虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

獣の嗅覚

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 上級魔獣に進化している山猫から放たれた見えない斬撃により、エリクとガルドは他の団員達と分断された。
 もう一方の団員達は、負傷し疲弊した者達がほとんどであり、マチスの誘導とワーグナーの指揮で彼等は逃げている。

 黒獣傭兵団の中で、ガルドとエリクに実力で勝る者はいない。
 その二人を敢えて置いて逃げるワーグナーやマチスは、二人が何とか逃げおおせる事を願い、一秒でも早く山猫達から逃げ切る為に足を止めなかった。

 そして中級魔獣の斑山猫オセロットを一匹だけ倒せたガルドだったが、他に囲んでいる斑山猫が四匹いる。
 それ等を率いているであろう、更に体格の大きな黒模様の縞柄である山猫を見て、ガルドは静かに起き上がりながら呟いた。

「――……上級魔獣ハイレベルか」

「……」

 ガルドは相手が上級魔獣である事を認識し、改めて小剣を右手で握る力を強める。
 投げナイフは全て使い果たし、主武器メインの鉄剣は折れ、ガルドの手元にあるのはボロボロの円盾バックラーと鉄の小剣のみ。

 そして同じく残るエリクの方も、手持ちの武器は心持たない。
 握る鉄剣は中級魔獣との交戦で刃がボロボロであり、腰にある小剣以外に武器らしい武器を持っていない。
 敢えて言えば、手の中に収まる石を投擲する事を武器にしているが、それは上級魔獣に苦も無く迎撃されてしまう。

 例え高い技量を持つガルドでも、身体能力の高いエリクでも、この数と武器の差で山猫の群れに対抗するのは困難だった。
 それを即座に察したのか、ガルドはエリクの方を見ずに告げる。

「エリク」

「?」

団員やつらが逃げ切るまで、時間を稼ぐ。最低でも五分、持ち堪えて見せろ」

「分かった」

 ガルドの命令に頷いたエリクは、ガルドが防具の胸元に左手を忍ばせて何かを取り出す光景を目にする。
 それが何を察すると、エリクは素早く左手で鼻の穴を閉じた。

 そして次の瞬間、ガルドが胸元から取り出して左手に包み持ったそれを、真下の地面に向けて勢いよく投げ付ける。

「!!」

 地面へ投げ付けられたのは、薄く小さな陶器の瓶が二つ。
 それが割れた後に山猫達は驚きながらも、特に何も起こる様子がない事に怪訝な瞳を向けていた。

 その中でガルドに最も近い一匹が、途端に鼻をヒクつかせて髭を逆立たせる。
 更に飛び退くように離れ、のたうち回るように顔を俯かせて地面へ転がった。

「!?」

「へっ。この臭いは、獣のテメェ等にはきついだろ!」

 一匹の仲間が突如としてのたうち回る光景に、流石の山猫達も驚愕する。
 更にガルドに近い他の一匹も鼻をヒクヒクと動かした瞬間、口を開けて大きく苦しい鳴き声を鳴らしながら、飛び退いて地面へ転がり回った。

 ガルドが小瓶の中に入れていたのは、刺激臭を放つ液体。
 香辛料を始め、アルコールやアンモニアを中心とした刺激物を少量のアルコールに漬け溶かし、更に臭いはきついが怪我の治療で扱うメンソール系の薬草や、干した柑橘系のフルーツも煎じ混ぜ合わせた臭いも放っている。

 人間ですら嗅げばフラつくその刺激臭を、数万倍の嗅覚を持つとされる獣がそれを嗅げばどうなるか。
 結果の通り、中級魔獣に進化し更に嗅覚を鋭敏にさせていた山猫は、一発で苦しみのたうち回る程だった。

 今までガルドは、こうした小道具を常々用意している。
 特に魔物や魔獣狩りなどでは、逆に魔物達が好む匂いを使って誘い込み、狩りをする手法などが取られていた。

 それを知っていたエリクは、自身の嗅覚も良すぎる事から鼻を塞ぐ事を覚え、左手の自由を奪われながらも何とか行動できるようになる。
 右手に刃零れした剣を持ったエリクは、のたうち回る一匹の斑山猫に近付き、通り過ぎ様に首を一閃して切り払った。

 首を切られた斑山猫は血を吹き出し、そのまま刺激臭と首の切断によって息が出来ず、動く事もままならないまま絶命する。
 刺激臭が上手く効果を発揮し、山猫達に対して有効であると分かったガルドは、同じく別方向でのたうち回る斑山猫の腹部を、右手に持つ小剣で切り裂いた。

「ギャ、ォオアンッ!!」
 
「これで、残りは三匹だ!!」

 四匹の斑山猫が二匹減り、残るは上級魔獣と傍に仕える二匹だけとなる。
 しかし異常の原因が臭いであると直感的に察し、飛び退くように離れて刺激臭が籠る内側には入って来ない。
 木々に囲まれ茂みが多いこの地形では風は吹かず、ガルド達の周囲に刺激臭が留まり、迂闊に山猫達は近付けなくなったのだ。

 だからこそ、山猫達が次に仕掛ける一手を、ガルドは予測する。

「また、アレが来るぞ!」

「!」

 ガルドはエリクにそう伝え、エリクも山猫達の方を見る。

 三匹がいる周囲に不自然な風が生み出され、それが渦を巻くようにその場に留まる。
 木の葉や木の枝、そして茂みの草を掻き乱すように渦巻くソレを見たガルドは、舌打ちを鳴らした。

「チッ、やっぱり魔術を使えるか!!」

「まじゅつ?」

「とにかく離れるぞ!!」

 ガルドがそう呟き、急いで山猫達の斜線から外れるように走り出す。
 それに付いて行くようにエリクも走り、二人は少し離れた場所にある断層の壁へ飛びながら下りて屈んだ。

 その瞬間、ガルド達が居た場所に凄まじい烈風が吹き荒れる。
 その風は木々を激しく揺らし、木の葉を吹き飛ばし、茂みの草を切り払うように放たれていた。

 それが頭上を通過し、大きく土埃と千切れた草や葉がガルドとエリクの身体に降り注ぐ。
 それが止んだ瞬間、ガルドは身体に土埃と草や葉を纏いながら壁上を覗き見た。

 それを真似するように、エリクも壁上を覗き見る。
 先程まで山の森である光景が失われ、木が幾つも倒れて茂みが吹き飛び、抉れた地面しかそこには無かった。

「……これは……」

「魔獣共が使う、魔術だ」

「まじゅつ……」

「ありゃあ、生身で直撃したらタダじゃ済まん……」

 そう言いながら呟いたガルドの視線に、山猫達が姿を現す。
 土埃が舞う中で何かを探し、周囲に視線を向けていた。

「奴等、あの匂いがまだ吹き飛ばしきれなくて、俺達を追えなくなったな」

「……どうすればいい?」

「もうちょい、足止めをする。その為にも、更なる注意引きが必要だ」

 そう言いながらガルドは左手で再び防具の舌からあの小さな陶器を取り出し、それを山猫達がいる方へ投げた。
 それに一早く気付いた上級魔獣だったが、石と違い迎撃するのを止めて下がり、瓶が割れて臭いに巻き込まれる事を嫌って遠ざかる。

 しかし瓶が投げられた方角から隠れている場所をある程度まで絞り、山猫達は迂回しながらエリク達が居る方へ駆け出した。
 それに合わせてガルドも遠ざかるように動き、エリクを伴い山の森を駆け抜ける。

 最後の一瓶を握りながら走り続けるガルドは、思考を巡らせて山猫達に対する時間稼ぎと撃退の方法を必死に考えているようだった。
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