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螺旋編 五章:螺旋の戦争

青の告白

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 地下施設で魔鋼マナメタルに覆われた赤いコアを発見し、その情報を地上に出て伝えようと徘徊していたマギルスは驚くべき人物に遭遇する。
 ホルツヴァーグ魔導国に所属している『青』の称号を持つ七大聖人セブンスワンと自称する容器内の男の言葉に、マギルスは飛び退きながら大鎌を身構えた。

「――……『青』の七大聖人セブンスワンって、前のガンダルフってお爺さんの後釜の人?」

『ガンダルフ……。違う、アレも儂だ……』

「……そうだ、思い出した。じゃあ、アンタがあの身体なかに居た人だったんだ」

『……儂も、思い出した。皇国で見た、首無族デュラハンか……』

 互いが互いを視認し、過去に対峙した事を思い出す。

 あの時、マギルスは『青』とガンダルフの魂と身体が一致していない事を見抜きながらも、その卓越した魔法によって氷漬けにされて敗北している。
 マギルスにとっては敗北という経験は希少であり、またそれが強くなりたいという思いに拍車を掛け、フォウル国に赴く思いを強くさせていた。

 その経験から大鎌の柄を強く握り表情を強張らせるマギルスだったが、心境を察しない『青』はマギルスに続けて頼んだ。

『……頼む……。儂をここから、解放してくれ……』

「解放って何さ! 第一、僕とお前は敵だもんね!」

『儂はもう、お前達と敵対する気はない……』

「嘘だね、騙されるもんか!」

『本当だ。……儂は、儂の全ては、奪われたのだ……』

「……奪われた?」

『奴に……。アルトリアに、儂は全てを蹂躙された……』

「!」

 『青』の口からアリアの名前が語られ、マギルスは再び目を見開いて驚く。
 そして以前のような仰々しい物言いではなく、心が挫け失意している口調の『青』を見て、マギルスは訝し気な表情をしながらも大鎌を引いて真っ直ぐと立った。

「……アリアお姉さんに奪われたって、何があったの?」

『……』

「話さないなら、僕は別のとこに行くね。出口を探してるから」

『待て、待ってくれ。……話す。それに、儂はここから出る手段を、知っている……』

「へぇ。どうやって出るの?」

『儂を解放してくれれば、必ず教える。……だから、頼む……』

「じゃあ、何があったから先に教えて?」

『……分かった。話そう……』

 マギルスの交渉で心の折れた『青』はそう伝え、何があったのかを話し始める。
 その話は二十年前、記憶を失ったアリアが三冊の本を残してルクソード皇国から去り、ホルツヴァーグ魔導国へ渡った後の話でもあった。

『……あのアルトリアが仲間を失い、重傷を負って皇国に戻った事を儂は知った。新たな肉体よりしろになった儂は組織を通じて、アルトリアの様子を探らせ続けた』

「ふーん。じゃあ、それが新しい身体なんだ?」

『違う。この身体は、儂の本体オリジナルだ』

「!」

『儂が聖人となった時、儂は儂の死から逃れられぬ事を悟った。そして幾つかの研究を経て、儂という意思たましいを生かし続ける為に、自らの肉体と魂の大元を封じ、魂を経由し憑依した聖人の肉体を得て、この身体オリジナルを生かし続けて来た』

「だから、他の人の身体を乗っ取ってたんだね」

『……だが、聖人は易々と生まれぬ。儂が自ら育てたとして、百年に一人が達するかどうか。……だから聖人の肉体を得られぬ場合は、儂の身体オリジナルから採取した細胞によって、遺伝子を継いだ複製人間《クローン》を作った。そうして、幾数千年と永らえた……』

「そういうのいいから。それで、アリアお姉さんとどうなったの?」

『……しばらくしてアルトリアが昏睡から目覚め、しかも記憶を失っている事を知った。そして故郷であるガルミッシュ帝国へアルトリアが戻る事を知り、儂は新たな肉体で接触を試みた』

「またアリアお姉さんの身体を乗っ取ろうとしたんだ? それで失敗してこうなったの?」

『儂はその時、既にアルトリアの肉体を奪う事を諦めていた。……あの娘の奥には、あの忌々しいしろがいるのだ。諦めるしかない』

「?」

『儂が記憶を失ったアルトリアと接触しようとした理由は、勧誘だ』

「勧誘って、アリアお姉さんを味方にしようとしたってこと?」

『そうだ。儂はアルトリアを我が手勢に受け入れ、あやつの身の内に宿る知識と魔法を引き出し、更なる高みへ昇る為に利用しようとした。記憶を失っているのであれば、容易いと考えたのだ……』

「更なる高みって、もしかして到達者エンドレスってやつ?」

『そうだ。……そして新たな依り代で、儂はアルトリアに接触する事に成功した。……だが、邪魔が入った』

「邪魔?」

『儂が知らぬ者。悪魔を従えたあの黒髪の男が、儂の目論見を阻んだ。……そして儂の新たな身体は死に、新たな身体に移り、事の成り行きを静観していた……』

「事の成り行きって、何を見てたの?」

『ガルミッシュ帝国、そしてベルグリンド王国が滅びるさまを』

「!」

 ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国。
 アリアの故郷であり、またエリクの故郷でもある二つの国が滅びる姿を静観していたという『青』の言葉に、マギルスは少なからず驚かされる。
 そして『青』は問い質される間も無く、自らの口でその末路を語った。

