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螺旋編 五章:螺旋の戦争
マギルスの正体
しおりを挟む兵士達が目撃した地上都市の変化が起こる、少し前。
魔鋼で覆われた地下施設内で遭遇し同行する事となったマギルスと『青』の七大聖人は、通路内を歩き出入り口となる場所を目指していた。
長身の『青』の後ろを移動するマギルスは、変わり映えのしない通路の光景に見飽きて『青』の背中を見ながら歩く。
そんなマギルスに対して、『青』は不意にこんな事を話し始めた。
「――……マギルスと言ったか」
「うん?」
「三十年程前。儂はマシラで、お主を見た事がある」
「えーっと……アリアお姉さんが来た時? そういえば、『青』のおじさんも居たんだっけ」
「うむ。……儂はその頃、組織を動かしながら皇国のランヴァルディアを支援し、国から出たアルトリアを注視していた」
「それと僕が、何か関係あるの?」
「いや。その二つの件は、お主に何の関係も無い。……関係があるとすれば、儂とお主の関係であろう」
「僕とおじさんが? 僕、皇国以外でおじさんと会った事ないよ?」
「儂も今のお主とは、その時に初めて向かい合った」
「じゃあ、僕と『青』のおじさんは何も関係ないじゃん」
唐突な『青』の話題に、マギルスは首を傾げながらそう話す。
それを聞いていた『青』は歩みを止めずに、背中を見せたまま話を続けた。
「……儂の複製人間の話は、先程したな?」
「おじさんの身体を元に作った人間だっけ?」
「厳密に言えば、複製等は儂の細胞を純粋に使用しているわけではない」
「純粋じゃない細胞?」
「人が子を成すのと同じように、儂は種と種を生み出す為に遺伝子配合を行い、儂の魂に適した複製を精製していた」
「……言ってることが分かんない。もっと分かり易く!」
「要は、聖人である儂の細胞と別の人間などから採取した細胞を組み合わた、聖人の合成人間を複製していたのだ」
「!」
「組み合わせる人間は、儂が過去に採取した優秀有能な者達の遺伝子を含む細胞。その中で幾つかの失敗を繰り返し、時代毎に適した複製を作り続けた。……そして失敗作とも言うべき複製は、誰にも暴かれぬように廃棄していた」
「ふーん」
「……しかし、ある年。儂が製造していた複製の一体が、実験中に行方不明になった事がある」
「行方不明? なんで?」
「複製は出来次第で、魔法の行使能力も大きく変化する。儂に適した最も性能の良い複製を選ぶ為には、肉体能力や魔力耐性、そして環境適応力に対する性能実験が不可欠じゃった」
「へぇー。でも、なんで複製が行方不明になったの? 逃げ出しちゃったの?」
「複製は魂を持たぬ。儂の代替品としか用いぬ故に、そうした要素は省き製造していた。……しかし、魂が無くとも生命。何かがきっかけで自我が生まれる事が稀にある」
「自我?」
「意思、とも言うべきか。……その行方不明になった複製も己が意思を持ち、実験の最中に行方を眩ませた」
「ふーん。よっぽどおじさんの依り代になりたくなかったんだね。その複製の人」
「そうらしいな。……なにせ、今は別のモノを憑かせておるくらいだ」
「別のモノ?」
そう話す『青』の言葉に、マギルスは不思議そうな表情を浮かべる。
そして立ち止まり後ろを振り向いた『青』は青く長い髪を靡かせ、マギルスの青い髪とその顔を見て告げた。
「――……その行方不明の複製が、お主だ。マギルスよ」
「……え?」
「お主を初めて見た年より十数年前。儂は複製を幾つか連れ出し、とある孤島で性能実験を行った。そして一体が行方を眩ませた」
「……」
「お主の青い髪、そしてその顔や姿。儂の幼い頃の姿と一致する部分が多い。……あの時に見たお主の成長した姿を時期的に見ても、儂が作り出した複製である事は間違いないだろう」
「……そんなの、嘘だよ」
「儂も皇国でお主と対峙した時、まさかあの時の複製が首無族に憑かれているとは考えもしなかった。……しかし改めて今、お主を見て確信した」
