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螺旋編 三章:螺旋の未来

勝利の代償

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 魔力を吸収できる結界を維持する魔石を破壊する程の威力を有した、魔導国の飛空艇に出現した巨大な砲身。
 それを破壊する為に青馬に乗ったマギルスとエリクだったが、接近を許さない飛空艇は大小の砲身を全て空を駆ける青馬に集中させ、魔力斬撃が届く射程外へ押し退けた。

 そして次弾を装填する巨大砲身に禍々しく巨大な魔力が集まる様子を感知し、エリクもマギルスも焦りを含んだ表情を見せる。
 次に巨大砲撃アレが港都市に放たれてしまえば、結界を維持する魔石は全て尽きて結界は破壊され、無防備な港都市は砲撃で破壊され尽くす結果が容易に想像できた。

 それを防ぐ為に飛空艇を撃破しようと奮戦するエリク達とは別に、通信機を持つ兵士達にある知らせが届く。
 それを聞いた兵士の表情が強張りながらも、空の様子を伺いながら建物の屋上に居たケイルに、その知らせを伝えた。

「――……ケイル殿!」

「?」

「空の御二人に、敵飛空艇から遠ざかるように御伝え願えますか!?」

「下がれだって……?」

「今から、海上の艦隊で敵飛空艇に砲撃します。その攻撃に巻き込まれない為にも!」

「!?」

「どうぞ、これをお使いください。このボタンを押しながら話せば、私の通信機から声が大きく拡散されます」

 兵士が背負う荷物から、一つの小型魔道具が渡される。
 それは声を大きく周囲に拡散する為の魔石と魔法陣が刻まれた魔道具と、機械的な通信機を組み合わせた物だった。

 それを手渡されながら簡単な使い方を教えられ、ケイルは訝し気な表情ながらも小型魔道具のボタンを押す。
 そして自身の声を張り上げるように、空のエリク達に大声で伝えた。

『――……スゥ……。エリク!! マギルス!!』

「!」

「うぇ!?」

『海の戦艦が、敵飛空艇そいつに攻撃を仕掛ける!! 一度、下がれってよ!!』

「ビックリしたぁ、ケイルお姉さんの声か!」
 
 突如として響き伝わるケイルの大声に驚き、マギルスとエリクは下を確認する。
 そして二人はケイルの指示に従い、青馬は飛空艇から距離を取った。

 それを確認した通信機を持つ兵士達は、二人が離れた事を沖に舵を向ける海上艦隊に伝える。
 そして四隻の戦艦に装備された魔導兵器と実弾兵器の砲身が敵飛空艇に対して照準を合わせ、旗艦に乗る司令官の口から艦列を組む艦隊に命令が伝えられた。

「――……各艦、敵飛空艇に照準を合わせ!」

「……照準合わせ、良し! 各艦、照準完了です!」

「よし。……全艦、放てぇ!!」

 司令官が乗る旗艦を始め、各戦艦の砲塔と各種兵器から砲撃が飛ぶ。
 三十年前とは比べ物にならない威力と射程を誇る実弾と、魔導兵器の砲塔から放たれた魔力砲弾が港都市の上空を飛び、敵飛空艇に直撃する事に成功した。

「うわぁ、凄いね!」

「ああ」

「あんな離れた位置から、届くのかよ……」

 青馬に乗るエリクとマギルスは、敵飛空艇に直撃した艦隊の砲撃を見ながら驚きを浮かべる。
 それは下から見ているケイルも同様であり、改めて三十年後の兵器が強力な進化を辿っている事を思い知らされた。

 海上から数百メートル以上離れた上空の敵飛空艇にほとんどの砲撃を直撃させる射程と精度も然ることながら、その威力は三十年前とは比較できない。
 魔導国の魔導人形ゴーレムや飛空艇、そして同盟国の戦艦や各機器の発展と利便性の向上に、三人は感心せずにいられなかった。

