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螺旋編 五章:螺旋の戦争
工場地帯
しおりを挟む浮遊都市の北部に到着したグラド率いる同盟国軍は、各部隊を展開させながら工業地帯に侵入する。
工業地帯も都市部同様、人の気配は無く形跡も薄い。
伽藍として音すら聞こえない工場地帯に対して、戦車から確認するグラドは指示を飛ばした。
「――……各部隊で周辺を索敵。変化が見つかり次第、報告を徹底させろ。些細な事でもだ。それと第五部隊は敵施設と思しき場所を発見し次第、該当する場所に時限爆弾を設置。爆発時間は、第五部隊の隊長に任せちまえ」
「了解です」
「戦車隊は各部隊の索敵範囲に合わせて、更に奥にある魔道反応地点まで進む。――……行くぞ!」
グラドは副官を通じてその命令を各部隊に伝え、緩やかに工業地帯を進む。
各部隊の兵士達は銃を構えながら周囲の建築物に入り、その内部を見ていった。
工場内部も都市部と同様、荒れ果てた光景を見せる。
薄暗い内部と人の居ない都市の様子に、やはり兵士達は不気味な表情を浮かべるしかない。
工業地帯の入り口はそうした無人の場所しか存在せず、索敵の報告を聞いたグラドは戦車隊を進めながら順調に行軍を続けた。
それから一時間後、高い魔道反応が示される工業地帯の中心部まで同盟国軍は近付く。
各戦車に備わる索敵機が高い魔導反応を検知し、その全てが同じ位置である事を通信越しにグラドは確認した。
「――……やはり、地下か?」
「はい。全ての戦車の索敵機が、この地下にある魔道反応を検知しています」
「となると、どっかに入り口があるのか……」
「各部隊に、地下施設の入り口を捜索させますか?」
「それしかないだろうな。最悪、地下があるなら爆弾で地面を破壊して侵入するしかない」
再びグラドは副官を通じて各部隊に状況を伝え、各部隊の大半を動員して建築物内部と外部に地下の入り口を捜索させる。
その結果、数十分後に一小隊があるモノを発見した事が報告され、グラドは戦車を降りて各部隊と共にその場所へ赴いた。
そこは倉庫のような建築物でありながら、何も置いていない場所。
一見すれば他の場所と同様にも見えたが、一面コンクリートの床には僅かにまっすぐな亀裂があり、そこに複数の兵士達が胸部分に備わる照明で照らし見せていた。
「――……ここだな」
「はい。床全体が扉になるようで、仕掛けで開くようなのは分かるのですが……」
「その仕掛けが分からない、ってことか」
「はい。まだ建築物内部を捜索していますが……」
「……やはり都市部は無人で、仕掛けを含めた本命は全て地下って事かもな」
グラドは兵士に状況を聞き、そう推測する。
あまりにも無防備すぎる無人の都市に重要施設は存在せず、全て地下に設けられている可能性が高い。
その可能性は索敵している兵士達も考えており、グラドの言葉に周囲の兵士達は頷いてみせた。
それを傍で聞いていたケイルは、建物内部を見ながらグラドに問い掛ける。
「――……それで、どうするんだ?」
「そうだな。仕掛けた分からんなら、爆弾でこの床を破壊しちまう方が手っ取り早いんだが……」
「本命が地下となると、防衛戦力があるかもしれないってことか」
「ああ、魔導人形の魔導反応も確認できてる。もし地下に新型かそれ以上の魔導人形がいると、こっちには対抗手段が無い」
「……つまり、アタシの出番か」
「ああ。今から突入する部隊を選ぶ。それと、この扉に爆弾を――……」
「爆弾で壊す必要は無い。突入する奴等をすぐに決めてくれ」
「ん? あ、ああ」
ケイルにそう述べられたグラドは首を傾げたが、すぐに突入する兵士達を選ぶ。
地上に残す戦車部隊の指揮を第二部隊の隊長に委ねたグラドは、副官を含めた第三から第五部隊を率いて地下に突入する兵士達を選定して建物の外に集めた。
それを確認したケイルは、グラドに目を向けて話し掛ける。
「――……そいつ等で全部か? っていうか、アンタも行くのかよ」
「ああ。指揮官の俺が地上に居たんじゃ、まともに指揮も出来んだろ。突入する数も絞って、五十人くらいでいいか?」
「まぁ、このくらいなら……。武器は、その銃ってのしかないのか?」
「いや、幾つか試作品で持たされてる武器がある」
「あの棒みたいな、変な筒か?」
「ああ。確か局長が、ロケットランチャーだとか言ってたな」
「ろけっとらんちゃー……?」
「筒の先に取り付けた徹甲弾ってのを、向けた先に発射する武器だ。威力は何回か確認したが、貫通力も破壊力は確かにあるぜ」
「そんなモン、地下で使って大丈夫かよ? 崩れないか?」
「無いよりはマシだろ? それに、この作戦は施設破壊が目的だ。壊せる武器は、多いに越したことはない。だろ?」
「……まぁ、向ける先は選んでくれればいい」
「おう。――……それで、あの扉をどうする?」
「斬って開ける」
「……へ?」
ケイルの言葉にグラドは疑問を宿し、先程より大きく首を傾げて訝し気な表情を見せる。
