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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

初めての報酬

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 黒獣傭兵団と共に王都へ来た娘は、ワーグナーと言い争った翌日に休んだ団長ガルドと話を交えた。

「――……俺の知り合いで、仕事の手伝いが欲しいって奴がいる。そこでならお前が世話になれるが、どうする?」

「……」

「安心しろ、俺等みたいに戦ったりするような職じゃねぇ。……それとも、女傭兵にでもなりたいか?」

「……嫌。兵士も傭兵も、どっちも嫌いよ」

「そうか。なら、知り合いに声を掛けとく。早けりゃ、今日からそっちに行けるさ」

 娘はそうして黒獣傭兵団から離れ、ガルドの知り合いが勤める仕事場を勧める。
 そしてガルドが告げたように、その日の昼には娘はガルドに伴われて詰め所から離れる事となった。

 その際にワーグナーと娘は視線を合わせ、すぐに逸らす。
 互いに別れらしい言葉も特に口にしないまま、娘は去って行った。

 それから団員達は王都の各地へ散らばるように別れ、戦利品の売却を行う。
 その金銭で装備品の補修を依頼を行い、保存の効く食料を買い込んだ。

 そうして一通りの所用が終わった後、黒獣傭兵団の面々は団長ガルドに集められる。
 そこでガルドは銅貨や銀貨を始め、金貨の入った袋を机の上に置いた。

「――……よぉし。お前等、今回の戦争での依頼報酬と、戦利品の売却金の山分けをするぞぉ」

「おぉ!」

「戦争の依頼報酬は、主に参加した連中で山分けだ。戦利品の売却金も、そっちにかなり振り分ける。そいつ等が稼ぎ頭だったからな。居残り組は、文句言うなよ」

 言葉で釘を刺すガルドは予めにそう伝え、居残り組に報酬の分配を行う。
 戦争に参加した団員達とは別に、詰め所の管理や持ち帰った戦利品を管理し売却を手伝った者達には、そうして手間賃染み金銭が行き渡った。

 少なく貰った者でも、銀貨を五枚。
 机に置かれた金貨の袋が入っている袋を見ると少ないように見える金額だが、その金銭でもベルグリンド王国内なら質素な生活で四ヵ月近い生活が出来る。
 居残り組のほとんどは体格が乏しく貧弱な容姿が目立ち、前線に立てばすぐに死んでしまう可能性が高い者達がほとんどなだけに、ガルドとしてはそうした者達に対してそれなりの金銭を振り分けた。

 そうした者達に金銭を振り分けた後、次にガルドは戦争に参加した三十名程の者達に声を掛ける。

「次は、今回の反乱領討伐に参加した連中の報酬だ。基本的には山分けだが、俺の目から見てそれなりに活躍した連中には色を付けて渡すぞ。少ないぞって文句がある奴は、俺に言えよ」

 そう告げるガルドは戦争に参加した団員達の名前を呼び、報酬を振り分けていく。

 戦争参加者には最低でも金貨一枚が渡され、その後にガルドから見たその団員の働きが口にされて追加の報酬が渡された。
 ある者は行軍中や帰路での監視を良くしていたと言われ、ある者は戦争中に仲間の援護を良くしていたと言われながら、色の付いた報酬を喜びながら受け取る。

 金貨一枚もあれば一人で数年以上の生活は余裕であり、少しの間なら娯楽染みた事にも興じられる。
 その高額の金貨がそれぞれに手渡されていく光景に、居残り組が羨む視線を向けていると、金貨を貰い気分を良くした団員達がそうした者達も誘って今夜の飲み会を奢るなども口にしていた。

 そうした中でワーグナーも呼ばれ、ガルドから金貨一枚を受け取る。
 更にガルドから目にした働きを告げられ、銀貨と銅貨の入った袋から幾つかの金銭を掴み渡された。

「初陣にしちゃあ、上出来だったな」

「あ、ありがとうございます! す、すげぇ。金貨、初めて持ったぜ……」

「だが、へっぴり腰になって戦争中に立ち止まったり、コケたりすんなよ。アレよりひでえ乱戦だったら、味方に間違えられて斬られる事もあるんだ。離れず、仲間としっかり連携できる距離にいろ」

「は、はい……」

 褒められながらも叱られてしまったワーグナーは、報酬を受け取りながら喜びを挫かれて落ち込む様子で去っていく。
 そんなワーグナーを他の団員達は軽く笑うと、ガルドが次に読んだ者の名に注目した。

「次は、エリク。お前だ」

「おれか?」

 ガルドがエリクの名を呼ぶと、戦争に参加していた団員達が笑いを止めて静まる。
 先程まで報酬に喜んでいた傭兵達が一気に静まり返る様子に、居残り組だった者達は疑問を浮かべた。
 それはワーグナーも同様であり、落ち込む様子から一転してエリクを見る。

 エリクは呼ばれた事を知ると、ガルドの前まで歩み寄った。

「エリク」

「?」

「お前さんの初陣は、正直に言えば戦争で使えるかどうかの判断の為に連れて行った。……だが、お前は俺の予想を遥かに超えた働きをした」

「……?」

「移動中に遭遇した魔獣の排除、それに高い索敵能力。そして戦争中には、俺達より前に出て指揮してる敵兵士達を殺した」

「!?」

「こっちの前線が崩壊するより先に、敵の前線が真っ先に崩れたのも、お前がそいつを殺したからだろ。俺は、しっかり見てたぜ。……両手を出しな」

 そう言いながらガルドは袋に手を突っ込み、大きな手で金貨を鷲掴みにする。
 そして命じられて両手を出したエリクに、ガルドは金貨を五枚も渡した。

「!?」

「あ、あんなに!?」

 それに驚愕する団員は、入ったばかりのエリクがそこまでの働きをしたのかと疑問を浮かばせる。
 しかし戦争に参加した団員達は、予めエリクの働きをガルドに聞かさ、そして見ていた。
 彼等は始めこそ半信半疑な面持ちだったが、エリクが戦場に赴くまでの動きや働きを知っていた者達ほど、黙って納得している。

 そして首を傾げるエリクに、ガルドは伝えた。

「これが、お前の報酬だ。好きに使え」

「……」

「なんだ、その顔。少ないってか?」

「……これ」

「?」

「なに?」

「!?」

 首を傾げながらそう聞くエリクに、ガルドと他の団員達は驚愕する。
 そうした中でガルドは思い出し、エリクが金貨という物を見た事が無いのを思い出した。

「あぁ、そうか。お前、金貨を知らないんだったな」

「きんか?」

「ほれ。この銀貨が百枚分の価値があるのが、その金貨だぜ。それ一枚あれば、余裕で数年は生きられるぞ」

「……」

 ガルドの説明を聞いていたエリクだが、言葉も金貨の価値が分からず、金貨があれば生きられるという言葉だけを聞き、不思議そうな表情を浮かべながら金貨を齧る。
 突拍子も無い行動をするエリクに驚愕したガルドは、思わずエリクが齧る金貨を掴んだ。

「おまっ、何してんだ!?」

「……たべられない?」

「食べれねぇっての! その金貨を払って、食い物を買え!」

「そうか」

 ガルドに叱られながら、その金貨でも食べ物を買えるのだとエリクは知る。
 そんなエリクの様子に頭を抱えるガルドと、突拍子も無いエリクの行動に、他の団員達は顔を見合わせて笑っていた。

 幼いエリクは初めて、初めて傭兵としての報酬を受け取る。
 それは傭兵団の誰よりも強い貢献を行い、団長ガルドと戦場に出た傭兵達の信用を得た瞬間でもあった。
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