425 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅
支える者
しおりを挟むガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の大規模な戦争から七年後、それぞれの国では政治的情勢に大きな変化が訪れている。
帝国側は皇帝ゴルディオスを中心に、皇帝の弟ローゼン公爵と同盟領主達で固めた貴族派閥が主軸となり、帝国を支えていた。
逆に七年前の戦いで大きく勢力と権力を削がれた反発貴族達は、帝国貴族の一つであるゲルガルド伯爵派閥に取り込まれる。
ゲルガルド伯爵家はガルミッシュ帝国が建国した時から存在する家であり、没落や落命を迎える他の帝国貴族達と比べてもその歴史は古く、また領地の規模も今現在のローゼン公爵領と同等に近い。
しかし当主であるゲルガルド伯爵は三十年ほど前から社交界を遠退き、皇帝ゴルディオスが即位した折すら代理人である執事を遣わせ祝辞の書状を渡しただけだった。
そうした経緯から伯爵自身がどのような状態であるか第三者は確認できず、接触しようとする者も伯爵領地と使用人達に阻まれ、謎の多い人物と言われている。
実質的にガルミッシュ帝国は、ローゼン公爵派閥とゲルガルド伯爵派閥で別れて対立を見せていた。
一方でベルグリンド王国も、王の後継者として第三王子ウォーリスが確実だと囁かれ始める。
第一王子と第二王子は七年前の敗戦から各派閥貴族達に見放されるようになり、振るうべき権力も金銭も乏しく立ち行かなくなっていた。
そして利を求める貴族達は第三王子派閥に自ら取り入るように加わり、第三王子ウォーリスを擁立する動きを見せる。
そのウォーリス王子自身も、務め交流していた領地で商い指揮する商業形態を大きく発展させ、輸出品と輸入品で他の追随を許さない大きな利益を得ていた。
主に畜産の動物や農作物の種子を輸入し、それ等を領地で繁殖させながら民衆に行き届く形で適正価格で売り、民の心と腹具合を満たしていく。
更に魔石を始めとした魔道具の導入も行い、苦しい民の生活を助けるように町や都市にそれ等を配置し、民衆の生活を大きく改善させた。
それ等は民衆にとって大きな支持を得るに十分な実績であり、また人当たりの良い好青年である事も伝えられ、多くの民衆から若き王の誕生を願われる。
第一王子と第二王子は人々の記憶から消えるように失脚し、今年はウォーリス=フォン=ベルグリンドが王都と王城へその身を赴かせると噂されていた。
そうした王国情勢の中で、エリクが率いる黒獣傭兵団の勇名は国内でも無視できない程に大きい。
七年前の帝国侵攻から今まで、黒獣傭兵団は幾多の戦場と多くの魔物の討伐で実力と実績を積み上げた。
そして王都の下町と貧民街の治安を黒獣傭兵団が支え、平民と貧民から確固たる信頼を得る。
更に傭兵団として若い人員も多く、各地からは黒獣傭兵団に憧れ入団を希望する者達が王都まで多く訪れていた。
そうした入団希望者達に対して、対応するのはワーグナーやマチスなどの傭兵団内の幹部達。
あまりにも多い入団希望者達に対してある程度の選別を行う為に試験を行い、それを満たせない場合には王都での黒獣傭兵団には所属できず、見所があり将来性を感じられる者に対してはマチス等が施す訓練を課していた。
しかし即戦力と呼べる入団希望者は少なく、そのほとんどが訓練課程に回されて、訓練に耐えられない者は逃げてしまう。
そうした状態にワーグナーは溜息を吐き出し、マチスと共にこんな話をしていた。
「――……種は、育てればちゃんとした実になる」
「え?」
「昔、おやっさんが言ってた。どんな奴でも、育てれば使えるようになるってな」
「そりゃ、そうっすね」
「だが、育ててる最中に枯れちまったり、荒らされちまったり、食われちまったりする。……まともに育って実になるのは、極一部だけだってな」
「なるほどね。……前年の入団希望者も、九割くらいは脱退っすかね」
