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螺旋編 五章:螺旋の戦争
師と弟子
しおりを挟む巨人型魔導人形を破壊したケイルは、崩れ欠けた地下を跳びながら何とか五十メートル先の地上に戻る。
地下の穴から飛び出した瞬間に攻撃を受ける事を予期してすぐに身構えたケイルだったが、そこで奇怪な光景を目にした。
「――……魔導人形共が破壊されてる……!?」
ケイルが見た光景は、周辺で破壊されている魔導人形達。
硬い装甲が抉られるように破壊された球体型や、胴体や顔を切断された四足型を見たケイルは、すぐに魔導人形から目を背けて周囲を探る。
自分が地上に戻る僅かな間に百体以上の魔導人形を破壊する手練れがこの近くに存在している事実が、ケイルの警戒度を高めさせた。
その時、ケイルは前方の瓦礫が崩れ落ちる音を聞く。
その陰に何者かが居ると思い、左腰の魔剣を握り構えるケイルは表情を強張らせながら口を開いた。
「……誰だ?」
「――……馬鹿者。後ろだ」
「!?」
ケイルは背後から声を聴き、目を見開きながら右腕で魔剣を抜刀しようとする。
しかし瞬く間に背後の人物はケイルの右腕と首を捉えるように腕と足を絡ませ、瓦礫の地面に叩き付けられながら腕十字固めを極めた。
「ガ、ハ……ッ!?」
「――……私が敵なら、三度は殺しているぞ。軽流」
「……あ、アンタは……!?」
右腕を極められ長い足で首と胴体を完全に抑え込まれたケイルは、苦しみながらも襲った人物に視線を向ける。
その人物は黒い布生地の装束を羽織、以前にケイルが被っていた赤い仮面と色違いの白い仮面を付けていた。
その白い仮面には独特の紋様があり、ケイルはそれを見て苦しみながらも呟く。
「……も、もしかして……姐さん……?」
「頭領と呼べ」
「イタッ!! やめっ、折れる……!」
「ふんっ」
ケイルから姐御と呼ばれる人物は、極めていた腕を外して素早く起き上がる。
それに遅れながらケイルも起き上がり、極められた右腕を左手で擦りながら目の前に立つ仮面の人物に話し掛けた。
「……その声、その仮面。……やっぱり、巴《トモエ》の姐さん……?」
「頭領だ。次にそう呼べば、両腕を折るぞ」
「は、はい。頭領……」
「……歳を経ても、相変わらずなようだ。軽流」
ケイルは怯えを含んだ表情で訂正すると、トモエと呼ばれる人物は仮面の奥で溜息混じりの声を漏らす。
そしてトモエは左手で顔を覆う仮面と黒い頭巾を外し、その姿を晒した。
腰まで伸ばした黒く綺麗な髪を靡かせた、東人の中でも傑出して美麗な顔立ちの女性。
身長はケイルより僅かに高く、長い手足を駆使した巧みな組合術で圧倒したトモエという女性は微笑みを浮かべた。
その微笑みとは裏腹に、ケイルは表情を強張らせて視線を逸らす。
そんなケイルに、トモエは鼻息混じりの溜息で話し掛けた。
「……ッ」
「なんだ? 四十二年振りに見た私の顔を、忘れたか?」
「……いや、そのまんま過ぎるというか……。姐……頭領、聖人だったんですね」
「外国では、そう呼ぶらしいな」
「どうして、頭領がここに……?」
「箱舟に乗って来た。お前もそうだろう?」
「……はい」
「なんだ? 私がここに居て、お前に不都合があるのか?」
「いえ……。その……」
ケイルはトモエと視線を合わせようとはせず、表情を曇らせたまま口籠る。
そんなケイルに対して深い溜息を吐き出したトモエは、微笑みを止めて真剣な表情で尋ねた。
「――……その態度の理由は、黙って私達の下から去った負い目か?」
「!」
「馬鹿な子だ。そもそも私達に気付かれずに国から出て行くという事自体が不可能だと、思い至れ」
「……!!」
「四十二年前、お前は置手紙を残して親方様と私の下から離れた。それに私も、親方様も気付いていた」
「……なら、なんでアタシを殺さなかったんです?」
「……」
「アタシは無断で、貴方達から離れて国を出た。……忍者が属する国を抜けるのは御法度。もしそうなったら、殺すのが掟でしょう?」
「そうだな」
「じゃあ、なんで……」
「だから馬鹿者と言っている」
「!」
「確かにお前は、親方様から当理流《とうりりゅう》を学び、私も忍者の技を叩き込んだ」
「……」
「だがお前は私と違い、東の国で生まれ育った忍者ではない。そもそも技を学ばせただけで、国の忍者に属させたわけではない」
「……で、でも忍者の仮面を貰ったし……!」
「あんな仮面、祭りの屋台でも売っている」
「!?」
「忍者でもないただ子供が国を出て行ったからと、掟で殺す道理は無い。そういう事だ」
「……でも……」
「この事でまだ四の五《ご》の言うなら、両足も折る」
「……」
トモエが真剣な表情でそう伝えると、ケイルは表情を渋くさせながら黙る。
そしてトモエは歩み寄り、逸らしているケイルの顔を掴み正面を向かせた。
「!」
「大きくなったな。家族には会えたか?」
「……はい」
「そうか。……私も親方様も、家族を探すというお前の意思を尊重した。だが子供一人で旅立たせた事は、心残りでもあった」
「……」
「私達が共に暮らしたのは五年余りの短い時間で、血の繋がりも無い。……だが私は、お前を自分の娘のように心血を注いで鍛え育てた。親方さまもな」
「……ッ」
「軽流、よく生きていてくれた。……これは私の本心だ」
そう言いながら微笑むトモエは、ケイルの頭を引き寄せて胸に抱き寄せる。
それにケイルは驚きながらも、僅かに目に涙を浮かべてゆっくりとトモエを抱き締めた。
それからしばらくして、トモエはケイルを解放する。
そして真剣な表情を戻し、ケイルに伝えた。
「――……この戦いには、親方様も赴いている」
「武玄師匠も……!」
「フォウル国の干支衆もいる。この場所に来ている同盟国の者達を援護しているはずだ」
「そうですか……」
「地下に爆弾を仕掛け終えていることも聞いた。ここから離れるぞ」
「……頭領。お願いがあります」
「?」
「私は、ある者を斬らねばなりません」
「……」
「この作戦の成否が重要である事は、重々に理解しています。……それでも私は、行かなければなりません」
顔と瞳を向き合わせるケイルの真剣な表情に、トモエは数秒だけ思考する。
そして僅かに口元を微笑ませ、頷きながら告げた。
「……分かった。ここは我々に任せて、お前はやりたいことをやれ」
「……ありがとうございます」
ケイルは頭を下げて礼をし、その場から走り去る。
それを見送るトモエは、ケイルの背中を見ながら微笑み、仮面と頭巾を被り直して消えるように立ち去った。
それから十数分後、工場地帯は地下に仕掛けた時限爆弾で大規模な爆発を起こして崩落する。
こうして同盟国軍は各国の増援と合流し工業地帯の攻防を切り抜け撤退する中で、ケイルは工場地帯を去りエリクが向かった都市中央部を目指した。
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