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螺旋編 三章:螺旋の未来

真夜中の出航

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 久方振りの休息を摂るエリク達は、八時間後に目を覚ます。
 気怠さを残しながらも身を起こした一行は、質素ながらも海軍兵士から食事を受け取り、それを食べた後に外に出た。

 時刻は夜を超えた真夜中。
 星と月が浮かぶ夜空をただ眺めているマギルスを他所に、海を眺めているケイルがエリクに話し掛けた。

「――……もし、アリアが無事だったとして。どうする?」

「どうする、とは?」

「このまま、この世界に居続けるのか。それとも、三十年前に戻る方法を考えるのかってことだよ」

「……戻ることが、出来るのか?」

「分からないけど、戻れるんなら戻った方がいいだろ。……ここは、アタシ等の知ってる世界じゃない」

「それは、そうだが……」

「それに戻れるんなら、この三十年後の世界も変わるかもしれない」

「変わる?」

「元の三十年前の世界から十五年後、ホルツヴァーグ魔導国が都市を浮かべて他国に攻め込むって情報を得られた。それを過去に戻ってフォウル国なり他の国に教えれば、戦争を未然に防げるだろ?」

「確かに、そうだが……」

「そうすりゃ、アリアの故郷であるガルミッシュ帝国や、お前の故郷であるベルグリンド王国。……そしてマシラ共和国も、滅びずに済む」

「……」

「こういう時こそ、あの御嬢さ……アリアの無駄に豊富な魔法の知識が、役立つかもしれないさ」

「……そうだな」

 この三十年後の世界から三十年前の世界に戻る事を、二人は話す。

 ケイルが考えている事はもっともな話であり、戦争を回避し滅びる国を救える手立てがあるなら、そうするべきだとエリクも考える。
 しかしそれが本当に正しい行動なのか、そしてアリアがそれを聞いた時にどう思うか、エリクには分からなかった。

 そんな二人に、マギルスが振り返って近付く。
 それに気付いた二人は顔を向け、マギルスは声を掛けた。

「ねぇねぇ」

「ん?」

「ここが三十年後なら、あの子もいるのかな?」

「あの子? ……あぁ、クロエか」

「うん。死んじゃったけど、転生っていうのをして、また生き返るんだよね?」

「らしいけどな……」

「だったら、この世界でもう生き返って、何処かにいるのかな?」

「……可能性はありそうだけどな。でも、何処にいるかなんて、アタシ等には分からねぇし……」

「だよねぇ。うーん、どうやって見つけようか?」

 マギルスは星を見ながらクロエの事を思い出し、この世界で生きているかを考えて質問する。
 その可能性も思い浮かべたケイルは、どちらとも言えない言葉を呟いた。

 そんな二人に対して、エリクは冷静に考える。
 そして海の向こうを見ながら、考え至った事を口に出した。

「……もしアリアが無事なら、クロエが死んだ事も皇国に伝えているはずだ」

「そっか。じゃあ、探してくれてるかな?」

「多分だが……」

「あの子が居てくれたら、三十年前に戻れる方法も分かるんじゃない?」

「確かに、そうかもしれない……」

「僕等が考えても分からないけど、あの子とアリアお姉さんが一緒に考えてくれたら、すぐに出来ちゃうよ」

「……そうだな」

 マギルスは悠長に笑いながらそう話し、再び星空を見上げる。
 エリクとケイルもその言葉に無言で頷き、僅かな希望を生んだ。

 そんな時、背後から人が歩き近付く複数人の足音が鳴る。
 三人はそれに気付いて振り返ると、そこには海軍司令官の男性が部下と共に訪れていた。

「――……出航の準備が整いました。皆様、乗船をお願いします」

「今から行くのか?」

「はい。夜の暗闇に紛れて出航すれば、空の敵に発見される可能性は低くなりますので」

「空に、敵の偵察がいるのか?」

「時折、そうしたモノが上空に見える時があります。それでも今まで、こちらを襲う様子はありませんでしたが」

「そうか。……分かった、行こう」

「はい。それと、荷馬車は……」

「……持って行けないのか?」 

「残念ですが、あの大きさの荷馬車を積載し固定できません。それと、念の為に緊急脱出艇などを積載していますので、余剰空間が少なく……」

「そうか。……マギルス、いいか?」

「いいよー。どうせあの世界から抜け出す時に、色々ボロボロになっちゃったし」

「そうか。なら、俺達だけを乗せてくれ」

「了解しました」

 荷馬車を置いて行く事を了承したエリク達は、そのまま荷物を持って造船所ドックへ向かう。
 そして三十年前よりも細く品やかなになった鉄の戦艦に乗船し、操舵室へと案内された。

「……!」

「これは……」

「うわぁ、ボタンがいっぱいだぁ」
 
 そこで十名程の乗組員が何かしらの機械装置を用い、更に魔道具を駆使した船の操縦風景を初めて見る。
 呆然としながらも物珍しい視線を向ける三人に、後から入った司令官の男が話した。

「――……この三十年で、同盟国も機械技術が発展しました。最新の機関部と航行設備の発展で、航行速度は以前の三倍以上になっています」

「……そ、そうか。凄いな」

「同盟国が魔導国と対抗できているのも、この高い機械技術と魔導器の組み合わせに成功し、取り入れているおかげです」

 戦艦の自慢をするように話す司令官に、エリクは理解が追い付いていない返し方をする。
 そして船長が座るであろう椅子に腰掛けた司令官を見て、エリクは疑問を浮かべて聞いた。

「……何故、港を指揮しているお前が、船に?」

「私がこの船で艦隊を指揮し、皆様を本土まで送り届けます」

「!」

「護衛艦も三隻、同航させます。宜しいですか?」

「……一隻だけという話だったはずだが?」

「本土側と連絡した際、早急に貴方達を本土へ向かわせるように命じられました。それと、厳重に護衛も付けるようにと」

「……何かあったのか?」

「分かりません。しかしそう命じられた以上、我々はその命令に従います」

「……」

「あるいは、貴方達の存在がそれだけ重要だと本土側が判断しているということかもしれません」

「俺達が、重要……?」

「どうぞ、そちらの補助席にお座りください。航行中は出来得る限り、ここで過ごして頂けると。お休みになられる際は、船室へ案内します」

「あ、あぁ……」

 司令官がそう勧めると、三人は用意されていた壁際の補助席に座る。
 そうして司令官を船長として指揮する四隻で編成された同盟国の艦隊が、軍港から出航した。

 三十年前とは比べ物にならない速度で戦艦は海を走り、瞬く間に軍港から離れる。
 そして操舵室で乗務員達が魔導器を操作し、船体の表面が周囲の海に溶け込むように姿を消した。

 魔法式と魔石を組み合わせた偽装魔法を施された四隻の戦艦は、艦列を成す。
 そしてエリク達を乗せて、真夜中の航行を開始した。

 それを見ている存在が、夜空に紛れている事も気付かずに……。
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