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螺旋編 二章:螺旋の迷宮

命を与える者

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 自身を生贄として脱出するよう勧めるクロエの言葉に、一同が驚きと呆然を含んだ表情を浮かべる。
 そうした表情が夜の焚火で照らされる中で、微笑みながらクロエは話を続けた。

「――……アリアさん。貴方が地脈を通じて脱出できると考えた方法は、『召喚魔法』を基点として合わせる『空間魔法』と『時空間魔法』の複合魔法ミックスですね?」

「!」

「まず、私からルクソード皇国で用いられていた転移魔法陣を教えてもらい、それと合わせた召喚用の魔法陣を描く。そして転移魔法陣をあの馬車に私達が搭乗して結界で覆う。次に『空間魔法』でこの世界の空間に干渉し、馬車の周辺空間をこの世界から断絶させる」

「……」

「そして『時空間魔法』で時空の穴ポケットを生み出し、その中に私達ごと馬車を入れる。時空間内部は、この世界とは真逆の魔力だけの世界。穴を作った空間だけなら、人体を魔力化させずに地脈を通れると考えた。そうですね?」

「……ええ、そうよ」

「そして召喚魔法で空間そのものを召喚対象にして、この世界から脱出する。……確かに、画期的な方法です。普通であれば、この方法で召喚魔法が成功するかもしれない」

「なら……!!」

「普通なら、です」

「!」

「この世界は、現世と法則性が異なる。大気に魔力が含まれず、時空間にすら魔力は無いでしょう。……アリアさんが考えた方法には、やはり膨大な魔力が必要になる。例えあの馬車を覆える程度の時空間を生み出すとしても、アリアさんが持つ魔石を全て使っても足りません」

「……ッ」

「不十分な魔力で生み出した時空間内部に私達が入り、召喚魔法を使って地脈を移動すればどうなるか。やはり魔力が足りずに負荷に耐え切れず、私達の肉体と魂は移動中に崩壊するか、戻れたとしても意識が途絶えた瀕死の状態になるでしょう」

「……」

「特にアリアさんは、結界を維持しながら空間も維持し、更には時空間も維持しながら地脈を通る事になる。術者の肉体に掛かる負荷は想像を絶するモノとなり、恐らく魂のみならず、脳と内臓は全て致命的な損傷を負います。……アリアさんは間違いなく、召喚後に死ぬ事になるでしょう」

「……!!」

「あるいはエリクさんやマギルスならば、自身の魔力を用いた回復力で生き残れるかもしれない。……でも私を含め、ケイルさんとアリアさんは間違いなく死にます」

 アリアが考えていた脱出方法は成功しても犠牲を伴うモノだと、クロエは断言する。
 いつも微笑むだけだったクロエが真剣な表情で語る姿は、嘘や偽りなど無く事実を述べている事を全員に思わせた。

 アリアは真っ向からクロエに脱出方法を否定され、表情を歪めながら沈黙する。
 そんなアリアを横目にしながら、クロエはもう一つの方法を語り始めた。

「そして、アリアさんが始めから考えていた方法であり、最後の手段。……この方法であれば、確実にこの世界から脱出できます」

「!」

「この世界は、死者の魂と執念で形成された『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』を形で模し、そして何等かの方法で維持している。その方法は幾つか考えられますが、それでもこの世界を崩す方法はあります」

「崩す……?」

「私達が居た世界や、この別世界も、『制約ルール』があるということです。その『制約ルール』を崩せば、この世界はこの形に保つ均等バランスを失って崩壊します」

「……そんな方法が、あるのか?」

「あります。ただ、先程も言った通り。これには適した生贄が必要になりますが……」

「……聞かせてくれ」

「エリク!」

 確実に脱出できる方法を語るクロエに、エリクが覚悟を秘めた表情で尋ねる。
 それにアリアは思わず怒鳴ったが、エリクはそれを制止するように手を軽く挙げた。

「アリア、俺は聞きたい」

「でも……!!」

「この世界から出る為に、アリアやケイルが死ぬ方法になるか。それとも俺が死ぬか方法になるか。それなら、俺が死ぬ方がいい」

「!?」

「俺は、君を守る為にここにいる。……君が死ぬなら、俺が代わりに死ぬ」

「そんな事、絶対にさせないわ! 前にも言ったでしょ、貴方を絶対に死なせる気は無い!!」

「もう無茶はしないと、君も言ったはずだ。……君は、また約束を破ろうとしたのか?」

「……ッ」

「俺を犠牲にしない為に、君は自分を犠牲にして、俺達を外に出そうとしたのか?」

「……」

「……やはり、俺がやる。教えてくれ」

 アリアを犠牲にして脱出する方法だと分かったエリクは、残る最後の手段となる為に自分から前に出る。
 そしてクロエから方法を聞き出そうとした時、今度は後ろからケイルがエリクの腕を引き留めた。