「根性がねぇな。俺やエリクがおやっさんに鍛えられた時より、よっぽど優しくしてやってるってのによ」
「そういうのって、なんか年寄り臭いっすね」
「うっせぇ!」
四十歳を超えたワーグナーは、マチスのニヤけた笑いと言葉に冗談交じりに怒鳴る。
七年前には新生し若い黒獣傭兵団だったが、その主力を担う面々は主に三十代から四十代の年齢に達していた。
そして後続となる若者を育てる為に、ワーグナーは入団希望者達の中で素質が見える者達に訓練を施す事を考える。
このまま十年も経てば黒獣傭兵団の平均年齢は更に上がり、現在の主力を担う者達も年老いてしまうだろう。
それは年齢的にも戦力的にも危うくなる事を察しているワーグナーは、先を考えて若者達の入団と訓練による選別に重点を置いていた。
しかし蓋を開ければ、そのほとんどが逃げ出す者ばかり。
入団希望者のほとんどは黒獣傭兵団を名声を利用しようとする者や、憧れや理想を抱きながら来る者が多い。
そうした者達の入団希望理由を問わず、ワーグナーはガルドに鍛えられた際の訓練を入団希望者達に行うが、遅ければ一ヵ月、早ければ一日で逃げ出す者が出てしまう。
即戦力の入団も見込めず、訓練から逃げ出す者ばかりで呆れながらも危惧するワーグナーは、マチスからこう提案された。
「訓練の難易度、下げたらどうっすか?」
「……いや、ダメだ」
「どうして?」
「中途半端に鍛えたら、おやっさんが死んだ時の団員と同じ状況になりかねない」
「……確かに、そうっすね」
「俺やエリク、そしてお前がいなくても、ある程度は自分で考えて行動できるくらいの頭がある奴が欲しい」
「次のリーダーって事っすか?」
「まぁな。……今頃になって、おやっさんがどうして俺やエリクを徹底的に鍛えたか、気持ちが分かってきたぜ」
「?」
「俺も、あと十年もしたら五十を超えちまう。そうしたら、前線には立てなくなるだろう。立ててもきついはずだ。……そうなった時に、エリクや傭兵団を支えてやれるだけの人材が欲しい」
「なるほど……」
ワーグナーは先を考え、自分に代わる人材を求めている。
それを察したマチスは考えるように悩み、ある閃きを浮かべて口に出した。
「――……外の傭兵を雇うってのは?」
「外の? 外国のってことか」
「ええ」
「だが、外の傭兵って言ってもどうやって……」
「最近、大陸の南東の方にある港町で、傭兵ギルドっていうのが立ったらしいんっすよ」
「傭兵ギルド?」
「そうっす。そこには各国の傭兵達が所属して、仕事を探してあちこちを転々としてるらしいっすよ」
「ほぉ。んで、そのギルドから傭兵を雇い入れるって事か?」
「雇うってより、引き抜くって感じっすかね」
「引き抜く……。でもよ、この国で傭兵をやりたがる奴がいるか?」
「まぁ、そうっすけどね。でもダメ元で一度、その傭兵ギルドで王国で傭兵やりたい奴を探すのも有りかなって」
「ふーむ……」
マチスの提案にワーグナーは悩み、現在の状況と照らし合わせて思考する。
そして軽く鼻で息を吐き出しながら、ワーグナーは頷いた。
「――……分かった。とりあえずそれで探してもダメなら、他の手を考えるしかないな」
「じゃあ、俺が今度その傭兵ギルドってとこに行って、良さそうなのを誘ってみるっすよ」
「頼んだ。ただ、変なのは連れて来ないでくれよ? そういうのは、エリクだけで十分だ」
「ははっ、分かりましたよ」
二人はそう話し合い、外国の傭兵を引き込む事を実行する。
マチスは休暇と称して港のある東側へ向かい、船に乗って傭兵ギルドのある港町まで向かった。
そして二ヵ月後、マチスは十数人の傭兵達を連れて来る。
その全員が二十代と若く、マチスが選んだだけあり腕の実力に覚えのある者達が多かった。
その中に一人、ある人物も混ざっている。
色濃い赤毛をした長身の女性であり、両腰に大小の剣を携えた剣士風の出で立ちをした女傭兵。
その時の彼女の名は、ケイティルだった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる