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螺旋編 五章:螺旋の戦争
空の景色
しおりを挟むエリク達を乗せた三番艦の箱舟は、偽装を施し空に溶け込みながら上昇する。
その際に乗務員達は各位置で席に着きながらベルト等で姿勢を安定させ、地上とは違う上昇負荷と重力を少なからず感じさせられた。
それは艦橋にいるシルエスカ達も同じく、その中でも各艦橋員は状況を伝える。
「――……五百メートル……。六百メートル……。高度、更に上昇します!」
「自動回頭、設定した座標位置に固定……!」
「メイン魔導力機、第一から第八の魔力貯蔵器、異常なし!」
「船体障壁、問題は無いようです!」
「……本当に、飛んでいる……」
各艦橋員が定位置の機器を確認しながら船体と周囲の状況を確認し、その中の一人が艦橋から見える空の景色に驚きの目で見る。
現代の人間大陸の中で、大部分の人間は空を飛ぶという経験はした事が無い。
極一部の魔法師が飛行魔法を研究しているという眉唾な情報はありながらも、それを実際に成功させた者達は大衆の目に触れられる事は無かった。
しかしホルツヴァーグ魔導国が都市を浮上させ、しかもそこから浮遊する飛空艇を製作してしまう。
それに魔導人形を乗せて攻め込むという行為を行った為に、今を地上で生きる人々は空を恐れて隠れ潜む事しか出来なくなっていた。
そして恐ろしかった空に、自分達がついに踏み込む。
それは喜びや期待以上に、不安の瞳を宿す者達が大半だった。
極一部を除いては。
「――……わぁ! 本当に飛んでるね!」
「そうだね、飛んでるね」
「こんなデッカイのが、何で飛べるの?」
「んー、分かり易く説明すると。マギルスは湖や海で泳いだ事はある?」
「あるー!」
「人間もそうだけど、ある程度の物体は内側に空気があると、水の上で浮いたままになる。逆に空気が無くなると、水に沈むんだ」
「へー、そうなの?」
「この箱舟はその原理を利用して、星の大気中を水中のように泳げるんだよ」
「この船って、空を泳いでるの?」
「そうだよ。空に浮く時には、船体の中にある貯蔵器に魔力を大きく取り込む。逆に沈む時は、貯蔵器の魔力を吐き出していく。前後左右に動く時には、手足のように魔力を動かしながら回して、漕いでるんだ」
「へぇー。じゃあ、ずっと魔力を取り込んだ状態だったら、もっと高く飛べるの?」
「本当はそうなんだけど、従来の箱舟と違って、これは急造品だからね。船体の素材も強度も従来のモノより遥かに劣るから、上昇できる高度には限界があるんだ」
「限界って、どのくらい?」
「この星の高高度は、確か六十キロくらいだったかな。この箱舟だと、二十キロ辺りが限界かも」
「じゃあ、浮かんでる魔導国の都市も、それくらいの場所にあるのかな?」
「それより低いと思うよ。空は高く昇れば昇る程、空気が薄くなるからね。人が住む環境としてはあまり好ましくない。仮に都市全体に障壁を張ってるなら、草木を多く植える事で空気の補完は十分だけど」
「それをしてたら、この船が行ける高さだと辿り着けない?」
「そうだね」
「そっかぁ。それだとつまんないなぁ」
「大丈夫。ちゃんと辿り着けるよ」
「そうなの? じゃあ、いっぱい遊べるね!」
艦橋の補助席に座りながら呑気に話すクロエとマギルスに、緊張感を持っていたシルエスカを含めた艦橋員達は呆気を含んだ溜息を吐き出す。
そして離陸してから数十分が過ぎ、箱舟の高度が十キロメートルを超える。
周囲の映像が写されるモニターを見ている艦橋員達は、同盟国の首都廃墟が豆粒ほどに小さくなり、雲さえ超える高さに居る光景を見て驚いていた。
そうした中でクロエが補助席のベルトを外し、艦橋員の一人が座る持ち場に近付き機器を確認しながら伝える。
「――……ふむ、もう十分かな。貯蔵器の魔力を、第一から第四まで八割まで戻してね。第五から第八は、逆に一割未満に調整して」
「わ、分かりました!」
「高度としてはもう十分だから、この高度を維持しつつ指定空域まで移動を開始。緊急時以外は、基本的に自動操縦で大丈夫だよ」
「は、はい!」
「乗っている皆にも、もう動いても大丈夫だと伝えてね。障壁で船体や人体に掛かる各負荷は大幅に軽減してるはずだけど、上昇負荷で耳鳴りを起こしてたり酔ったりしてる人もいるはずだから、そういう人達は医務室に行くようにね」