「憑いてるって、なに……?」
「自覚が無いのか?」
「だって、僕。気付いたら魔物とか魔獣がいっぱいの森に居て、傍に鎌が置いてあって、あの馬がいて……」
「首無族は、魔大陸の中でも希少種族。半精神生命体と呼ばれ、普通の精神生命体とは違い魔力だけでは肉体を形成できぬ。故に、数多の命が散った戦場跡を彷徨い、討ち捨てられた死体や鎧を使い、自身が動かせる仮初の肉体を得ていると云われている」
「!」
「どうやらお主が選んだのは死体でも鎧ではなく、儂の複製だったようだ。……あるいは魂の無い複製だからこそ、その肉体に憑けたとも言えるかもしれん」
「……」
『青』にその事を告げられたマギルスは、衝撃のあまりに言葉を失くす。
そしてその言葉がきっかけとなり、記憶の片隅に残る僅かな記憶が脳裏に浮かび上がった。
それはまだ、自分が自分では無かった頃。
とある孤島の樹海で彷徨う、自分に似た少年の姿だった。
『――……ハァ……。ハァ……』
その時に樹海の中を彷徨うように歩く青髪の複製は、十歳前後の姿。
培養液内で一定の年齢まで育ち、まだガンダルフと呼ばれていた当時の『青』によって転移し実験場として孤島に連れて来られた後、その複製は実験の最中に逃亡した。
虚ろな目をした複製は擦り傷や裂傷を幾つも抱え、何度も転びながらも必死に走る。
そして孤島の外側を移動し、崩れた崖に足を取られて海の中へ落下した。
複製はそのまま泳げずに波へ流され、傍に流れていた漂木に掴まる。
そしてそのまま流され続け、何も飲まず食わずで二日程を海の上で過ごした。
そして二日後の夜、複製はある砂浜に辿り着き、そこで力尽きるように砂に埋もれて倒れ込む。
力の入らない身体を動かせず、虚ろな目をしながら複製は口をパクパクと動かしていた。
そんな時、複製の傍に一つの青い光が灯る。
それが複製の周囲を回り、倒れても口を動かす複製の横顔を覗き込むように動いた。
『――……たい……』
『……』
『……いき、たい……』
そう呟き、虚ろな目で涙を流す複製の声を青い光が聞く。
そしてその願いを叶えるかのように、複製の身体にその青い光が入り込み、その身体が青い光を放った。
数分後、複製だった少年は埋もれていた砂浜から起き上がる。
その身体には傷は残っておらず、またその傍には身体より大きな大鎌が砂の上に置いてあった。
そして青い髪を揺らしながら周囲を見回し、その少年は首を傾げて呟く。
『……ここ、どこだっけ。……僕、誰だっけ……?』
『――……ヒヒィン』
『うわっ! お前、誰!?』
『ブルルッ』
少年はここが何処なのか、そして自分が誰なのかすら分からない。
そして傍に居た透明な青い馬を見て驚き、傍に落ちていた大鎌を拾い、近くの大森林で過ごす事となった。
そこで数多の魔物や魔獣と戦い、大自然の中で少年は生き残る。
そして娯楽も無い森の中で戦いを遊びとし、倒した魔物や魔獣を喰らい、同じ大陸に居たゴズヴァールが赴くまで俗世と離れた生活を送っていた。
そして九年後。
その大森林の中で魔獣を狩る子供が目撃され、その報告が同じ大陸に在るマシラ共和国に届く。
噂の内容から魔人である可能性を考えたゴズヴァールは直接その場所に赴き、青髪の少年と出会う事になった。
「――……!」
それを思い出したマギルスは、右目から涙が零れている事に気付く。
涙を拭うように右手の人差し指を這わせると、マギルスは振り絞るような声で呟いた。
「……そうだ。僕は……」
「……」
「僕は、海に落ちて。……それから、あそこに辿り着いて……」
「……」
「……そうだ。僕は、あの時に『僕』になったんだ……」
マギルスはそう話しながら、『青』に視線を向ける。
『青』はマギルスの気付きと片目から涙を流す姿を見て、静かに顔を頷かせた。
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