333 / 1,360
螺旋編 二章:螺旋の迷宮
偽りの螺旋
しおりを挟む夜が明けた次の日、砂漠地帯の中央にあるという遺跡の捜索と調査の準備が始まった。
青馬に荷物が積まれ、それにマギルスが跨り騎乗する。
それに同行するクロエとケイルも最低限の荷物を持ち、出立の準備を整えた。
三人が準備を整える傍に居たエリクは、ケイルに歩み寄る。
そして昨夜、アリアから聞けた真意を伝えようとした。
「――……ケイル」
「ん?」
「二人を頼む。……それと、アリアの事だが――……」
「アイツの事は、お前に任せる。……アタシからアイツに言う事は、もう何も無い」
「そうじゃない。アリアは……」
「アタシは、アイツが何を考えてるか全く分からない。誰かにどうこう言われて、アイツの事を理解しようとも思わない。……だけどお前が、お前なりにアイツの事を理解してるなら、それで十分だろ」
「……」
「アリアがどう思っていようと、それをお前の前だけでどう見せようと。アタシ等の前で何も見せようとしないなら、アタシはそれ以上の事を考えてやるつもりも、理解してやるつもりも無ぇよ」
そう告げるケイルの言葉に、エリクは言葉を詰まらせてしまう。
アリアが誰かの前で弱気な姿を見せる事は、ほぼ無い。
この中で長く旅を共にしているエリクですら、アリアのそうした態度を何度か見た程度だ。
反面、アリアは常に強気の態度で日常を過ごす事も多い。
それに基いた行動と発言で仲間達と衝突する事は何度もあったが、そうした蟠りはアリアの癖として全員が理解しているものだとエリクは思っていた。
しかしケイルにそれを否定されてしまい、更にケイル達に見せず自分にだけ打ち明けたアリアの行動理由を話せなくなってしまう。
そうして言葉を詰まらせたエリクから顔を反らすケイルは、マギルスとクロエがいる青馬へと向かった。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「遺跡が見つからない場合は、今日中に戻る。遺跡が見つかったら、明日中には戻る。それまでお前はお前で、あの御嬢様の事を任せたぞ」
「……ああ」
青馬に騎乗した三人とそうして会話し、エリクは送り出す。
マギルスの魔力で生み出した魔力障壁を足場に、青馬は空を駆けて南西へ向けて空を駆けた。
そして瞬く間に日差しの強い空に紛れて三人が消えると、エリクはアリアが休む建物に引き返した。
残った二人は会話も少なく、互いの事を行う。
アリアは手帳の解読に集中し、座りながら瞑想をするエリクは静寂の数時間を過ごした。
そして数時間後、沈黙していた空間に変化が訪れる。
それは手帳の解読する為に読み進めていたアリアが、訝しげな表情と声を表に出した時だった。
「……何よ、これ……」
「どうした?」
アリアの漏らす声に気付いたエリクは、瞑想を止めて立ち上がる。
そしてアリアが座る椅子まで近付き、その傍に立った。
「……エリク。ケイルと貴方が見つけた死体、何処に埋めたか覚えてる?」
「ああ。あれが、どうかしたのか?」
「気になる事があるの。私に、その死体を見せて」
「分かった」
アリアが真剣な表情を見せて頼むと、エリクはそれに応じる。
二人は死体を埋めた場所まで向かうと、エリクは死体を掘り起こした。
そして再び日の下に晒されたミイラ化した死体を検死するアリアは、疑問の表情と声を色濃く見せ始める。
「……おかしいわ」
「何が、おかしいんだ?」
「この遺体の状態と日付が、合致しないの」
「日付?」
「手帳に日付が書かれていたのよ。手帳の最後に記載されてる日付が、一年前の事らしいの」
「なに……!?」
そう伝えるアリアの言葉で、エリクは驚愕を浮かべる。
アリアとケイルは死体の状態を確認し、共に数十年以上は経過していると判断した。
にも関わらず、手帳に書かれていた日付を逆算すると、この死体は死後一年前後に出来た遺体だと判明する。
遺体の状態と日付が一致しない事にアリアとエリクは共に驚き、更に遺体を調べた。
「……元の世界で死体になれば、肉は腐りながら微生物が血液と肉体を分解し、白骨が露になる。でもこの世界は、生物が存在できない死の世界。微生物も存在できないから、肉体から水分が抜け落ちてミイラ化する。でも酸素は存在しているから、死体の肉は酸化し腐っていく。そして水分や血液だけ抜けて、腐敗の酷いミイラになる……」
「……」
「だから死後一年未満にも拘わらず、数十年以上前の死体に見えてしまった。……でも、それでもおかしい……」
「何が、おかしいんだ?」
「時間が合わないのよ」
「合わない?」
「腐敗状態を加味して、衣服や荷物の痛み具合を考えても、この死体は死後十年以上は経過してる。とても一年でこんな状態にはならない」
「そうなのか?」
「ええ。……この遺体もおかしいけど、この村もよ。状態から見て、この村は数十年以上は放置されてた。建物はそれに見合う状態だけど、内装に使われてる家具はかなり状態の良い物も残ってる。……ここにある物全てが、時間的に不一致な状態の物が多すぎるわ」
「……」
「……そうよ。そもそも、なんで……」
アリアは呟きながら顔を上げ、空を見上げる。
そして真上に昇る太陽を手で遮りながら見ると、アリアは訝しげな表情から驚愕の表情へ変化した。
「――……そうか、そうだったのね」
「?」
「私とした事が、こんな単純な事に気付かなかったなんて……!!」
「何か、分かったんだ?」
「……この『螺旋の迷宮』は、私の知っているソレじゃない。まったくの別物よ」
「!?」
「本来の『螺旋の迷宮』は、『生』の現世と隣り合わせに対を成して螺旋を紡ぐ『死』の世界。なら現世とは真逆に、魔力は勿論、呼吸に必要な酸素や太陽なんてそもそも存在しないはずなの……」
「……だが、この世界には酸素も太陽もあるぞ?」
「それどころか、時間すら存在しているわ。夜には月が、そして星が見えていた。……ここは、『螺旋の迷宮』じゃない。それを模しただけの、何か……」
「何か……?」
アリアが導き出した結論に、エリクは訝しげな表情を浮かべる。
そして再び手帳を見始めたアリアは、何かに気付き手帳に書かれたある部分に注目した。
「そうか、コレは……」
「……?」
「この手帳に書かれてる文字。一見すれば日記の文章として成立してるけど、本来の意味は違うわ」
「違う?」
「法則性があるのよ。癖のある書き方だと思ってたけど、これは……。……やっぱりコレは、エギルアルタ方式の暗号だわ……!!」
「え、えぎるあるた……? あんごう……?」
「普通の文章に見せかけた、秘密の内容を記した文章のこと。エギルアルタは大昔の魔法師で、自分の魔法に関する研究日誌を暗号化して記録してたの。その暗号形式に習って、魔法師は自分の研究資料を独自に暗号化させてるのよ」
「……つまり、この男は魔法師か?」
「ええ。……この手帳の持ち主は、普通の旅人なんかじゃなかったのよ。恐らく、魔法に精通した組織に属した人間だったはず。ただの魔法師が、こんなややこしい暗号を使うはずが無いわ」
「魔法に精通していて、組織に属していた人間……。まさか……?」
「……恐らく、【結社】の構成員。そして、この砂漠で何かの魔法実験が行われている事を確認していた、魔法師の諜報員よ」
エリク達が発見した遺体の正体が、アリアによって暴かれる。
それは自分達と因縁深い組織の一員、【結社】の諜報員だった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる