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螺旋編 五章:螺旋の戦争

希望の箱舟

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 作戦会議は終わった後、数時間後に兵士や作業員達の大半がある一画に集まる。
 そこに集まるようダニアスに求められたエリク達も、そこに集まっていた。

 そこは建造された一番艦と二番艦の飛空艇が格納された区画であり、全長二百メートルで高さ五十メートルもある二機が収められた巨大な空間内を改めて見るエリクは、ケイルの隣に佇みながら不可思議な面持ちで周囲を見つめていた。

「――……広いな」

「ああ。支柱が一本も無いのに、こんだけ広い地下空間をどうやって維持してるのか、不思議でしょうがねぇな」

「しちゅう……?」

「デカイ建物にある広い場所には、必ず柱が必要なんだよ。そうしないと、横や上の自重に耐え切れなくてその空間が崩れちまう。それが支柱だ」

「そうか」

 そんな雑談を交える二人を他所に、人は更に増えていく。
 各地に設置された鉄製の柵通路や階段などに人が集まり、その全員が飛空艇に注目した視線を向けていた。

 そうした中で、その区画全体を一望できる位置に備えられた部屋がある。
 強化ガラスに覆われたその部屋では十数人の作業員達が機器を操作し、それを指揮するように議長ダニアスとシルエスカが中央に立ち、壁に背中を預けながらクロエとマギルスが一緒に居た。

 そしてダニアスが各作業員に指示しながら、ある作業を行わせている。
 それに応じる作業員達は、機器を通して得られる情報を述べながらダニアスとシルエスカに

「――……一番艦と二番艦。共に魔導力機、正常に稼働しています」

「各魔導器に取り付けられた魔石、魔力量。再確認、完了しました」

「各艦、乗務員の各配置が完了とのことです」

「上層と中層のメインハッチ動作、準備完了」

「各兵装、各機器の動作にも不具合は確認されていません」

 各作業員達が情報を伝え、ダニアスとシルエスカに伝える。
 それを聞き入れながら飛空艇の方を見る二人は、呟くように会話を行った。

「……本当に、飛空艇これが空に飛ぶと思えるか?」

彼女クロエの話を信じるのなら。実際に、浮遊実験は成功していますし」

「空を飛ぶとなると、話は別だろう?」

「今更それは……。シルエスカ、貴方も飛空艇の開発と作戦には賛成なのでしょう?」

「確かに、そうだがな。……だが、やはり不安と危惧というモノは否応なく感じてしまう」

「それは、同意ですね」

 二人はそう呟きながら話し、目の前に広がる二機の飛空艇を見つめる。

 この五年間、幾つかの実験を重ねながら開発された飛空艇がついに飛び立つ。
 その開発と製造に関わった人々は、それが実際に空を飛ぶ姿をまだ一度も見ていない。
 全ては開発部局長の肩書きを持つ若い少女クロエが指示して作らせたモノであり、誰しも巨大な飛空艇が飛ぶという現象を目にするまで不安が募っていた。

 そして作らせたクロエは、それを見ながら微笑みを浮かべて見守る。
 その隣に居るマギルスは、不安とは別に楽しみな表情を浮かべていた。

「ねぇねぇ。飛空艇あれ、本当に飛ぶの?」

「本当に飛ぶよ」

「そっかぁ、楽しみだなぁ。アレに僕達も乗れるんだよね?」

「うん」

「君も、僕達と一緒に乗るの?」

「そうだよ。……私が行かないと、進まないだろうからね」

「進まない?」

「こっちの話。――……さぁ、ついに飛び立つよ。希望ノアが」

「!」

 クロエが飛空艇に視線を向けると、マギルスも同じ方向を見る。

 起動した飛空艇の各所に明かりが灯り、同時に機体の表面が色褪せた姿を現す。
 七色の魔力が光ると同時に船体を覆い、その表面が白い鱗のような魔力の障壁で覆われた。

「!」

「あの障壁が、空気抵抗と各種衝撃を緩和する結界にもなる。敵が使ってる飛空艇と同じ機能だけど、こっちは魔導装置に連動して偽装も施せるから、空を飛んでも溶け込んだかのように移動できるんだよ」

「へぇー」

「そしてあの障壁が周囲の魔力を取り込み、飛空艇の動力に魔力を供給する。一応、内部の魔石が一定魔力を供給するけれど、魔力を異常に消耗するような機能を使わなければ、アレだけで空を飛び続ける事が出来る」

