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螺旋編 二章:螺旋の迷宮
女達の戦い③
しおりを挟む氷槍を構えたアリアの姿は、父親クラウスと似た構えを取らせる。
両足をしっかりと踏み締めながら腰を軽く落とし、中腰に構えた槍の刃先をケイルに向けながら刃先は一針の乱れも起こさない。
アリアが槍を構えてから見せる集中力は、魔法を扱う時の比ではない。
瞳と刃先は相手を完全に捉え、普段と全く違うアリアの様子にケイルは警戒度を上げた。
二人が数メートルの距離を開けて見合う中、二人を戦いを止められないエリクは表情を強張らせる。
先程の攻防も殺す気で放っていた二人に対して、流石に止めようと足を動かし掛けていた。
しかしそれは、傍に立つクロエに止められていた。
「――……止めない方がいいよ?」
「!?」
「貴方が今ここで強く止めれば、あの二人も流石に戦いを止めるでしょう。でもそうすると、あの二人はまた違う場所で戦う。そうして一生、争い続ける。そんな気がするから」
「……だが……」
「誰の邪魔も入らない今の内に、あの二人に決着をつけさせないと。それを貴方は見守るべきです。彼女達の為にもね」
「……」
「それに、エリクさんが二人の戦いを止めると、余計に拗れると思いますから」
「……拗れる?」
「女心は、複雑だということです」
そう微笑みながら止めたクロエは、エリクに二人の戦いを見守らせる。
流石にケイルがアリアと接戦に持ち込んだ際には飛び出そうとしたが、それでもクロエが無言でズボンの裾を掴み止めた。
結局エリクは、クロエとマギルスに両脇からズボンを掴まれながら静観している。
そうした中で沈黙し見合うケイルとアリアは、一向に動く気配が無かった。
その二人の様子を見ながら、マギルスがクロエに尋ねる。
「ねぇねぇ。ケイルお姉さんの剣から出てた白い光って、なに?」
「あれは『気力』。生命力を武器にする技術で、今時で言えば『オーラ』とも言うかな。人間の中で鍛錬した極一部の人間や、聖人に進化した人が、よく使う力だよ」
「ふーん、僕達みたいな魔人は使えないの?」
「使えるよ。でも魔力の扱い方に慣れ過ぎた魔人や魔族だと、使えないかもね」
「えー、なんで?」
「魔人や魔族にとって、身体の中に生み出されて血液と共に流れている魔力は、オーラと区別し難いの。『魔力』を感じる感覚と『オーラ』を感じ取る感覚は、少し違うからね」
「へー。じゃあ、僕も慣れたら使えるかな? オーラを使えたら、もっと強くなれる?」
「勿論なれるよ」
「なら、使いたいなぁ。でも、オーラってどのくらい強いの? 僕達が使う魔力より強い?」
「さっき、アリアさんの物理障壁が簡単に破られたのは見たよね?」
「うん。オーラを使うと、簡単に破れるの?」
「生物の生命力、特に人間は百年前後で寿命を終えてしまうけど、魔人や魔族はその数倍から十数倍の寿命を生きる。でも短い生命ほど、その成長と進化の速度は凄まじい。これは分かる?」
「うーん、何となく?」
「成長と進化を遂げる生命ほど、強いオーラを宿すの。それは肉体の成長と共に身体の中で熟成されたモノだから、とても純度と密度が高い。でも魔人や魔族、そして魔獣が生み出す魔力は代謝と共に身体から大気に流れ出てしまって、生命力から生み出されるオーラに比べれば密度は薄いの。……その二つがぶつかり合うと、どうなると思う?」
「オーラが勝っちゃう?」
「うん。だからアリアさんが重厚な物理障壁を張っても、ケイルさんがオーラを纏わせた剣に打ち負けた。オーラを巧みに扱える人間なら、膨大で強力な魔力を持つ魔人や魔族でも勝てる可能性があるんだよ」
「ふーん」
