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螺旋編 一章:砂漠の大陸

包囲作戦

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 合成魔獣キマイラの襲撃を潜り抜けながら霧を抜けた一行は、そこで待ち構えているように展開していたホルツヴァーグ魔導国の軍艦達に包囲された。

 それを見ているアリアとエリク達は、険しい表情を見せながら軍艦の方を睨む。
 今回の襲撃が何者によって行われたのか、皇国の襲撃にも巻き込まれたアリア達には分かっていたからだった。
 
「――……やっぱり、ホルツヴァーグが関わってたみたいね……」

「幽霊船の正体は、軍艦アレということですね」

「でしょうね。……霧を広げて定期船の進行ルートを覆い、合成魔獣キマイラに襲撃させて船を沈めるのが第一計画プラン。それが失敗して、第二計画プランに移ったというところかしら……」

「第二計画プラン?」

「見てれば分かるわよ」

 アリアはクロエと話しながら、敵がどのように定期船を襲う計画を立てていたかを話す。
 その中で話される第二計画という言葉にエリクが反応すると、アリアは青褪めた表情のまま鋭い視線を軍艦に向ける。

 その時、定期船は甲板の上に設置している光信号用の機器を使い、目の前に展開する軍艦に救援信号を送った。
 それを見上げて確認するアリアは、僅かに溜息を漏らして呟く。

「……乗組員かれらには、合成魔獣キマイラを操り船を襲わせた連中の事が分かっていない。窮地を脱した後に軍艦が見えれば、救援を乞うのは当然よね……」

「救援を? だが……」

「ええ、奴等はそれを承知しない。奴等は合成魔獣キマイラの襲撃から生き残れる程の戦力が、この定期船にいる事を承知した。だから、次にやるのは……」

 定期船が救援を求める発光信号を続ける中で、アリアはエリクと話しながら敵がどのように動くのかを予測する。

 その予想は的中し、前方に展開している軍艦達は発光信号に対して応答を返さない。
 しかし動きは見せ、展開している軍艦の内の二隻が船首前方部分を機械的に動かし、二門の魔導砲を出現させた。

 その魔導砲は上級魔獣から獲れた各魔石を用い、魔力が溜め込まれる。
 それを察知したマギルスは青馬と共に上空へ退避し、エリクは焦りにも似た声を向けた。

「アリア!」

「大丈夫よ」

「!?」

 エリクの懸念に対して、アリアはその一言だけを伝える。
 そして二隻の軍艦から放たれる合計四つの魔導砲が充填を終え、定期船に向けて魔力弾が放たれた。

 各属性魔石から抽出した魔導砲の弾は七色の光を宿し、定期船からやや外れた海面と真横を打ち抜き通過する。
 海面に当たった砲撃は凄まじい水飛沫と水柱を生み、定期船を僅かに傾かせた。

 そうした結果となった事にエリクは驚き、アリアの方を見返す。

「何故、敵は当てて来ない?」

「狙いを変えたからよ」

「狙いを、変えた?」

「奴等は合成魔獣キマイラけしかける事で、この船がどういう対応を取るのかを確認した。その結果としてこの船が沈むなら、奴等にとって問題は無かったのよ」

「……?」

「けど、この船はあの襲撃を切り抜けた。あまつさえ、合成魔獣キマイラも撃破した。奴等はそれで、定期船に私達が乗っている事を確信した……」

「!!」

「あの砲撃は、この定期船の乗組員達に対する脅し。次にやるのは……」

 アリアはそう呟きながら、エリク達に敵の意図を教える。

 その予見も的中し、魔導砲を放った二隻の軍艦とは別に存在する大きめの軍艦から発光信号が放たれた。
 それに気付いたエリクは立ち上がり、アリアは発酵信号の内容を簡略に伝える。

「……こう言ってるはず。『その船に乗っているアリアと名乗る傭兵と、その仲間達を引き渡せ。でなければ、次は当てる』ってね……」

「!」

「あのくらいの砲撃なら、私の魔石で張ってる結界で船は守れる。でも、定期この船の船長や乗組員はそんな事を知らないし、仮に知っていても船員達や他の乗客の不安は拭いきれない……」

「……敵は、こちらを揺さ振っているのか?」

「そう、敵は私達を捕まえる目的に変更した。そして、この船に私達の居場所を無くそうとしている……」 

 そう話すアリアの予測が的中していた事を、数十秒後に明らかになる。
 ケイルは慌てた様子で船長がいた操舵室から戻って来たケイルが、その場に居た三人に発光信号の内容を伝えた。

「――……マズいぞ! 一緒に行動している金髪の女魔法師と黒髪の少女を引き渡せと、向こうが伝えてきた」

「やっぱりね……」

「このままだとマズい。どっかに二人を隠さねぇと――……」

 慌てる様子を見せながら、ケイルは指定された二人を隠す事を考え伝える。
 しかし船内に続く甲板の扉が開け放たれると、そこから先程まで共に戦っていた他の傭兵達や警備兵達が上がってきた。
 そしてアリアとクロエの姿を確認すると、憤怒を宿した表情で怒声を上げながら近づいて来る。

