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螺旋編 一章:砂漠の大陸

螺旋の迷宮

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 『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』。

 砂漠を予定通りに横断し終えたと思った一行の目の前に、今だ砂漠が広がっている。
 その不可解な現象を見て驚く一行を他所に、アリアは絶望を色濃くした表情を見せて砂の地面へ膝を着いた。

 説明できず動揺しているアリアは荷馬車へ戻され、それを看病するようにクロエが傍に付く。
 そして砂嵐が去った砂漠を見回すように、三人は周囲を調べた。

 そこである事に気付いたケイルが、訝しげな表情を浮かべた。

「――……まさか、ここは……」

「何か、分かったのか?」

「……間違いない。ここは、砂漠の入り口だ」

「入り口?」

「アタシ等が砂漠に入った時、ここを通った記憶がある。……見ろよ、あの岩場。一度、アタシ等はここを通ってるんだ」

「……確かに、見た事がある」

「だけど、おかしいぞ……。アタシ等はずっと、西側に向かってたはずだろ……!?」

「砂嵐のせいで、戻っている事に気付かなかったんじゃないのか?」

「それでもおかしいだろ! だって、あの岩場の向きとこの位置は、アタシ等が通った場所で間違いないんだ。なのに、逆向きでも無く逸れてるわけでも無く、向きを変えないまま戻って来てるなんて……!?」

 アリアが周囲を見渡した時に気付いた事を、ケイルも気付く。

 西側に向かい砂嵐で方角を見失い、東側に戻って来ただけなら納得も出来る。
 しかし見える光景から、荷馬車は変わらず東側を先頭にして進んでいた。

 逆戻りしたのであれば、荷馬車の先頭は西側に向いているはず。
 こうした不可解な事実を知ったケイルはアリアと同じように動揺し、エリクも陥っている不可解な状況がどういう類のものかを理解し始めた。

 そして青馬に乗ったマギルスが上空の観察から戻り、砂の地面へ降り立つ。
 それを出迎えたエリクとケイルは、周囲の状況をマギルスに聞いた。

「……どうだった?」

「うーん。おかしいね」

「おかしい?」

「空から見たけど、ずっと砂漠しか無かったよ? 僕達が来た方角も上から見たけど、やっぱり砂漠だけ。逆側も見たけど、やっぱり砂漠だけだった」

「……俺達が通った荒野が、無かったのか?」

「うん。どこを見ても、ずーっと砂漠だけ。おかしいよ、これ」

 上空から確認したマギルスは、目の前に広がる砂漠の状態を伝える。

 自分達が通った西側に戻って来たにも関わらず、後方には荒野の大地が存在しない。
 四方の全てが砂に埋め尽くされた場所へと変貌している事が知らされると、ケイルもエリクも困惑した表情を色濃く見せるしかなかった。

 一通り周辺を調べた結果、やはり今いる場所が自分達の通った場所だとしか考えられない事が分かり、全員が荷馬車に戻る。
 そして疲労した表情を見せた一同に対し、落ち着きを取り戻したアリアがクロエと共に三人に顔を向けた。

「――……ごめんなさい。取り乱したわ」

「いや……。それよりこれは、どういう状況なんだ?」

「さっき、スパイラルなんとかって言ってたよな? どういう事なんだよ」

 エリクとケイルがそう訊ねると、アリアは一息だけ吐き出す。
 そして改めて周囲を見ながら、自分が知る知識を教えた。

「――……『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』。とある現象をそう呼ぶのだけど、私も知識としてそれを知ってるだけ。実際に遭遇したのは、これが初めてよ」

「スパイラル、ラビリンス……?」

「俗に言う、異次元の迷宮。私達が居た世界とは違う、別世界のことよ」

「……異次元の迷宮? 別世界?」

 アリアの説明を聞きながら、クロエを除いた一同が訝しげな表情を浮かべる。
 それを予想していたアリアは、荷馬車にある木の棒を持ち、砂地へ降りて絵を描きながら説明した。

「私達がいた世界は、生命が生きる上で必要な要素が備わっている世界。空気や水を始め、大地や動植物という環境が整い、人間を始めとした動物や魔族達が暮らしていける環境なの」

