上 下
421 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

遺した物

しおりを挟む

 ベルグリンド王国の侵攻も失敗し、ガルミッシュ帝国の侵攻も失敗に終わる。
 両国は痛み分けに近い状態で軍を引く形となり、また両軍の指揮者達は共に金銭と物資、そして民からの多大な信頼を大きく失う事となった。

 そうした中で、帝国ではローゼン公爵の知名度が飛躍的に高まる。
 数で勝る王国軍を打ち破り、被害を極少数に留めて勝利へと導いたローゼン公爵の庇護下に置かれたいと、多くの帝国民達がローゼン公爵家の領地に移住を希望し、更なる領地開拓と発展の兆しを見せた。

 一部では皇帝ゴルディオスの弟である事から、敬称として副帝クラウスとも呼ばれる程になる。
 実質的に領地の規模や資産は帝国随一の規模となり、また侵攻に失敗した騎士団を再編して自軍の勢力下に完全に置く事で、軍事力においても帝国では比類ない地位へ上り詰めた。
 その話は王国側にも知れ渡り、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン公爵の名は王国貴族達に恐れを抱かせる事となる。

 一方でベルグリンド王国側でも、ある兆しが見え始めていた。

 今回の戦争で多くの戦死者を出し、あまつさえ帝国軍の侵攻という呼び水を生み出した第一王子と第二王子に対する信頼が失われつつある中で、第三王子であるウォーリス=フォン=ベルグリンドの名が挙がり始める。
 ウォーリス王子は海辺と港に近いとある貴族領地で勉学を行い、その堅実な手腕と人脈を広げながら領地を栄えさせていると噂が広まった。
 更に人柄も良く、王子であるにも関わらずその領地の民に混ざりながら開拓を手伝い、農業や水産業を手伝う姿も目撃されているらしい。

 その第三王子の人柄と能力に期待する思いと声が高まり、今回の戦争で大きく損害を受けた貴族の領地から人が流れ始めている。
 また第一王子と第二王子が反感を強く示す民や貴族達を恐れて王都へ帰還できない事も関係し、ベルグリンド王の病床も改善する様子は無いまま、王都の行政や治安自体が一気に不穏な気配を漂わせていた。

 王国の民は、新たな指導者を必要としている。
 その名としてウォーリス王子の名が出始めると同時に、もう一つの名も人々の口から伝わり広まった。

 黒獣ビスティア傭兵団と、それを率いる団長エリク。

 帝国軍の侵略において、各傭兵団が奇襲する事で帝国側の物資を損耗させ、戦意を挫かせ撤退に至らせた。
 その最大の功労者が傭兵達であり、また各地の傭兵団と合流し指揮したのが、その黒獣傭兵団だったという。

 黒獣傭兵団は全体的に若者が多く、にも関わらず王国内の傭兵団では実績と実力を積み上げて来た猛者達が多い。
 特に団長エリクを始め、副団長ワーグナーと補佐を務めるマチスは、王国傭兵達の中で一目置かれる程の存在となっていた。

 その黒獣傭兵団が活躍し、帝国軍の侵攻を防ぎ妨げた事が王国民に伝わり始める。
 特に団長エリクは敵の指揮官である帝国騎士の隊長を仕留めたという話もあり、傭兵団とエリクの名も王都を始めとした各地域に広がった。
 一部ではエリクを王国の英雄だと讃える声も出ており、その話は帝国にも流出する形で伝わる。

 第三王子ウォーリス、そして傭兵エリク。
 二人は相反する立場ながらも、互いに王国の民に期待される存在になりつつあった。
 
 そんな噂を知らず興味も無いエリクは、戦争が終わった後に傭兵団と共に王都へ帰還する。
 『鉄槌』ボルボロスと戦い負傷し左肩の脱臼を嵌め直したが、ワーグナーからしばらく休むように言い渡された。
 しかし身体が訛るので大剣を振ろうと詰め所の広場に出ようとすると、他の団員達に止められてしまう。

 仕方なく大剣を置いたエリクは久方振りの休みを持て余しながら、あの武具屋に尋ねた。

「――……おぉ、エリクか。どうした?」

 武具屋を務めていた老人は、慣れ親しんだエリクの巨体を出迎える。
 十七年前に出会った時には小柄ながらに力強い印象だったが、八十歳を超えた老人は流石に衰え、年齢相応の老人に見えた。

 年月の経過を感じながらも、エリクは老人を見て話をする。

「俺の防具は?」

「この間、お前んところの団員が直してくれって置いてった。まだ直ってないぞ」

「そうか」

「随分と損傷しとったし、買い換えたらどうじゃ?」

「いや、あれでいい」

「そうか。それで、あの大剣は?」

「壊れていない」

「そうかそうか。儂の爺さんの代から店にあった古い大剣じゃが、頑丈さだけはあったようじゃな」

 そう言いながら、老人は顎下の髭を指で撫で触る。

 エリクは戦い続ける中で、幾度も武器を破損させていた。
 石銅の剣を始め、鉄剣すら一度の依頼で破損させ新しく買い替えるという事をしてきた為に、経営の苦しかった時期にワーグナーが武器の消費を抑える為の方法を探していた時がある。

 その中で武具屋の老人は、店の奥に放置されていたあの大剣を持っていく事を良しとした。
 代金も鉄剣一本分で十分だと良い、ワーグナーはエリクにその大剣を持ち帰らせて使う事となる。

