517 / 1,360
螺旋編 五章:螺旋の戦争
青の告白
しおりを挟む地下施設で魔鋼に覆われた赤い核を発見し、その情報を地上に出て伝えようと徘徊していたマギルスは驚くべき人物に遭遇する。
ホルツヴァーグ魔導国に所属している『青』の称号を持つ七大聖人と自称する容器内の男の言葉に、マギルスは飛び退きながら大鎌を身構えた。
「――……『青』の七大聖人って、前のガンダルフってお爺さんの後釜の人?」
『ガンダルフ……。違う、アレも儂だ……』
「……そうだ、思い出した。じゃあ、アンタがあの身体に居た人だったんだ」
『……儂も、思い出した。皇国で見た、首無族か……』
互いが互いを視認し、過去に対峙した事を思い出す。
あの時、マギルスは『青』とガンダルフの魂と身体が一致していない事を見抜きながらも、その卓越した魔法によって氷漬けにされて敗北している。
マギルスにとっては敗北という経験は希少であり、またそれが強くなりたいという思いに拍車を掛け、フォウル国に赴く思いを強くさせていた。
その経験から大鎌の柄を強く握り表情を強張らせるマギルスだったが、心境を察しない『青』はマギルスに続けて頼んだ。
『……頼む……。儂をここから、解放してくれ……』
「解放って何さ! 第一、僕とお前は敵だもんね!」
『儂はもう、お前達と敵対する気はない……』
「嘘だね、騙されるもんか!」
『本当だ。……儂は、儂の全ては、奪われたのだ……』
「……奪われた?」
『奴に……。アルトリアに、儂は全てを蹂躙された……』
「!」
『青』の口からアリアの名前が語られ、マギルスは再び目を見開いて驚く。
そして以前のような仰々しい物言いではなく、心が挫け失意している口調の『青』を見て、マギルスは訝し気な表情をしながらも大鎌を引いて真っ直ぐと立った。
「……アリアお姉さんに奪われたって、何があったの?」
『……』
「話さないなら、僕は別のとこに行くね。出口を探してるから」
『待て、待ってくれ。……話す。それに、儂はここから出る手段を、知っている……』
「へぇ。どうやって出るの?」
『儂を解放してくれれば、必ず教える。……だから、頼む……』
「じゃあ、何があったから先に教えて?」
『……分かった。話そう……』
マギルスの交渉で心の折れた『青』はそう伝え、何があったのかを話し始める。
その話は二十年前、記憶を失ったアリアが三冊の本を残してルクソード皇国から去り、ホルツヴァーグ魔導国へ渡った後の話でもあった。
『……あのアルトリアが仲間を失い、重傷を負って皇国に戻った事を儂は知った。新たな肉体になった儂は組織を通じて、アルトリアの様子を探らせ続けた』
「ふーん。じゃあ、それが新しい身体なんだ?」
『違う。この身体は、儂の本体だ』
「!」
『儂が聖人となった時、儂は儂の死から逃れられぬ事を悟った。そして幾つかの研究を経て、儂という意思を生かし続ける為に、自らの肉体と魂の大元を封じ、魂を経由し憑依した聖人の肉体を得て、この身体を生かし続けて来た』
「だから、他の人の身体を乗っ取ってたんだね」
『……だが、聖人は易々と生まれぬ。儂が自ら育てたとして、百年に一人が達するかどうか。……だから聖人の肉体を得られぬ場合は、儂の身体から採取した細胞によって、遺伝子を継いだ複製人間《クローン》を作った。そうして、幾数千年と永らえた……』
「そういうのいいから。それで、アリアお姉さんとどうなったの?」
『……しばらくしてアルトリアが昏睡から目覚め、しかも記憶を失っている事を知った。そして故郷であるガルミッシュ帝国へアルトリアが戻る事を知り、儂は新たな肉体で接触を試みた』
「またアリアお姉さんの身体を乗っ取ろうとしたんだ? それで失敗してこうなったの?」
『儂はその時、既にアルトリアの肉体を奪う事を諦めていた。……あの娘の奥には、あの忌々しい白がいるのだ。諦めるしかない』
「?」
『儂が記憶を失ったアルトリアと接触しようとした理由は、勧誘だ』
「勧誘って、アリアお姉さんを味方にしようとしたってこと?」
『そうだ。儂はアルトリアを我が手勢に受け入れ、あやつの身の内に宿る知識と魔法を引き出し、更なる高みへ昇る為に利用しようとした。記憶を失っているのであれば、容易いと考えたのだ……』
「更なる高みって、もしかして到達者ってやつ?」
『そうだ。……そして新たな依り代で、儂はアルトリアに接触する事に成功した。……だが、邪魔が入った』
「邪魔?」
『儂が知らぬ者。悪魔を従えたあの黒髪の男が、儂の目論見を阻んだ。……そして儂の新たな身体は死に、新たな身体に移り、事の成り行きを静観していた……』
「事の成り行きって、何を見てたの?」
『ガルミッシュ帝国、そしてベルグリンド王国が滅びる様を』
