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螺旋編 一章:砂漠の大陸

希少な武器

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 宿を出たエリクとケイルは港都市内部の下見を行い、市場を始めとした商店が立ち並ぶ区域で何が売られているかを把握していく。
 そしてアリアが書き記して渡した砂漠横断の為に必要な物を見ながら、ケイルは眉を潜めて渋い表情を見せた。

「――……うげっ、やっぱ値段が馬鹿高いな。皇都の方がまだマシなくらいだぞ」

「……果物一つで、銀貨一枚か。これと同じ物なら、皇都でも銅貨一枚か二枚だったはずだが……」

「単純計算、皇都の五倍から十倍以上だな。この大陸では育たない果物なんかは輸入品でしか手に入らないから、物価が馬鹿高くなってんだ」

「……なるほど。ここでは手に入らない物は、高いのか」

 そう話しながら二人は市場を歩き、周囲に見える物の値段を確かめて表情を渋らせる。

 皇都から出発前にアリアが魔石で換金する事が出来た金額は、白金貨で十枚分。
 その内の二枚は荷馬車や旅に必要な物品を購入した為に無くなり、残りは白金貨八枚と金貨や銀貨、銅貨が複数枚。
 金貨に相当すれば八百枚以上の大金を持参できているが、この物価の高さで欲しい物がどのような値段で買えるか分からない。

 そうした不安を持ちながら二人は一通りの市場や商店を下見し、アリアが書き記した物のほとんどを購入出来る事は分かった。
 それを確認した後、人に尋ねて砂漠を横断できる荷馬車が購入できる場所を尋ねる。
 港都市の出入り口側に構える工房で作られている事を聞くと、そこに訪れた。

 そして工房の受付をしている男に砂漠を越える為に荷馬車を購入したい事をケイルが伝えると、受付の男に驚かれてしまう。

「――……砂漠でも使える荷馬車が欲しいだって? お前さん達、まさか砂漠を横断する気か?」 

「そうだ」

「悪い事は言わないから、止めときな。今の時期はあちこちの大陸から風が流れて来る影響で、砂漠地帯は砂嵐が吹き荒れっぱなしだ。それに魔物や魔獣共も徘徊してるし、西に行きたいなら北か南の港を経由して行くのが一番安全だぞ?」

「忠告は有り難いが、それは承知してる。だから工房ここには砂漠を越えられる荷馬車を買いに来たんだが、売ってくれないのか?」

「……命知らずだな。アンタ等、傭兵かい?」

「ああ」

「そうか。……分かった、売るよ。付いて来な」

 注意しても意志を変える様子の無い二人に、受付の男は説得を諦めて工房の外へ案内する。
 それに付いて行く二人は案内された先で、幾つか完成している荷馬車が並べられている光景を目にした。

 そして受付の男はそれぞれに荷馬車の特徴を話し、どれも砂漠越えには幾つか改良が必要だと話す。
 それを了承したケイルは、無骨ながらも自分達全員が収まり砂嵐を防げる程度に頑丈で大きめの荷馬車を選んだ。

「これにするかい?」

「ああ。幾らする?」

「そうだな。軽く見積もっても、改良費も込みで金貨二百五十枚ってとこか」

「分かった。その改良は、いつくらいまで掛かる?」

「一日で終わらせられるぜ」

「それなら、二日後の早朝に受け取りに来る。その時に支払いも済ませて持って帰るが、それで構わないか?」

「いいぜ。だが、砂漠越えとなると荷馬車コレを引ける動物が必要になるぞ。普通の馬だと砂漠を引いて歩くのはきついし、荷馬車コレを引けるラクダを何頭も買うとなると馬鹿高くなる。お前さん達、買えるのか?」

「当てはあるんでね。アンタ達は、荷馬車コレを改良して売ってくれるだけでいい」

「そうか、分かった。じゃあ、二日後の朝に」

 淀み無く交渉を終えたケイルは、エリクと共に工房を離れる。
 そんな中でエリクが疑問を浮かべながら、ケイルに訊ねた。

「ケイル。ラクダとはなんだ?」

「ん? ああ、馬は砂漠の環境に耐え切れないから、代わりに人を乗せられる動物がいるんだ。それがラクダって奴だな」

「馬に似た動物なのか?」

「似てるかって言われれば似てるかもしれんが、生き物としてはかなり違うだろうな。背中にデカいこぶが背中に生えてるんだ。そこに水分を溜め込んでるとかで、長く水を飲まなくても暑い砂漠の中を平然と歩き続けられるらしい」