 何でも老人の祖父が店を営んでいた時からある大剣らしく、とある領地でその大剣が掘り起こされて発見されたらしい。
 しかし重過ぎる故に使い手も無く、誰も買い取られない中で二束三文の額で引き取ってくれと発見者に泣かれたそうだ。
 仕方なくその大剣を引き取り、店の奥で他の荷物の下敷きになっていたのを思い出した老人が、それをエリクに引き取らせたという。

 ワーグナーを始めとした傭兵達が数人掛かりでやっと運べた大剣を、エリクは片手で自由に振り回せるようになった。
 そのエリクの様子に表情を引き攣らせながら呆れたワーグナーは、以後その大剣をエリク専用の武器として扱わせている。

「……んで。今日はどうしたんじゃ?」

「投げナイフが欲しい。練習に使う」

「そこの列にあるのから、自分で選べ」

「ああ」

「……そうじゃ、エリク」

「?」

「お前さん、時々あの墓地に行っておるそうじゃな」

「墓地……。ああ、あそこか」

「その近くに、小さな教会があるのを知っておるか?」

「きょうかい?」

「儂が言うのもなんじゃがな。実はガルドが生きておる時に、そこに幾らかの寄付をしておったんじゃよ」

「!」

 ガルドの名が出た事で、エリクは目を僅かに見開かせる。
 そして老人の話を今度は真剣に聞く為に、エリクは身体を振り向かせた。

「その、『きょうかい』というのは?」

「孤児を住まわせ、食事も与えておったらしい。幾らかの寄付金で賄っておったそうじゃが、ガルドがいなくなってからそれも難しくなったそうじゃ」

「……」

「お前さん達はガルドがいなくなった後、忙しく金を工面しておったじゃろう。だから言わなかったが……」

「ガルドは、何故そこに金を?」

「さてな。たまに孤児院の子供でも出来る仕事をやらせ、手間賃を与えておったようじゃしの」

「……」

「年々、孤児を引き取れる数も減り、少ない孤児に食事を与える為に借金もしていたらしい。……今年中には、あの教会と墓地も、土地ごと差し押さえられるかもしれん」

「……金が無いのか?」

「端的に言えばな」

 老人からその話を聞き、エリクは考える。

 エリクは定期的に、自分を育てた老人が赴いていた墓地の掃除していた。
 その近辺に孤児院も兼ねた教会もあったらしく、エリクはそれに気付かないまま通い続けていたらしい。
 その教会は墓地の権利も所有していたらしく、教会が無くなると墓地も無くなるという話を、エリクは正しく理解した。

「……分かった。行ってみよう」

「いいのか?」

「ああ。……それに、無関係な話じゃない」

「そうか」

「これ、くれ」

「うむ。代金は、いつも通り傭兵団に請求じゃな」

「ああ」

 エリクは話を聞いた後、投げナイフ用の短剣を複数購入して服や革袋の中に仕込み、その墓地へと向かう。
 老人は僅かに頭を下げ、そのエリクの後ろ姿を見送った。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

男装の二刀流令嬢・ヴァレンティーナ!~婚約破棄されても明日を強く生き!そして愛を知る~

戸森鈴子 tomori rinco
恋愛
とあるパーティー会場で、傍若無人な婚約破棄宣言を受けた黒髪令嬢・ヴァレンティーナ。 彼女は男装で二刀流を操る、気高い『男装令嬢』だった。 パーティーでも颯爽とした振る舞いを見せ退場したヴァレンティーナ。 ムダ遣いで財産を食い潰したバカな父親は、ヴァレンティーナに自分から謝り嫁げと怒鳴る。 その時、彼女は父親に静かに反抗をする。 怒り狂った父は勘当を言い渡すが、また颯爽と家を出るヴァレンティーナ。 彼女は妹分のメイドのアリスと一緒に旅を始める。 雨の山道で助けを求めた少年がキッカケで、ヴァレンティーナは一人の男、ラファエルと出逢う。 精悍なラファエルは一体どんな男なのか? ほんの数日の間に燃え上がる恋。 初めての感情に、ヴァレンティーナは戸惑うが……。 強く生きる男装の令嬢・ヴァレンティーナが見つけた愛の行方は……。 ◇◇ヴァレンティーナ・サンドラス(20)◇◇   伯爵令嬢。黒髪で長身。祖母が考案したマルテーナ剣術という二刀流剣術の使い手。   美しい顔立ちで普段から男装をしている。 ◇◇ラファエル・ラウドュース(22)◇◇   辺境の地で、大きな屋敷に住む好青年。   村の皆に慕われ、剣道場も開いている。   茶色の柔らかい髪に、琥珀色の瞳。剣士の体つき。    ◇◇アリス(18)◇◇   メイド。   ヴァレンティーナに拾われた過去から、彼女を何よりも慕っている。   明るく可愛い人気者。 ◇◇ルーク◇◇   山道で助けを求めていた少年。 ブクマ、評価、いいね、感想頂けますと泣いて喜びます! 後半、更新夜です。 5万字程度の中編作品です。 このお話はなろう様、ベリーズカフェ様でも投稿しております。     過去に「二刀流令嬢」という掌編小説を書きましたが、話は全く別物です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...