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螺旋編 五章:螺旋の戦争

神に至る者

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 記憶を失った三十年後のアリアと対面したエリクだったが、その関係性は修復不可能なモノとなっていた。
 過去の自分アリアを求められ続けた今のアリアは人間性を歪め、人間に対する憎悪を宿してエリクと完全に敵対する。

 対峙するエリクは何とか争いを避けようとしたが、聞く耳を持たないアリアは絶え間の無い攻撃魔法を放つ。
 辛うじて致命傷を避けるエリクだったが、アリアの魔法は確実にエリクを追い詰めていた。

「――……死になさい」

「ッ!!」

 天上の自然に設けられた森の中で、エリクはひたすら逃げる。
 それを緩やかな歩みで追うアリアだったが、身に着ける魔道具と服の術式から放たれる魔法が確実にエリクを捉えていた。

 地面から突き出す鋭利な土杭が顔面を狙い、エリクの頬を霞め血を流させる。
 そして新たに出て来る土杭を回避しようとエリクは中空に跳ぶと、上空から吹く凄まじい突風が周囲の木々の葉や枝を折り飛ばし、それ自体が鋭利な武器となって全身を襲い突いた。

「ガ……ッ、グゥ!!」

「まだ生きてる、しぶといわね。……そういえば、魔人とか言ってたかしら?」

 風属性の魔力が込められた鋭利な枝と葉が服の上から突き刺さりながらも、エリクはそれを耐え凌ぐ。
 そして咆哮を上げながら生命力オーラを身体全体に滾らせ、強化し僅かに膨れた肉体から突き刺さった枝や葉が抜け落ちた。

 それでも突かれた全身から血を流し、魔力の攻撃を防ぐミスリルの防護服を突破するアリアの攻撃にエリクは息を吐く。
 そんな中、なかから呼び掛ける制約コピーのアリアがエリクに話し掛けた。

『――……あいつ、エリクの服が魔力を用いた攻撃の耐性が高くても、こういう物理攻撃に弱い事を見抜いたわね』

「……ハァ……ッ。……どういう、ことだ?」

『このミスリル製の服は、魔力を用いた衝撃や攻撃に対する耐久性は高い。でも、物理的な……さっきみたいな自然物を利用した攻撃で切断されると、少し頑丈な服と変わらない防御性能しか得られないの』

「……」

『しかも、丁寧に服で覆えていない顔や傷口を集中攻撃。嫌な奴ね』

「……ふっ」

 制約コピーのアリアが今現在の自分アリアに対する皮肉を述べ、エリクは思わず口元を微笑ませる。
 それを歩みながら近付いていた今のアリアは、エリクが笑った事に気付いて眉を顰めて苛立ちの視線を向けた。

「何を笑ってるのよ?」

「……」

「まさかアンタ、そういう趣味なワケ? 止めてよ気持ち悪い。前の私も、随分な変態やつを傍に置いてたわね」

「……アリア」

「その名で呼ぶな」

 エリクが名前を呟いた瞬間、今のアリアは冷たさを含んだ殺気を込めてエリクを睨む。
 それを受けたエリクは、マギルスが話していたアリアの殺気がコレだという事を悟った。

 その冷たい殺気と同時に、アリアがおもむろに右腕を軽く上げ、右手の人差し指をエリクに向ける。
 その動作を見た瞬間、エリクは背筋に悪寒を走らせ、なかのアリアが警告を発した。

「!!」

『逃げて!』

 警告を受け自身の悪寒に気付いたエリクは、咄嗟に左方向へ跳び避ける。
 その瞬間、アリアの指先から特大の白い魔力が放たれ、エリクが居た場所を中心に半径十メートル以上の自然が吹き飛ばされた。

 射程外から辛うじて逃れたエリクは、驚愕しながらもすぐに身を隠してアリアの視界から外れる。
 しかし削り取られたような地面と森の光景を改めて見ながら驚くと、それをなかから見ていたアリアは今の自分アリアが放った魔法の名を呟いた。

