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螺旋編 二章:螺旋の迷宮
血の修練
しおりを挟む何の手掛かりも無く別世界からの脱出手段を見失う一行の中で、ついに感情を激化させたケイルと、身の内に化物を棲まわせるアリアが対立する。
先に仕掛けたケイルは腰を落とし低く構えながら左腰に下げる魔剣の柄を握り、アリアは物理障壁を自身に展開させながら反撃を開始した。
「――……『雹の弾丸』」
「!」
アリアは右手の人差し指をケイルに向け、その先に一発の氷の弾丸を生み出す。
それを高速で回転させながら引き絞り、ケイルに向けて高速で放った。
ケイルは激化させた感情とは裏腹に冷静に眉間を貫く軌道を読み切り、凄まじい速さで抜刀した魔剣で切り落とす。
氷の弾丸は軌道を逸れながら砂の上へ落下し、ケイルは再び魔剣を鞘に収めた。
更にアリアは凄まじい速さで指先に氷の弾丸を生み出す。
恰も拳銃に見立てた右手に弾丸を込めるように、アリアは氷の弾丸を連射した。
ケイルはそれを飛び退きながら回避し、直撃する軌道にある場合は抜刀して切り落とす。
凄まじい見切りと反射神経で氷の弾丸に対応するケイルだったが、魔法による中距離と遠距離戦を得意とするアリアの間合いに入りきれない。
例え間合いに入ったとしても、アリアは物理障壁を展開して身を守っている。
剣の間合いにアリアを捉えたとしても勝利には程遠い事を、アリアの戦い方を知るケイルには知っていた。
そんなケイルの心理を読み取っているかのように、アリアが不敵に笑いながら言い放つ。
「避けてばかりで、私に勝てると思ってるの?」
「……」
「勝負する気も無いくせに、いちいち私と張り合おうとするんじゃないわよ!」
アリアは冷徹な表情に怒気を含ませ、右手で放つ氷の弾丸とは別に左手を動かす。
そして左手の手袋に嵌めた青い魔石を輝かせ、新たな魔法を詠唱した。
「――……『凍て吐く冷獄』」
「ッ!!」
その詠唱と共に左手をケイルに翳した瞬間、熱い砂漠の大気さえ凍えさせる氷膜がアリアから発生する。
それがケイルに向けて放たれると、それに気付き横に大きく飛び避けて回避した。
そして冷気が通過した空間は一秒にも満たない時間で氷の世界へ変化し、軌道に入っていた瓦礫が氷結後に崩れ落ちる。
改めて氷系魔法の威力の高さと見せられたケイルは、アリアを睨みながら再び腰を低く構えた。
ケイルは高ぶった感情と心身の硬直を一呼吸で鎮め、それを息と共にゆっくりと吐き出す。
その瞬間、ケイルの体から僅かな威圧感と凄味が増した。
「……トーリ流術、裏の型――……」
「!」
「『鳴雷』」
ケイルが足を前後に大きく広げながら低く深く構え、砂地の地面にも拘わらず凄まじい速さで飛び出す。
オーラで脚力と背筋を最大限に高めた跳躍は十数メートル先のアリアとの間合いを一瞬で無くし、剣の間合いにケイルは入れた。
更にオーラを高めて深い呼吸をするケイルは、続けて剣技を繰り出す。
「――……裏の型『一閃』」
「!」
ケイルは高速の跳躍と同時に魔剣を抜刀し、アリアの胴体を薙ぐように剣を走らせる。
それにアリアは物理障壁で対応し、ケイルの剣を再び防いだ。
しかしケイルの剣は弾かれず、そのままアリアの物理障壁を削り取るように食い込み、障壁に傷跡を付ける。
魔剣にはオーラが纏われ、先程の威力とは比べ物にならない技となってアリアを襲った。
「ッ!!」
「死ねッ!!」
アリアの胴体を捉えた魔剣が、物理障壁を通過し切り払われる。
表情を強張らせるアリアは剣の軌道上に新たな物理障壁を生み出し、僅かに止まった剣から避けるように飛び退いた。
しかしケイルはアリアに迫り、オーラを纏わせた剣を素早く振り続ける。