クロエは艦橋員達にそう指示しながら、箱舟の上昇を緩やかに止める。
更に各作業を進めさせ、箱舟の左右と後部から魔力を噴出させて船体を前方へ進めさせた。
そして艦橋員の一人が各区画に配置した通信機で、クロエが言った事を他の乗務員達にも伝える。
耳鳴りを始めとした異常を訴えて医務室に移動したのは数十人に及んだが、どれも一過性の症状で一時間前後で体調を戻した。
そして無事な者達は箱舟の外が見える各所に詰め寄り、外の光景を目にして驚く。
自分達が本当に空を飛び、まるで地面のように広がる広大な雲と青い地平線を見て、興奮にも似た様子を見せていた。
「――……雲だ。いつも見てる雲が、あんな下に……!?」
「周り、何処を見ても青いぜ!」
「た、高い! 怖い……!!」
「……綺麗だ」
「俺達、本当に空を飛んでるんだな……」
全員がそれぞれに思い思いの言葉を呟き、窓に張り付くように外の風景を見る。
しかし一定の数は空を見て見下ろすと、鳥肌を立たせて寒気を起こしながら窓から離れるなどという光景もあった。
そうした兵士達に紛れるように、エリクとケイルも窓から外を眺める。
そして二人なりに、箱舟から見る空の感想を述べた。
「……高いな」
「ああ。マギルスの馬より、高く飛べるんだな」
「……これで落ちたら、全員まとめて一巻の終わりだな」
「クロエが作った物だ。大丈夫だろう」
「……お前、よくアイツを信用できるな?」
「ケイルは、信用していないのか?」
「前の時はそうでもなかったけど、あの姿であの口調だと、なんか腹が立つんだよ。いっつもニヤニヤ笑ってやがるし」
「嫌いなのか?」
「……嫌いというか、なんか苦手だ。ああいうタイプはな」
「そうか」
二人はそう話しながら窓の外を眺めていると、再び各区画に設けられた通信機に音声が入る。
それは指揮官であるシルエスカの声であり、全員が一声を聞いて通信機に注目した。
『――……シルエスカだ。全員、そのまま聞いて欲しい』
「!」
『我々は現在、アスラント同盟国領内の大陸を高度十キロの空域から航行中だ。予定では四時間後に、この国の大陸を出る事になるだろう』
「四時間で……!」
「そんなに早く……!?」
『そして魔導国の首都が浮遊していると思しき指定空域に、今から十一時間程で到着する見込みだ』
「!」
『それまでは各自、持ち場で作業に務めるように。また、二時間毎に各作業員は交代しながら作業を行え。体調不良を感じる者がいれば各長に報告し医務室で休み、代理の交代に任せろ。慣れない空で不調を感じるのは当然だ、恥じる必要は無い』
「……ッ」
『指定区域に到着後は、第二種臨戦態勢へ移行。魔導国首都を発見した場合は、第一種臨戦態勢へ。その際、各隊は手筈通りに上陸に備えろ』
「ハッ!!」
『また、敵飛空艇を発見した場合にも同様だ。各隊は敵飛空艇を発見した報告を受けた際に、迎撃態勢を整える』
「!」
『ただし、出来るだけ敵飛空艇を発見してもやり過ごす。その場合には迂回する事も視野に入れるが、作戦時刻にズレが生じるだろう。一番艦と二番艦も同じ事態が起きた場合、合流時間が大きくズレる可能性がある。その辺りも留意して欲しい』
「……!」
『合流時間を過ぎても他の箱舟と通信または合流できない場合、我が艦は一隻で敵浮遊都市に潜入、もしくは突入する事になる。その時の覚悟だけは、全員しておいてほしい。――……以上だ!』
「……ハッ!!」
全員が各通信機に敬礼を向け、その命令に応じる。
一時的に浮かれてはいたが、この空もまた魔導国の領域に等しい。
他の箱舟が合流する為に向かう途中に敵飛空艇と遭遇すれば、戦闘を行うかもしれない。
それによって時間のズレは勿論、他の箱舟が全滅してしまう可能性もある。
敵の飛空艇が闊歩し、自国や他国の空を犯しながら侵攻して来ていたという事実を思い出した兵士達は、ここが敵の勢力圏内である事を意識して気を引き締め直した。
それから作業がある者達は窓から離れ、各区画で持ち場に着く。
また武器や兵装の確認も再び行われ、作戦に備えるように全員が動き出した。
エリクとケイルも共同部屋に戻り、体を休めるように固定されたベットに腰を下ろす。
それから予定通り、四時間後に箱舟はアスラント同盟国の大陸から離れる。
時刻は夕方に入り、蒼天の空は朱に染まり始めた。
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