「じゃあ、もしそのオーラを魔人も扱えるとしたら。そして、魔力と掛け合わせた技があるとしたら?」
「いっぱい強くなれる!」
「そういうこと。フォウル国の頂点にいる魔人達は、そんな使い手ばかりだよ」
「へー、そうなんだ! 戦ってみたいなぁ。ここから出られたらだけど!」
「君は出られるよ、ちゃんと」
「本当?」
「うん」
「そっか!」
二人は微笑みを浮かべながら、呑気に話し合う。
しかし傍にいるエリクは、ケイルとアリアの戦いを凝視し表情を強張らせるばかりだった。
二人が睨み合いを続けて、既に数分が経過する。
互いに攻める為に動こうとせず、アリアは魔法すら打たなくなった。
攻め気を持っていたケイルも大小の剣を鞘に納め直し、再び抜刀の構えのまま止まっている。
「……」
「……ッ」
微動だにしないアリアを見ながら、ケイルは軽く舌打ちを鳴らす。
アリアの堂の入った構えは、完全に相手が攻められる事を前提としたモノ。
仮にケイルが槍の間合いに入った瞬間、再びアリアの槍に切り払われる。
そう考え想定するケイルは、迂闊にアリアの間合いに入れなかった。
オーラを使い剣戟を飛ばす剣術も、魔法よりも射程は短い。
剣の間合いを見誤る程の距離で空振りして放つ分には効果的だったが、数メートルの距離で放つには向かない技でもある。
一種の騙し討ちに近い技であり、距離を取り警戒されながら間合いが遠い相手に有利を取れるモノではなかった。
そうして攻めあぐねるケイルを見ながら、アリアが僅かに動く。
砂地を擦るように足を動かし、僅かに間合いを詰めた。
それに気付いたケイルも足を擦らせて下がり、一定の距離を保つ。
ケイルが後退するのは、アリアが槍を使う姿と腕前が未知数である事も理由になってる。
同時に、槍以外の攻撃手段を用いられた際に避けられずに直撃を避けられる余裕を保つ為に、数メートルという距離が必要だからでもあった。
アリアはその心理すら読んでいるのか、姿勢を崩さずにケイルに詰め寄る。
そして下がるケイルは、ついに建物の壁へ追い詰められた。
「……!!」
後ろに壁がある事を察した瞬間、僅かずつ距離を詰めていたアリアが一気に駆け出す。
そして一突きにケイルを狙い、氷槍を突き出した。
「ッ!!」
それを避けて見せたケイルは、剣の間合いにアリアが入り逆に魔剣を抜刀する。
その勢いでアリアの手を削ごうとした瞬間、アリアは腕を引き、槍を戻した。
ケイルの剣は氷槍に当たり、刃先が斬り飛ばされる。
武器である槍の刃先を奪えた事で生まれた一瞬の油断が、ケイルの中に生まれた。
「ありがと」
「!?」
短く礼を述べたアリアが、腕を引き斬り飛ばされ短くなった氷槍をケイルに突き入れる。
刃先を失いながらも一メートル前後の棒として氷槍を扱い、剣が振り戻される前にアリアがケイルの胸に突く事に成功した。
「グ……ッ!!」
「――……『氷の浸食』」
「!?」
刃を失った氷槍はケイルを貫く事は無かったが、少なからず衝撃と打撃を与える。
追い打ちするアリアは詠唱し、突いた槍の氷を増殖させてケイルの身体に纏わせた。
そしてケイルを壁際まで押され、身体を氷で覆われながら壁に貼り付けられる。
手足の全てを覆い身動きが取れなくなった事を確認したアリアは、氷槍から手を放した。
何とか氷から逃れようとするケイルに、アリアは睨みながら話し掛ける。
「チクショウ……!!」
「……また、私の勝ちね」
「ク……ッ」
「もう、いい加減にしない?」
「……何がだ?」
「私を羨ましがることよ」
「……は?」
「ケイル、アンタは私を羨ましがってる。自分でも気付いてないのね?」
「何を、言って……」
「私と自分を比べて、劣等感を抱いている。……アンタみたいな目をして私を見て来た連中を、嫌と言うほど知ってる。だから分かるわ」
