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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

慈愛と神罰

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 黒獣傭兵団が逃げ込んだ貧民街の教会の周辺に、数十人以上の人々が集まり始める。
 それを察知したエリクとケイルの言葉に、ワーグナーを含んだ黒獣傭兵団の面々は表情を強張らせた。

 それから数分後、教会を出入り出来そうな周辺を塞ぐように民衆が囲む。
 そして体格に恵まれた男達が前に出ると、教会の正面扉を叩きながら怒鳴り声を出した。

「――……おい、開けろ!!」

 そう何度か強く扉を叩き怒鳴る中、その扉が開けられる。
 開けたのはシスターであり、その背後に黒獣傭兵団を連れてきた十代後半の少年少女が二人で控えていた。

 そして扉を叩いていた男と周囲を囲む人々を見たシスターは、溜息を吐き出しながら男達に問い掛ける。

「――……このような夜に、騒がし過ぎます。寝ている子供達が起きてしまうではありませんか」

教会ここの、シスターだな?」

「はい。……随分と大勢でお越しのようで。もしやこんな夜分に、礼拝ですか? それでしたら、日が昇った朝に改めてお越しを――……」

「ここに、黒獣傭兵団の連中が来ているんじゃないか?」

 シスターの断りを遮る男は、そう強い口調で尋ねる。
 それを聞いたシスターは首を傾げながら、恍けた様子で答えた。

「さぁ、何のことでございましょうか?」

「恍けるなよ。ここの教会は、黒獣傭兵団の連中が随分と世話してたってのは有名なんだ」

「はて。ここには様々な方が礼拝に訪れますし、色々と手伝ってくれる方もおります。私はもう歳なので、そうした方にはとても助かっておりまして――……」

「……もういい。教会の中、調べさせてもらうぞ!」

 シスターが恍ける長話に苛立ちを見せた男が、前に立つシスターを押し退けて教会の中に入ろうとする。
 しかしその瞬間、傍に控えていた少年がシスターを押そうとした男の右手を掴み、次の瞬間には腕を捻りながら右足の腿を蹴り上げて転がし倒し、男の首元を膝で抑え込んだ。 

「ガッ!?」

「――……シスターに、乱暴するな!」

「!?」

 そう強く言い放ちながら告げる少年は、男の手をすぐに放して離れる。

 倒れた男はよろめきながら身体を動かし、捻られた右手首と強打した体を起こして少年の方を睨む。
 周囲の男達や後ろに控えていた集団も少年の行動に驚き、疑惑を確信に変えた。

「抵抗するってことは、やっぱりここに連中を匿ってるな!?」

「何の事か、分かりかねますが?」

「しらばっくれんな!! 虐殺者エリクと、そいつが率いてる黒獣傭兵団だよ!!」

「虐殺者……?」

「知らないのか!? 連中、村を襲って住んでら村人を虐殺したんだ!!」

「!」 

「それを指示したのが、黒獣傭兵団の団長エリク! 聞いた話じゃ、気に入らない奴等を問答無用でぶっ殺すらしいじゃねぇか!」

「とても狂暴で、戦場でも容赦なく人を殺すらしいわよ!」

「もし騙されてるんなら、そんな連中を庇う必要はねぇぞ。さっさと騎士団と兵士に引き渡した方が、この教会の為だぜ!」

 民衆が述べる話を聞き、シスターや後ろの少年少女は驚きの目を浮かべる。
 僅かな時間で黒獣傭兵団の疑惑は民衆の中では確信へと変わり、団長エリクを虐殺者と罵り傭兵団全体を罪人の如く攻め立てる民衆の様子は、尋常ではない。

 やはり誰がか作為的に悪質な情報を広め、それを民衆に吹き込んでいる。
 それを確信したシスターは、老齢ながらも意思の強い目を宿しながら民衆に対して説いた。

「……貴方達はただ見聞きしただけの事で、彼等を罪人だと決めるのですか?」

「!」 

「彼等と直に会い、話して接した方は、この中にどれほどいますか?」

「そ、それは……」

「黒獣傭兵団。そして彼等を率いる団長エリク様は、そのような事を行うはずがない。特にエリク様は、この教会に訪れる度に祭壇に向けて神に祈りを捧げている、慈悲深く敬虔な御方です。そのような信心深い御方が人々を苦しめる事を命じるなど、ありえません」

「それが騙されてるんだよ!! 俺達も、あんた達も!!」

「エリク様と直に会い、接した者なら分かります。彼はこの国で誰よりも慈悲深く、誰よりも神に愛された御方であると。……どうか皆様、他者が述べる悪しき言葉に飲まれず、自分で物事を考え、そして確認してください。そうすれば――……」

「――……うるせぇ!!」

 シスターが冷静な面持ちで説き伏せようとする中で、民衆は憤りを込めた喧騒を起こす。
 黒獣傭兵団の悪辣な話を聞いて信じ込んでしまった者達は、黒獣傭兵団を庇う様子を見せるシスターに怒鳴り声を浴びせた。

