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螺旋編 五章:螺旋の戦争
不安と期待の中で
しおりを挟む一波乱ありながらも、情報が出揃った侵攻作戦の会議は終了する。
司令室の中から出て行くそれぞれの面持ちは微妙であり、特に港都市の防衛戦に関わった者達は睨むような視線をクロエに向けながら退室した。
そうした中で残っているのは、エリク達三人とクロエ、そしてシルエスカとダニアス。
この五名だけが残った中で、不機嫌な様子を見せていたケイルがクロエを睨みながら口を開いた。
「――……さっきのアレ、どういうつもりだ?」
「ちょっとした確認だよ」
「確認だと……? 下手したらあの場で、アタシ等はリンチにされてたかもしれないんだぞ。それだけじゃない、やる気出してる連中の士気だって落ちたはずだ」
「あの質問があった時点で、ああ答えないと誰も納得しないよ」
「何だと……!?」
「あの質問をしたケイルさんが悪いと言ってるわけじゃないんだ。……元々、あの場の全員が敵の所在に関しての疑問は少なからず抱いていたからね。でも、誰も口にしようとしなかった」
「!?」
「その理由が、ケイルさんには分かる?」
「理由……?」
「皆、凄く不安で恐ろしいのさ。ただでさえ今回の侵攻作戦は不確定な要素が多い中で、戦って死ぬ覚悟は出来ても、無意味な戦いでは死にたくない。そう思ってる兵士達は、かなり多いんだよ」
「!」
「何より、今回の作戦でこの基地の存在や、あの飛空艇の存在そのものを知った人達がほとんどだ。でも、敢えてそれを疑問として口に出す勇気も理解も誰も抱けてはいない」
「……」
「理解が追い付いていないという意味では、彼等も貴方達と同じだよ。……本当に、敵の都市が上空にあるのか。もしかしたら、誰も見つけられない地上や海に魔導国の基地があるだけじゃないのか。そういう疑問を、彼等全員が抱いていたのさ」
「全員……」
「皆は魔導国という敵に対して、あまりにも多くの無知と未知を抱えている。それが様々な感情を生み、仲間同士の亀裂になる。実際に、魔導国の侵攻で攻められた中で協力が出来ず、衝突を起こして崩壊した国も多いんだ」
「……ッ」
「それを出来る限り払拭して敵に挑むには、不安以外の要素を彼等に植え込むしかない」
「不安以外の要素……?」
「見えない敵を憎み恐れるより、目の前で理不尽を憎む方が、人というのは精神的に楽なんだよ。……今この場でその役目が、理不尽な私というわけだ」
「!」
クロエがいつものように微笑み伝える言葉に、ケイルは目を見開いて驚く。
その話を傍で聞いていたダニアスが、ケイル達に説明するように伝えた。
「――……先程のやり取り。私が彼女を責めるような物言いは、会議の前に彼女自身から提案された行動でした」
「なに……!?」
「元々、貴方達が発見され私達の下まで来るよう軍部に命じた時点で、我々はそれなりの兵力を整えて港都市に赴こうと考えていました。……しかし、それを彼女に止められたんです」
「!」
「彼女が先程と同じ事を、我々に伝えた。そして私とシルエスカはそれに納得し、貴方達に対する迎えを出さずに海軍に命じ、襲撃される可能性がある港都市に増援を出さなかった。侵攻作戦に際して、兵力となる人員と物資の損耗を防ぐ為に」
「……!?」
「そうした対応を取った為に、今回の作戦に招集された兵士達の中には、この基地の状況を見て港都市に対する増援に遅れた理由を求め、指揮する私達に対して不信と不満を抱く者達が少なからずいたのです」
「……そりゃ、この基地の施設を見たら、そう思うわな」
「私達の不満と憤りが高まれば、作戦に対する態度が不十分になるかもしれない。それを危惧していた我々に、クロエ自身が提案してきました。……彼等の悪感情は、全て自分で引き受けると」
「……!!」
