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螺旋編 三章:螺旋の未来
治まらぬ憎悪
しおりを挟む三十年前に『螺旋の迷宮』を脱出していたアリアの行動の一部が、ダニアスから語られ説明される。
そしてクロエが付け加えるように、アリアの行動と残した品々から予測に近いアリアの思考を話し伝えた。
アリアは『螺旋の迷宮』に囚われたエリク達を救い出す情報を求め、魔導国に降る。
その方法の一つとして、エリク達を捕らえている『螺旋の迷宮』そのものを多くの死者達の魂を取り込ませながら拡大し、世界規模の『螺旋の迷宮』を作り出しているとクロエが推測した。
その推測はその場にいる全員の表情を強張らせ、様々な思いを宿らせるように内面に感情を煮え滾らせる。
そうした雰囲気を察するクロエは、改めて前置きを話した。
「――……さて。ここまで偉そうに話したけれど、これはあくまで私の推測で、真実じゃない」
「!」
「エリクさんが言うように、アリアさんが魔導国に身を置いて戦争を起こしている張本人とは限らない。何より、アリアさんが姿を消したのは二十年前。そして魔導国の首都が空に浮かんだのは十五年前。僅か五年で一都市を浮かび上がらせるなんて、流石にアリアさんの知識を用いても実現できる期間じゃないよ」
「……」
「恐らく、魔導国は始めから都市を空に浮かべる程の魔導装置を使い、各国に対する戦争準備をしていた。戦争自体を始めたのは魔導国の首脳陣達の判断で、アリアさんは目的を持って魔導国側に身を置いているという事だろうね」
「……ッ」
「アリアさんはこの戦争を始めた張本人ではない。けれど魔導国側に身を置くには、ある程度の協力をしなければならない。その代償として、あの魔導人形や飛空艇の性能を向上させている手伝いはしていると思うよ。……本来は操作する術者が必要なのに、無人の魔導兵器が構築式で自動操縦されているなんて、従来の魔導兵器では考えられない仕様だからね」
「……アリアが、あの兵器を……」
「『螺旋の迷宮』が人間大陸を覆い始める程に拡大しているのも、この十五年間で数千万人という人間が死んだ影響だろうね。そして拡大した分、内包された死者達の領域は薄まった。その影響で、この三人は死者の怨念から解放されて動ける身となった。そう考えるのが、理に適っていると思うよ」
「……」
「私から言える事は、どう足掻いても魔導国は戦争を起こしただろうということ。……アリアさんや、ましてや貴方達のせいで戦争が起きたわけじゃない。それは、安心していいよ」
そう微笑みながら話すクロエに、エリクとケイルは顔を逸らしながら渋い表情を見せる。
他に聞いていたダニアス等もクロエの念押しの意見に概ね納得し、エリク達を責める意思は見せなかった。
そうした中で、マギルスが不思議そうにクロエに尋ねる。
「――……ねぇねぇ。今、この世界ってさ。『螺旋の迷宮』っていうあの世界に、取り込まれてるんだよね?」
「そうだね」
「それって、マズいんじゃない?」
「うん、凄くマズいね」
「!!」
「さっきも言ったけど、人間大陸に充満していた魔力が急速に喪失している。恐らく死者達の魂に魔力が吸い尽くされて、それが『螺旋の迷宮』を形成し拡大させているからだ」
「……もし、このまま広がり続けたら?」
「広がり自体は、人間大陸の全土で留まるだろうね。……でも、大気に魔力が無くなった人間大陸は、死の大陸と化す。動植物が生きて育まれない環境となり、あの砂漠と同じような状況に陥ると思うよ」
「……!!」
「それを止める為にも、死者を増やす魔導国を討ち、人間大陸を覆い始めた『螺旋の迷宮』を破壊する必要がある。……その為にこの秘密基地で作ってたのが、あの飛空艇さ」
