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螺旋編 三章:螺旋の未来

向き合うべき力

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 『黒』の七大聖人セブンスワンクロエと赤鬼化したエリクの戦いは、予想外にもクロエの圧倒で幕を閉じた。

 その戦いから数十分後、エリクは意識を取り戻す。
 傍には叩きのめしたクロエを始め、戦いを見ていたマギルスとシルエスカ、そしてダニアスが居た。

 エリクは意識を朦朧としながら上半身を起こすと、隣に立っているクロエが話し掛ける。

「――……やぁ。今度は普通に、御目覚めかな?」

「……俺は……?」

「覚えてないかい?」

「……お前に、頭を掴まれて……。それから……」

「ふむ。魔人化した時の記憶が、ほとんど無いんだね。これはこれは、色々と苦労しそうだ」

「……?」

「おじさん、気絶した後に魔人化したんだよ。でも、クロエにあっさりやられちゃったよ?」

「!」

 クロエが呟く姿を見ながら不可解な表情をしていたエリクに、マギルスは教える。
 そして改めて自身の服を見ると、服の各所が千切れながら膨らみ、何かしら自分の身に起こっていた事をエリクは察する事が出来た。 

 そんなエリクの様子を見ながら、マギルスは更に教える。

「でもおじさん、全身ボコボコにやられてたのに傷が治ってるね。凄い回復力だよなぁ」

「……そんなに、やられていたのか?」

「ボコボコだったよ? 顔とか潰れてたし、全身が血だらけで、体中の骨も折れてたはずだもん。その傷も全部、さっき治っちゃったんだよね」

「……」

「エリクさんの自然治癒力は、普通の魔人とは桁違いだ。例えフォウル国の干支衆でも、これだけの自然治癒が成せるのは鬼巫女姫だけだろうね」

 完全に起き上がるエリクを他所に、マギルスとクロエが互いに赤鬼化したエリクの状態を伝える。
 自身が再び魔人化し、それでもクロエに重傷を負わされ倒されたという事実を知ったエリクは、冷静な表情を見せながらも内心で強い困惑を秘めていた。 

 エリクは一度だけ、自身の精神を保ちながら赤鬼化した状態で戦った事がある。

 『神兵』ランヴァルディアとの決戦で、赤鬼化したエリクは自我を僅かに保ち、マギルスと連携して戦っていた。
 その際の記憶はエリクにも残っており、赤鬼となった体を制御して戦い、人間の姿にも自力で戻れている。

 しかし先程のエリクは意識を失った状態で赤鬼化し、クロエと戦った。
 更にエリク自身の意思に沿うように赤鬼は動かず、先程の記憶もエリクには無い。

 自身の魔人化を制御できない事を否応なく自覚させられたエリクは、表情を強張らせながらクロエを見る。
 それに返すように微笑むクロエは、改めてエリクに伝えた。

「分かったかな?」

「……俺は、魔人としての力を扱いきれていない」

「そうだね。……魔人化そのものが、かなり限られた数の魔人しか行えない。普通の魔人も、人間の姿かそれに近しい容姿で一生を過ごす事もある。何故か分かるかい?」

「……俺のように、魔人の姿を制御できないからか?」

「うん。基本的に魔人化というのは、動物的本能……つまり、人間としてではなく魔族や魔獣に類する特性と本能を呼び覚まし、それと近しいモノに変質する行為だ。進化とは、まったく異なるモノだよ」

「変質……」

「それを御しきれない魔人は、エリクさんみたいに本能のまま暴れ回り、周囲に被害が生まれる場合もかなり高いんだ」

「……」

「あのフォウル国でも、訓練を施していない魔人は魔人化する事を厳しく禁じているはずだよ。魔人化して本能のまま暴走し、それで訓練していない肉体と脳に過剰な魔力が行き渡ると、暴走した魔人は死んでしまうから」