『アルトリアが起きた三年後。帝国と王国は和平を結び、その証として大陸中央の国境沿いに都市を設けた。そこで二国間の交流を盛り立て、また大陸が隣接しているマシラ共和国も加わり、三国同盟を築こうとしていた』

「マシラも……」

『アルトリアが意識を取り戻してから三年後に都市が完成し、その式典に各国の王を含めた重鎮が集まった。そして同盟を築く為の調印と式典を起こしたのだ……』

「じゃあ、なんで帝国も王国も滅びちゃうの? 和平を結んだなら――……」

『その最中に、式典は襲撃を受けた』

「!」

『その襲撃にり、ガルミッシュ帝国は皇帝と皇后、そしてアルトリアの兄である宰相を始めとした重鎮が殺された』

「え……!」

『ベルグリンド王国も王と重鎮達が死に、マシラ共和国も王を失った。……その襲撃がきっかけで帝国と王国は一気に敵対関係となり、泥沼の戦争へ陥った。その末に、二つの国は衰退と滅びへ向かった』

「……なんで? 王様同士が死んだなら、どっちも被害者じゃないの? なんで敵になっちゃうの?」

『その襲撃を起こした組織……いや。傭兵達が二国の和解を許さず、争いを激化させた原因となった』

「傭兵?」

黒獣ビスティア傭兵団。かつてアルトリアが連れていたエリクという男が所属していた、傭兵団だったはずだ』

「!」

『そして当時、襲撃の首謀者である黒獣傭兵団は帝国に与していた。王国側はそれを主張し、襲撃は帝国側の陰謀だと告げた。一方で帝国側も、元王国傭兵団が襲撃し皇帝と宰相を殺し、王国側の主張と相容れなかった。……故に、起きたのが国が滅ぶまで続く戦争だ』

「……」

『そして戦争が起きた国から、アルトリアは離れた。実兄が死んだ事もまた、アルトリアが国に居る理由を失くした事に繋がったのだろう』

「……それでアリアお姉さんは、色んな所へ移動して、最後に魔導国に来たんだね」

『儂は秘かにアルトリアへ呼び掛け、魔導国ここに招いた。儂はあやつの持つ知識と代価に、望み得る暮らしを与えるつもりだった。……だが奴は儂を裏切り、依り代となる儂の弟子達を全て殺し、儂の本体を封じ込め、箱庭を起動させた』

「箱庭?」

『ホルツヴァーグ魔導国は、五百年前の天変地異で落下した天界エデンの一部の上で築いた国。そこで天界エデンの技術を研究し、儂が到達者たかみへ辿り着く為にあらゆる実験を行っていた場所だ。……その天界エデンの機能を僅かな時間でアルトリアに掌握され、乗っ取られたのだ』

「……天界エデンって、昔の神様が住んでたって場所なんだっけ? なんかアリアお姉さんなら、そういうのやりそうだね」

『そして依り代を失い外界と遮断された儂は、この地下へ幽閉させられた。……頼む、儂を解放してくれ。このままでは、アルトリアによって世界が滅ぶ……』

「え?」

『奴はこの地表から生物を一掃し、自分だけの楽園を作り出そうなどと思い上がっている。……奴は知らんのだ。魔族の脅威を……』

「……もしかして、魔族が怖いの?」

『……儂は自他共に認める悪事を、何度も行った。外道と言われることも。だがそれも、全ては人間を……かつて人間を滅ぼそうとした始祖の魔王ジュリア魔大陸を統べる女王ヴェルズェアリアのような脅威から守る為に、非道と言われようと実験と研究を続けて来た……』

「……」

『ほとんどの七大聖人セブンスワン達は、魔族との争いを嫌う。それは魔族やつらが人間と同じ生命だと考えているからだ。……だが魔族や魔獣が牙を向けば、人間と人間大陸は瞬く間に滅ぶ。それを考えない馬鹿共に頼らず、儂は人間大陸を守れる為の知識と組織を築こうとした……』

「それが、【結社】なんだ?」

『……儂はただ、この人間大陸を守りたかった。か弱き我等にんげんが唯一暮らせる、この大地らくえんを。……ただ、それだけだった……』

 『青』はそう語りながら過去の出来事を話し、失意の声でそう訴える。
 幾千年を生きて来た『青』は第一次人魔大戦と第二次人魔大戦を経験し、それを憂いて『黒』の七大聖人を封じさせ【結社】という組織を結成させた。

 そして現代魔法を広めると同時に組織を利用して各国で暗躍し、悪事と外道を繰り返し、それでも恐怖を拭えずに更なる高みを目指し続けた『青』の称号を得た一人の男。
 そんな『青』の七大聖人セブンスワンという人物の本質を聞いたマギルスは、神妙な表情を浮かべながら大鎌の柄を強く握り締めた。
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