「……ケイル?」

「アタシを誘っといて、自分から死のうってのかよ?」

「……」 

「ふざけんなよ!! 一緒に旅をする約束は、どうなんだよ!?」

「だが……」

 エリクは二人に挟まれながら、犠牲になろうとする行為を引き留められる。
 三人の様子を見ていたクロエは軽く溜息を吐き、小さな手と手を叩き合わせて音を鳴らした。

 その音に注目した面々は視線をクロエに向け、改めてクロエが喋り始める。

「――……アリアさんもエリクさんも、どちらかが犠牲になるという方法だと、こうして三人で揉めるのは目に見えていたので。なので、私がその役目に立候補します」

「!!」

「痴話喧嘩も程々に、私の話を聞いてください。……ここで、皆さんとお別れになるんですから」

 微笑みながら話すクロエに、三人は表情を強張らせる。
 そして自身を生贄とした脱出方法を、クロエは語り聞かせた。

「皆さんの中で、『到達者エンドレス』と呼ばれる者達の事を御存知なのは、アリアさんだけですね?」

「エンドレス……?」

「進化の頂点に辿り着いた者達。王にして『神』と称えられる者達。そうした者達を総称し、古代から『到達者エンドレス』と呼ばれています」

「神……!?」

「空想で思い描くような神様ではなく、実在する神様ですよ? 貴方達のように生きて、世界の何処かで多くの者達に信仰されてながら暮らしています。生きた神様です」

「……その生きた神が、どういう……?」

「『到達者エンドレス』は種族としての頂点を極め、多くの命を得ながら、多くの者達から信仰される者。そうなると彼等は、肉体のみならず魂に膨大な魔力を宿します」

「!」

「その魂は多くの者達の信仰心を元に長寿の命を得て、数千年から数万年以上の時間を得る。『到達者エンドレス』とは、まさに膨大な魔力と生命力を宿したエネルギーそのものなんです」

「エネルギー……」

「そして『到達者エンドレス』は死後、肉体と魂に宿っていた生命力と魔力が肉体の崩壊と共に大気に溶け込み、生命が生きる為に必要な要素となる。……『到達者エンドレス』は、一人でも星の生命を維持できる必要な栄養になるんですよ」

「……まさか……」

 その説明を聞いたケイルとエリクが、頭の中に僅かな閃きを生む。
 始めからその知識を知っていたアリアは、渋い表情を暗くさせながら顔を逸らした。

 そうした面々の様子を見ながら、クロエは微笑んで伝える。

「――……そう、私は『到達者エンドレス』。私の魂と肉体は、死後に膨大な生命力と魔力を生み出します。この死者の世界を模した場所には、不釣り合いな程に」

「……!!」

「要は、この世界を膨大な生命力と魔力で満たしてしまえば、この世界の法則性は維持できなくなり、貴方達は無事に出られるという事です」

 自身の死が世界を満たし、逆に死の世界を崩す事になり得ると教えながら、クロエは微笑み伝える。
 それは何百万年と転生を繰り返し、自身の死を受け入れ続けた『到達者エンドレス』としての言葉だった。

 同時に、エリクとマギルスはとある光景を思い出す。

 ルクソード皇国で死闘を演じる事となった、『神兵』ランヴァルディア。
 彼は死に際で、ケイルを始めとした死者を蘇らせ、灰となった身体が荒れた大地に草木を宿らせた。
 彼もまた、『到達者エンドレス』と似た力を持っていたという事になる。

 あの時と同じ事を、今度はクロエが行う。
 それを知ったエリクは表情を強張らせ、マギルスは目を鋭くさせながら拳を強く握り締めた。
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