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螺旋編 四章:螺旋の邂逅

肉の秘密

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 王国内での反乱領討伐軍に参加し、斥候として狩り出された黒獣ビスティア傭兵団。
 それに同行する九歳のエリクは、軍が通る山にいた魔物化している熊を一人で倒してしまう。

 団長ガルドはそれに関して咎めようとはせず、合流した団員達と共に心臓を一突きされて薙がれた魔物の熊を見て呟いた。

「……コイツ、だいたい四メートルか。下級魔獣レッサー相当だな」

「下級魔獣……!?」

「コイツを、あのガキが一人で?」

「ああ。的確に心臓を狙って、一突きで落としやがった」

「そんな、まさか……」

 実際に団員達がエリクが熊を仕留める姿を見ておらず、ガルドの話を疑う。
 そのエリク本人は熊の死体を調べる団員達を遠巻きに見ながら黙っている。

 ガルドは浮かび上がる疑問を晴らす為に、エリクに近寄りながら話し掛けた。

「エリク」

「?」

「お前、前にもこういう獲物を狩ったことがあるか?」

「ああ」

「!!」

「それは、さっきったくらいの大きさか?」

「ああ」

「どうして心臓の位置を知ってた?」

「まえに、ここ心臓ここをつぶせと言われた」

「あの解体屋か……」

 エリクが的確に熊の急所を突けた理由を、その説明でガルドは理解する。

 以前にもエリクは熊の下級魔獣レッサーを狩り、恐らく急所を突かずボロボロの状態で持ち帰った。
 それを見た解体屋は、皮や骨を始めとして素材の質がかなり落ちた状態で持ち込まれた熊を見て、エリクに急所を突くように教えたらしい。
 エリクはその教えを覚え、魔物や魔獣に対して急所を的確に狙い血を抜きながら倒す事を心掛けていた。

 ガルドは淀みの無いエリクの戦い方に納得した上で、倒した熊を見る。
 それに指を向けると、再びガルドはエリクに尋ねた。

「コイツの解体の仕方は、知ってるか?」

「しらない」

「よし。なら教えてやっから、自分で出来るようになれ」

「おれが?」

「そうだ。あのまま持って移動すんのは面倒だし、最低限は金になる物と肉を持ってく。肉は焼いて食料にして、素材は後で売りに出せばいい」

「……そ、そうか」

「お前、分かってねぇな? ちゃんと覚えろよ。また解体屋に詐欺られるぞ」

 そう言いながらエリクを押すように熊の前に連れて来たガルドは、そのままエリクに熊を引かせて川のある方へ赴く。
 そして熊の近くで、解体作業をエリクに教え始めた。

 エリクは難しい言葉の説明は理解できずとも、実際に目で見てどういう工程で解体を行うかを理解していく。
 そしてワーグナーを含めた待機組も合流すると、エリクに解体作業を教えるガルドを見ながら全員が呆れた様子を見せていた。

「……おやっさん。何やってんっすか?」

「おぉ、お前等。来たか?」

「来たか、じゃないっすよ。なんで魔物を解体してるんっすか?」

「何がってお前等、肉を食いたくねぇのか?」

「いや、そりゃあ食いたいっすけど……」

「どうせ軍の連中は、あと十日以上は追いつかねぇよ。被害が出そうな魔物はコイツだけだし、肉を食う時間くらいあるぜ」

「えぇ……」

「おい、ワーグナー! お前も解体を覚えろ!」

「あ、はい!」

 団員達が呆れ気味な様子をしている中で、ガルドはワーグナーも呼んでエリクと共に熊の解体を教える。
 熊の解体講習となってしまった現場を見ながら、団員達は仕方なく解体が終わるまで待つ事となった。

 その日の夜、解体された熊の肉が焼かれて傭兵団の夜食として振舞われる。

 魔物している動物の肉は、お世辞にも美味いとは言えない。
 それは魔物の体内に流れる魔力が人間にとって毒素が強く、完全に血抜きが施されて強めに焼かれた状態で無ければ食べられない程だからだ。

 しかし王国において畜産で育てられる動物の肉は貴族しか食せない高級品であり、貧困に苦しむ平民が食べられる肉は魔物や魔獣の肉である。
 それを食べ慣れている傭兵団もまた、肉として魔物の熊を食する事に抵抗は無かった。

 その中で、黙々と焼かれた魔物の熊肉を食べる子供が一人。
 それは熊を倒したエリク本人であり、不味い肉を黙々と食べ続けるエリクに団員全員が引き気味に訝し気な目を向けている。

 そんな視線に気付いているワーグナーが、エリクに聞いた。

「お、おい。エリク」

「?」

「お前、その肉が美味いのか?」

「ああ」

「そ、そうか。……よっぽど美味いもん、食った事が無いんだな……」

「?」

 エリクが貧困を理由に舌が貧しく、魔物の肉が美味いモノに感じられているのだとワーグナーは察しながら納得し、同じように不味い肉を頬張る。
 そんな二人の会話を聞いていたガルドは、魔物の肉を美味しそうに食べるエリクを見て目を細めた。

 その日の夜は熊肉で食事を終え、傭兵団は山の中で休息に入る。
 そして夜営の監視を、団長のガルドとエリクがやる事になった。

 そうして団員達が寝静まった時刻に、焚火を絶やさないように枝と落ち葉を放り込みながら、ガルドはエリクに話し掛ける。

「――……エリク」

「?」

「お前、親はいないって言ってたな」

「ああ」

「……そうか」

「?」

「いや。……さっき食った肉、本当に美味かったか?」

「ああ」

「いつも詰め所で食べてた、パンとかスープは?」

「味がしない」

「……そうか。やっぱお前は……」

「?」

「いや、何でもねぇよ。……お前はお前だ、エリク」

 そう笑いながらエリクの頭を掻き毟るように撫でるガルドは、思考に浮かぶ言葉を飲み込む。

 恐らくこの時、ガルドは気付いていた。
 エリクの中に流れる、魔族の血の事を。

 子供ながらに逞しい体格に育ち、技術は無くとも卓越した反射神経と膂力を持つ。
 更に魔力が沁み込んでいる魔物の肉を美味しいと言って食べるのは、この世界ではある種族達だけ。
 それが魔族であり、また魔族の血を引く魔人。
 エリクはその魔族と人間の混血である魔人だと、ガルドは気付きながらも最後まで黙っていた。

 それはエリクの為だったのか、それとも何かの打算だったのか。
 自分自身の記憶を思い出しているエリクには、分からなかった。

 翌日、傭兵団は山を登り抜けて再び斥候として索敵を続ける。
 そうして討伐軍の足場の安全を確保し、傭兵団は反乱領が見える野原に集まった。

 そして傭兵団に遅れて十日後、王国の討伐軍が到着する。
 更に反乱領の私兵達もその野原に集結し、互いの軍が見合う形で陣地を構築した。

 互いの陣地が組み上がった二日後、討伐軍と反乱軍の戦争が始まる。
 そして傭兵として、エリクは初めて人間との殺し合いに参加した。
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