「――……いたぞ!!」

「この女と子供だな!?」

「テメェ等! さっさとコイツ等を捕まえ――……!?」

「……」

 アリア達に詰め寄ってくる傭兵や警備兵の前に、大剣を手に持ったエリクが守るように立ちはだかる。
 先程のクラーケンとの戦いでその実力と魔人である事を知られていたエリクに、彼等は怯む様子を見せた。

 しかしそれ以上に、納得した表情を浮かべる者達が更なる怒声をエリクやアリア達に浴びせる。

「……そうか! コイツ等がいたから、船は襲われたのか!!」

「おかしいと思ったんだ! 魔人がいる船が海獣に襲われて、待ち構えてた軍艦がその女共を引き渡せなんて、そんな偶然が一致するわけがぇ、どう考えてもな!!」

「こうなったのも、全部テメェ等のせいだな!?」

「こんな事に船や俺等を巻き込みやがって、絶対に許さねぇぞ!!」

 勘の良い者達が一連の事態にアリアとエリク達が関わっている事を察し、深い憤怒を宿して武器を構える。
 それにエリクは呼応し、アリア達を守る為に大剣を構えて傭兵や警備兵達に向けて殺気を見せた。
 その殺気に僅かに怯えを見せる者もいたが、憤怒が勝る者達は武器を収めない。
 乗組員達と対立する状況となってしまい、ケイルも渋い表情を浮かべながら腰に下げる小剣の柄に手を伸ばそうとした。

 その睨み合いの静寂の中で、大きく溜息を吐き出しながら呟くアリアの声が広まった。

「――……そうね。私達のせいね」

「!」

「……アリア?」

「私達が船に乗ったから、こうした状況になった。アンタ達は間違ったことは言って無いわ。そうした行動になるのも、何も間違ってはいない」

「!!」

 自身の被を全面的に認め、傭兵達や警備兵の行動を正当なものだとアリアは述べる。
 その言葉にケイルとエリクは驚き、肯定された者達は被を認めるアリアに対して憤怒の怒りを高める。

 しかし更に続く言葉は、そんな彼等に対して問い掛ける言葉ものとなった。

「……で? 私達を引き渡せば、この船や自分達の命は助かると。そうアンタ達は主張してるわけ?」

「そうだ!!」

「この状況で、そんな能天気な事を考えられるなんて。頭の中まで幸せな連中ね」

「なに……!?」

「この女……!!」

「仮に私達を捕まえて引き渡したとして、アンタ達はその時点で用済み。向こうは躊躇も無く、この船諸共にアンタ達を殺すわ」

「!?」

「当たり前でしょ? 他国の軍艦が皇国の領海を侵犯するどころか、魔獣をけしかけて船を襲ってるのよ。そんな事態を報せる生存者を、向こうが生かして帰すわけがないわよ」

「な……!?」

「申し訳ないとは思うけど、私達が乗っても乗らなくても、この船に乗った時点でアンタ達は詰んでるのよ。『私達が乗っているかも』と、向こうに考えてた時点でね」

「……!!」

「この女、開き直りやがって……!!」

 アリアの物言いに多くの者達が憤怒を滾らせ、武器を握る手に力を篭らせる。
 そうして一身に怒りを集めさせながら、アリアはよろめきながら立ち上がった。

「……そう。『私達が乗っているかも』という情報を、なんで向こうは知れたのかしらね?」

「……?」

「私達は港に滞在していた時、私達を狙う相手がいないかを警戒していた。でもエリクやマギルスの警戒網に引っ掛かる事も無く、向こうは私達を襲撃する準備を整えていた。……何でかしらね?」

「何を言ってやがる……!!」

「分からない? ……ルクソード皇国は皇都襲撃以後、各地の不穏分子となる組織を捕らえたと聞いてる。ならば相手の情報網を潰し、逆に敵の情報網を皇国側は掴んでいたにも関わらず、海の連中に何の対応もしなかった。いえ、出来なかったと言うべきでしょうね」

「……?」

「あの海魔が巣食う霧の中は、言わば敵の勢力圏内。そこに迂闊に踏み込めば自分達が沈む羽目になると、皇国軍部は分かっていたのよ。……だったら、その勢力を霧の外へ炙り出す『餌』が必要になる」

「……!!」

 事情が分からない傭兵や警備兵達を他所に、アリアの話でケイルとエリクは察する。
 そしてクロエは微笑みながら、アリアに頷いて見せた。

「向こうに情報を渡したのは、ルクソード皇国。そして敵が私達を目的としたように――……」

「――……!?」

 アリアがそう述べた瞬間、周囲に凄まじい轟音が数多に渡り鳴り響く。
 それに驚いた傭兵達や警備兵達は、音が鳴る方へと目を向けた。

 展開していたホルツヴァーグ魔導国の軍艦が、別方向からの砲撃に直撃する。
 数隻の敵軍艦が炎上し煙を上げ始める光景を目にした傭兵や警備兵達は、唖然とした表情を浮かべた。