「……適当な事、言いやがって……ッ」
「アンタは私が羨ましいのよ。貴族に生まれて、豪華な暮らしをして、何の不自由も無い生活を送って、多くの才能を持ち、皆にちやほやされている。そう勝手に思い込んだ私の人生に、羨ましがってる」
「……」
「でも現実は違う。私が貴族として過ごした日々は、アンタの頭の中で思い描く程に悠長なモノじゃない。限られた時間の中で、自身に課せられた責任と義務を果たす為に自分を磨き続け、誰にも弱味や甘えなんて晒さない。例えそれが、親兄弟でもね」
「……!!」
「前に似た話をしたわよね? あの時のアンタはそれを否定し、結局は私を『裕福な暮らしをした貴族の御嬢様』という勝手な偏見で見続けた。……いい加減、それを止めろって言ってるのよ」
「……ッ」
「私は少しだけ、アンタがどういう生き方をしてたか知ってる。でも詳しい事は何も知らないし、それに何かしらの偏見を持たないように努めてきた。……でも、アンタが現実を見ずに私を偏見で見続けるのなら、もう容赦する気は無いわ」
「……ッ!?」
アリアは凄味を含んだ表情と視線をケイルに向けながら、氷膜の無いケイルの胸倉に掴み掛かる。
そして顔を詰め寄らせたケイルの瞳、アリアの冷酷な青い瞳が映った。
「――……そんなにこの世界から出たいなら、一つだけ方法があるわよ」
「な……!?」
「でも、その方法を使えば……エリクが死ぬ事になる」
「!?」
「アンタがどうしてもこの世界から出たいと思うのなら、エリクを犠牲にした手段を使う。それで良いの?」
「……良いワケが、あるわけ……ッ」
「だから今、別の方法を考えてる。その手掛かりが、恐らく死体が持ってた触媒にある」
「……!?」
「私はアンタの為になる事を、必死に探して考えてる。……何もしてないと、アンタが私を罵ってる時から、ずっとね」
「……ッ」
「これ以上、私の邪魔をするのなら。今すぐアンタを殺して、エリクを使ってこの空間から脱出する」
「……」
「もしエリクと一緒に無事に出たいなら、私に協力するか、邪魔にならない場所で静かにしてなさい。……いいわね?」
「……」
「いいわね?」
「……分かった」
本気を語るアリアの瞳を見るケイルは戦意を失い、その言葉に頷いて答える。
それを確かめたアリアは胸倉から手を放し、その場を離れた。
そしてアリアが離れてから氷膜が崩れ、魔法が解除される。
砂地に身体を下ろして腕を倒して跪いたケイルは、歯を食い縛りながら右手で砂地を殴った。
二人の様子を見ていたエリクは、戻ってくるアリアに声を掛ける。
「……アリア」
「少し休んだら、魔石が付いた触媒を探しましょう。マギルスもクロエも、探すのを手伝って」
「えー、もう終わり?」
「ええ。これ以上、戦う理由は無いわ」
「ふーん。魔石探すんだっけ? それで戻れるの?」
「戻れる手掛かりになるかも、ってとこよ」
「そっか。じゃあ探すー!」
アリアはマギルスとそう話しながら、エリクとは目を合わせようとせず拠点にしている建物に入った。
僅かに殺気が残るアリアの気配に、エリクは後を追おうとする。
しかしズボンを掴む手に止められると、エリクはクロエを見た。
「今度は何だ?」
「向こうより、今はあっちを気にしてあげたほうがいいですよ」
「……」
クロエが顔を向ける先には、砂の上で蹲るケイルがいる。
そして促すように手を離したクロエは、マギルスと共に建物の中へ入った。
その場に取り残されたエリクは、クロエの助言に従いケイルがいる場所へ歩き向かう。
こうしてアリアとケイルは、戦いを終える。
しかし別世界からの窮地を脱するという手段は、今も見つかっていなかった。
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