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螺旋編 一章:砂漠の大陸

縮まる距離

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 砂漠の大陸東側に建設されているルクソード皇国軍港から北に進んだ位置に、皇国管理の商業港都市が設けられている。
 そこへ向かう途中のエリクとケイルは、整備された道を歩き周囲の環境に目を向けながら話していた。

「――……ケイル。ここは、砂ばかりの大陸ではなかったのか?」

「ん? ああ、港周辺は自然はあるぜ。水脈もある。だから町もあるし、動植物が結構あるんだ。植林とかやってるみたいだし」

「しょくりん?」

「荒れた土地を豊かにして、木の苗を植えるんだと。王国でもやってなかったか?」

「そうだったのか」

「お前、本当に王国では戦い以外に興味が無かったのな」

「すまん」

「謝る事じゃねぇよ。……まぁ、この大陸中央の砂漠地帯は、植林どころか道も碌に作られてないはずだがな」

「そうなのか?」

「中央地帯は本当に砂ばっかりなんだ。しかも砂地特有の魔物が多いし、食える物が限られてるから人だって平気で食う魔物ばっかだし、罠を張るタイプが多い。だから人は通らないし、水脈も枯れてるらしいから人が住める町も無いんだ」

「そうか」

「だから大抵の奴は、大陸の外側を経由して各国管理の港を外周しながら大陸を移動する。だけどアタシ等がいる大陸東側に隣接してる他国の港は、あのフラムブルグ宗教国とホルツヴァーグ魔導国。どっちに行っても敵の勢力圏内に入っちまうから、それを避けて中央の砂漠地帯を横断して西側を目指すしかないってわけだ」

「……そ、そうか」

「……分かってるんだよな?」

「なんとか」

「ったく。お前は変わってるんだか、変わってないんだか。本当に分からねぇな」

 そんな小言を漏らすケイルの後ろを、エリクは付いて行く。
 そして三時間ほど歩き、二人は港都市へ辿り着いた。

 港は段差のある地形を利用して建築物が建てられ、港から町の入り口まで高低差が激しい。
 津波や台風などの災害に見舞われる場合には、人々は港から離れ高い位置にある港入り口側へ避難するような作りとなっている。

 皇国兵が検問する入り口を傭兵認識票を見せて通過すると、二人はその港町へと入った。
 都市の外側から入る者達は少なかったが、都市内部は多くの人口を有しており、人々が盛んに動き回っている光景が見える。
 そうした人垣の中に入る前に、ケイルはエリクと話し始めた。

「今日はとりあえず、ここで宿を取ろう。そして何処で何が売ってるかの把握してから、明日は本格的に情報収集と買い物だな」

「そうか。いつまでいる?」

「三日だな。一日目は下見、二日目で最低でも荷馬車と備品の購入を終わらせて、三日目にはアイツ等と合流する為に戻る」

「三日か……」

 滞在期間を聞いたエリクは、少し考え込む様子を見せる。
 それを見て鼻で溜息を漏らすケイルは、諭すように話し始めた。

「心配なのは分かるが、今はマギルスが付いてるし、あのクロエって七大聖人セブンスワンもアリアを上手く抑え込めてる。それにアタシ等が念押ししたんだし、勝手な無茶はやらないはずだ」

「……だが、アリアだぞ?」

「……確かに、あの御嬢様だからなぁ。マシラの時といい、皇国の時といい。目を離すとすぐ何かやらかしてるから、確かに心配ではあるけど。こういう振り分け方にしないと、バランスが悪いからな」

「……そうか」

「それに、今はアタシ等の事も心配した方がいい」

「?」

「さっき言ったろ? 普通の奴は、各国の港を外周して移動して来るんだ」

「……つまり、俺達を狙う相手もこの港に来ている?」

「多分な。だから、アタシ等はそうした連中を釣り出す囮でもあり陽動でもある。アタシも気配は読むが、エリクも注意しててくれ。見られてる感じがしたら、アタシ等でそいつを捕らえる」