「水を……」

「砂漠は水が無いからな。馬でも多少は歩けるが、水を補給できる場所が少ないし砂地に適応してない馬だと疲労が激しいんだ。普通の馬だったら一日でバテちまうだろうが、ラクダは数日は水を飲まなくても問題は無いらしいぜ?」

「そうなのか。凄いな」

 そう話すケイルの言葉に、エリクは素直に納得する。
 しかし後日、ケイルが話すラクダに関する知識が間違っている事をアリアに指摘された。

 ラクダの背中にあるこぶには水分では無く脂肪が溜まっており、降り注ぐ直射日光が影響する体温の上昇を防ぎ、猛暑での活動を可能としている。
 またラクダは一度に百数十リットルという水分を飲み、それを血中内に水分として取り込める特徴を持つ。
 それ故に短期的な水分摂取を必要とせず、馬より緩やかな移動ながらも砂漠で数日間の活動が可能だった。

 更に馬とラクダでは足部分の構造も違っており、ラクダの蹄には肉質で補う部分がある為、柔らかい砂地を踏み締めるのに適した足の作りをしている。
 故に馬よりも駆ける速度は遅いが、砂地では長期的に安定した移動が見込まれる動物として、人を乗せる砂漠の移動には最適な動物だと云われていた。

「まぁ、アタシ等の場合はマギルスの馬がいるし、関係ないけどな」

「そうだな」

 マギルスが契約する青馬の事と、軍港地の宿に荷馬車を運ぶのもエリクの腕力だけで十分だと考えている二人は、それ以後はラクダの話題をしなかった。
 そして今度は、別の話題をケイルは話し始める。

「……そうだ。武器、見て来ていいか?」

「武器屋か?」

「ああ。アタシの剣、この小剣しか残ってないんだ。これだと短すぎるし、長い剣が欲しい」

「分かった」

「出来れば、アタシの予算だけで買える値段なら良いんだけどな……」

 頭を掻きながら溜息を吐き出すケイルは、物価の高さを思い出しながら自身の財布事情を思い出す。
 ケイルは自分の武器を買う為にアリアが作った資金を使おうとは考えていない事を知り、エリクは無言の納得を示しながらケイルの後を付いて行った。

 そして二人は武器屋に辿り着くと、店内に入り長剣が置かれている場所を見る。
 そこに書かれている値段を見て、やはりケイルの表情は渋く歪んだ。

「――……やっぱたけぇよ。普通の鉄製ロングソードが金貨十枚とか、ぼったくりだろ」

「高いのか?」

「金貨十枚もあったら、もっと良い剣が買えるさ。……ったく、こんなことなら皇国で買っておけば良かったか……」

 そんな事を愚痴りながら他の長剣を見ていくケイルは、やはり嫌な表情を見ながら自身の財布袋と値段表を見比べ合う。
 それを傍らで見ていたエリクも、ケイルに合いそうな剣を探す為に店内の中を見始めた。

 その時、エリクの視界に入った一つの剣が感覚に引っ掛かる。
 改めて視線を向けるその剣は、大樽の中に雑に放り込まれていた物だった。

「あれは……」

「ん?」

 エリクは呟きながら樽に近付き、ケイルもそれに気付いて後ろから付いて行く。
 そして樽の中にある鞘に収められた一本の長剣をエリクは握ると、眉を顰めながら表情を険しくさせた。