その返答としてケイルは大きな床扉がある場所の隅まで行くと、両腰に収めた剣の柄を両手で握り、膝を緩く曲げて腰を落とす姿勢で構えた。
「――……トーリ流術、裏の型。『籠断刀』」
「!!」
ケイルは目にも止まらぬ速さで両腰の大小の剣を抜き放ち、気力を纏わせた剣戟で地面に切り裂く。
前方の範囲十メートルを菱形の形状で切り裂くと、綺麗に切り取られた床が更に地下へ落下し、その場に地下へ通じる穴が出来上がった。
見る限り五メートル以上の厚さがある床を瞬く間に斬ったケイルに、グラドを始めとした兵士全員が驚愕を見せる。
そして切り裂いた後に鞘へ剣を戻したケイルは広がる地下を見下ろした後に、振り返りながら告げた。
「……かなり深いな。縄か何かあるか?」
「あ、ああ。降下用のロープがある」
「なら、用意してくれ」
「ああ。おい、ロープを用意しろ! ……エリクもそうだが、アンタも頼もしい限りだぜ」
グラドは兵士達に用意を命じた後、ケイルを見ながら小さく呟いて口元を微笑ませる。
かつて同じ兵士訓練を共にしたエリクを頼もしいと感じていたグラドは、端麗な容姿であるケイルに同じ頼もしさを感じていた。
それは他の兵士達も同様であり、皇国の英雄と名高い一人が自分達よりも小柄で華奢な女性の実力を案じていた者も多く、実際にその実力を見て不安は希望へ変わる。
その英雄が先頭に立って戦う事が心に余裕を生み、兵士達は不安が取り払われた中で地下の降下準備に取り掛かった。
百メートル程ある合成素材の縄の先端が丈夫な構造物に固定され、地下へ降りる縄が張られる。
薄暗い地下へ縄が投げ込まれると、ケイルはそれを掴んでグラド達に伝えた。
「アタシが先に降りて、様子を探る。照明をくれ」
「おう、これを使ってくれ」
「何かあったら、耳に付けたこの通信機ってので知らせればいいんだな?」
「ああ。使い方は、聞いてるんだよな?」
「とりあえずな」
「問題が無ければ、俺達もすぐに降りる。出来れば、待っててくれ」
「ああ」
ケイルはそう言いながら、両手でロープを掴んで地下へ飛ぶように降りる。
腰のベルトに付けられた小さな照明がケイルと共に地下へ飲まれると、その深さを見送る兵士達は確認した。
「……かなり深いですね。三十メートル以上?」
「もっとかもな。お前等、降りる時には注意しろ」
「了解です」
銃火器を抱え持つ兵士達に、グラドは注意を促す。
それから地下の闇に飲まれたケイルの光は見えなくなり、その応答を待つ事になった。
そして一分程が経った後、グラド達の通信機に雑音が混じるケイルの声が聞こえる。
『――……あー、聞こえてるか?』
「おう、聞こえてるぜ。どうだ?」
『着いたぜ。だいたい、五十メートルくらいの深さかもな』
「結構あるな。それで、周りは?」
『なんか、前に見たような機械と操作盤がある。リフト、とかだっけか』
「リフトか。大きさは? 動かせそうか?」
『大きさは、その場所と同じくらいだ。操作は、アタシには無理だぜ』
「そうか、なら分かる連中を先に降ろす。周りの状況は?」
『……特に何も無いな。機械はそのリフトってのだけだし、施設っぽいモノも無い』
「分かった。――……おい。第四部隊の工作兵から降下して、地下のリフトを動かせ。戦車が持って行けるかもしれん」
「了解」
グラドはそう命じて第四部隊の兵士達を先に降下させ、次々と降ろさせていく。
同時に戦車部隊にも命じ、二台の戦車を建物前まで連れて来ると、倉庫の大扉を開けて内部に入れる準備をした。
それと同時に降下した第四部隊から通信が入り、グラドに状況が伝えられる。
『――……第四部隊、ケイル殿と合流。リフトの操作を確認しています』
「おう。他に、周りに気になるモノは?」
『ケイル殿の仰る通り、特にありません。ただ、とても広い空間です。……私達の基地にあった格納庫に、似た構造ですね』
「何かを格納する、あるいはしてた場所ってことか」
『恐らくは。ただ、長く使用していないように見えます』
「使われないのか?」
『少しお待ちを。――……リフト、動かせます。動力源は繋がったままのようですね』
「そうか、なら動かしてくれ。戦車を連れて、俺達も降りる」
『はい。それと、床から離れてください。そこが入り口として開くと思われます』
「了解だ。――……おい、一旦離れるぞ!」
グラドは地下の状況を聞き、リフトの出入り口から兵士達を退かせる。
すると数分後に建物全体に微妙な重低音が響き、倉庫全体を揺らし始めた。
そして巨大な床扉が開かれ、数分後にその扉から床全体を補う程に巨大なリフトが地下から出てくる。
それに第四部隊の兵士達が幾人か乗っており、グラド達を誘導するように各兵員と戦車をリフトに乗せた。
「――……んじゃ、行くぜ! 地上部隊は、そのまま工場地帯を索敵してくれ!」
「ハッ!」
グラドは残る地上部隊の隊長に命じ、副官と共に戦車二台と五十名の兵士を乗せたリフトは地下へ降りる。
こうしてケイルを含んだ第三部隊から第五部隊は、工場地帯の地下へ潜った。
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