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螺旋編 四章:螺旋の邂逅
鉄槌の騎士
しおりを挟む帝国騎士隊長『鉄槌』ボルボロスと対峙したエリクは、互いに武器を構える。
片や重装鎧を纏い、片や身軽な軽装鎧を身に付けながら、体格の近い二人が睨み合う。
しかし動き出したのは、重いボルボロスの方だった。
「ウォオオッ!!」
「!!」
ボルボロスは重装鎧とは思えない程の速度と動きで走り、柄の長い鉄の大槌を振り回す。
そして脳天を狙うように大槌を振り下ろし、エリクを押し潰そうとした。
それに対してエリクは冷静に左横へ飛び回避すると、ボルボロスは口元を僅かに吊り上げながら、振り下ろす大槌を下から横へ振り変えた。
「!」
「甘いわッ!!」
横に飛び避けたエリクに、軌道を変えた大槌が迫る。
僅かに驚くエリクは更に横へ飛び大剣を盾代わりにして身体の右側を守るも、ボルボロスの大槌がエリクに直撃しながら吹き飛ばした。
「ウッハァッ!!」
「グッ!!」
凄まじい衝撃がエリクに与えられ、その感触に口元をニヤけさせたボルボロスが大槌を振り切る。
その威力で吹き飛ばされたエリクは、巨体を横へ飛ばされながら木の一つに激突した。
その衝撃で木は折れ砕け、横倒しとなる。
確実に仕留めたと思ったボルボロスは大槌を構え直し、緩やかに吹き飛ばしたエリクに向かい歩いた。
そこでボルボロスは、驚愕すべき光景を見る。
「――……何だと?」
「……」
ボルボロスが見たのは、歩み戻って来るエリクの姿。
しかも直撃したはずの右半身に負傷した様子は無く、僅かに口元や腕部分に擦り傷が生まれている程度だった。
「……俺の大槌を受けて生きているのは、貴様で二人目だ」
「……」
ボルボロスはそう呟きながら大槌を構え直し、エリクもそれに呼応するように大剣を構える。
周囲は騎士団の騒めく音や声が響きながらも、二人の集中力は意識に静寂を与えていた。
そして再び、ボルボロスが強く踏み込みながら大槌の間合いにエリクを入れる。
エリクもそれに合わせて動き、互いに武器を振りながら武器同士を衝突させた。
「グッ!!」
「……なにっ!?」
ボルボロスの槌とエリクの大剣の刃が直撃した瞬間、凄まじい衝撃が互いの腕と体に流れる。
しかし強く揺らぎを受けたのはボルボロスの方であり、武器を振る威力に負けて大槌を弾き飛ばされた。
驚愕するボルボロスに対して、エリクは追撃するように足を踏み締めながら腕を振る。
そして渾身の力を込めてボルボロスの右横腹を薙ぐように、大剣を直撃させた。
「グ、ァアッ!!」
「オォオッ!!」
今度はボルボロスが吹き飛ばされ、地面を削りながら体幹を揺らされる。
しかし大剣の直撃に合わせるように右腕を動かし、エリクの大剣を掴み止めた。
「!」
「グッ、ハァア!!」
エリクの大剣を腕で掴み止め、ボルボロスは左拳を握りながらエリクの顔面を狙い殴る。
それに対してエリクは敢えて右顔面で受けると、それを押し返すように顔を振りながら大剣を手放した左拳でボルボロスの右顔面を殴り付けた。
「オァ、ォオ!!」
「ガアァ!!」
二人は咆哮を上げながら撃たれた衝撃で離れ、膝を崩す。
ボルボロスの右腹部と右顔面は殴打の衝撃で凹み、ボルボロスは口から血を流す。
エリクも右顔面で受けた事で傷が生まれ、口元から血を流していた。
「……貴様、ただの人間ではないな」
「……」
「そうか。貴様も、俺と同じか」
ボルボロスはそう呟き、エリクの正体を察する。
魔人である自分と渡り合える程の力と耐久力を持つ存在など、同じ魔人以外にはあり得ない。
それを知れたボルボロスは血を流す口を微笑ませながら、瞳に闘志を宿らせた。
「……ふっ、ハハ……!!」
「?」
「嬉しいな。俺と対等に戦える男が、目の前にいるのだから」
「……」
「俺は、未熟なままでいい。ゴズヴァールのように完璧な魔人になど、ならなくていい。強すぎる力など、つまらぬだけだ」
「……?」
そう笑いながら話すボルボロスに、エリクは怪訝な表情を見せながら身構える。
それに応えるようにボルボロスは歪んだ兜を脱ぎ、その素顔を見せながらエリクを見た。
「さぁ、やろうか」
「……ああ」
ボルボロスはそう言いながら微笑み、エリクは喋りを終えた相手に対して飛び掛かり襲う。
そして互いに身体能力と体術を用い、暗闇の中で殴り合った。
エリクは殴り合う中で更に腕力を増し、握る拳で鎧の上から殴打する。
その衝撃と威力に低い呻き声を漏らすボルボロスだったが、それすら喜ぶように笑みを浮かべながらボルボロスもエリクを撃った。
互いに一歩も引かぬ殴り合いをしながら、十数分以上の時間が流れる。
顔面や体の各所を腫らしながら傷を生み出す二人は、ついに向かい合うその場から数歩だけ離れた。
そして落ちていた互いの武器を拾い、示し合わせたように構える。
ボルボロスは鬼気とした笑みを浮かべ、エリクは冷静な表情と瞳で見据えた。
「……オォオオッ!!」
「ガァアアッ!!」
互いに咆哮を上げながら大槌と大剣を強く握り、利き足を踏み込む。
そして両者の武器が互いの身体に激突し、両者を同時に吹き飛ばした。
「――……ガ、ハ……」
その結果、ボルボロスの左横腹の鎧は砕けながら大剣の刃が深く薙ぎ刺さる。
吐血するボルボロスは身体を動かせず、そのまま地面へ倒れていた。
一方で、エリクは大槌の強打を受けて左肩が脱臼し、更に直撃を受けながらも身体を緩やかに起こす。
そしてボルボロスの方を見ると、外れた左肩を抱えるように右手で庇いながら歩み始めた。
そして倒れるボルボロスの横に立つと、エリクはその顔を見下ろす。
血を吐き出し倒れながらも、満たされたようなボルボロスの表情を見て、エリクは不思議そうな表情を浮かべていた。
「ごふぉ、がは……っ」
「……」
「……良い、戦いが出来た……」
「そうか」
「……名を、聞いていいか?」
「エリクだ」
「エリクか……。……対等な、良い戦いだった……。感謝する……」
「……」
そう言いながらボルボロスは何度か吐血し、微笑みながら息絶える。
それを見届けたエリクは、死に逝くはずのボルボロスが満たされた顔で感謝を述べる事を不思議に思いながらも、大剣を引き抜いて痛めた身体を引きずりながら闇夜に紛れて立ち去った。
こうして、帝国騎士隊長である『鉄槌』ボルボロスは戦死する。
その遺体が発見されると、騎士団は精神的衝撃を強く受けてしまった。
更に各地の布陣も傭兵達によって奇襲を受け、物資や人員に夥しい損失を受ける。
これ以上の進軍と都市攻めが困難となり、また軍の主軸だったボルボロスが戦死した事で騎士団や兵士達の恐慌が見え始め、帝国軍は戦意を喪失して撤退を決意した。
その撤退中でも、帝国軍は奇襲と夜襲を何度も受ける。
その追撃を指揮をしている者達が『黒獣傭兵団』という名の傭兵達だと、ガルミッシュ帝国側は後に知る事となった。
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