326 / 1,360
螺旋編 一章:砂漠の大陸
最後の晩餐
しおりを挟む皇国軍港の町から出た一行は追っ手を警戒しつつ、荒野地帯へ入る。
草木一本も生えない荒野の先に広がるのは、大陸の中心部を大きく支配している砂漠の大地。
野営の為に外に出ていたエリクは、アリアの傍に控えながら荒野を見て呟いた。
「――……港の近くと違い、荒れているな」
「そうよ。これが、三十年前まで起こっていた戦争の跡なの」
「戦争の跡……」
「主に人間大陸の四つの勢力がこの大陸に台頭し、それぞれの国が四つ巴で戦争を開始した。ルクソード皇国とホルツヴァーグ魔導国、そしてフラムブルグ宗教国とアズマの国がね」
「……どれくらい、死んだ?」
「各国の報告を信じるなら、死者は総勢で三百万人。平均すれば、一国で七十五万人近い規模が亡くなってる。七十年近くでね」
「七十五万……。王国や帝国の人口より、上なのか?」
「ええ。それから小規模な戦闘が続いたけど、各勢力は戦力を引いて四方で港拠点を構えて膠着状態。この大陸内での戦争は終わって、今の状態になったのよ」
「……」
「エリクは、何か思う所がある?」
荒野を見ながら表情を強張らせるエリクの顔を覗き込むアリアは、そう訊ねる。
少し考える様子を見ながら、エリクは呟くように話した。
「……何故、戦争は起こるんだ?」
「!」
「俺は、戦争を生業にしていた。……だが、戦争はどうして起こるのかなど、考えた事が無かった」
「……戦争が何で起こるのか。確かにそれは、昔のエリクには難しい話ね」
「アリアは、知っているのか?」
「……人間は古来から、生まれながらに八つの罪を背負うと言われている。それは、知ってる?」
「いや……」
「『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』、そして『無垢』。人は、その八つの罪を背負って生まれて来るの」
「……それが、戦争の原因なのか?」
「大まかに言えばね。……人は肉体と魂を得て育む過程で、矜持を持つ。その結果、自分の得た個性が最も崇高なモノだと考え、他者に対して見下すようになってしまい、『傲慢』になる」
「……貴族のようなものか?」
「そう。悪い貴族はそうした考えたの基にして他者を見下し、自分が管理する者よりも上位者だと認識する。自分が同じ人間だという事を、すっかり忘れてね」
「……」
「そしてその『傲慢』な者達の行動が、見下された者達に『憤怒』を抱かせる。それは様々な人間同士の摩擦を生み、争いの火種となる」
「怒りが、争いの火種……」
「怒りだけじゃないわ。……人は生まれながらに平等では無い。そして才能も身体も魂も、まったく別者なの。人はそうした別の存在であり、恵まれた者達を羨む者達がいる。それが歪み、『嫉妬』を抱かせるようになる」
「羨むことが、歪む……」
「けど、そうした人間ばかりじゃない。他人など構わず、自身の才能や体を鍛えず、魂の在り方さえ否定する者達もいる。そうした人間は自分自身どころか、種の存続にすら興味を無くす。何もしない者達を、人は『怠惰』と忌み嫌う」
「何もしない……」
「逆に、自分という存在を高めようとする人間もいる。それ自体は種として間違ったものではないけれど、その方法が悪辣で他者を踏み躙るモノであるのなら、どんなに努力しようと意味が無い。そんな方法で全てを得ようとする人間を、人は『強欲』と呼ぶ」
「……全てを得ようとする、か……」
「そして人は、三つの大きな欲求を持っている。その中の一つである『食欲』は行き過ぎたモノになると、身体に悪影響を及ぼし身を滅ぼす。それが『暴食』よ」
「身を、滅ぼす……」
「そして欲求に含まれる『性欲』。人は生きる中で快楽を求める事があるけれど、行き過ぎれば『食欲』と同じで身を滅ぼすものとなる。しかし人間の中には、そんな欲求に耐えられない者が多い。『色欲』とは、それに抗えない者達を堕落させるモノを指すの」
「……快楽か?」
「そういう話は、後でケイルに教えてもらって。……そんな人間だけど、生まれた最初は生きる為に必要な知識も無ければ、経験も無い、真っ白な存在。そして生きる為に必要な知識を学び、成長する。……けど、自分が生きる為に必要では無いモノに、人間は無頓着なの。だから自分以外の他人事を、どうでもいいと蔑む。……そうした人の『無垢』が、争いの歯止めを無くすのよ」
「……他人事……」
「人間の多くは、その八つの罪を抱えながら生きている。そうした人間が集団となり、社会を生み、国を成し、生活を行う。それは巨大な罪の塊となり、時に戦争という大火となって人間や他の生物を巻き込み、全てを燃やし尽くす。それが人間という種族が続けてきた歴史であり、実態よ。……この大陸も、そうした人間によって作られた歴史の姿なの」