「!」
ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国。
アリアの故郷であり、またエリクの故郷でもある二つの国が滅びる姿を静観していたという『青』の言葉に、マギルスは少なからず驚かされる。
そして『青』は問い質される間も無く、自らの口でその末路を語った。
『アルトリアが起きた三年後。帝国と王国は和平を結び、その証として大陸中央の国境沿いに都市を設けた。そこで二国間の交流を盛り立て、また大陸が隣接しているマシラ共和国も加わり、三国同盟を築こうとしていた』
「マシラも……」
『アルトリアが意識を取り戻してから三年後に都市が完成し、その式典に各国の王を含めた重鎮が集まった。そして同盟を築く為の調印と式典を起こしたのだ……』
「じゃあ、なんで帝国も王国も滅びちゃうの? 和平を結んだなら――……」
『その最中に、式典は襲撃を受けた』
「!」
『その襲撃に因り、ガルミッシュ帝国は皇帝と皇后、そしてアルトリアの兄である宰相を始めとした重鎮が殺された』
「え……!」
『ベルグリンド王国も王と重鎮達が死に、マシラ共和国も王を失った。……その襲撃がきっかけで帝国と王国は一気に敵対関係となり、泥沼の戦争へ陥った。その末に、二つの国は衰退と滅びへ向かった』
「……なんで? 王様同士が死んだなら、どっちも被害者じゃないの? なんで敵になっちゃうの?」
『その襲撃を起こした組織……いや。傭兵達が二国の和解を許さず、争いを激化させた原因となった』
「傭兵?」
『黒獣傭兵団。かつてアルトリアが連れていたエリクという男が所属していた、傭兵団だったはずだ』
「!」
『そして当時、襲撃の首謀者である黒獣傭兵団は帝国に与していた。王国側はそれを主張し、襲撃は帝国側の陰謀だと告げた。一方で帝国側も、元王国傭兵団が襲撃し皇帝と宰相を殺し、王国側の主張と相容れなかった。……故に、起きたのが国が滅ぶまで続く戦争だ』
「……」
『そして戦争が起きた国から、アルトリアは離れた。実兄が死んだ事もまた、アルトリアが国に居る理由を失くした事に繋がったのだろう』
「……それでアリアお姉さんは、色んな所へ移動して、最後に魔導国に来たんだね」
『儂は秘かにアルトリアへ呼び掛け、魔導国に招いた。儂はあやつの持つ知識と代価に、望み得る暮らしを与えるつもりだった。……だが奴は儂を裏切り、依り代となる儂の弟子達を全て殺し、儂の本体を封じ込め、箱庭を起動させた』
「箱庭?」
『ホルツヴァーグ魔導国は、五百年前の天変地異で落下した天界の一部の上で築いた国。そこで天界の技術を研究し、儂が到達者へ辿り着く為にあらゆる実験を行っていた場所だ。……その天界の機能を僅かな時間でアルトリアに掌握され、乗っ取られたのだ』
「……天界って、昔の神様が住んでたって場所なんだっけ? なんかアリアお姉さんなら、そういうのやりそうだね」
『そして依り代を失い外界と遮断された儂は、この地下へ幽閉させられた。……頼む、儂を解放してくれ。このままでは、アルトリアによって世界が滅ぶ……』
「え?」
『奴はこの地表から生物を一掃し、自分だけの楽園を作り出そうなどと思い上がっている。……奴は知らんのだ。魔族の脅威を……』
「……もしかして、魔族が怖いの?」
『……儂は自他共に認める悪事を、何度も行った。外道と言われることも。だがそれも、全ては人間を……かつて人間を滅ぼそうとした始祖の魔王や魔大陸を統べる女王のような脅威から守る為に、非道と言われようと実験と研究を続けて来た……』
「……」
『ほとんどの七大聖人達は、魔族との争いを嫌う。それは魔族が人間と同じ生命だと考えているからだ。……だが魔族や魔獣が牙を向けば、人間と人間大陸は瞬く間に滅ぶ。それを考えない馬鹿共に頼らず、儂は人間大陸を守れる為の知識と組織を築こうとした……』
「それが、【結社】なんだ?」
『……儂はただ、この人間大陸を守りたかった。か弱き我等が唯一暮らせる、この大地を。……ただ、それだけだった……』
『青』はそう語りながら過去の出来事を話し、失意の声でそう訴える。
幾千年を生きて来た『青』は第一次人魔大戦と第二次人魔大戦を経験し、それを憂いて『黒』の七大聖人を封じさせ【結社】という組織を結成させた。
そして現代魔法を広めると同時に組織を利用して各国で暗躍し、悪事と外道を繰り返し、それでも恐怖を拭えずに更なる高みを目指し続けた『青』の称号を得た一人の男。
そんな『青』の七大聖人という人物の本質を聞いたマギルスは、神妙な表情を浮かべながら大鎌の柄を強く握り締めた。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる