魔鋼《マナメタル》と呼ばれる金属は、とてつもない魔力を含んだ金属だ」
「あの黒くて硬いのが? ……でも、凄い魔力は感じなかったよ?」
「お主は宇宙を見て、その広さを実際に知り、感じ取れると思うか?」
「……うーん。無理かも」
「我々程度の存在と認識能力では、魔鋼が内包する魔力を感知する事は出来ない。……仮に出来たとしても、生物の脳ではその膨大な情報を受け止め切れず、良くて脳が破壊され廃人となるだろう」
「えっ、そんなにヤバいんだ。……じゃあ、僕は感じなくていいや」
「それがいい」
「それで、そのマナメタルっていうのがどうしたの?」
「魔鋼は固形金属ではなく、流体金属。様々な形状へ自在に変わり、様々なモノを作り出す。……それこそ、内包する魔力は自然を育み、生命すらも生み出す事も可能だろう」
「!」
「劣化品が失われた程度で、アルトリアの手足を切り取れたなどと驕るのは早過ぎる。アルトリアにとって儂の魔導人形など、単なる捨て駒にしか過ぎぬのだ」
そう告げる『青』の言葉に、マギルスは表情を強張らせる。
今回の作戦で破壊目標となっていた二つを破壊しても、今のアリアを止める手段にはならない。
むしろ今の手足を切り取る事で、更に厄介な手足が生えて襲って来る可能性がある。
それを聞いたマギルスは考えながら進むと、唐突に立ち止まった『青』の背中にマギルスは顔から追突した。
「――……ぶっ。……ちょっと、なんで止まるの?」
「ここが出入り口だからだ」
「え?」
『青』の言葉にマギルスは首を傾げ、広い背中の横から顔を出して正面を見る。
そこは何も無い行き止まりの部屋であり、施設らしいモノも無い。
そんな部屋を出入り口と言う『青』に、マギルスは訝し気な視線と表情で聞いた。
「……扉も、何も無いじゃん!」
「扉など、ここには無い」
「じゃあ、出入り口じゃないってこと? ……僕を騙した? だったら首、取っちゃうよ?」
「騙してなどいない。……この部屋の中心に来なさい」
「えー……」
そう言いながら部屋の中心部に歩み進む『青』に、マギルスは訝し気な表情のまま付いて行く。
そして二人が部屋の中心に辿り着いた後、『青』の持つ錫杖に刻まれた紋様が光りだし、それと同時に部屋全体が魔法術式を模った紋様を浮かび上がらせながら白い光を放ち始めた。
「!」
「転移の魔法陣。儂が刻んだモノだ」
「これが転移魔法なの?」
「そうだ。この錫杖は、施設内部を通行する為の鍵でもある。……どうやらアルトリアは、ここまでは弄っていないようだな」
「なるほどね。転移魔法がドア代わりなんだ」
「そうだ。……では、行くぞ」
「あっ、ちょっと待って!」
「?」
「もう一つ、聞きたい事があったんだけどさ。僕が入って来た地下に、すっごく大きな赤い水晶みたいなのがあったんだけどね。それがこの都市を浮かべてる施設なの?」
「……いいや、違うな」
「そうなの?」
「恐らくそれは、死者の魂を魔力に精製し、凝縮している核だろう」
「……死者の魂を、凝縮?」
「儂の研究を奪ったのならば、アルトリアは殺した者達の魂を集め、アレも作り出そうとしているはず」
「アレって?」
「儂が考案し、あの砂漠で実験していた対魔族用の兵器だ」
「!」
「死者の憎悪。それによって魂から生み出される瘴気は大地を汚し、生命の育みを妨げる。……その瘴気そのものを撃ち放ち、それに飲まれた生命は根幹である魂を瘴気に汚染され、死に絶えるという兵器だ」
「……エリクおじさんが言ってた。僕達が螺旋の迷宮で怨念に飲まれて、瘴気を浴びて死に掛けたって……」
「恐らく瘴気で、フォウル国と魔族を滅ぼすつもりなのだろう。魔人と魔族だけは、魔導人形程度では容易く滅ぼす事は叶わぬだろうからな」
「じゃあ、壊した方がいいかな? 戻っていい?」
「迂闊に壊さぬ方がいい。お前達が地上の者達を救いたいのならな」
「どういうこと?」
「アレを破壊する場合、下手をすればこの都市だけではなく、地表の人間大陸全てが漏れ出た瘴気に覆われ、死の世界となるだろう」
「!」
「儂を言葉を信じられぬなら、壊すとよかろう。儂は止められる立場ではない」
そう告げる『青』の言葉に、マギルスは少し考えながら首を捻る。
そして何度か唸る様子で悩んだ後、マギルスは目と口を開いた。
「……うーん。いいや、壊さない! ……でも、それじゃあ。都市を浮かせてる施設ってどこなの?」
「箱庭そのもの。魔鋼自体が、浮遊機能を有するモノとなっている」
「えー。じゃあ、壊せないの?」
「箱庭を起動し権限を掌握しているアルトリアを殺すか、あるいは従えさせる事が叶えば、浮遊機能も停止し都市は落下するだろう。それはあり得ぬがな」
「そうなんだ。……じゃあ、アリアお姉さんを殺すしかないのかぁ」
「……では、行くぞ」
「はーい!」
マギルスは赤い核を破壊する事を諦め、『青』に同乗する形で転移の魔法陣に乗る。
それに応じた『青』が錫杖を振った瞬間、部屋全体に施された術式が再び輝き、二人の周囲に白い魔力の粒子が集った。
そして数秒後、二人の周囲の結界が張られながら姿が消える。
こうしてマギルスと『青』は、転移魔法で地下から脱出する事に成功した。
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