ダニアスが話す先程のやり取りの真実に、ケイルは訝し気な表情を浮かべてクロエを見る。
そして微笑みながらそれに頷いたクロエは、淡々と説明を述べた。
「議長であるダニアスと、軍部を統括するシルエスカ。この二人に不満が向けられるのは、正直よろしくない。だったら真実を話して私が増援を遅らせた悪者だと分からせれば、二人に対する彼等の不満や不安感はかなりに取り払われるからね」
「……」
「それにエリクさんの証言もあったことで、敵の本拠地が上空にあるという説が有力になった。これで彼等は向かうべきが敵が空にいるという認識を深め、事に挑む覚悟をしてくれる」
「……そうだ、エリク! お前、なんでわざわざあの時に、あんな事を?」
クロエはエリクの証言に関する説明をすると、ケイルがそれを疑問に思い視線を向ける。
あの発言が無ければ、少なくともああいう形で会話の流れは持ち込めない。
一歩間違えれば自分達の状況を悪くする話の流れに加わったエリクに違和感を持っていたケイルは、それを問い掛けて答えさせた。
「……あの時、そう答えろと。クロエが言っているような気がした」
「え……!?」
「それに、あの場でそう言われて。確かにその可能性があると、俺自身も思った」
「!」
「俺達があの砂漠に現れた事で、敵に見つかった。そしてあの船に乗った事で、敵に行先を特定された。……そこまで聞いて、クロエが何を言いたいのかも分かった」
「言いたいこと……?」
「この基地も、既に敵に発見されている。そういうことだな?」
「!?」
エリクが推測するその言葉は、クロエを除いたその場の全員を驚かせる。
そして驚かないクロエだけが、頷きながら答えた。
「その通り。この基地も既に、敵に発見されているよ」
「!?」
「やはり、そうか」
「恐らく今回の作戦で集められた兵士達の動向も、魔導国には筒抜けのはずだ」
「それじゃあ、作戦が……!?」
「魔導国側にはバレているかもしれない。……もしくは、魔導国側はそれを待っているのかも」
「待ってる……?」
「貴方達の動向を知り、この基地の存在と動向を確認しながらも、魔導国はここを襲おうとしない。……それはつまり、貴方達が空に来る事を待っているから」
「……まさか、それって……」
クロエが微笑みながら語る言葉に、ケイルを始めとした面々が怪訝ながらも気付きを含んだ表情を含ませる。
そしてこの場の全員が思った人物の名を、エリクが口にした。
「……アリアか?」
「多分ね」
「……」
「アリアさんが貴方達三人が魔導国まで来る事を望んで待っているのだとしたら、今の魔導国においてそれなりの立場にいる可能性はあるね」
「!」
「この数ヶ月間を見逃されているのは、アリアさんが私達に助けられる事を期待して待っているからという可能性もある」
「!!」
「でも、もしかしたら。地上の対抗勢力を一掃する為に、魔導国は空に姿を晒した私達を待ち構えて攻撃するつもりかもしれない。向こうは私の聖人としての能力を把握している節があるから、空に引っ張り出したいのかも」
「……ッ」
「期待と不安が半分ずつ。どちらにしても、私達はそうした中で作戦を決行しなければいけない。そうしないと、この国を含めた人間大陸の人々は十年足らずで全滅してしまう」
「……」
「この作戦は、唯一の最後の希望だ。だから皆で協力して、魔導国に乗り込もうか」
そう笑いながら告げるクロエの言葉で、五人はそれぞれに表情を強張らせる。
この作戦が失敗すれば、人間大陸の全土に及ぶ魔導国の侵略は終わらない。
十五年以上に渡る侵略で各国の物資と資源は既に底を尽き、作れる武器と兵器も限られている。
衰退していく人類はいずれ滅び、人間大陸は死の大地へと変貌するだろう。
クロエの言葉で改めてそれを実感したそれぞれが、覚悟を秘めた表情で頷いて見せた。
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