「……」

「逆に、そうした要素の無い別世界も対として存在する。何の生命も存在せず、存在も出来ない別世界がね。この二つの世界は裏と表として対となり、次元を境に存在していると云う仮説があったの」

「……そんな世界が、本当にあるのか?」

「私達の目の前に広がってる世界が、そうなんでしょうね」

「ここが……?」

「これは、自然現象みたいなものよ。……二千年以上前に起きた第一次人魔大戦で、これに似た現象が起こったらしいの」

「第一次、人魔大戦……」

「第一次人魔大戦は多くの人間と魔族が争い、そして死んだ。そして私達が通ろうとした砂漠も、多くの人間が死んだ場所。共通点があるとしたら、大多数の人間が死んだ場所という点でしょうね」

「……」

「これは、私の仮説も含むけど……。ここは死者の思念が現世に囚われ、そうした魂達が無意識に死者の世界を作り出してるのかもしれない。そして二つの世界を繋ぐトンネルのような穴が、砂漠の中に存在していたんだと思う。……そのトンネルの中を、生者である私達は知らずに通ったのかも……」

 アリアの自分達に起こった事を、仮説を立てて説明する。
 それを聞いた一同は、改めて砂漠だけの世界を改めて見回した。

 一面に広がるのは細かい砂が敷き詰められた大地と、点在する岩場のみ。
 動植物はおろか、虫や微生物すら見当たらない世界を見て、一同はアリアが説明する話と見える光景にやっと現実味を帯び始めた。

 そして一同の視線がアリアに戻ると、表情を強張らせたケイルが尋ねる。
 それは、エリクやマギルスも知りたい答えだった。

「……つまりアタシ等の通ってた砂漠が、別世界と繋がってたってことか?」

「ええ、多分……」

「なら、この世界から抜け出す方法はあるんだよな? 来れるんなら、帰れる方法もあるはずだろ」

「……」

「……おい、まさか……」

「昔、第一次人魔大戦が起きた魔大陸でも、こういう現象が確認されたらしいの。とある地域で、何の消息も掴めないまま行方不明になった者達が続出したとか。始めは、双方どちらかが原因だったりとか、強力な魔獣の仕業だとか思われていたらしいけど……」

「……」

「魔族達は、それを『魔境』と呼んでいたそうよ。そして生者である自分達の世界と隣り合う、死者の世界がある事を仮定した理論を元に、こうした減少を生と死が合わさり交わる『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』という自然現象だと定めた。……だから、この別世界の内部に関する詳細が、全く伝えられていない。人間大陸にもそうした事が起こったという、記録も痕跡も確認されてなかったわ」

「……!?」

「……この世界からの脱出の仕方を、誰も知らない。入ってしまった者達が、抜け出す事に成功したという話も聞いた事が無いわ……。例え元の世界に戻れる場所があるとしても、この広大な砂漠の何処にあるのかも、私には分からない……」

 アリアは表情を強張らせながら説明し、自分達が陥っている状態を話す。
 それを聞いたケイルやエリクは驚愕し、マギルスは首を傾げながらクロエに聞いた。

「ねーねー。こういうの、君も知らないの?」

「うーん……。私も長くこの世界を見て来たけど、こうした経験をするのは初めてかな」

「じゃあ、出る方法は何も無いの?」

「そうだね。……私が知る限り、空間魔法や時空間魔法、そして転移魔法の類で抜け出す事も無理かも」

「えー。じゃあ僕達、ずっとここから出られないの?」

 マギルスの確信を突いた言葉に誰も返答できず、説明していたアリアすら沈黙する。

 砂漠で三十日以上を経過し、荷馬車に積み込まれた食料や水はどう切り詰めても数日分しか残っていない。
 このまま別世界ここに居続ければ、水と食料が底を尽いてしまう。
 先に進む事も、戻る事さえも不可能となった状態だと改めて説明された一同の中で、明らかに動揺を見せたのはケイルだった。

