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螺旋編 三章:螺旋の未来
少女の本
しおりを挟むアリアに関する問いを保留し、度重なる苦難の疲労を癒すエリク達はクロエの秘密基地内部で休息している。
そうした状況で珍しく用意されたベットの上で眠るエリクは、目を覚ました後に部屋の中を見渡した。
「――……誰も、いないな」
起きた時にはケイルやマギルスは傍に居らず、部屋の中に自分だけである事を自覚する。
マギルスはクロエの傍にいるだろうと分かりながらも、ケイルが何処に行ったのか分からないエリクは探そうかと考えた。
しかし近くのテーブルにパンや水が入った容器が置かれている事に気付き、エリクはそこに注視する。
その下に一枚の紙切れが残されている事に気付くと、立ち上がり歩み寄ったエリクはそれを手に取り、書かれている内容を読んだ。
『この基地の中を探って来る。お前はそれを食って、ちゃんと休め』
「……」
ケイルの文字でそう書き置かれた紙切れを見ながら、エリクは自覚する。
自身の疲労が思っている以上に重く、ケイルの外出にすら気付かずに寝ている程に疲弊し、その自分の状態にケイルは気を使ってくれたのだと。
エリクはそれに心の中で感謝しながらも、自身が疲弊している理由を考える為にベットに腰を下ろす。
そして今までに起こった出来事を思い返しながら、自身が思い悩む事を思い出した。
「……アリアが、魔導国に……」
今のアリアは、ホルツヴァーグ魔導国にいる。
そして魔導国が仕掛ける各国への戦争行為に助力し、人間を滅ぼす為に活動しているという情報。
それが今までのアリアを知るエリクにとって、予想も出来ない今の状態だった。
「……アリア。君は、本当に……」
アリアは本当に、人間を滅ぼす為に魔導国に加担しているのか。
そしてその理由が、自分達を『螺旋の迷宮』から救い出す為だったのか。
それを自身の記憶にあるアリアの姿を思い浮かべ、頭の中で問い掛ける。
しかし自分の記憶にいるアリアはその問い掛けに何も返さず、エリクに答えを聞かせてくれない。
「……俺は、どうすればいい……。アリア……」
エリクは今までそうして来たように、心の内に記憶するアリアに問い掛ける。
自分がこの状況で、何をすべきか。
エリクは今までアリアの言葉に従い、自身の役割を考えて実行して来た。
しかも今、そのアリアはエリクの目の前にいない。
それどころか敵対する立場に身を置き、自分達に襲い掛かる兵器を作っていると聞いてしまった。
今のアリアに対して、自分は何を成すべきなのか。
討つべきなのか、それとも説得すべきなのか。
それを考えながら自身の今やるべき事を考えるエリクは、かき乱される思考に答えを求め続ける。
そんな時、自分の荷物や大剣が置かれた場所にエリクは目を向けた。
そこに自分の荷物以外の物がある事に気付き、エリクは考えながらそれが何なのかを思い出す。
「……そうだ。これはアリアが作った、俺の本……」
エリクはベットから腰を上げて歩み、荷物と一緒に置かれている本を拾い上げる。
本の題名には『黒き戦士との出会い』と書かれ、それがアリアの書く字だとエリクは再確認した。
本を持ったエリクは、再びベットに腰を下ろす。
そして本を軽く撫でるように触りながら、ある事を思い出した。
「……そういえば、本に触るのは初めてだ……」
自分が今まで本に触れ、読むという行為を一切していなかったことを思い出す。
エリクは戦う技術ばかりを学ぶだけで、一度として本を手に取り読もうと思った事は無かった。
実際にそうする必要も無かったし、文字を読めないエリクには本という存在そのものが無意味な物でしかないと認識できていなかった。
しかし今のエリクは、アリアから文字を教えられている。
そして旅をしながら、文字を読み書き出来る程に成長していた。
そんなエリクの手に、文字を教えてくれたアリアが自分の事を記した本が渡る。
自分の事を英雄として伝える為にアリアが書き残した本を眺めながら、初めてエリクは本という物に書かれた内容に興味を持った。
「……」
エリクは無言で本を捲り、そこに書かれた内容を読んでいく。
そこに書かれている文字を見て、見覚えのあるアリアの文字だと一目でエリクは理解した。
そして本の一ページ目に書かれた文字を、エリクは読んでいく。
「――……ある日、少女は逃げ出した。国から、家から、そして自分自身から……」
その書き出しを始めとして、エリクは知っていく。
アリアがガルミッシュ帝国から逃げ、ローゼン公爵家やルクソード皇族の後継者という立場を捨て、今まで築き上げてきた『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』という公爵令嬢である事を否定しようとした日々を。
そして自分と出会ったアリアが何を考え、どう行動していたかを。
「……少女は暗殺者に命を狙われ、子供の頃に出会った親友を失った。初めて父親に託された、大切な愛馬だった。少女はそれを泣きながら弔い、暗殺者から逃れる為に森へ逃げ込んだ……」
そうして読み進める中で、エリクはアリアが話していた出来事を思い出す。
国を出た折に暗殺者達に狙われ、自分の馬を失った話を。
それがアリアにとって親友であり、涙を流す程に悲しい出来事だったのだと、エリクは初めて知った。
「……森に逃げ込み彷徨う少女は、ある人物に出会う。それは少女にとって、新たな光となった……。……新たな光の名は、『エリク』。それが少女と、黒き戦士エリクとの出会いだった……」
そう書き出される自分自身の出会いに、読んだエリクは思い返す。
初めて出会った時のアリアは一人で、エリクと遭遇した時には警戒し杖を向けて攻撃して来た。
こうして思えば、アリアにとって当たり前の行動だっただろう。
暗殺者に狙われ、自分を狙う存在がここまで追ってきたのだと思えば、武器を向けるのは当たり前だとエリクにも思えた。
しかしあの時、エリクは自分自身も王国兵に追われ、逃げている身分。
互いに警戒し、あんな形で初めての会話を交えたのも仕方のない事だっただろう。
にも拘わらず、アリアが自分を『新たな光』と称して書いている事が、エリクには予想外だった。
「……少女はエリクと話し、彼も無実の罪で追われる身だと知る。国を助け、民を助け、戦士として戦い続けた彼に対する国の仕打ちを、少女は憤った……」
そう書かれた後を読む為に、エリクはページを捲る。
そして次のページに書かれている事に、エリクは目を僅かに見開きながら読んだ。
「……少女は彼を迎え、旅をする決意をした。少女は自分の夢の為に。……そして黒き戦士エリクを、本物の英雄にする為に……!?」
そう書かれた内容に、エリクは内心で驚きを迎える。
アリアは自分を、英雄にしようとしていた。
そして二人で旅をしながら、アリアはエリクにあらゆる事を教えた。
それが旅に必要だからと、エリクを諭しながら。
そうしたアリアの意図と意味を、エリクは初めて知ったのだった。
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