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螺旋編 四章:螺旋の邂逅
最後の依頼
しおりを挟む新たに入団したケイルを含んだ傭兵達と、入団試験に合格し訓練を受けた団員達は、正式に黒獣傭兵団に加わる。
そしてケイルはエリクを見つけては声を掛けるが、話を聞こうとしない。
やっと聞いたかと思えば、全く話を理解していないか、鍛錬をしながら完全に聞き流している。
そうしたエリクに苛立ちを見せ始めたケイルに、ワーグナーは声を掛けた。
「――……なんだ? またエリクにフラれたのか」
「フラれたとか、そういう話では……」
「何をエリクと話したいか知らんが、あいつの頭の中にはあるのは、鍛錬すること、飯を食うこと、寝ること、そして戦う事くらいしか詰め込まれてねぇぞ」
「……一目でも見れば、彼が鍛え抜かれた立派な戦士なのは理解できます。でも――……」
「エリクが立派な戦士? ははっ、違う違う。エリクの奴はああ見えて、臆病で面倒臭がりなんだよ」
「臆病で、面倒臭がり……?」
「エリクは他の連中より若い時から傭兵団に入って、異様に強かったからな。無愛想で感情が読めないし。正直な話、当時は傭兵団の中で浮いてたんだわ」
「……」
「俺はエリクより一回り年上だが、他の奴より歳は近いってんで兄貴分として世話させられてな。感情も見えないガキの世話を嫌々やらされてた」
「……」
「だけど、おやっさんは違った。ああ、おやっさんってのは当時の傭兵団の団長な。あの人はエリクに容赦無しに接して、しつこいくらいに色々と覚えさせた。武器の扱い方やナイフ投げのやり方の他にも、武具の手入れや野営の準備を出来るようにした。戦う事しか頭になかったエリクが辛うじて人並に見えてるのも、おやっさんのおかげだな。俺が少し教えても全然覚えようともしなかったのによ。エリクの奴は話が分からんと適当に流すし、要は面倒臭がりなのさ」
「……その、おやっさんという人は?」
「死んだよ。丁度、二十年くらい前か」
「!」
「魔獣が出たってんで駆り出された先でな。報告以上に魔獣が多く出て、寄せ集めの傭兵連中の大半が敵わないと見て逃げ出して、新入りだったマチスと俺、そしておやっさんとエリクが殿になって撤退した。……だが途中で、数に対応出来ずにおやっさんの喉元に魔獣が喰らい突いた」
「……」
「それでおやっさんは死んだ。……そん時かな。俺は初めて、エリクが怒り狂う姿を見た」
「!」
「死んだおやっさんを前にして、エリクの様子がおかしくなった。それから違う群れの魔獣共が襲って来た時に、エリクがそれを一人で片付けちまった。……あれは凄かった。俺もマチスもビビっちまった。正直、あの時のエリクはやばいくらいに怖かったな」
「……それで、どうなったんだ?」
「魔獣達がそんなエリクに怯えたのか、逃げ出して追って来なかった。俺とマチスはおやっさんの死体を抱えて、エリクはずっとおやっさんに謝ってたよ。俺がもっと強ければってな。……あの時かな。ちゃんとコイツにも感情があるんだなと思えて、俺は安心した」
「……」
「エリクはそういう奴さ。真っ先に敵に向かってくのも、おやっさんみたいに俺等の誰かが死んで欲しくないからだろうな。おかげでエリクが団長になってからは、よっぽどの事が無い限りは戦争でも魔獣討伐でも負傷者が出ても死人は出てない。戦争の時にも、敵さんの兵士が武器を捨てて逃げると、攻撃したりはしないからな」
「……」
「エリクを血も涙も無い冷酷な狂戦士なんて言う奴もいるが、本当は仲間思いの良い奴だ。外から見れば立派な戦士に見えるかもしれんが、それはエリクの本当の顔じゃねぇよ」
そう言いながら口元を微笑ませたワーグナーは、ケイルと話を終えて立ち去る。
一方でケイルは怪訝な表情を浮かべて見送り、小さく口から言葉を零す。
「……何故、組織はあんな男を……」
疑念にも似た表情を浮かべたケイルは、その後も幾度かエリクに話し掛けては受け流される。
次第に言葉は荒れていき、他の傭兵団を前にしても丁寧な言葉を辞めたケイルは、冷静な剣士という印象から荒っぽい女傭兵という印象を団員達に強めていった。
そうしてエリクに絡むケイルを見て、ワーグナーや他の団員達はそれが好意の裏返しなのだろうと勝手に察する。
仕事に関しても危機管理能力と対応力を見せて実績を示したケイルは、黒獣傭兵団の中でもある程度の信用を置ける立場を築く事となった。
そしてケイル自身も、エリクや黒獣傭兵団の実力を確認する。
ガルミッシュ帝国との国境沿いで起こる小競り合い、そして魔物や魔獣討伐。
それ等の仕事でエリクの人間離れをした実力を見たケイルは、王国内で噂される話が本当の事なのだと理解した。
同時に味方より常に前に出て戦い、仲間の危機を察するとすぐに庇い助け、その身体能力と大剣を駆使して立ち回る姿は、ケイルに自身が理想とする憧れの戦士像と重ねさせるに十分だった。
そんなエリクを、ワーグナーとマチスを始めとした傭兵団で支える。
黒獣傭兵団の立ち回りを理解したケイルは、エリクに対する心証を改め、黒獣傭兵団の在り方を認めるようになった。
――……そしてケイルが入団してから、二年の月日が流れる。
エリクは三十五歳となり、ワーグナーは四十四歳になった。
互いに中年と呼ばれる年齢を超え若々しい姿から遠退き始め、ワーグナーも後進に役目を譲るべきかと考えていると、傭兵団にとある依頼が届く。
それはいつものように、棲み着いた魔物の討伐というありふれた内容だった。
しかしワーグナーはその依頼書を目にし、自分自身で行くと言い出した事にマチスを始めとした団員達に驚かれる。
「――……この依頼、俺も行くぜ」
「えっ、ワーグナーの旦那も?」
「どうしたんっすか、副団長? このくらいの依頼だったら、俺達だけでも――……」
「そういう油断が、全滅に繋がる事があるんだ。今回は留守組以外、全員で向かうぞ」
そう告げるワーグナーに、全員が不可解な表情を浮かべる。
しかし副団長であるワーグナーに反論し抑え込もうとする者は居らず、そのまま魔物討伐にはエリクとワーグナーを含んだ主力で赴く事となった。
そうして準備を整える傭兵団の中で、ワーグナーの後ろからエリクが声を掛ける。
「ワーグナー」
「ん?」
「この間、若い連中だけで仕事を任せてみたいと、言っていなかったか?」
「ああ。……でも今回は、俺達がちゃんとやらないとな」
「?」
「この魔物が出たっていう依頼場所。マチルダの農村に近いんだわ」
「マチルダ……。ああ、そうか」
マチルダの名が出た時、エリクはワーグナーが頑なに自分で行こうとする理由を察する。
二人が仲が良かった事や手紙を送り近況を伝えあっている事を知っていたエリクは、背中を見せながら少し耳を赤くして頬を掻くワーグナーに口元を微笑ませて頷かせた。
こうして黒獣傭兵団はエリクとワーグナーが率い、マチスやケイルも含んだ主力団員達で魔物の討伐に赴く。
それは黒獣傭兵団がベルグリンド王国で受けた、最後の依頼だった。
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