『あれは、聖なる光ホーリーレイね』

「……君と初めて会った時に、俺に放った……? だが、威力が……」

『違う? 当たり前よ。あの時の私は……いえ、三十年前の私は、自分に制約を掛けた上で手加減してたんだから』

「!」

『今の私は、前と違って制約が掛かってない。つまり、魔法威力の限界値リミッターが完全に外れてる』

「……ッ」

『エリク、今のアリアに遠慮は無用よ。全力でやらないと、貴方が死ぬわ』

「だが……」 

『……貴方がそれを嫌うなら、やっぱりアレをやるしかない』

「それは、ダメだ」

『それ以外に、貴方には手が無いでしょう?』

「アレをやれば、君が廃人になってしまう」

『構わないわ。それで決着できるなら』

「ダメだ」

 エリクはなかのアリアの提案を拒み、呟きながら小さく首を横に振る。

 以前にクロエが述べ、実際になかのアリアが提案したこと。
 制約コピーの記憶と感情を今のアリアに流し込み、それによって人格の上書きをするという無理矢理な方法。

 しかしその代償は、良くて廃人、悪ければ死。
 それを説明されていたエリクはその提案を必死に拒み、どうにか今のアリアを説得しようと試みた。

『ちょ、ちょっとエリク!』

「――……待ってくれ!」

「……」

 なかからの静止を聞かず、エリクは隠れていた場所から茂みから離れる。
 そして探している今のアリアに声を掛け、敢えて身を晒した。

 それを見た今のアリアは怪訝な表情を浮かべ、再び右手の人差し指を向けようとする。
 それをさせまいと、エリクは再び声を掛けた。

「まだ、聞きたい事がある!」

「……」

「俺が知る君の名を呼べば、君は怒る! なら、君をどう呼べばいい?」

 そう尋ねるエリクの言葉に、今のアリアは指の動きを止める。
 そして少し間を置き、エリクの呼び掛けに応じるように話し始めた。

「……今の私に、名前は無いわ」

「そうなのか。何故だ?」

「名前なんか必要ないわよ。だって今の私は、神様なんだから」

「……君が、神様?」

「そうよ。……神に名前は不要。そう思わない?」

「どうして、神様に名があってはいけない?」

「逆に聞くけど、どうして神様に名前が必要なの?」

「……」

「かつてこの世界には、神を自称した者達がいた。彼等は自分で名を決め、そしてそれぞれの種族に奉られ、その信仰と力を一身に集め、不死の力を得たそうよ」

「……到達者エンドレスのことか?」

「あら、知ってるのね? じゃあ、到達者エンドレスという存在にどうやってれるか、知ってる?」

「……いや、知らない」

「そう。……例えば、人間が到達者エンドレスになる場合。まず聖人に至る事を大前提として、数万単位の同族にんげん達を従え、信奉される存在になること。それが一つの条件よ」

「!」

七大聖人セブンスワンなんて呼ばれてた連中が、どうして国の王になる事を禁じらているか。それは人間の到達者エンドレスを生み出さない為ってとこね」

「……王になり、信仰を集めると、聖人が到達者エンドレスになるのか?」

「それだけじゃないわよ? ……その条件を満たした状態で、信奉者達と一緒に、もしくは一人で数万人の生命を奪うこと」

「!?」

「言うまでも無く、私はその条件を満たしているわ」

 そう述べるアリアは不敵に笑い、エリクを見下ろしながら自身の行いを伝える。
 それを聞き下唇を僅かに噛んだエリクだったが、アリアはそんな様子を意に介さずに話を続けた。

「そして最後の条件。……それは、『マナの実』をしょくすこと」

「……マナの実?」

「膨大な魔力マナを凝縮した実。大昔には『マナの樹』と呼ばれる木に成ってたらしいけど、第一次人魔大戦で世界中にあったその樹は燃やし尽くされたそうよ」

「……なら、もう到達者エンドレスに成れる者はいないんじゃないか?」

「いいえ。……要は、マナの実の代わりとなるモノを取り込めば、その条件で『到達者エンドレス』にれるわ」

「……まさか、君は……」

「そう。その代わりになるモノを作って、取り込んだのよ」

「!!」

 その話を聞いたエリクは目を見開いて驚き、それに対する今のアリアは口元を微笑ませる。
 そして自身の胸元に左手を置き、その瞬間に身に纏う白い胸部分の服が透過するように赤い光を放った。

「……まさか……。君の心臓には、あの男と同じ……!」

「『神兵』の心臓。大昔に創造神オリジンという神が作り出した心臓コアよ」

「やはりか……!!」

 今のアリアが語る話で、エリクは歯を食い縛りながら表情を焦らせる。
 それはエリク達が三十年前に戦ったランヴァルディアに取り込まれていた、あの『神兵』の心臓と同じ光を放っていた。

 それを知ったエリクは焦った表情で前へ踏み出し、今のアリアに呼び掛ける。

「それは! それは、身を滅ぼす危険なモノじゃないのか!?」

「そうね。使い方を誤れば自我を崩壊させ、ただ生命を殺し尽くすだけの兵器モノになるわね」

「なら、どうしてそんなモノを……!!」

「言ったでしょ? 『使い方を誤れば』とね」

「!」

「そういえばアンタは、『神兵』と戦ってるんだったかしら。……まぁ、いいわ。殺す前に教えてあげる」

 今のアリアはそう言いながら、近くの木に対して無造作に手を振り薙ぎ、そこから発生した風の刃で木が切り倒される。
 そして出来上がった切り株を椅子替わりにし、下に立つエリクに視線を向けながら話を始めた。