 しかしその感心は砲撃を浴びせられた敵飛空艇の状態を確認した後で、驚愕と困惑に覆い隠されてしまう。 
 
「――……!?」

「えっ、あれで!?」

「耐えるのかよ……!?」

 実弾や魔力砲弾が爆発した事で発生した煙が晴れると、敵の飛空艇が被弾箇所を見せる。

 被弾箇所そこには多少の焦げた部分や砲塔などの破損が見受けられたが、そのほとんどが表面的なモノだけ。
 飛空艇の内部にまで砲撃は届かず、魔導人形ゴーレムの時と同じように甚大な損傷を与えるに至らなかった。

 その結果を無視するように、海上の艦隊から第二射が飛ぶ。
 それも多くが直撃していたが、表面以上の部分を破壊するには至らなかった。

「あれだけ攻撃されて、効いていないのか……!?」

「でも、おじさんの魔力斬撃こうげきでかなり削れたよね?」

「ああ。……だが、何故? どういうことなんだ?」

「……そうか。多分、密度ってやつだ!」

「密度?」

「エリクおじさんの魔力斬撃アレは凄い魔力が大きくて、密度も凄いんだよ。でも船の攻撃は、威力は高いけど魔力の密度が少ない。……あの飛空艇の表面は、凄い魔力の密度だ。きっとアレが、結界の代わりをしてるんだと思う」

「……つまり、その魔力の密度を超えた攻撃をしないと、敵飛空艇あれに傷を与えられないのか?」

「多分ね! やっぱり、おじさんか僕で攻撃しないと――……」

 マギルスは少し前にクロエと話した事を思い出し、魔導人形ゴーレムや飛空艇の装甲が異常な硬さである秘密を見破る。

 エリクやマギルスは自身の魔力を武器に覆い、苦も少なく魔導人形ゴーレムを斬り裂けた。
 そしてケイルもオーラを纏わせた剣で、銃弾さえ耐える魔導人形ゴーレムの関節部を切断できている。
 それ等は魔導人形ゴーレムや飛空艇の装甲内部に伝わり纏う魔力密度を超えた攻撃だったからこそ、破壊し傷を負わせる条件として適っていた。

 しかし同盟国が使う銃や大砲には、それを超えて破壊できる程の魔力密度は少ない。
 そのせいで新型の魔導人形ゴーレムに押し負け、敵飛空艇を破壊できるだけの威力には成り得なかった。

 そうした効果が目に見えながらも、艦隊からは第三射が放たれ、続けて第四射と敵飛空艇へ向けられる。
 更に艦隊が左舷へ回頭しながら、沖へ航行し始めた。

 エリク達が遠退き攻撃を止めた事で、敵飛空艇の標的が攻撃してくる艦隊に切り替わる。
 それを証明するように、飛空艇の数十以上の砲門が艦隊の方に角度を変え照準を合わせる様子に気付いたエリクとマギルスは、表情を強張らせた。

「あれは、まずいぞ……」

「船が攻撃されちゃう!」

「マギルス、また敵飛空艇やつに向かってくれ!」

 艦隊が攻撃される事を察し、エリクはマギルスと共に青馬を駆けさせて飛空艇に再び近付こうとする。
 しかしそれを制止するように、下から拡声された兵士達の声が届いた。

『エリク殿! マギルス殿!! まだ近付かないでください!!』

「!?」

『お願いします!!』

 下から響き伝わる兵士達の言葉に、マギルスは青馬を止めてエリクと共に疑問の表情を浮かべる。
 そうしてエリク達が止まると同時に、敵飛空艇は球体の表面を回転させ艦隊のいる海上へ移動し始めた。

 飛空艇の移動を見送る事となったエリクは、改めて下の兵士達に視線を向ける。
 そして疑問の思いを、怒声と共に響き伝えた。

「く……っ!! ――……どういう事だ!?」

『ここで敵飛空艇やつを撃墜してしまえば、この港都市と近郊に大きな被害が及びます!!』

「!」

『艦隊が、敵飛空艇やつを海上まで誘き出します!! そして艦隊に注意が向いた隙を狙い、攻撃を!』

「……!!」

『それまで、どうかお待ちください! お待ちください!!』

「……そうか。そういうことか」 

 下の兵士が伝える言葉の意味を理解し、エリクは周囲を見下ろしながら敵飛空艇の大きさを改めて見る。

 仮にあのまま飛空艇を撃墜に成功しても、直径二百メートルある鉄塊がそのまま落下すれば、地上の港都市に甚大な被害を与えるだろう。
 下手をすれば内部で動力となっている機関が大爆発を起こし、港都市全体が爆発に巻き込まれて燃え尽きてしまうかもしれない。

 それを考え至っていなかった二人に、艦隊が攻撃し敵を誘導している意図を兵士達が教える。
 それに納得したエリク達は海上へ移動する敵飛空艇を見送り、攻撃できる時を待った。

「――……ッ!!」

 しかし沖に移動しながら追われる艦隊が、敵飛空艇から数十以上の砲撃を浴びせられる。
 港都市の結界から出ていた艦隊は自前で張る結界を展開していたが、その硬度は砲撃の強度に押し負け、結界が破壊されながら被弾した。

 しかも旗艦の両翼を固めていた一隻が諸に砲撃を受け、船体の中央を貫かれる。
 それから数秒後に凄まじい爆発を生み出し、戦艦の一隻が大破した。

「船が……!!」

「……ダメだよ。あの船の結界じゃ、耐えれない……」

 その光景を空から見ていたエリクとマギルスは渋い表情をあらわにさせ、沈みゆく戦艦と被弾した他の戦艦に目を向ける。
 旗艦を含めた他の戦艦達も損傷を負い、小規模な爆発を起こして煙を立ち昇らせていた。

 それでも後尾を晒しながら沖に向かい、敵飛空艇に続けて砲撃を加える。
 まったく有効打にならない戦艦の砲撃を受けながらも、飛空艇は目標を艦隊に向けたまま海上へと誘導されていった。

 そして飛空艇から、更なる砲撃が艦隊に浴びせられる。
 次は隊列の後方だった戦艦が結界を再展開できないまま夥しい砲撃を浴び、瞬く間に大爆発を起こして撃沈した。

 沈んでいく戦艦からは、乗務員である兵士達が脱出する様子が見えない。
 つまり直撃を受けた時点で、乗っていた兵士達の大半は脱出する事も叶わず死んでしまっている事を、エリクは理解した。

「……まだか。……まだなのか……!?」

 大剣を握る力を強めながら、エリクは敵飛空艇の位置を見る。
 まだ巨大な船体は都市や港から出ておらず、この位置で撃墜すれば危惧している二次被害が生まれるだろう。
 それを頭の中で理解しながらも焦る気持ちを抱えたエリクは、残る二隻の艦隊を見た。

 敵飛空艇の第三射は、旗艦に随伴していた僚艦を瞬く間に撃沈させる。 
 残ったのは中破している旗艦だけであり、それにはエリク達を連れて来た司令官と兵士達が乗船したまま、脱出する様子も無く今も沖へ移動していた。

 それを知っているエリクは、三十年前の出来事に感謝を述べる司令官の顔を思い出す。
 そして我慢が効かなくなった時、エリクはマギルスの肩を掴みながら言った。

「もう、待てない……!!」

「行く?」

「頼む!!」

「分かった!」

 そう短く受け応えし、マギルスは青馬を飛空艇まで駆けさせる。
 そうして接近するエリク達を感知したように、敵飛空艇の後方にある砲塔が照準を合わせた。

 数十以上の夥しい砲撃がエリク達を再び襲い、接近を拒む。
 それでも何とか砲撃を掻い潜り、魔力斬撃の射程距離まで近付こうと必死に迫った。
 そして接近する青馬と二人に標的を変更した敵飛空艇が、回頭しながら砲塔の多くをエリク達に向けようとする。

