虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

絆の囮

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 王都から脱出する事に成功した黒獣傭兵団は、国外へ出る為に東にある港へ向かう。
 しかし王都から騎兵を中心とした追跡と、黒獣傭兵団を捕らえる為に各地の兵士達も検問と巡視を強めていた。

 それに対して黒獣傭兵団は二名から五名前後に別れながら変装して各方面へ散らばり、それぞれが東の港へ向かう。
 先行組としてマチスの班が最短の道順で進み、風貌が伝わっているエリクを補助する為にワーグナーやケイルと組んで、森や山の多い南西方面を経由する事となった。

「――……遠回りだが、身を潜められる場所が多い分には楽だな」

「ああ」

「この調子で進むと、軽く一ヶ月くらいは港に行くまで掛かっちまうかもしれんが……」

「村や町に立ち寄れない以上は、水も食料も自力で確保するしかないな」

「それはしょうがないとして、問題は俺達を探してる連中だ。俺達が王都から出て何処に向かってるかは流石に分からんだろうが、その分は数で捜索の手を広げてやがる。誰かに見つかると、そいつ等が一気にこっちに集まりかねん」

「確かにな」

 ワーグナーとケイルがそう話しながら、森の中を移動する。
 その後ろで話を聞きながら歩いていたエリクは、何かを考えながらワーグナーの顔を見ていた。

「……」

「……ん、どうした?」

「いや」

「なんか、言いたい事があるのか?」

「今はいい」

「そうか?」

 エリクが珍しく何かを考えて言葉を渋る様子を目にし、ワーグナーとケイルは不可解な表情を浮かべる。
 それでも足を止める事はなく、三人は迂回しながら東の港を目指した。

 その道中、何度か自分達を探しているだろう騎兵や兵士の集団を目撃する。
 兵団も騎士団も黒獣傭兵団がやりそうな事を考え、山や森に潜伏する事を考えて巡視と監視の目を光らせていた。
 そうした目を何とか掻い潜り、黒獣傭兵団の各人員は目的地を目指す。

 それから二週間程、エリク達は捜索の目から逃れる為に更なる迂回を余儀なくされ、南西方面から西方面の山へしばらく潜伏する事になった。

「――……連中、かなり場所を絞りながら人数を増やしてやがる。この分じゃ、この山も危ないぜ」

「俺達が王都を出た時間と移動距離を、ちゃんと計算してやがるな。……他の連中は、無事だといいんだが……」

「……」

 ケイルが斥候として山の周囲を確認し、麓の森を兵団が捜索している様子を伝える。
 ワーグナーが考える以上に、兵団と騎士団に捜索の指揮と指示を行う人物が有能である事が三人を追い詰めていた。

 このままでは、姿を見られただけでも確実に先回りされて包囲される。
 それを危惧する二人の表情を見ながら、エリクはまた考えるように真剣な面持ちを密かに見せていた。

 何とか捜索の目を掻い潜り、三人は人の手が入りきれていない山々を移動する。
 そして捜索する兵団もそれに合わせ、徐々に各方面から潜伏できそうな場所を人海戦術で虱潰しに捜索していた。

 そうした中で互いが魔物や魔獣に遭遇し、エリクを主軸にしてワーグナーとケイルは対処する。
 王国側も騎士団を各地に動員し、捜索中に遭遇し危険がある魔物や魔獣に対処していた。
 
 更に一週間が経つと捜索の目は強まり、エリク達の移動は夜だけになってしまう。
 そしてとうとう、目的地に向かう為に隠れられる森や山が途絶え、三人は足を止めてしまった。

