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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

拳を重ねて

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 かつてエリク達の前に敵として立った『神兵』ランヴァルディアが、『聖人』の進化方法を推察して述べている。

 人間が特定条件で進化した姿を『聖人』と呼び、それに至った人間は常人では成し得ない能力を得ていた。
 千年もの時を生きる長命に始まり、身体能力を始めとした基礎身体能力の向上、更に特殊能力を得るなど、『聖人』は人間の常識を超えた存在として認知されている。

 そんな『聖人』に、人間が至る為の条件。

 一つ目は、常軌を逸した肉体の鍛練。
 常人であれば精神を病む程に耐え切れない肉体負荷を与える訓練を十数年以上も続け、過酷な環境と戦闘経験を課して肉体を進化させる方法。

 この方法を取り入れた訓練で『聖人』を増やす試みを行っているのは、フラムブルグ宗教国の『神の代行者エクソシスト』や、アズマの国で鍛錬を積む『武士サムライ』や『忍者シノビ』が、この世界では有名かもしれない。
 実際にそれ等の訓練に耐えた者達は常人を遥かに超えた身体能力を身に着け、生命力や気術と呼ばれる『オーラ』の技を扱い、単独や少数で上級魔獣等を倒すという実績を重ねている。

 しかし、ただ過酷な鍛練を積むだけでは人間は『聖人』に至れない。
 その為に必要なもう一つの条件が『魂』の進化だと、ランヴァルディアは推測しアリアに問い掛けた。

 肉体を過酷な環境と鍛錬で鍛え上げると同時に、それに耐え切れるだけの精神が必要になる。
 逆に言えば、精神が惰弱なままではどれだけ鍛えようと、人間は『聖人』には至れない。

 そうして『聖人』に至れなかった者達を『聖人崩れ』と呼ぶ者もいるが、それでも彼等は常人より老いが少なく、寿命も少しばかり延びる。
 また鍛錬で得た身体能力と技術は己を裏切らず、十分に人間の枠を超える存在でもあった。

『――……エリクはずっと厳しい訓練を続けて、アリア以上に過酷な戦闘をしてきた。でも、今まで鬼神あいつ魔力ちから制約わたしの補助が、彼の魂を成長させる事を妨げていたのね……』

「ウォオオッ!!」

『ガァアッ!!』

『そして今、鬼神あいつと戦う事で短時間で膨大な戦闘経験を得ながら、精神を成長させた。……人間だったエリクが、完全に聖人へ進化したのね。……でも……』

 エリクとフォウルが凄まじい戦闘を繰り広げる場面を見ながら、アリアは今になって起こるエリクの変化を推察する。
 鬼神の力によって魔力や魔人化に頼り、それすらアリアの制約くさりに補助されていたエリクは、どれほど肉体を鍛え抜き過酷な戦いに身を置きながらも『魂』の進化には至れなかった。

 しかし今、その二つが完全に解けた状態でエリクは鬼神フォウルと精神内で戦いを繰り広げる。
 それは急速に魂の成長を加速させ、初めて肉体に見合った生命力オーラをエリクの精神が扱えるようになった。

 エリクの三十年近くに渡る鍛錬で培われた、エリク自身の肉体。
 その全力とも言うべき生命力オーラを、ようやくエリクは発揮できるだけの精神力こころにまで成長した。

 精神と生命力は強い同調を生み、エリクの意思に反映して巨大な力を与える。
 先程まで圧倒的だったフォウルと互角の打ち合いに持ち込み、更に自身の傷も癒しながら、エリクは果敢に挑み続けた。

『――……いいなぁ、やっとだぜ!』

「何がッ!?」

『テメェがやっと、俺の前に立てるようになったってことだよ!!』 

「!!」

 鬼気とした笑みで高笑いしながら右手で凄まじい殴打を放つフォウルは、エリクの顔面を狙う。
 それに呼応し反応したエリクも一歩後ろに足を動かしながら右手を突き出し、互いの右手が衝突するように迎撃した。
 
 赤い魔力と白い生命力オーラの光が混じり合い、互いに弾けるように相殺する。
 そして互いの拳を押し合う中で、フォウルはニヤけた口元で喋り掛けた。

『やっぱ、戦いってのはこうでなくっちゃあなぁ!』

「どういうことだ!?」

『軟弱な弱虫野郎を罵りながら叩き伏せて、何が面白いってんだ! なぁ!?』

「……まさか……!!」

面倒臭めんどくせえことまでして、俺と戦えるだけの進化ステージに引き上げてやったんだ! 感謝しろよ!!』

「ッ!!」

 押し合う拳の力を強めたフォウルが、エリクを飛ばすように腕を振る。
 そして押し合いに負け吹き飛んだエリクが宙で着地の態勢を整えようとした時、既にフォウルが飛びながらエリクの真正面に付いた。

「クッ!?」

『そぉらよぉッ!!』

 態勢が整わないまま、エリクは無意識に両腕を頭に覆い被せる。
 フォウルは両手を重ねて腕を上空に振り上げ、そしてエリクの顔面へ振り落とした。

 凄まじい音が響きながらエリクは地面へ叩き付けられるように落下し、白い地面が砕き割れる。
 思わぬ強打にエリクは口から吐血し、それでも真上から両膝を落としながら迫るフォウルを見て咄嗟に片足と片腕を使って跳び避けた。

 砕かれた白い地面はフォウルの攻撃で更に砕け、凄まじい衝撃を生む。
 それが爆風のような余波となってアリアに吹き荒れ、エリクもその中で起き上がりながらすぐに身構えた。