「ずっと飛べるの?」

「本当わね。でも、今の人間大陸は自然魔力が減少してるんだ。魔石の補助魔力があっても、飛び続けられるのは一週間くらいかな」

「ふーん。じゃあ、空に浮かんでる都市っていうのも、魔力を吸って飛んでるのかな? だから世界の魔力も、ずっと減ってる?」

「なるほど、その可能性もあるね。……もしそうだとしたら、魔導国が空に浮かばせた機能を私は知ってるモノかも」

「そうなの?」

「大地ごと都市を浮かばせる程の強力な機構は、現代の魔導技術や魔法技術では不可能だ。太古の技術を用いれば可能性はあるけど、それを再現するのは現代では厳しい。だとすれば……」

「すれば?」

「再現ではなく、復元したのかも」

「復元って、直したってこと?」

「そういうこと」

「でも、なんでそんなのがあるの?」

「うーん。それを説明するには、少し昔話をしなきゃいけないから。後で遊ぶ時に話そうか」

「わーい!」

 そう話すクロエとマギルスを尻目に、飛空艇の起動は着々と進む。
 各作業員達が操作を進め、ついに箱舟が飛び立つ時が来た。

「上層と中層のメインハッチ、開きます」

「各フロア、人員の退避は完了済みです」

「一番艦からの信号確認。発進準備、完了です!」

「――……箱舟ノア一号機。発進せよ!」

 各作業員の報告を聞き届け、ダニアスがそう命じる。
 それと同時に上空の鉄壁の天井が別れるように開き、その先にある幾層もの鉄扉が開き続けた。

 そして全て開き切った百メートル以上先に、外の光が漏れ届く。
 その場にいる全員がそれを見上げると、飛空艇が風を巻き起こしながら音を鳴らした。 

 緩やかに、そして静かに箱舟ノアが浮かび上がる。
 直上に浮かんだ箱舟ノアは基地内部を上り、開いた天井を通過した。

「!!」

 その際に横揺れして壁に近付いた飛空艇を見た周囲は、息を飲みながら緊張感を高める。
 その場の全員がそれを見ながら期待と不安の入り混じった視線を浮かべ、飛び続ける箱舟を見送る。

「――……三十メートル。……四十メートル。……五十メートル。……中層、無事に突破しました!」 

「続いて、上層区画に入ります!」

「周囲の索敵は?」

「敵反応、首都近辺では確認できません!」

「……そのまま上層を抜け、地上へ。箱舟ノアを空へ……!」

 ダニアスは室内にある映像モニターに映し出された箱舟ノアを見ながら、そう祈るように呟く。
 人々に見守られた箱舟ノアは上層区画を抜け、ついに地上の扉を潜り抜けた。

 それをモニター越しに確認した室内の作業員達や地下の全員に、一番艦の箱舟《ノア》から通信が届く伝えられる。

『――……一番艦、箱舟《ノア》。無事に離陸しました!』

「おぉ……!!」

「おぉおおッ!!」

「や……やったぁああああッ!!」

 箱舟ノアが無事に離陸し、空に昇った事が伝えられる。
 その通信が地下全体に響き、二番艦が残る建造場所や他の場所にいた人々にも報告が届くと、全員が歓喜の声を上げて喜びを見せた。

 その歓声の中で深い安堵を浮かべたのは、同盟国を指揮する議長ダニアスとシルエスカ。
 二人は建造した箱舟が無事に飛び立ち、侵攻作戦を遂行する為の第一段階が始められる事を密かに喜び、拳を握りしめる。

「――……まだ二番艦が残っている。全員、気を抜かないように」

「あっ、はい!」

「一番艦はこのまま、偽装を施しアズマ国へ。今から時間を合わせ、一週間後に魔導国があると思われる合流地点ランデブーポイントへ向かえ」

『了解!』

「続けて二番艦。発進準備、完了しています!」

「よし。――……箱舟ノア二号機、発進せよ!」

 続けて二番艦の箱舟ノアの発進準備が整えられ、先程と同じ手順で基地から飛び立つ。
 危うい様子も無く飛び立てた二番艦に、再び地下の中では人々が喜びに湧き上がる声が上げられた。

 二つの箱舟ノアは空に溶け込むように消えながら、それぞれの目的地に向かった。

 こうして不安を見せていた基地の兵士達は期待の瞳に変化し、一週間後に三番艦が離陸する準備に入る。
 魔導国に乗り込み、この戦争を終わらせるという希望を目指して。
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