 今の状態ですら避けながら駆けるのに必死であり、更に追加で数十以上の砲塔がエリク達を狙う。
 しかも悪い状況は重なり、ついに巨大砲身に溜め続けられていた魔力が最高潮に達したのを二人は感じ取った。

「しまった……!!」

「あの攻撃が、来る……!?」

 回転しながら正面の敵飛空艇の巨大砲身が、エリク達に攻撃を加えようとする。
 上下左右を断続的的な砲撃で埋めつくされ、逃げ場も無い状態にエリクとマギルスは追い詰められた。

 その時、沖から数門の砲撃が飛空艇に届く。
 それは中破した旗艦の砲撃であり、エリク達に正面を向けようとした敵飛空艇の回転を止めさせた。

 しかし敵飛空艇は再び沖側の艦隊に正面を向け、今度は巨大砲身の照準を合わせる。
 自分達に向けられるはずだった強力な砲撃が、最後に残った戦艦へ浴びせられるのを二人は察した
 
「!!」

「……なぜ、攻撃を……!?」

 海上の艦隊は全滅し、旗艦は中破して航行に支障が生まれている。
 その状態で再び攻撃した旗艦と、それに乗船し命じているだろう司令官の意思が理解できずに、エリクは困惑を漏らした。

 その中で旗艦の操舵室にいる司令官は、血を流し倒れている兵士の代わりに操作盤を扱う。
 既に司令官達の居た操舵室は半壊し、乗務員のほとんども死傷している状態で辛うじて生き延びていた司令官は重傷を負いながらも起き上がり、機能している砲塔を操作して敵飛空艇へ最後の攻撃をしていた。

「――……後は、頼みます……。どうか、魔導国を……。そして、世界を――……」

 司令官は呟きながら霞む視線を動かし、エリク達のいる場所へ敬礼を向ける。
 そして飛空艇の巨大砲身から、あの凄まじい魔力砲撃が旗艦に向けて放たれた。

「今だッ!!」

「やめろぉおお!!」

 敵飛空艇に充満していた魔力が巨大砲身から放たれた時、僅かな時間だけ他の砲塔が沈黙する。
 凄まじい魔力を使用するこの砲撃の影響で、他の魔導兵器が扱えないという欠点を晒した飛空艇に目掛けて、エリクとマギルスは青馬に乗って接近した。

 魔力斬撃の射程距離へ入り、エリクは大剣を構えて溜めていた赤い魔力の威力と濃度を高める。
 そして凄まじい風圧と大気の揺れを起こしながら巨大な魔力砲撃を放つ敵飛空艇の真横まで近付き、エリクの渾身を込めた赤い魔力斬撃が放たれた。

 赤い魔力斬撃は船体を食い破るように貫きながら、二百メートル先の表面まで切り裂く。
 そして敵飛空艇を真っ二つへ切り裂いた後、割れ砕けた船体から大小様々な爆発が起こった。

 その爆発に巻き込まれるエリク達は、地上へ落下する。
 同時に、落下しながらエリクは旗艦がいた海に視線を向けた。

 巨大な魔力砲撃は止められずに、海を割きながら直進する。
 それに飲み込まれた旗艦は爆発を引き起こし、跡形も無く消し飛んだ。

 その瞬間を見てしまったエリクは、表情を歪めながら敵飛空艇の瓦礫と共に地上へ落下する。
 港都市に降り注ぐ大小の瓦礫は結界に防がれ、敵飛空艇の大きく割られた船体は片方が海へ、そして片方が港部分に落下した。
 そして辛うじて立て直したマギルスに空中で拾われ、エリクは落下の危機を免れる。

「――……クソ……ッ」

「おじさん……?」

「クソォオオオッ!!」

 こうして港都市の防衛戦は終わり、魔導国の侵略兵器の破壊に成功する。
 しかしその代償は大きく、エリクは三十年振りに再会し知り合えた知己を、アスラント同盟国は最新鋭の艦隊と多くの正規兵を失った。
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