「これは……」

「……この樽の中にある武器は、出来が悪い物みたいだな。全品、銀貨二枚で買えるらしい」

「そうなのか?」

「確かに、他のもボロボロだったり刃毀れが酷かったりだな。……うわっ、錆び付いてるのもあるじゃねぇかよ。手入れも何もされてねぇんだな」

「だが、これは……」

 樽の中にある武器達を見て顔を顰めるケイルだったが、エリクは手に持つ口部分に意匠がある鞘付きの長剣を手に取ったまま眺める。
 それを見たケイルは、訝しげに訊ねた。

「それが、どうかしたのか?」

「……この剣から、魔力を感じる」

「!」

「だが、剣が鞘から抜けない。鞘の口部分が、邪魔をしているのか?」

「……おい、まさかそれって……」

「?」

「エリク、その剣を買おう」

「買うのか? 鞘から抜けないが」

「もしかしたら、かなりの掘り出しもんかもしれない」

「掘り出しもの?」

 エリクが手に持ち述べる剣を見ながら、ケイルは何かに勘付く。
 そしてその剣を購入する際、店員にケイルは訊ねた。

「この剣、なんであそこの中に?」

「ああ、その剣。随分と昔にここに流れて来たものなんですが、鞘から剣が抜けないんですよ。しかも鞘が頑丈でハンマーで叩いても壊れなくて。仕方ないんで、そこに放り込んでおけって店長が言って、ずっとあそこに売れずに入ったままだったんです」

「なるほど」

「いいんですか? これ、本当に抜けないし壊せませんよ? 力自慢に頼んでも抜けなかったんで」

「構わない。銀貨二枚で良いんだよな?」

「は、はあ……」

 鞘から抜けない剣だけを買うケイルに、店員は首を傾げながら銀貨を受け取る。
 そして店から出たケイルは、エリクに話し掛けてた。

「エリク、試したい事がある。宿に戻ろう」

「その剣でか?」

「ああ。……師匠から聞いた事はあったが、まさか実在してるなんてな……」

「?」

「とにかく、宿に行こう。これの価値に気付いたら、ここの店長が取り戻しに来るかもしれないからな」

 ニヤりとした笑みを浮かべるケイルに、エリクは不思議そうな表情を浮かべる。
 そして宿の部屋に戻ると、ケイルは手に持っていた剣をエリクに差し出した。

「エリク。この剣に、魔力を注ぎ込めるか?」

「魔力を?」

「アタシの予想が正しければ、それで鞘から剣が抜けるはずだ」

「そうなのか?」

「ダメだったら、海にでも投げ捨てちまおう」

 ケイルの言葉に従い、エリクは剣の柄を握り魔力を込める。
 赤い魔力がエリクの手を伝い、剣の柄を通じて剣と鞘全体を覆った。

 その瞬間、鞘の口部分の意匠が突如として開き、エリクは驚きを浮かべる。
 それを予想していたケイルは、口元を微笑ませながら話し始めた。

「やっぱりか!」

「これは……?」

「エリク、それは『魔剣』だ」

「魔剣?」

「魔族のドワーフって種族が作ってる武器で、魔力に反応して様々な効果を持つ武器らしい。言わば魔族や魔人だけが扱える武器。マギルスの武器以外だと、初めて見るな」

「マギルスの武器も、魔剣なのか?」

「魔剣というか、あれは魔鎌か? とにかく、これは凄い掘り出しもんだぜ」

「そうなのか?」

「ドワーフが作る魔剣は、確か魔大陸でしか採れない黒魔耀鉱石とかいう希少鉱物で作られてるんだ。普通の武器と違って錆びないし、滅多な事じゃ割れたり砕けたりもしないらしい。そういう魔剣の収集家コレクターもいるらしいんだが、そういう連中は魔剣一本で白金貨で数千枚の値段で競り落とすらしいぜ」

「白金貨で、数千枚……」

「確かに人間じゃ、飾る以外には使い道は無いだろうけどな。だが魔人や魔族が魔力を流し込めば、ちゃんと使えるんだ。やったぜ、エリク!」

 ケイルはそう話しながら喜び、エリクの胸を軽く叩く。
 たった銀貨二枚の代物が白金貨数千枚の価値を持つ物だと知ったエリクは、手に持つ長剣を前に運び、柄をゆっくり引いて鞘から抜いた。
 その剣の刀身は黒く透明感を持ち、エリクの魔力に反応して薄らと赤く色艶を宿す姿を晒す。

 こうしてエリクとケイルは偶然にも、『魔剣』という希少武器を手に入れる。
 そして二人がその魔剣に注目している時、エリクが背負う黒い大剣に嵌め込まれた宝玉が、薄らと赤く輝く事に気付かなかった。
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