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螺旋編 二章:螺旋の迷宮
偽りの螺旋
しおりを挟む夜が明けた次の日、砂漠地帯の中央にあるという遺跡の捜索と調査の準備が始まった。
青馬に荷物が積まれ、それにマギルスが跨り騎乗する。
それに同行するクロエとケイルも最低限の荷物を持ち、出立の準備を整えた。
三人が準備を整える傍に居たエリクは、ケイルに歩み寄る。
そして昨夜、アリアから聞けた真意を伝えようとした。
「――……ケイル」
「ん?」
「二人を頼む。……それと、アリアの事だが――……」
「アイツの事は、お前に任せる。……アタシからアイツに言う事は、もう何も無い」
「そうじゃない。アリアは……」
「アタシは、アイツが何を考えてるか全く分からない。誰かにどうこう言われて、アイツの事を理解しようとも思わない。……だけどお前が、お前なりにアイツの事を理解してるなら、それで十分だろ」
「……」
「アリアがどう思っていようと、それをお前の前だけでどう見せようと。アタシ等の前で何も見せようとしないなら、アタシはそれ以上の事を考えてやるつもりも、理解してやるつもりも無ぇよ」
そう告げるケイルの言葉に、エリクは言葉を詰まらせてしまう。
アリアが誰かの前で弱気な姿を見せる事は、ほぼ無い。
この中で長く旅を共にしているエリクですら、アリアのそうした態度を何度か見た程度だ。
反面、アリアは常に強気の態度で日常を過ごす事も多い。
それに基いた行動と発言で仲間達と衝突する事は何度もあったが、そうした蟠りはアリアの癖として全員が理解しているものだとエリクは思っていた。
しかしケイルにそれを否定されてしまい、更にケイル達に見せず自分にだけ打ち明けたアリアの行動理由を話せなくなってしまう。
そうして言葉を詰まらせたエリクから顔を反らすケイルは、マギルスとクロエがいる青馬へと向かった。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「遺跡が見つからない場合は、今日中に戻る。遺跡が見つかったら、明日中には戻る。それまでお前はお前で、あの御嬢様の事を任せたぞ」
「……ああ」
青馬に騎乗した三人とそうして会話し、エリクは送り出す。
マギルスの魔力で生み出した魔力障壁を足場に、青馬は空を駆けて南西へ向けて空を駆けた。
そして瞬く間に日差しの強い空に紛れて三人が消えると、エリクはアリアが休む建物に引き返した。
残った二人は会話も少なく、互いの事を行う。
アリアは手帳の解読に集中し、座りながら瞑想をするエリクは静寂の数時間を過ごした。
そして数時間後、沈黙していた空間に変化が訪れる。
それは手帳の解読する為に読み進めていたアリアが、訝しげな表情と声を表に出した時だった。
「……何よ、これ……」
「どうした?」
アリアの漏らす声に気付いたエリクは、瞑想を止めて立ち上がる。
そしてアリアが座る椅子まで近付き、その傍に立った。
「……エリク。ケイルと貴方が見つけた死体、何処に埋めたか覚えてる?」
「ああ。あれが、どうかしたのか?」
「気になる事があるの。私に、その死体を見せて」
「分かった」
アリアが真剣な表情を見せて頼むと、エリクはそれに応じる。
二人は死体を埋めた場所まで向かうと、エリクは死体を掘り起こした。
そして再び日の下に晒されたミイラ化した死体を検死するアリアは、疑問の表情と声を色濃く見せ始める。
「……おかしいわ」
「何が、おかしいんだ?」
「この遺体の状態と日付が、合致しないの」
「日付?」
「手帳に日付が書かれていたのよ。手帳の最後に記載されてる日付が、一年前の事らしいの」
「なに……!?」
そう伝えるアリアの言葉で、エリクは驚愕を浮かべる。
アリアとケイルは死体の状態を確認し、共に数十年以上は経過していると判断した。
にも関わらず、手帳に書かれていた日付を逆算すると、この死体は死後一年前後に出来た遺体だと判明する。
遺体の状態と日付が一致しない事にアリアとエリクは共に驚き、更に遺体を調べた。
「……元の世界で死体になれば、肉は腐りながら微生物が血液と肉体を分解し、白骨が露になる。でもこの世界は、生物が存在できない死の世界。微生物も存在できないから、肉体から水分が抜け落ちてミイラ化する。でも酸素は存在しているから、死体の肉は酸化し腐っていく。そして水分や血液だけ抜けて、腐敗の酷いミイラになる……」
「……」
「だから死後一年未満にも拘わらず、数十年以上前の死体に見えてしまった。……でも、それでもおかしい……」
「何が、おかしいんだ?」
「時間が合わないのよ」
「合わない?」
「腐敗状態を加味して、衣服や荷物の痛み具合を考えても、この死体は死後十年以上は経過してる。とても一年でこんな状態にはならない」
「そうなのか?」
「ええ。……この遺体もおかしいけど、この村もよ。状態から見て、この村は数十年以上は放置されてた。建物はそれに見合う状態だけど、内装に使われてる家具はかなり状態の良い物も残ってる。……ここにある物全てが、時間的に不一致な状態の物が多すぎるわ」
「……」
「……そうよ。そもそも、なんで……」
アリアは呟きながら顔を上げ、空を見上げる。
そして真上に昇る太陽を手で遮りながら見ると、アリアは訝しげな表情から驚愕の表情へ変化した。
「――……そうか、そうだったのね」
「?」
「私とした事が、こんな単純な事に気付かなかったなんて……!!」
「何か、分かったんだ?」
「……この『螺旋の迷宮』は、私の知っているソレじゃない。まったくの別物よ」
「!?」
「本来の『螺旋の迷宮』は、『生』の現世と隣り合わせに対を成して螺旋を紡ぐ『死』の世界。なら現世とは真逆に、魔力は勿論、呼吸に必要な酸素や太陽なんてそもそも存在しないはずなの……」
「……だが、この世界には酸素も太陽もあるぞ?」
「それどころか、時間すら存在しているわ。夜には月が、そして星が見えていた。……ここは、『螺旋の迷宮』じゃない。それを模しただけの、何か……」
「何か……?」
アリアが導き出した結論に、エリクは訝しげな表情を浮かべる。
そして再び手帳を見始めたアリアは、何かに気付き手帳に書かれたある部分に注目した。
「そうか、コレは……」
「……?」
「この手帳に書かれてる文字。一見すれば日記の文章として成立してるけど、本来の意味は違うわ」
「違う?」
「法則性があるのよ。癖のある書き方だと思ってたけど、これは……。……やっぱりコレは、エギルアルタ方式の暗号だわ……!!」
「え、えぎるあるた……? あんごう……?」
「普通の文章に見せかけた、秘密の内容を記した文章のこと。エギルアルタは大昔の魔法師で、自分の魔法に関する研究日誌を暗号化して記録してたの。その暗号形式に習って、魔法師は自分の研究資料を独自に暗号化させてるのよ」
「……つまり、この男は魔法師か?」
「ええ。……この手帳の持ち主は、普通の旅人なんかじゃなかったのよ。恐らく、魔法に精通した組織に属した人間だったはず。ただの魔法師が、こんなややこしい暗号を使うはずが無いわ」
「魔法に精通していて、組織に属していた人間……。まさか……?」
「……恐らく、【結社】の構成員。そして、この砂漠で何かの魔法実験が行われている事を確認していた、魔法師の諜報員よ」
エリク達が発見した遺体の正体が、アリアによって暴かれる。
それは自分達と因縁深い組織の一員、【結社】の諜報員だった。
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