「な、何が……起こって……!?」

「決まってるでしょ。『餌』に食い付いたてきを、捕まえに来たのよ」

「!?」

「まったく……。ダニアス=フォン=ハルバニカ。曾御爺様の息子だけあって、いい根性してるわ」

 アリアは砲撃のあった方向を見ながら、目視で状況を確認する。
 ホルツヴァーグ魔導国の軍艦の左右後方に、透明になる偽装魔法を施された二十隻近くの軍艦が姿を現した。

 新たに現れたのは、赤い旗と赤に染められた軍艦達。
 それはルクソード皇国が保有する最新鋭の軍艦を含めた海軍であり、アリア達という『餌』を使い【結社】というさかなを見事に釣り上げる事に成功させた。

 定期船を半包囲していた敵軍艦達が、皇国軍艦に逆に包囲される。
 魔導兵器に関して長けたホルツヴァーグ魔導国の敵軍艦だったが、数と位置的優位を取ったルクソード皇国の軍艦達に囲まれ、逆に窮地へと陥った。
 その光景を見ていたケイルが、アリアの方へ顔を向けて訊ねた。

「……お前、まさかこうなるって気付いてたのか……?」

「確信は無かったわ。確信したのは、敵の軍艦が見えた時ね」

「しかし、何でまた……」

「私が皇国側の立場にいたら、私達を利用して敵勢力を炙り出したいと考えるのは当たり前だもの。それに、そういう御家芸たたかいはハルバニカ公爵家が最も得意とする方法だし」

「……まったく。これだから貴族ってのは……」

「そう言わないの。……マギルス!」

 ケイルは呆れた様子を見せ、それにアリアは微笑みながら諭す。
 そして定期船の上空に控えていたマギルスを呼び戻した。

「なーに?」

「敵の青い軍艦は、逃げる為に霧の中に行こうとするわ。それを出来る限り、邪魔して来て」

「じゃあ、船も切っていいのー?」

「出来るならいいけど、対空魔導兵器や通常兵器もあるはずよ。十分に注意しなさい」

「はーい!」

 マギルスは喜びながら青馬に跨り、正面の敵軍艦に対して突撃する。
 それを微笑みながら見送るアリアは、呆然とした表情を浮かべる傭兵や警備兵達に顔を向け直した。

「さて。後はアンタ達だけど……」

「……」

「ちょっと、聞いてるの?」

「えっ、あ……」

「アンタ達は、船長に伝えて来なさい。これに呼応して船を右舷へ回頭させて、皇国軍艦の射線に入らないように進みなさいってね」

「え……?」

「だから、ここに居たら敵軍艦が逃げる為に突っ込んで来るのよ? 今は混乱してるみたいだけど、逃げるという判断を下したら邪魔な私達を排除した上で霧の中に逃げるわ。それに巻き込まれたいの?」

「あっ、お、おぉ……?」

「こんな所で遊んでる暇があるなら、さっさと仕事しろって言ってるのが分からない!?」

「は、はい!!」

 怒声を浴びせるアリアの一言で、呆然としていた男達は急いで駆け出す。
 そうした動きを見送り、壁となっていたエリクは構えを解いてアリアの方へ歩み寄った。

 そして安堵の息を漏らすアリアは青褪めた表情で身体を傾け、エリクの腕に抱かれるように身体を預ける。
 表情に若干の焦りを含ませながら、エリクはアリアに小言を漏らした。

「アリア、無茶はするな」

「無茶しないと、いけないとこだったでしょ……?」

「……ケイル、二人を頼む。俺は、また魔獣が出た時に備える」

「ああ、分かった」

 青褪めて気分を悪くするアリアと子供姿のクロエをケイルに託し、エリクは甲板に立ちながら周囲の状況を見回す。
 そして女性陣は船内へと戻り、自室で休ませた。

 その後、定期船はアリアの言う通りに迂回しながら皇国軍艦の方へと逃げ進み、包囲網から抜け出す事に成功する。
 そんな定期船に対して敵軍艦は幾度か攻撃を行おうとしたが、皇国軍艦の攻撃に遭い霧の中へ逃げる事を選んだ。

 しかし、今までのお返しと言わんばかりに青馬と共にマギルスは大鎌で低空から切り込み、敵軍艦の砲塔や船体を切り裂きながら浸水を起こさせ、四つの軍艦を沈めるに至る。
 霧の外に出ていた敵軍艦は全て航行不能に陥り、その多くは皇国軍艦によって拿捕され、沈みかけの船から逃げようとする魔導国兵達も捕縛された。

 こうして窮地を脱した定期船は皇国海軍に保護され、補修整備と補給が手伝われながら二日後には航行継続が可能な状態にまで至れる。
 そして一隻の皇国軍艦が護衛する中で、定期船は次の大陸へと到着する事が叶った。
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