「――……ざけんじゃねぇぞ」

「……」

「戻れないって、なんだよ……。おい、アリア!?」

 動揺したケイルはアリアの胸倉を左手で掴み、右手に拳に力を込める。
 そしてアリアを殴ろうとするケイルの右腕をエリクが止め、落ち着かせようとした。

「ケイル、待て」

「離せよ!」

「これは、アリアのせいじゃない」

「……ッ」

「アリア。これは、組織の追っ手がやっていることなのか?」

「……いいえ。これ程の巨大な異次元空間を生み出せる人間や魔人なんて、私達の世界にはいない。居たとしても、【結社】なんてチンケな組織に所属してるような存在じゃないわ」

「なら、この世界を作れるような存在とは何だ?」

「……神々に近い存在。この世界を作った【創造神オリジン】と、【到達者エンドレス】と呼ばれる程の強大な存在なら、あるいは……」

「なら、そいつ等が起こしている仕業ことかもしれないのか?」

「……分からない」

「そうか。……俺達が、その次元の穴というモノを通ってここに来たのなら、もう一度その穴を通れば……?」

「……戻れるかもしれない。でも今から探して、私達が通ったかもしれない次元の穴が残ってるか分からない。残ってたとしても、見つかるかどうか……」

「俺達が通った道を、逆に辿れば……?」

「この砂漠で、三十日近く進み続けてたのよ? しかもあの砂嵐の中で、何処をどう通ったかも分からない。車輪の跡も全部、砂嵐で掻き消されてる。……残ってる食料や水だけで、もう一度この広大な砂漠を進んで次元の穴を探すなんて、絶対に不可能よ……」

 表情を渋くさせながら諦める言葉と様子を見せるアリアに、エリクは事態の深刻さに理解が追い付く。
 そして諦めるアリアの様子を見ていたケイルが、胸倉を掴む左手の力を込めて身体を揺らした。

「お前、なに諦めてるんだよ……!?」

「……」

「いつも自分のこと、偉そうに天才だとか言ってるだろうがよ……。こういう時こそ、天才のお前の頭と力でどうにかしろよッ!!」

「ケイル」

「このまま諦めて全員が死ぬのを待てって、そう言うつもりかよ!? おいッ!!」

「ケイル!」

 アリアを責めるケイルを、エリクが抑える。
 手を離したケイルはアリアから引き離されながらも、気力を落としたアリアを睨み続けた。
 それに対してアリアは奥歯を噛み締め、ケイルに対して言い返す。

「……魔法が使えないの」

「!」

「言ったでしょ? 生命が生きる為に必要な要素が、この世界には無い……。普通なら大気に含まれている魔力マナが、この世界に無いのよ」

「……!?」

「私には知識があって、魔法があって、その二つがあるから初めて無茶を押し通すことが出来た。……でもこの世界に関する知識は無いし、魔力が無いから魔法も使えない。今まで魔法の力で出来た無茶が、今の私には出来ない……」

「……」

「辛うじて、魔力を含んだ魔石は十数個だけ作り置きは出来てる。それで幾つかの魔法は出来るけど、それはとても小規模なものだけで、こんな広大な領域に影響を与える規模にはならない。……この世界から脱出する為の手段が、何も無いのよ……」

 アリアは気付いていた事を話し、改めて全員に伝える。

 魔力が無い世界。
 魔法師にとって、それは致命的な世界だと言ってもいい。
 構築式を用いて魔法陣を形成し魔力を通して魔法という物理現象として世界に干渉できる魔法は、大気中に含まれる魔力を利用して初めて魔法師は使役することが出来る。

 しかし、この世界には魔力が大気に含まれていない。
 それは魔法師が魔法を使えないという事であり、例え豊富な魔法の知識を用いても解決出来る問題では無かった。
 どうしてエリクとマギルスが魔力感知で何も感じず、クロエの直感が魔力の志向性を感じない理由が、魔力の無いこの世界の影響でもある事が発覚した瞬間でもある。

 『魔人』や『神兵』など、様々な強敵と戦って来たアリアとエリク達が、立ち向かう事が許されない強敵に遭遇してしまう。
 それは『世界』という、途方も無く抗う術も無い存在だった。
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