「『青』の七大聖人セブンスワン。アイツは不完全な『神兵』の心臓を作り出して手下に使い、前の私やアンタ達と戦わせたそうね。……その時の心臓がどう不完全だったかと言えば、純粋な魔力だけを抽出する事が出来なかったからよ」

「……純粋な魔力を、抽出……?」

「そもそも、『神兵』の心臓をどうやって作るのか。アンタは知ってる?」

「いいや……」

「この心臓はね、魂を材料に使うのよ」

「!?」

「魂には、純粋な魔力マナが内包されている。その魂から魔力マナを抽出し万単位で凝縮させたモノが、『神兵』の心臓よ」

「……そんなモノを……」

「『青』が不完全な心臓を作り出したのも、しょうがないけどね。……だって、五百年前の天変地異で人間や魔族を殺し回った『神兵』自体が、その不完全な心臓で作られていたんですもの。いえ、わざとそう作ったのかしら?」

「!?」

「不完全な『神兵』の心臓は、材料にした魂の自我や感情が含まれたまま精製される。……つまり憎しみや苦しみ、後悔や執念と言った負の感情を含んだままね」

「……負の感情……」

「だから、そんな感情が残ってる『神兵』の心臓を生物が取り込めばどうなるか。精神が弱ければいずれ人格が破綻して魂が消失し、ただ負の感情にまみれ殺戮衝動に駆られて生物を殺し回る兵士が誕生する。それが、『神兵』の正体よ」

「……なら、君が取り込んでいるソレは……?」

「勿論、そんな怨念なんて排除してるわ。……純粋な魔力マナの塊。『マナの実』と同質の心臓。私はそれを、自分自身の体内に移植したの」

「その魂は、何処から……?」

「決まってるじゃない? 私が殺した……と言いたいところだけど、勝手に殺し合った魔導国の人間達よ」

「!」

「あいつ等、都市が浮いてから勝手に殺し合いを始めたわ。私が手を下すまでも無くね。人間って、本当に愚かよね」

「……ッ」

「せっかく有用な魂が転がってるのだから、ただ死なせるだけじゃなく使ってあげたわよ。……ああ、そうそう。魔導人形ゴーレムで殺した人間の魂も集めてるのよ? あるモノのエネルギーにさせてもらってるわ」

「……君は……ッ」

「貴方達だって、獣の皮を剥いで、肉を調理して喰らうでしょ? それと同じ調理ことを魂でしてるだけよ。何を怒ってるのかしら?」

 そう微笑みながら告げる今のアリアに、エリクは歯を食い縛りながら顔を伏せる。
 そしてすぐに顔を起こし、その瞳に悲しみを宿しながら訴えた。

「……つまり、今の君は到達者エンドレスなのか?」

「ええ。素晴らしいでしょう? 永遠に若い身体を保ち、永遠の時を存在し続ける。それに怪我をしても瞬く間に治るし病気にもならない、不死身の身体。――……完璧な存在。まさに神様でしょ?」

「君は、それでいいのか?」

「……何が言いたいの?」

「俺が知っている君なら、そんな馬鹿な真似はしない」

「……なんですって?」

「他人の魂を奪ってまで永遠の寿命いのちを得ようなどと、俺が知っている君はしない」

「……」

「お前は、俺が知るアリアじゃない。……お前は誰だ?」

 悲しみと怒りを宿した瞳を向けるエリクは、そう視線の先に居る人物に告げる。
 それを聞いた今のアリアは、口元を微笑ませながら告げ返した。

「そう、私はアンタが知ってる女じゃない。――……私は、この世界に君臨する新たな『神』よ」

「そうか。……『神』。お前は俺の大事な者が、大切にしていたモノをにじった」

「へぇ、それは良いことをしたわ」

「……俺は、お前を許さない」

「お互い様よ」

 互いにそう告げた瞬間、『神』は初めてエリクに向ける視線に殺気が含まれている事を感じ取り暗い笑みを浮かべる。
 それに反応して緩やかに身を起こす『神』に対して、エリクは身体中から白い生命力オーラを滾らせ、その背に担ぐ黒い大剣を引き抜いた。

 天上の自然空間に形成された大気が揺れだし、二人の周囲に夥しい殺気と共に放たれる生命力オーラが高まり合う。
 そして互いの憤りが最高潮となった瞬間、エリクは地面を蹴り飛ばすように踏みながら襲い掛かり、『神』は両手を前へ突き出して天上の大地に巨大な揺れが発生した。

 魂の在り方や生命の尊さを大事にし、化物から人間になりたいと涙を流しながら少女アリア
 しかしその少女は消え、代わりに化物となった到達者かみがエリクの前に立ちはだかる。

 互いに互いの存在を許さず、ついに敵意を交えた対峙を果たす二人だったが、それは守りたかったアリアという存在を踏み躙られたエリクの悲しさと怒りを宿した咆哮と共に開始された。
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