「……」
「エリクには、まだ難しい話?」
「いや、分かる。……だが……」
アリアの言葉を聞いたエリクは、頭の中に今まで出会った人々の顔が浮かぶ。
王国の貧民街や、傭兵団の仲間達。
そしてアリアと旅をして出会って来た人々。
それ等の人間すら罪を抱えて生きているという考え方に、エリクは無意識に思考で反発していた。
それを悟ったように、アリアは優しく微笑みながらエリクの腕を触る。
それに僅かに驚きながら、エリクはアリアを見下ろしながら聞いた。
「!」
「貴方は、人間の綺麗な面を見たから、きっと納得する事が出来ないんでしょうね」
「……綺麗な面?」
「人間っていうのはね、汚い部分を晒す時と、綺麗な部分を晒す時がある。貴方はそうした人間の綺麗な部分を、この旅で見過ぎたのよ」
「……」
「私も人間だから、そういう部分があるわ。貴方の場合、そんな私の綺麗な部分を評価してくれているんでしょうけどね。私も、貴方の綺麗な部分を評価してるから」
「……」
「でもね、人はどうしても綺麗な部分より、汚い部分の方が見え易い時がある。それが、その人に対して全ての評価になってしまう場合も多い。逆に、自分に対して綺麗な部分を向けてくれる人には、無意識に良い評価だけをしてしまう場合もある。そして、そうした人を慕う事もある。……私と貴方の関係も、そうした部分がきっとあるわ」
「……アリア?」
「私はね、貴方を大事な仲間だと思ってる。良い面も悪い面も、全て含めてね。……貴方は、私の事をどう思ってる?」
微笑みながら訊ねるアリアと優しく触れる手を見ながら、エリクは僅かに思考する。
そしてアリアの顔を見ながら、エリクは言い切った。
「俺も、君と同じだ」
「じゃあ、私と貴方の間に、何の問題も無いわね?」
「ああ。……だが、無茶はしないでほしい」
「先に無茶し始めた貴方が、それを言う?」
「……」
「はいはい、もう勝手な無茶はしないわ。約束したものね。……貴方も、もう勝手な無茶はダメだからね?」
「分かった」
互いに話し合うアリアとエリクは、お互いが向ける気持ちを再確認する。
そして互いに口元を微笑ませ、野営の準備に戻った。
そうした光景を、少し離れた位置から見ている者もいる。
ケイルは食事の準備をしながらも、二人が微笑みながら話す光景に感情を静めていた。
そんなケイルの隣にいたクロエが、微笑みながら話した。
「――……あの二人は、とても良い関係ですね」
「……!」
「私は何万年以上も、人の『繋がり』を視てきました。けど、彼等のように強い思いで繋がりを得ている人達を、久し振りに視ます」
「……久し振りって事は、他にもいたのか?」
「はい。彼等もまた、あの二人のように理想と呼ぶべき関係を築けていました」
「……ッ」
「でも、それと色恋は別物ですけどね」
「!?」
「彼等は確かに強い繋がりを持っている。けれど、必ずしもそれが恋愛などに発展はしません。俗に『男女の友情は成立しない』と囁かれた時代もありますが、今の私はこう言えます。『男女の友情は成立する』のだと」
「……」
「それでも満足できないのなら、自分で踏み込むべきだと、私は思いますけどね?」
「な、何を言って……」
「これは大人の私から、子供の貴方に対するアドバイスなのです」
「子供って……」
「私から見れば、貴方達は子供ですよ。……今の時代を生きる、若き子供達。そんな貴方達から、次の時代を生きる世代が生まれる。私はそれがとても楽しみであり、嬉しいんです」
「……アンタ……」
微笑みながら話すクロエに、ケイルは哀愁にも似た何かを感じる。
転生を繰り返す都度、流れる時代の中に身を置いてきた『黒』の七大聖人。
聖人として、そして転生者として時代の中で出会いと別れを繰り返した彼女からそうした言葉が告げられる事に、ケイルは圧倒的な深みを感じてしまった。
そんなクロエは、子供らしい微笑みで問い掛けて来た。
「ところで、それ以上は焦げちゃいますよ?」
「えっ、あ……」
「皆を呼んで、食事にしましょう」
「……ああ」
クロエに促されたケイルは、食事の準備が終えた事を伝える。
青馬の背中で寝ていたマギルスや、話をしていたアリアとエリクもそれに応え、一箇所に集まり食事をした。
それが彼等にとって、温かい食事を囲んで食べる最後の光景となる。
それを知るのは、黒い瞳と黒い髪を持つ少女だけだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる