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螺旋編 五章:螺旋の戦争

歪んだ人格

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 記憶を失ったアリアは成長し、記憶を失う前の自分アルトリアを押し付けようとする周囲に強い憎しみを抱いていた。
 それが今現在まで起きている戦争の原因である事を知ったエリクは、悲しみの表情を浮かべながら顔を伏せる。

 そして小さく顔を横に振り、エリクは伏せた顔を上げ直して聞いた。

「……それが、俺を殺す理由か?」

「ええ。……『アルトリア』を知っている奴は、全て殺す。……例えば、アンタみたいな『アルトリア』の仲間とかね」

 金髪の女性はそう述べ、外へ出ようとしないエリクの脇を通り、テラスを歩く。
 そして小さな階段の傍に用意していた棚にある白い靴を取り、それを履いて庭に出た。

 そして金髪の女性は振り返り、エリクに告げる。

「外に出なさい。英雄エリク」

「……」

「私を説得できる、なんて甘い考えをしてるなら止めなておくことね。……余計に、私を怒らせるだけよ」

「……聞きたい事がある」

「なにを?」

「君が残した、あの三冊の本。……俺達の事が書かれた本を、どうして広めるように言ったんだ?」

 エリクの言葉に金髪の女性は首を僅かに傾げ、少し考える。
 そして思い出したかのように僅かに目を見開き、口元を微笑ませて話し始めた。

「……ああ、アレ。……前の私が連れてたっていう仲間達。『ケイル』と『マギルス』、そして『エリク』。その三人が行方不明だと聞いたから」

「……」

「死んだのか、行方を眩ませただけなのか。どっちにしても、記憶を失った私を重傷のまま砂漠へ放置して行くような連中を、この私が仲間だなんて思う事は絶対に無いけど」

「違うんだ。それは――……」

「言い訳なら、聞く気は無い」

「……そうか。……なら、どうしてあの本を書いた? 憎い俺達を英雄などと……」

「アンタ達を誘き出す為」

「!」

「アンタ達の生死が不明で、行方も分からない。だから生きている事を考えて、念の為にアンタ達を誘き出す美味しそうな餌を用意した。それが、あの三冊の英雄譚よ」

「……」

「英雄とたてまつられたアンタ達が生きているなら、いずれ魔導人形ゴーレムを攻め込ませた国のどれかで担ぎ上げられる。それでいつか魔導人形ゴーレムで殺せれば良し、朽ちて荒廃する世界で死ぬも良し。もし何等かの方法でここまで来るようだったら、私が直々に殺すつもりだったわ」

 淡々と述べる金髪の女性の言葉に、エリクは右拳を僅かに握る。
 そして再び絞り出すように、エリクは質問を口から出した。

「……三冊の本に書かれていた、あの暗号は?」

「へぇ、暗号アレを読み解けたの? ……読んだなら、私がこの世界を憎んでる理由も既に分かってたのよね? なんで聞いたのよ」

「……確認したかった。君の口から、直接」

「そう。……質問は終わり? だったら――……」

「まだ、問いたい事がある」

「何よ、まだあるの?」

「俺と一緒に、来ないか?」

「……は?」

「君が、君の事を誰も知らない場所を望むなら。人間大陸以外の場所へ……例えば、魔大陸へ一緒に――……」

「――……プッ、ハハ……。アハハハハハハッ!!」

 エリクの最後の問いに対して、金髪の女性は含んだ空気を吐き出すように大きな笑いを出す。
 その笑い声に連動するかのように、静かだった周囲の空気に僅かな淀みを与え、次第に緩やかだった風が暴風のように吹き荒れ始めた。

 風が強くなり、周囲の木々が大きく揺れる。
 そして笑い声を突如として閉ざした金髪の女性は、笑みから一転してエリクを鋭く睨んだ。

「――……馬鹿な男ね」

「!」

「今の私は、そんな事をする必要がないのよ。……ここまで来たなら、馬鹿でも分かるでしょ?」

「……」

「ここで暮らすようになってから、私は自由になれた。あんな醜い世界で暮らす事も無く、誰にも束縛されず、自由に過ごせる世界。……私はね、やっと理想の生活を手に入れたのよ」

「……ッ」

「それを今更……。……話に聞いていた通り、本当に馬鹿なのね。英雄エリク」

「……」

「……アンタみたいな男が、私は一番ムカつくのよ」

 そう言い放った瞬間、金髪の女性が向けている目が軽蔑と嫌悪の意味を含む。
 美しくも敵意が籠った青い瞳に睨まれたエリクは、悲しみの表情を浮かべながらこう述べた。

「……これが、君の望んだ暮らしか?」

「言ったでしょ。これ以上の理想の世界、何処にも無いわ」

「……君は、嘘つきだ」

「……なんですって?」

「こんな暮らしが、こんな世界が、君が本当に望んだモノであるはずがない」

「……」

「世界中の人間を殺し、ただの本に囲まれ、自然に囲まれ、誰も居ない世界に孤独に暮らす事が、君の願いではなかったはずだ」

「……知った風な口を利くな」

「!」

「……アンタは今、この場で殺す。今の私を否定するアンタは、絶対に許さない」

 エリクの否定を聞き、金髪の女性は憎しみを込めた瞳を浮かべる。
 それはエリクが今まで見た事の無い程に憎悪に満ちた表情であり、それを見知ったアリアの顔から向けられる事に対して、エリクは悲しみを抱きながらも首を横に小さく振った。
 
「アリア、俺は――……」

「黙れ」

「グッ!?」

 エリクの説得を拒んだ金髪の女性は、右手の人差し指と中指を軽く曲げ、その瞬間にエリクは凄まじい衝撃を身体に受ける。
 突如の奇襲にエリクは驚きながらも、何をされたのか理解できないまま目を開けた時には、中空へ吹き飛ばされていた。

「――……ッ!?」

 エリクが見たのは、自分の足元にある地面が隆起し、まるで杭のようになった光景。
 それを見て自分を地面から吹き飛ばしたのが土を操る魔法だと気付き、空中で身を翻しながら態勢を整えようとした。

 しかしそれを阻害するように、金髪の女性は両腕に凄まじい電撃を生み出し、両手を広げてエリクに向けて突き出す。
 その瞬間に竜の頭を模った巨大な雷光が音速すら超えた速さで中空を駆け抜け、宙に居るエリクに直撃した。

「――……!」

 金髪の女性は雷光の中から一つの影が飛び出した事に気付き、それを目で追いながら更なる追撃を行う。
 今度は自身の周囲に七色の光を宿す魔力の光球を出現させると、それを目にも止まらぬ速さで回転させながら落下するエリクに狙いを定め、虹色に収束された数十以上の魔弾が飛んだ。

 飛来する魔弾に更にエリクは直撃し、森がある方へ吹き飛ばされる。
 それを追うように歩き出した金髪の女性は、不機嫌で憎しみを宿す表情のままエリクが落ちた場所へ向かった。

「――……クッ、カ……ハッ……」

 一方、エリクは奇襲を受け魔弾が直撃しながらも生き延びる。
 そのほとんどが魔力を用いた魔法だった為、エリクのミスリル製の服に魔弾は幾らか威力が低下していた。

 それでもエリクは身を震わせ、新たに頭から頬に流れ出す一筋の血を見せる。
 その事実として、受けた攻撃がエリクの全身に纏った生命力オーラの防御を上回る威力であることを証明していた。

「……ッ」

「――……まだ生きてる。しぶといわね」

 起き上がるエリクを歩み寄っていた金髪の女性は確認し、嫌悪を見せながら追撃の魔弾を放つ。
 それを跳び避け森の中へ逃げるエリクに、金髪の女性は溜息を漏らしながら再び右手首を軽く下側へ振った。

 するとエリクは突如として身体が重くなり、両膝と両腕を地面へ着ける。
 まるで数トンの重荷を全身に巻き付けた感覚に苦々しい表情をエリクは浮かべ、それから脱しようと全身の生命力オーラを漲らせた。

「――……ガ、アアァアアッ!!」

重力魔法これにも耐えるのね」

 エリクは咆哮を上げながら力任せに起き上がるが、感心するように呟く金髪の女性が放つ別軌道からの魔弾が襲来する。
 こうして記憶を失い歪んだアリアと、それを止めようと足掻くエリクは、天上の世界で戦う事になった。
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