「!」

「さっきのエリクさんも制御できていないようだったから、早めに倒させてもらったよ。暴走状態で長く魔人化していると、意識を取り戻すまで時間が掛かるからね」

「……そうか」

 クロエが伝える言葉の数々で、エリクは改めて思い知らされる。
 自分が自分自身の魔人ちからを、全く制御できていない事を。

 アリアから魔術を扱う為の精神訓練を学び、マギルスからは数多くの模擬戦闘あそびで魔力の扱い方を学び、ケイルからは気力オーラの扱い方をエリクは学んできた。
 しかしエリクは、根本的な事を学べていない。

 それが、自分自身の中に渦巻く本能を御すること。
 暴れる赤鬼と向き合い押し止める術を、エリクは今まで誰からも学べなかった。

「……この魔人化ちからを扱えるようになる為に、俺はフォウル国に向かっていた」

「そうだね。……でも残念ながら、今はフォウル国に行く事すら難しいと思うよ」

「それは、どういう……?」

「このアスラント同盟国自体、実は魔導国からの攻撃は今は年に片手で数えるくらいしか無い状態なのは、知ってるかい?」

「いや……」

「でもフォウル国はほぼ毎日、魔導国との攻防を続けているよ」

「!!」

「魔導国は『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァを筆頭に、引き込んだ特級傭兵と魔導人形ゴーレムと飛空艇を攻め込ませて、フォウル国を攻め落とそうとしている。今だに健在なのは、人間大陸ではその二国だけだからね」

「……十五年以上も、耐えているのか?」

「元々、フォウル国が建てられている場所はかなり攻め難い場所だからね。その分、フォウル国の魔人達は守り易い。二千五百年以上前に行われた第一次人魔大戦でも、フォウル国は数千万人規模の人間勢力の侵攻を、千年近くに渡って防いでいるよ」

「!?」

「それだけ堅牢なフォウル国だけど、魔導国に打撃は与えられていない。敵のほとんどが魔導人形ゴーレムだからというのもあるけど、彼等の手でも届かない高高度に魔導国の首都が浮いているからね。だから魔導国もフォウル国も、互いに膠着状態のまま毎日を争っているらしい」

「……」

「今の状態で貴方がフォウル国に行っても、向こうは対応に忙しくて構ってくれないだろうね。むしろ今の状態で外部の者を国に入れるのは、愚の骨頂とさえ思うかもしれない」

「……俺は、自分の魔人化ちからを誰からも学べないという事か?」

「うん。ちなみにマギルスの首無騎士デュラハン化も、正確に言えば魔人化じゃない。あれは精神武装の一種で、エリクさんの魔人化とはかなり部類が違う。同じ感覚で学ぶ事は、難しいと思うよ」

「へぇー、そうなんだ?」

「……そうか」

 クロエが説明するフォウル国の現状に、エリクは更に深刻な顔を深める。

 今までやや脱線気味に様々な戦闘技術を学んできたエリクだったが、魔人化だけは誰からも学べていない。
 そしてフォウル国が魔導国との戦いに毎日を明け暮れている今、そのフォウル国で魔人化を学ぶ術を得る機会も得られない。

 自分の実力を高めたいと思う反面、ついに行き止まりに辿り着いてしまった事をエリクは自覚する。
 そんなエリクに、クロエは微笑みながら伝えた。

「――……学びたいかい?」

「!」

「自身の力を制御できるように、学びたいかい?」

「……出来るのか?」

「貴方に死ぬ覚悟があるのなら」

「!!」

「多分、フォウル国でも似たような訓練はするだろうね。……例え死ぬ事になる危険があっても、自分自身の魔人ちからを学びたいかい?」

「……」

 クロエが微笑みながら訪ねる申し出に、エリクは表情を伏せて目を瞑る。
 その時にエリクが思考の中に浮かべたのは、今は見えないアリアの笑顔だった。

 数秒後、エリクは瞳を開けてクロエを見る。
 そして決意を秘めた表情と言葉で、答えを返した。

「――……ああ」

「覚悟は、出来たみたいだね」

「ああ」

「分かった。それじゃあ、私が教えるよ。君に潜む本当の力の、扱い方をね」

 クロエの申し出を承諾したエリクは、自身の身の内に棲む赤鬼ほんのうと向き合う術を学ぶ意思を固める。
 それはエリクにとって、今までの戦い以上に過酷なモノとなる事を知らずに。
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