クロエは話しながら腕を翳し、壁に備わる画面に映し出された飛空艇に手を向ける。
そこには三隻の飛空艇が映し出され、改めて飛空艇の説明に入った。
「あれは一応、私が知ってる古代技術を参考にして作った空飛ぶ船。通称『箱舟』だよ」
「ノア……」
「本来は宇宙空間でも航行可能な代物だけれど、搔き集めて作れる資材だと、せいぜい大気圏内の飛行しか無理だろうね」
「……そ、そうか」
「この『箱舟』に戦力を乗せて、魔導国の首都を襲撃する。襲撃の目的は、敵都市の飛行機能を不能にすること。そして首都にいる魔導国の首脳陣を捕らえるか、もしくは倒すこと。その二つが、主な目的になるだろうね」
「……」
「乗り込む人選は、同盟国の軍部を司るシルエスカに任せてるけど。少なくとも、私は一緒に乗って行くつもりだ。……そして私から推薦する人達も、乗船してもらう」
「……俺達か?」
「そう。エリクさん、ケイルさん、そしてマギルス。この三人を乗船させた上で、魔導国を襲撃する。そして魔導国にいるだろう、アリアさんを確保してもらう」
「……」
そう伝えて要請するクロエの言葉に、エリクは無言ながらも頷いて承諾する。
それを予想していたケイルは口から溜息を洩らしながら頷き、マギルスもそれに承諾して頷いた。
三人の了承を取れたクロエは、表情を強張らせたシルエスカに目を向ける。
敢えて口を閉ざすシルエスカの様子に、クロエは微笑みながら訪ねた。
「シルエスカには、この三人の乗船に異論はある?」
「……無いと言えば、嘘になる」
「その理由は?」
「……仮にアルトリアが魔導国に身を堕とし、自ら進んで戦争に力を貸していた時。そしてこの三人がアルトリアと対峙した時。……お前達は、アルトリアと戦えるか?」
「!」
「それに、仮に否応なく捕らえられ力を貸さざるを得ない状況にアルトリアが追い込まれていたとしても。アルトリアが作った魔導兵器が、多くの犠牲を生み出している事に変わりはないだろう」
「……」
「仮に魔導国の襲撃に成功し、アルトリアを含んだ首脳陣を捕らえたとしても。……それ等の者達は非道を行った大罪人として、処刑する事になるだろう」
「……!!」
「魔導国は、多くの人間を殺し過ぎた。しかも、自らの手を汚さぬままに。……私はそれを許せぬし、他の者達も許せないはずだ。アルトリアを、その例外にするわけにはいかない」
「……ッ」
「そうなると分かった上でお前達は乗船し、我々と共に魔導国を討つ為に協力できるのか? ……そそして、魔導国を討ち終わった後にアルトリアを庇うのか?」
シルエスカは真っ直ぐにエリクに視線を向け、問い質す。
アリアが何かを目的として魔導国に身を置き、この戦争に加担しているのだとしたら。
その事実はどうあれ、この戦争で親しい者達を失い悲しみと怒りを抱く者達にとって、アリアは身を切る程の憎しみを宿す相手となるだろう。
例えどのような形で関わっていたとしても、被害者である国々や民衆はアリアだけを許すわけにはいかない。
だからこそ、シルエスカは問う必要があった。
エリク達がアリアを救う為に手を貸したとしても、その後にアリアの為に敵対してしまっては元も子もない。
エリクがアリアを守る為に忠実であるという事は、シルエスカを含む元皇国人達にとって周知の事実なのだ。
下手をすれば魔導国との戦いが終わり、次はエリク達とシルエスカや同盟国は戦わなければならないだろう。
そう聞かれた時、エリク達は言葉に詰まる。
アリアという一人の女性の為に、世界を敵に回すのか。
それとも世界を救う為に、アリアを死を承諾するのか。
この問いに、エリクはその場では答える事が出来なかった。
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