「この婆さん! 俺達が騙されてる馬鹿だって言ってるんだ!!」

「なんだと!?」

「やっぱりこの教会、黒獣傭兵団の手先だ!!」

「悪人共を庇うような教会、邪教に決まってるぜ!!」

「教会に火を点けて、連中を引きずり出してやる!!」

 シスターの説得は怒り狂い暴徒と化した民衆達に通じず、全員の行動を激化させる。
 扉の前に来ていた男達は手に持つ棍棒などを構え、更に松明をチラつかせた。

 そして周囲にいる者達も同じ様子を見せ、教会に迫るように歩み始める。
 それを見たシスターは息を吐きながら首を横に振り、後ろにいる少年と少女に伝えた。

「……貴方達は、子供達と一緒に礼拝堂へ」

「で、でも……」

「大丈夫。ここは私に、任せなさい」

 優しく微笑み伝えるシスターに、二人は表情を強張らせながら頷きながら教会の中に入る。
 そして起こしていた孤児院の子供達と共に、礼拝堂の方へ移動した。

 二人を背中で見送ったシスターは、正面から迫る暴徒の集団に目を向ける。
 そしていつもは子供達に優しく微笑む表情を厳しくさせ、老婆とは思えぬ大声で怒鳴った。

「――……この、愚か者共めッ!!」

「!?」

「我が神の信仰を邪教と呼び、あまつさえ我が神を信仰する信徒を虐殺者などとのたまう者共の言葉を真に受けるとは。――……最早、貴様等には神の慈悲は無いと思え!!」

 そう言い放ちながら呼吸を整えたシスターは、脚部分の布地を素手で引き裂いて足の自由を解く。
 更にその手と足を大きく動かし、まるで拳法家を彷彿とさせる構えを見せた。
 それは独特の身構え方であったが、いつもは穏やかなシスターから放たれる気迫は尋常ではない。

 そして次の瞬間、シスターが正面の男に飛び掛かるように右足を飛ばし、腹部に直撃させた。
 その速度は尋常ではなく、男はそれを防ぐ事も足の動きを目で追う事も出来ないまま後方へ吹き飛ばされ、集団に投げ出される。
 何が起こったのか分からない暴徒達は、蹴り飛ばされた部分が目に見えて分かる程の有様を目にし、男が気絶し痙攣している姿に唖然とした。

 呆然とする暴徒達を他所に、シスターは再び身構えながら述べる。

「――……私を、ただのか細い修道女シスターとでも思ったか?」

「!?」

「この国が築かれる際、フラムブルグ宗教組織は崇めし神の慈愛をこの国と民に与えた。そして私は本部から派遣された、聖女様の下に仕えし神罰を下す者。『神の代行者エクソシスト』である」

「……え……?」

「敬虔な神の信徒を貶め、あまつさえ我が神を愚弄する事は、我々が信仰する『繋がりの神』に仇名す者と見たり」

「……ヒッ!?」

「愚弄者、そして異端者は罪を償い、神に命を捧げよ!!」

 その日、貧民街において大量の負傷者が発見される。
 全員が散り散りの場所で倒れ込んだ姿で発見され、それぞれが数ヵ月は起き上がれない重傷を負った身体となっていた。

 貧民街の住人達はそれに関して、その惨状を生み出した者の事を目撃しなかったと証言する。
 また重傷を負った者達も何かに怯えるように恐怖した表情を見せ、自分達を重傷に追い込んだ存在の事を何も証言しなかった。

 フラムブルグ宗教国の神官であり『代行者エクソシスト』と呼ばれる集団は、戦闘や魔法に関する特記戦力スペシャリスト達である。
 彼等の能力は聖人に劣りながらも準する者達として知られ、『聖人崩れ』と俗に呼ばれる猛者達でもあった。

 『七大聖人セブンスワン』の一人で聖女と呼ばれる『黄』のミネルヴァも、元は『代行者』に所属していた神官であり、彼等は厳しい訓練と実戦を施された僧兵達である。

 そして代行者達かれらもミネルヴァに劣らず信仰心に厚く、崇める神を侮辱する者達には一切の容赦は見せない。
 逆に同じ信徒達には厚い信頼と絆を大切にし、貧しき者に手を差し伸べる慈愛を見せながら神の信仰を説き広めている。

 フラムブルグ宗教国とその国に仕える者達の危険性を知れば、そして教会に手を出し神を愚弄した事が暴かれればどうなるか。
 それを知る者達や、今回それを身を持って知ってしまった民衆達は、二度と王都東地区にある教会の事を口にしようとはしなかった。

 こうしてシスターの活躍により、黒獣傭兵団は地下通路へ潜る事に成功する。
 それはエリクが無自覚ながらも施した善行によって、神が与えてくれた時間だった。
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