「捕らえるのか?」

「ああ、そして他の仲間や雇われてる連中の居場所を聞き出す。後はそいつ等も捕まえて、皇国兵に突き出せばいいさ」

「分かった」

 ケイルが今後の指針を話し、エリクはそれに納得する。

 アリア達から離れ、自身を囮にして敵を釣り出すという方法を聞いた時に、エリクは僅かに安心感を抱いた。
 そうする事でアリアの負担となる要素を自分達に回し、処理していく。
 道中で話していた事を有言実行するケイルの案は、エリクに安心感と共にケイルに対する思いを口にした。

「ケイル」

「ん?」

「お前が戻って来てくれて、良かった」

「!?」

「俺一人では、そういう考え方も行動も出来なかっただろう。……ケイルが戻って来てくれて、本当に良かった」

「だ……だからそういう事は、面と向かって言うなっての!!」

「何故だ?」 

「何故って、それは……。クソッ、調子狂うな。 さっさと宿借りに行くぞ!」

「あ、ああ」

 顔を逸らし前を歩くにケイルに、エリクは困惑しながらも付いて行く。
 ケイルは自分の赤髪を掻きながら、それからエリクの方へ顔を向ける事は少なくなってしまった。

 そして宿屋のある区画へ辿り着くと、二人は宿の中に入り部屋を取ろうとする。
 しかし受付と話した時、ケイルの思惑とは反する事態が起こっている事が判明した。

「――……部屋が無い?」

「はい。既に部屋は満杯でして、申し訳ありませんが他の宿に御泊り頂ければ……」

 受付の娘が申し訳なさそうにそう告げると、二人は仕方なく別の宿に移動する。
 そこでも部屋が満杯だと断られ、次の、そして次の宿も部屋が満杯だと告げられてしまった。

 春先を越えたこの時期は、冬を越えた港は活発な動きを見せ始める。
 その為、旅人や商人などが宿の部屋を借り、従者や奴隷を初めとした下働きを者達にも宛がってしまう為に、宿の空き状況が困窮としたモノとなっているらしい。
 そんな時期に訪れてしまった二人は、宿の部屋が取れないという事態に陥ってしまった。

 二人はそうした事情に納得しながらも困り果て、最後に残る宿へ赴く。
 そこで受付と話すと、部屋の空きが残っていると聞かされた。

「――……まだ空き部屋があるのか?」

「はい。しかし残ってる御部屋は一つで、御一人様用の単部屋シングルなのです。御二人となると……」

「一つだけかよ……」

 溜息を吐き出すケイルは残心を見せながらも、宿を取る事を諦めようとする。
 しかしそうした状況を聞いたエリクが、受付の男にこう話した。

「一つでいい。部屋を借りたい」

「……え?」

「は、はい。しかし……」

「一人部屋に、二人で泊まる。それでもいいか?」

「お、お客様が宜しいのならば……。少々、お待ち下さい」

 受付の男がカウンターの奥へ行き、部屋の鍵を取りに行く。
 そして呆然とした表情を浮かべるケイルに、エリクは顔を向けた。

「俺は床で座って寝る。ケイルはベッドを使えばいい」

「……お、おい。ちょっと待て!」

「?」

「ま、まさか。一緒の部屋で二人で寝るってことか!?」

「ああ、そうだが?」

「いや、そうだがって……お前なぁ!?」

「ダメなのか?」

「いや、ダメというか……」

「アリアと俺が帝国から逃げている時には、一緒の部屋に泊まっていたが?」

「……分かったよ。泊まればいいんだろ! あぁ、クソッ」

「?」

 一緒の部屋に泊まる事を渋っていたケイルだったが、エリクがアリアと一緒の部屋に泊まった事がある事を話した途端に表情を強張らせる。
 そして悪態を吐きながらもそれを了承したケイルは、戻って来た受付に宿泊手続きを行い三日分の宿代を前払いした。

 こうしてアリア達と離れた二人は、同じ部屋で三日を過ごす事となる。
 それはケイルがエリクに抱く心情を無視するように、物理的に縮める事態へとなった。
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