アリアはそれを局所的に生み出す物理障壁で防ぎながらも、その悉くがオーラを纏った剣に破壊された。
ケイルの剣は常にアリアの急所を捉え、氷の弾丸や冷気を生み出す暇を与えない。
肉薄し近接戦へ持ち込んだケイルは、アリアを切りつけながら怒声を向けた。
「テメェはこうなったら、何もできねぇだろうがッ!!」
「クッ!!」
「死ねよ、御嬢様ッ!!」
剣を走らせたケイルは、左手を右腰に付けている小剣にも伸ばす。
大小の剣を抜き放ち両手に持ったケイルは、二つの剣にオーラを纏わせ更に激しい攻撃を開始した。
それを見たアリアは歯を食い縛らせ、物理障壁を潜り抜けて迫る小剣を紙一重で回避する。
しかし振り戻る小剣の刃と別方向から迫る長剣の刃に挟まれた時、アリアは両手の手袋を介して魔力を込めた。
「―ー……『冷然なる氷を纏いし槍』」
「!」
ケイルの剣が迫るより早く、アリアは瞬く間に氷の槍を生み出す。
氷槍の柄と刃を動かし迫るケイルの両剣の刃を弾き飛ばし、槍の柄を顔面へ叩き付けた。
それを回避したケイルは飛び退き、怪訝な表情を浮かべる。
そして氷の槍を構えるアリアに、怒気を含んだ声を向けた。
「……何のつもりだ?」
「接近戦が御所望なんでしょ? だったら、望み通り相手になってあげるわよ」
「……舐めやがって」
ケイルはアリアが武器を用いて近接戦をしようとするアリアに、呆れにも近い心情を抱く。
戦闘において魔法戦を得意とするアリアに唯一弱点があるとすれば、それは武器を用いた接近戦だけ。
過去に帝国皇子ユグナリスや模擬戦を行うエリクとの戦いを見ていたケイルは、アリアの剣の技量を知っていた。
少なくとも剣の技量に関して、アリアはケイルに及ばない。
更にオーラを扱い戦闘に用いる技術は、この一行の中でもケイルに一日の長がある。
にも関わらず、上から目線で接近戦を誘おうとするアリアの態度に、ケイルの怒りは再び再熱した。
両手に持つ大小の剣を構えたケイルは、怒りを宿す身体を一呼吸で落ち着かせる。
そしてアリアの誘いに乗り、接近して剣を薙いだ。
それに対してアリアは背筋を伸ばし、落ち着いた表情と姿勢で対峙する。
それに躊躇せず右手の長剣を走らせたケイルは、槍を持つアリアの手を狙った。
「――……!?」
ケイルがアリアの左手を捉え、斬り飛ばそうとした時。
アリアは姿勢を崩さず冷静に左手を引かせ、剣の間合いから外す。
そして引いた槍の刃をケイルの速度に合わせ、横から薙ぐように迫らせた。
決して速くはなく、緩やかな動き。
しかしケイルの素早い動きに対応した槍の刃は、ケイルの右頬を掠めた。
「な……ッ!?」
「舐めてるのはそっちでしょ?」
アリアは掠めた槍の刃を再び振り戻し、ケイルの顔面を再び襲う。
顔を引いて回避したケイルは身体ごと飛び退き、左手で槍を弾いて槍の間合いから外れた。
そして怪訝な表情を驚愕に変えたケイルに向けて、アリアは話し始める。
「私が何処で育ったか、もう忘れたの?」
「!!」
「ガルミッシュ帝国は、ルクソード皇国の傘下国。そして皇族の血筋は、槍を得意とする『赤』の七大聖人に所縁がある者達。……その一族に生まれた私が、何の修練を受けていないとでも思った?」
「……そうか。テメェが使ってた剣は……」
「剣なんて、学園の授業でしか使わなかったわよ」
腰を低くし槍を構え直したアリアの立ち振る舞いに、改めてケイルは納得する。
アリアは剣の修業を、学園に入った三年間しかしていない。
しかしアリアは十年以上もの間、ローゼン公爵家で貴族として、そしてルクソード皇族としての教育を施された。
剣の腕は素人染みていながら、槍に関しては一流の腕前。
ケイルの目の前には、十年以上の修練を積んだ槍の名手が本来の姿を見せた。
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