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螺旋編 三章:螺旋の未来

仮想空間

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 改めてホルツヴァーグ魔導国の侵攻作戦に参加することを決めたエリクは、それをダニアスに伝える。
 エリクは目的としてアリアの奪還を、そして同盟国を率いるダニアスは魔導国の攻略を目的として、互いに侵攻作戦に挑む事を了承した。

 そして握手を交わした二人の手が離れた後、ダニアスは思い出したように話し始める。

「――……エリク殿の了承は貰えましたが、今度はシルエスカの了承が必要ですね。ただ彼女も場合も、私と同じ条件で飲むとは思いますが」

「そうか。……ここには居ないようだが、何処にいるんだ?」

「今は……恐らく、彼女との訓練でしょうね」

「彼女と、訓練?」

「貴方達がクロエと呼ぶ、『黒』の七大聖人セブンスワンとの訓練です」

「!」

「シルエスカはここ数年以上、彼女の訓練を受けています。聖人としての能力向上と、戦闘技術を向上する為に」

「聖人としての、訓練……」

「他にも複数、オーラを制御し聖人に進化し得る候補者達にも訓練しています。彼女のおかげで、敵の魔導人形ゴーレムを個人で撃退することが出来る人材も輩出できている」

「そうなのか?」

「はい。彼女の指導と訓練は的確です。個々人の技量の伸びは、尋常ではない。ただその分、付いて行ける人間が限られる厳しい訓練ですが」

 ダニアスが話すクロエの訓練に、エリクは考えながらも興味を示す。
 今思えば、アリアもクロエの指導を受けながら何かの訓練を行っていたのをエリクは思い出した。

 そしてオーラの制御をする訓練をしていると聞くと、エリクの興味は更に強くなる。
 それを証明するように、エリクは尋ねるように聞いた。

「……その訓練は、何処でやっているんだ?」

「第七区画の養成所ですが、口で言うより実際に案内した方がいいでしょうね。シルエスカの説得もありますし、一緒に行きましょうか」

「いいのか?」

「ええ。グラド将軍、しばらくここの留守をお願いします。異常が起きた場合には、報告と対応を」

「了解しました!」

 グラドに司令室を預けたダニアスは、大扉を開けて通路に出る。
 それに付いて行くエリクは、第七区画にある養成所へと足を運んだ。

 通路を歩き、以前に乗った鉄箱のエレベーターに乗って更に地下へ向かうと、ある広い空間にダニアスとエリクは辿り着く。
 その区画の光景に驚くエリクに気付いたダニアスは、微笑みながら伝えた。

「……これは……!?」

「ここが、第七区画。聖人候補者達を育成する為の場所です」

「……何故だ。ここは地下のはずだろう?」

「はい。彼女の話では、これは彼女が作り出した魔法の環境だそうです」

「魔法の……?」

 ダニアスが説明する情景を見ながら、エリクは訝し気な視線を周囲に向ける。
 その区画には巨大な空間があり、天井には青い空と太陽が映し出されていた。

 それ等が作り物の空や太陽ではない事が、エリクは肌の感覚で察する。
 吹き抜ける風も本物であり、地面に敷かれる草原と土の感触も本物だった。

 その光景の中に違和感があるとすれば、自分達がこの区画に降りて来る為に使用したエレベーターだけ。
 しかしそれが、ここが地下である事をエリクの目でも分かるようになっていた。

「……こんな魔法が、あるのか?」

「彼女曰く、空間魔法と各種属性魔法を組み合わせた『仮想空間』だと聞いています」

「仮想空間……?」 

「現実の世界にある場所ではなく、彼女が幻想イメージで作り出した空間。我々には本物のようにしか感じられませんが、一種の偽装や幻覚魔法のようなモノだという事です」

「……そ、そうか」

「この先に、恐らくいるでしょう。行きましょう」

 そう促されて歩き始めるダニアスに、エリクは付いて行く。
 その仮想空間を見渡しながら歩くエリクは、遠くに森や川がある光景さえ見えた。

「……ここは、本当に外じゃないのか?」

「そのようです。一定距離までこの空間を進むと、見えない壁にぶつかります。それがこの空間の限界地点だそうです」

「……クロエは、こんな世界を作れるのか?」

「私もシルエスカも、始めは驚いていました。……彼女は『七大聖人セブンスワン』として、かなり異質です。シルエスカを始めとした他の七大聖人セブンスワンは、主に戦闘能力に特化している。しかし彼女の卓越した能力は、その次元では測れない能力ですよ」

「……それだけの能力があるなら、どうしてここに……?」

「彼女には厳しい『制約』があるようで、それが魔導国との戦いで大きな枷となっています。……それを破れば、彼女は再び死んで、この秘密基地アジトも無くなってしまう。それだけは避けるべきだと、我々は考えています」

「つまり、クロエは戦えないのか?」

「はい。しかしその代わりに、彼女がこの基地施設を設け、戦える人材を育成して訓練を施しているのです。それだけでも、同盟国には大きな助けとなりました」

 魔導国と同盟国の戦いを支えながら反抗の兆しを与えたクロエの能力に、エリクは完全に理解することが出来ずとも凄い事なのだと納得する。
 そして思い出したように、エリクは疑問を浮かべて尋ねた。

「……お前達は、クロエをどうやって見つけた?」

「アルトリアだけ砂漠の大陸から戻った時に、同行していた貴方達が死んでいたと思っていたという話は、しましたよね?」

「ああ」

「我々はそれと同時に、同行していた『黒』の七大聖人セブンスワンである彼女が死んだものだと思いました。それでアズマの国に連絡と協力を頼み、各国でそれらしい子供が生まれた情報を探っていたんです」

「……そして、見つけたのか?」

「はい。丁度、二十年前でしょうか。アルトリアが失踪した後、彼女が発見されました。そして彼女を我が国で引き取り、匿っていたんです」

「そうなのか」

「そして十五年前、魔導国からの空襲を受けました。何とか我々も、五年間は持ち堪えたのですが。そこで限界点に達し、民間人の全てを他の大陸に逃がす計画を立てた」

「……」

「その年に、『黒』の彼女は十五歳になった。それからでしょうか、彼女が尋常ではない能力を見せ始めたのは」

「……それが、この基地と魔法か?」

「はい。彼女は瞬く間に首都の地下に巨大なこの基地を生み出し、我々に提案した。『ここで魔導国に反抗する為の戦力を整えよう』と。我々は彼女の提案に従い、戦える者達をこの基地に受け入れ、そして育て鍛えた」

「……」

「その間にも、彼女は持ち込まれた資材で素晴らしい魔導装置と兵器を開発した。敵魔導人形ゴーレムの探査装置や、結界を伴う偽装装置と、戦車。そして、あの飛空艇です。我々からすれば、あの技術力と開発能力は尋常ではない」

「……確かに、そうだな」

「彼女がいなければ、我々も魔導国に抗う術を持たないまま、他国同様に滅ぼされていたでしょう。……私とシルエスカは、彼女に頭が上がりません」

「……そうか」

「彼女はこれを、恩返しだと言っています。三十年前に前の自分を、そして今の自分を保護し、十五歳になるまで育ててくれた恩返しだと。……彼女との繋がりを作ってくれた貴方達には、感謝してもし足りません」

 クロエによって同盟国が救われた事を、ダニアスは微笑みながらも寂しそうに伝える。

 三十年前の皇国で起きた事件の際、クロエを見つけて保護したのはマギルスだった。
 それからエリクが基地潜入時に見つけて連れ出し、結果として皇国に保護される立場となる。
 更にアリアの持つ知識によってクロエの正体が暴かれ、ハルバニカ公爵家とシルエスカはクロエとの繋がりが生まれた。

 この偶然にも似た繋がりが、今の同盟国を生かしている。
 それにダニアスは感謝しながらも、魔導国にアリアがいるという事実に僅かな哀愁を宿らせていた。

 そうしてクロエの話をしている内に、凄まじい轟音が向かう先に鳴り響いている事に二人は気付く。
 エリクは形相を強張らせ、ダニアスを見て頷きながら二人は駆け出した。

 辿り着いた二人が見たのは、シルエスカとマギルスが地に伏しながら息も絶え絶えの状態で跪く姿。
 そして微笑むクロエが、そんな二人を見下ろす光景だった。
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