「……ハァ、ハァ……ッ!!」

『――……なんだ、もうヘバりやがったか?』

 息を吐き出す事を思い出したかのように、堰を切ったエリクが荒い呼吸を吐き出す。
 それと同時にエリクを纏っていた生命力オーラの光が収まり、通常の姿に戻った。

 それを遠巻きに見ていたアリアは、呟くように推察する。

『……やっぱり。鬼神あいつと撃ち合える程の強い生命力オーラを放ち続けたら、例え熟練の聖人でも生命力オーラが保てない……』

「ハァ、ハァ……ッ。……クソ……ッ!!」

『エリクはもう、生命力オーラの底を尽いてる。しばらく休んで、時間を置かないと……ッ』

 アリアは薄々ながらも予想していた事を口にし、エリクの状況を述べる。
 凄まじい生命力オーラを全身に纏いながら戦闘を繰り広げていたエリクは、生命力オーラの底を尽いてしまった。

 本来は長い鍛錬と精神訓練を経て生命力オーラを制御し、その上で攻撃や防御に回して戦うのが『聖人』である。
 しかしエリクはその基礎である訓練すら満足に出来ておらず、そもそも自分が使っている力をオーラとすら認知できていない。

 ただ無我夢中でフォウルと拮抗し打倒しようとした結果、エリクの力が先に底を尽いてしまった。
 そして疲弊し片膝を着いたエリクを、フォウルは苛立ちに近い表情で見下ろす。

「グッ、ハァ……ゥ……ッ」

『なるほど、オーラが底を尽いたか。そっちの制御もまともに出来ないとはな』

「……クソッ。なんで、動けないんだ……?」

『当たり前だ。自分の身体から血が抜かれて、動けなくなるのと同じだっての』

「血……?」

生命力オーラは魂と肉体を維持するエネルギーだ。それが無くなって循環しなけりゃ、動けなくなるのも当たり前だろうが』

「……じゅん、かん……?」

『理解できねぇか。……チッ、せっかく楽しくなって来たってのによ』

 フォウルはあからさまに舌打ちを鳴らし、溜息を吐き出しながら割れ砕けて隆起した白い地面から降りる。
 そして膝を着いたエリクの方へ歩み寄りながら睨み、エリクに向けて言い放った。

『仕方ねぇな。……おい!』

「……!」

『せっかく面白い戦いが出来そうなのに、動けもしない相手テメェを痛め付けても面白くもない』

「……ッ」

『さっきのぶんだと、お前なら一時間ちょいも休めば動けるくらいは戻るだろ。その時に、また再戦だ』

『!』

「……なに……?」

 フォウルはそう告げながらエリクが倒れた横を掠めるように通り過ぎ、しばらく歩いた先で座りながら体を横に倒して寝転がる。
 それを見ていたエリクとアリアは驚愕を浮かべ、それと同時にエリクも倒れるように腕を倒してうつ伏せになりながら目を閉じた。

 妖精姿のアリアは翼を羽ばたかせ、倒れたエリクに近付く。
 大きく疲弊した様子を見せながらも傷自体は既に治っており、また眠るように目を閉じて呼吸するエリクに僅かな安心感をアリアは浮かべた。

 そしてエリクの安否を確認した後、アリアはフォウルの後ろまで近付く。
 背中を見せながら立てた左腕と掌を枕にしているフォウルに、アリアは問い掛けた。

『……貴方の狙いは、これだったの?』

『あ?』

『エリクの魂を進化させ、聖人にする。それが本当の狙いだったのね?』

『……ふんっ、くだらん』

『!』

『俺は本気で、俺の力にばっか頼りにする軟弱野郎だったら、ぶっ殺そうと思った。……んで、叩き潰そうとしたら意外としぶとかった。それだけだ』

『……貴方って、良者いいものなの? それとも悪者《わるもの》なの?』

『良いも悪いもあるかよ。俺は、俺が気に入らない奴はぶっ飛ばす。生きてた時もそうだったし、今もそうしてるだけだ』

『……今までエリクに力を貸してたのも、それが理由?』

『別に。初めは、俺が死んだ後の世界がどうなってるか少し見てみるか程度で、力を貸してやっただけだ。その後は馬鹿の暴走で、俺は知らん』

『……』

『……ったく。こんだけれるなら、自分の力でやり切れっての。馬鹿野郎が』

 そう言いながら一切の返答をせず、フォウルも寝てしまう。
 アリアはその時、僅かに腕を動かしてフォウルを制約くさりで繋ぎ直そうかと考えた。

 しかし今までフォウルが行って来た言動の理由が、エリク自身が持つ力を引き伸ばす為だったとしたら。
 更に幾度かフォウルが口にしていた、『鬼神おれの力を使い続ければ死ぬ』という事態を回避する為に、自分という存在と力を嫌悪させてエリクに使わせまいと振舞っていたとしたら。
 それを考えてしまったアリアは、無意識に腕を下げて制約くさりを施す行動が出来なかった。

『……不器用なところは、そっくりね』 

 アリアは眠る二人の背中を見ながら、微笑みを浮かべて呟く。
 容姿や種族、そして考え方や意思の違いをはっきりと見せながらも、二人が同じ魂の中に介在する似た者同士なのだとアリアは思わずにはいられなかった。

 それから一時間後、二人は同時に目を覚ます。
 気絶するように眠っていたエリクは動けるようになった身体を起こし、フォウルは寝そべった姿勢を正して欠伸をしながら起き上がった。

『……んじゃあ、続きをやるか?』

「……ああ」

 二人は互いに顔を向けながら戦闘の続行を確認し、そして示し合わせたかのように歩み寄る。
 そして一定距離になると同時に二人が飛び掛かり、戦いを再開した。
 アリアはその二人の戦いを、遠巻きながらに見届ける。

 それから幾百・幾千・幾万という戦闘と休息を続けながら、エリクとフォウルは魂の中で戦い続けた。
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