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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

武器を向ける覚悟

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 老人に襲って来た兵士を、老人は文字通り瞬く間に気絶させ地に伏せさせる。
 それを見ていた兵士達は唐突に倒れた仲間の様子に驚き、怪訝な表情を見せていた。

 しかしワーグナーは、老人がした事を察する。

 位置的に兵士達やワーグナーとエリクは老人に突っ込んだ兵士が攻撃を避けられ、唐突に倒れたようにしか見えなかった。
 しかしワーグナーは僅かに動いた老人の左手を見て、攻撃されて倒れた事だと察する事が出来ている。

 そしてもう一人、老人が兵士の首筋に放った手刀が見えた者がいた。

「……はやい」

「エリク、お前……あれが見えたのか?」

「ああ」

 老人の攻撃を実際に見ていたのは、横顔を向けて左目で様子を捉えていた幼いエリク。
 小さく呟くエリクの言葉を聞き、ワーグナーは驚きながらも老人に対して警戒を向けた。

 そして老人の実力の高さに気付かない三人の兵士達は、怪訝な表情を浮かべながら倒れた仲間を見て疑問を漏らしている。 

「な、なんだ……?」

「どうしたんだ?」

「急に、倒れやがった……」

「……ふむ。これはダメじゃのぉ」

 倒れた仲間の兵士を見ている三人に、溜息混じりの落胆を老人は見せる。
 しかしワーグナーとエリクに視線を移し、二人が自分を警戒している事から何が起こったかを察している事から分かると、口元に笑みを見せながら呟いた。

「……こちらは中々、見所がある少年達じゃな」

 そう言いながら老人は歩み寄り、ワーグナーの前に残り立つ一人の兵士に歩み寄る。
 困惑が晴れぬ中で近付く老人に、その兵士は意味の分からない怒りを老人にぶつける為に、先程の兵士と同じように拳を握った。

「……こ、このクソジジイがッ!!」

「ほっ」

 殴り掛かる兵士の右手を、老人は再び軽やかに避ける。
 そして緩やかながらも素早く兵士の右腕を右手で掴み、右足を兵士の前足を刈り取るように払った。

「ぇあ!?」

「ほれ、一回ひとまわり」

 足を払われ前方に身体を倒し、更に捕まれた右腕を老人が回す。
 それにより兵士は足を浮かせた状態で前方へ回転し、腕を一気に引いた老人の動作によって背中を強打するように地面へ倒れた。

「ガ、ハ……ッ!?」

 軽装鎧を身に着けていた事が災いしたのか、背中を鉄板で覆い硬い地面へ叩き付けられた兵士は、半端ではない痛みと苦しみで悶絶しながらのたうち回る。
 今度は他の兵士達にも見える程の速さで、残る二人の兵士達は現れた老人が自分達の予想を上回るモノだと気付かされた。

「こ、このジジイ……」

「強いぞ……!?」

「ほっほっほっ。どうするね? お主達も、こうなりたいかい?」

「クッ!!」

「お、お前! 俺達は王国の兵士だぞ!! こんな事をして、タダで済むと――……」

「――……ほぉ。つまり儂がお前さん達の口を塞げば、万事解決ということかね?」

「!!」

 微笑みの声と口元を浮かべながら兵士達の脅迫の声を遮り、老人は結論を述べる。
 そして残る兵士達にも歩み寄る中で、ワーグナーとエリクの傍らを通り抜けた。

「下がっていなさい」

「!」

「え、あ……」

 老人はその一言だけを述べ、兵士達の前に立つ。
 そして茶色の外套内に隠されていた、左腰に帯びている剣を見せた。

 その老人が武器を備えている事を悟った兵士達は、自分達も武器を向けようと腰に下げた剣を抜こうとする。
 しかし兵士達はその手を止め、急に怯えるように体を震えさせ始めた。

「……!?」

「か、身体が……勝手に震えて……」

 自分達の身体が震えている理由が分からず、兵士達は精神的にも肉体的にも動揺する。
 その兵士達に対して、老人は微笑みながら告げた。

「儂に、武器は向けぬほうが良いぞ」

「!?」

「向ければ、この場でお主達を殺さればならぬ」

「な、何を言って……」

「武器を向けるという事は、その相手を殺す覚悟を持つ事であり、その相手に殺される覚悟を持つ事でもある。……君達に、その覚悟があるのかね?」

「……!!」

「その覚悟があるならば、来なさい。……その時には、儂が手早く殺してあげよう」 

 そう言いながら微笑む老人の淀みの無い言葉に、兵士達は戦慄する。
 それは脅しでも何でもなく、ただ事実のみを述べた老人の言葉なのだと、本能で兵士達は察してしまった。

 更に足も震えて立ち上がれなくなり、兵士達は怯えた表情を浮かべて老人を見れずに地面へ尻から倒れ込む。
 感じられながらも見えない重圧プレッシャーに押し潰される兵士達を見ていた老人は、僅かに溜息を吐き出した。

「意気地が無いのぉ。ガッカリじゃよ」

「……!?」

 その瞬間、兵士達に襲い掛かっていた重圧は解かれる。
 自分の震えが止まった事に気付いた兵士達は、怯えるように老人の前から逃げ出した。

 そして背中を強打していた兵士もげる他の兵士達を見て、倒れている兵士を担ぎながら逃げる。
 それに気付き振り向いたワーグナーとエリクに、老人は声を掛けた。

「お前さん達」

「!!」

「!」

「ちと尋ねたい事があるんじゃが、いいかね?」

「……な、なんだ? あんたも、俺達の金が狙いか?」

「いやいや。子供から脅し取る金で、美味い物など食えぬだろうて」

「じゃあ、なんだよ……?」

 老人に警戒しながら腰と足を引かせるワーグナーと、佇みながらも状況次第で戦う事を察したエリクは身構える。
 そうした様子の二人に微笑みながら、老人は尋ねた。

「儂が泊まった宿を探しておるのじゃが、道に迷ってのぉ。その宿がある場所を知っていたら、教えてくれんかね?」

「へ? ……あ、ああ。それくらいなら……」

「おぉ、助かるわい。では道案内を頼もう、少年達よ」

 老人はそう話し、道案内を頼む。
 ワーグナーは怪訝に思いながらもその頼みを了承し、心で警戒しながらも構えを解いた。
 それに連動してエリクも構えを解き、老人を見据える。

 こうして兵士達は退散し、二人は不可解な老人の道案内をする事となった。
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