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螺旋編 五章:螺旋の戦争
別れ道
しおりを挟む結界を突破し、エリク達や同盟国軍を乗せた三番艦箱舟は浮遊都市に着陸を成功させる。
そして後部に設けられた中央甲板内の格納庫が開け放たれ、戦車を始めとした同盟国軍の兵力が降り立った。
それを指揮する元将軍グラドや各隊長達は、降りた都市内部の状況に怪訝な表情を見せている。
「――……奇妙だな」
「ええ。……人が住んでいる様子が、無いように見えます」
「都市内部にも、対空兵器や魔導兵器が無いようですし……」
「この広場も、もう何年も使われていないような荒れ具合だ」
「都市の状況も、空から見た限りでは都市図と様変わりしていましたよね?」
「少なくとも、俺が知ってる頃の魔導都市の面影は無いな」
「グラド将軍、魔導国の都市に滞在した事があるんでしたっけ?」
「ずっと昔に、何年かな。……この都市に居た三十万人の住民は、何処に行ったんだ……?」
灰色の都市を見上げながら、グラドは心に浮かべた疑問を呟く。
かつて様々な人々が賑わいを見せながら行き交い、魔法という学問を学ぶ為に開かれた色褪せた都市は、その色を完全に失っている。
都市の中に緑は無く、人が住んでいる形跡も無い。
風化した都市に無造作に増築されて立ち並ぶ灰色だけの都市が、今の魔導国の姿だった。
各隊が準備を整えると同時に、各隊が左耳に取り付けた小型通信機に音声が届く。
それは箱舟の艦橋で通信で、シルエスカの声で発せられた。
『――……各隊に告げる。都市内部の魔導反応を計測し索敵した結果、大規模な反応を示した地点が三箇所ほど確認できた』
「!」
『一箇所目は、都市北部に設けられた建物内部。上空から確認できた際、そこには大規模な工業地帯と思しき場所が確認されている』
「工業地帯……!」
『そこに複数の大きな魔導反応と共に、魔導人形の反応を多く確認できた。恐らく、そこが魔導人形の製造施設である可能性が高い』
「!」
『その地点に、グラド将軍が指揮する第一から第五部隊の戦力が向かってもらう。魔導人形の製造施設を発見し、自律して動く奴等を完全に破壊してくれ』
その通信を聞いた第一から第五部隊の兵士達は、表情を引き締める。
それに応えるように、戦車の鉄板を一叩きしたグラドに兵士達が注目を向けた。
「――……聞いたな! 第一から第五部隊は、俺について来い! ――……ヒューイ!」
「ハッ!」
「お前の第五部隊は、施設爆破が担当だ! 敵防衛用の戦力がある場合、迎撃は第一から第四部隊に任せろ! お前等は盛大に、爆弾仕掛けて壊しまくれ!」
「了解!」
「間違って退路まで爆破すんなよ? 塞いじまったら、全員で帰れないからな!」
「そ、そんなヘマしません!」
「おう、頼りにしてるぞ! 勿論、お前等もな!」
「――……はい!!」
グラドは大声でヒューイと話し、兵士達に向けて笑いながら告げる。
その言葉は全員に自然な笑みを浮かべ、死ぬ覚悟を抱く兵士達に僅かな希望を宿らせた。
そしてグラドが率いる五部隊は、十台の戦車と約二百名の兵士達を率いて、都市北部へ向かう準備を始める。
全兵力の半数近くを傾ける程に、魔導人形の製造施設破壊は今回の作戦にとって大きな目標と言えた。
他の部隊がそれを横目にする中で、通信機にシルエスカの新たな情報が届く。
『――……残りの二箇所は、都市の中心部。その地下と、上だ』
「!」
『まず都市の地下に、他二点とは比べ物にならない魔導反応が確認できた。恐らく、それが都市を浮遊させている機関部だと推定される』
「……!」
『逆に、その上に設けられた高層建築物にも魔導兵器の反応が確認された。他の二点より弱い反応だが、それでも都市内部の中では高い魔導反応が感知されている。何か敵にとって、重要な施設がある可能性も捨てきれない』
「……どちらかが、破壊目標ってことか」
『残りの第六部隊から第十部隊は、私が指揮する。そして都市中央部に向かい、下と上の二手に分かれて破壊工作を行う!』
「!」
『浮遊機関の可能性が高い地下に入る部隊は、私自身が指揮する。上の建築物は戦車を始めとした地上部隊に任せる事になるが、互いに通信で状況を知らせながら目的の施設だと判明した場合は、時限式の爆弾を仕掛けて破壊を試みる』
「……」
『爆弾の時限は一時間に設定。それまでに別れた部隊は地上に戻り、この箱舟に戻れ。その時は、兵装は都市に放置しても構わない事を伝えておく』
「……!」
『今作戦は、全員が死を覚悟して挑んでくれている作戦だと承知している。……だが、無意味な死は要らない。全員が生きる事を諦めず、作戦を成功させる事を考えろ。――……これより、作戦を開始する!』
「――……ハッ!!」
シルエスカの言葉を聞き、全部隊が短くもはっきりと意思で応える。
そして各部隊が準備を進め、目標施設がある場所へ向かうよう動いた。
その中で、艦橋には艦橋員である兵士の他に、集められた人物達がいる。
通信機を置いたシルエスカは、そこに集まった面々に顔を向けた。
「――……ケイル、マギルス。そしてエリク。お前達には、それぞれの部隊に別れて同行して欲しい」
「別れてか?」
「この都市にいる魔導国の戦力が分からない以上、出来るだけ高い戦力が各部隊に居るのが望ましい。……兵士達だけでは、対処できない相手もいる可能性が高いからな」
「魔導国が引き入れたっていう、聖人と魔人だな?」
「そうだ。それ等の特記戦力が各目標施設を防衛していれば、兵士達だけでは対処が難しい。対抗できるのは、同盟国の特記戦力である我々だけだ」
「皆で一緒に周って壊して行くんじゃ、ダメなの?」
「それも考えたが、時間が増えればそれだけ敵増援が増え、作戦が失敗する可能性が高い。ここは三箇所に別れて、迅速に各施設を破壊する方が得策だ」
「ふーん」
シルエスカは身体を三人に向け、それぞれの意見に答えていく。
その傍にはクロエも控えており、マギルスはそちらに声を掛けた。
「ねぇねぇ。クロエはどうするの? 僕と一緒に行く?」
「私は止めておくよ。自分が作り出した空間ならともかく、外だと制約でまともに戦えないからね」
「そっかぁ……」
「私の分まで、存分に遊んで来るといいよ」
「うん、分かった!」
「役に立てない私は、箱舟に残る事にする。箱舟が襲われた場合には、退避して違う場所に移動するから」
「ああ、頼む」
マギルスとシルエスカにそう伝えるクロエは、指揮席に着きながら微笑む。
それを見た後、再びシルエスカは三人に尋ねた。
「――……それで、三人は何処に向かいたい?」
「うーん。人形の相手するの飽きたし、僕は本命っぽい地下がいい!」
「……ならアタシは、魔導人形の製造施設だ。魔導人形くらいならアタシでも軽く倒せるし、施設破壊が目的ならやりようもある。数で来られると厄介な魔導人形は真っ先に潰した方が良いだろ」
「俺は、残った一つだな」
「分かった。ではそれぞれに、各部隊と合流して向かってくれ」
そう軽く礼をしてシルエスカは歩み、艦橋内の扉へ向かう。
ケイルとマギルスも同じように扉に向けて歩み始めたが、立ち止まったままのエリクは出て行く三人とクロエに声を掛けた。
「――……待ってくれ」
「?」
「もし、お前達の場所にアリアが居たら。……俺に知らせて欲しい」
そう頼むエリクに、三人がそれぞれに渋い表情を見せる。
その頼みに対して真っ先に答えを返したのは、扉の位置に近いシルエスカだった。
「……情報は伝える。だがアルトリアと交戦すれば、我は手加減できない」
「!」
「アルトリアの実力を、我々は三十年前に見たはずだ。……もし記憶を失ったアルトリアが敵対し、本気で我々と戦えば、相対した兵士達は瞬く間に殺される」
「……」
「納得は出来ないかもしれないが、理解してくれ。……アルトリアは予想できる敵戦力の中で、最も危険なのだ」
シルエスカはそう告げて、扉の開閉スイッチを押して艦橋から出て行く。
それに続くように、マギルスも艦橋から出て行く時にエリクに伝えた。
「――……僕も、本気のアリアお姉さんと遊んでみたいから!」
「……そうか」
「早い者勝ちだよ! ……おじさんが行く方に、居るといいね!」
マギルスもそう言い残して、艦橋を出ていく。
そして最後に残ったケイルも、エリクに背を向けながら伝えた。
「――……アタシの言いたい事は、もう伝えたぞ」
「ああ。分かっている」
「……ただ、これだけは言っとく」
「?」
「……死ぬなよ。もし死んだら、恨むからな」
ケイルもそう言い残し、艦橋から出て行く。
出て行った三人を見送ったエリクは小さく鼻息を吐き出して顔を上げ、同じように艦橋から出て行こうとした。
それを呼び止めるクロエの声が、エリクの後ろから掛けられる。
「――……エリクさん」
「なんだ?」
「一つだけ、貴方に助言をしておこう」
「助言……?」
「貴方だけでは、きっと望みは叶わない」
「!」
「貴方の望みを叶えたいなら、きっと様々な助けと犠牲が必要になるかもしれない。……それでも貴方は、今のアリアさんを救いたい?」
「……」
「以上が、私が送る最後の助言だ。頑張ってね」
「……ああ」
エリクはその助言と問いに答えず、三人と同じように艦橋から出て行く。
それを背中で見送ったクロエは被った帽子を口に覆わせながら、優し気な微笑みを浮かべて呟いた。
「――……私と彼女が生み出した螺旋が、どうなるのか。……ちゃんと、今の私も見届けないとね」
誰にも聞こえない声でクロエは呟き、帽子を被り直す。
そして灰色の都市を見ながら、艦橋の指揮を執った。
こうして破壊すべき目標施設へ、各部隊と共にエリク達も作戦に参加する。
都市北部には、十二台の戦車部隊を中心とした二百名の第一から第五部隊の兵士達を率いるグラド将軍とケイルが。
都市中央には、戦車八台と兵士二百五十名を率いたシルエスカと共に、マギルスとエリクが。
それぞれが覚悟を秘めた表情を宿し、都市の中へ別れて向かった。
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