「――……ダメだ。この先は、連中が検問を張ってる」

「夜に抜けられそうか?」

「数が尋常じゃねぇよ。少なく見ても百名以上が、等間隔で道を張ってやがる。抜けようとしたらどうしても、突破するしかねぇ」

「……いっそ、このままこの山でやり過ごせるか?」

「後ろからも追っ手が来てる。ここも時期に見つかっちまう」

「……ッ」

 ケイルが冷静に状況を判断し、前後を挟まれた形で捜索の目が広げられている事を伝える。
 それにワーグナーは表情を強張らせながら、どうにか打開策を考えようとした。

 兵団や騎士団は、明らかにエリクを見つける為に動いている。
 それらしい風貌をした人物が街道や関所を通過していない以上、人の手が届かない場所を移動するなり隠れるなりエリクがしている事は明白であり、それを追跡する指揮者は三人は追い詰められた。

 八方塞がりとなった状況で二人が考える中で、エリクもまた考える。
 そして二人の言葉が途切れた事を確認すると、エリクは呟くように話し掛けた。

「……ワーグナー」

「ん?」

「奴等は、俺が見つからないから隠れていそうな場所を探しているのか?」

「ああ、多分な」

「そうか」

「それが、どうしたんだ?」

「……」

「エリク?」

 状況を尋ねたエリクに、ワーグナーとケイルは再び不可解な表情を浮かべる。
 そして座っていたエリクが立ち上がると、自分からある提案を持ち掛けた。

「奴等が俺を見つければ、俺の方へ集まる」

「……?」

「そうすれば、他が逃げ易くなる」

「……お前、何を言って――……」

「俺だけが見つかれば、他が逃げられる。そういうことで、いいんだな?」

「!?」

 そう尋ねるエリクに、二人の表情が驚愕を見せる。
 そして二人も立ち上がり、エリクの顔を見ながらワーグナーが声を荒げた。

「……お前、自分が何を言ってるか分かってんのか!?」

「ああ」

「分かってねぇよ! 昔っからお前は、そうやって突拍子もないことを――……」

「ワーグナー」

「……!」

 エリクが言おうとする事を、ワーグナーは否定して止めようする。
 しかしそれを遮り、エリクは口元を微笑ませながらワーグナーに伝えた。
 それは今までエリクを見てきたワーグナーでさえ見た事の無い、優しい瞳と微笑みを見せている。

「ありがとう」

「……!?」

「黒獣傭兵団を、頼む」

 そう話しながら歩み始めたエリクは、二人の傍から離れて西側の麓へ移動しようとする。
 エリクが初めて自分に感謝する言葉を述べ、そして黒獣傭兵団を託そうとする意志を見せた事で、ワーグナーは強張った表情のまま固まった。

 そうした中で、エリクの腕を掴んだケイルが声を荒げながら止める。

「まさか、囮になる気かよ!?」

「ああ」

「団長のお前が囮なんて、そんな馬鹿なことがあるかよ!?」

「俺は大丈夫だ」

「何がだよ!?」

「俺は、一人で生きられる」

「!?」

「俺は、最初は一人だった。だがガルドに連れて行かれて、傭兵団に入って、一人じゃなくなった」

「……!!」

「ワーグナーがいれば、もう傭兵団みんなは大丈夫だ。……俺も、また一人に戻っても大丈夫だ」

「お、おい!?」

「エリク!!」

 エリクはケイルに掴まれた腕を払い、背中を見せて二人から離れるように駆け出す。
 再び掴もうとしたケイルの手はエリクを捉え切れず、ワーグナーは見慣れた大きな背中を見ながら名前を呼んだ。

 その後、数十分後にエリクは兵士達に見つかる。
 そして黒獣傭兵団が目的とする南東側とは逆の、北西側へ向けて逃げ続けた。

 未覚醒ながらも魔人であるエリクは、兵団と騎兵の追撃を退ける。
 時には前後左右から矢が襲い、更に先回りした騎士や兵団と戦闘し包囲網を抜けながら、たった一人で逃げ続けた。

 エリクの孤独な逃走劇は、王国内だけで一ヶ月以上は続く。
 そうした中でエリクが辿り着いたのは、王国の国境を越えたガルミッシュ帝国の北東に位置する森だった。
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