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螺旋編 一章:砂漠の大陸

幽霊船の噂

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 港都市に滞在して五日後、予定通りに定期船が到着した事が一行の耳に伝わる。
 アリアやエリク達は定期船の確認と馬が引く荷馬車を積載する為に、マギルスとクロエを除いた面々は港へ赴き定期船が到着した区画へと向かった。

 そこには漁船から商人用の大型貨物船も存在し、更に一区画はルクソード皇国の軍港として利用されている施設もある。
 ルクソード皇国の国旗が掲げられた赤い船体と帆を遠巻きに見える中、一行は青馬に引かせた荷馬車を定期船がある場所まで辿り着いた。

 そこで定期船の大きさを確認しながら、立ち止まったエリクがアリアに話し掛ける。

「――……この船は、今まで乗った船より遥かに大きいな」

「ええ。次の大陸は他の国へ行く為の経路でもあるから、乗客はかなり多いの。それにルクソード皇国の機械技術が組み込まれてるから、今までみたいな木組主体の船よりも遥かに大きく頑丈な作りをされているし、最新式の内燃機関のエンジンを備え付けてあるはずだから、普通の木組みの帆だけで進む船なんかより、高い速力で海を渡れるわよ」

「……そ、そうか。凄いな」

「あ、分かってないわね? まぁ、機械関係の事はエリクは知らなくても仕方ないだろうけど」

「……船の横部分に、穴を塞いだような跡があるが?」

「あれは穴を塞いでるんじゃなくて、砲身を出す為の窓よ」

「ほうしん?」

「大砲のこと。緊急時にはあの射出口を開けて、襲って来る海上や海底の魔物や魔獣達に攻撃したり、海賊船なんかに襲われた時の為の迎撃できるようにしてる作りなの」

「海にも、魔物や魔獣がいるのか?」

「ええ。一般的には『海魔』とも呼ばれていて、帝国やマシラ周辺の海はそうした存在は少ないし、船そのものに術式を刻んで魔物除けをしていたから今まで襲われなかっただけ。次の大陸まで続く海は、環境的にも今までの大陸と比較できない規模で自然環境が厳しいわ。その分、人間の手が入り込んでないから海魔の類で手強いのが残ってるのよ」

「……そ、そうか。凄いな」

「はいはい、後で教えるから。それより、これだけ大きな船なら荷馬車も乗せてもらえそうね。行きましょう?」

「ああ」

 定期船を横目にしながら、一行は定期船の予約を行う建物に赴く。
 そこで受付と交渉しながら実際に荷馬車を確認してもらい、定期船に乗せられるかを確認した。
 そして許可が貰えたことで積載費も支払い、定期船へ積載する段取りをそちらに任せて一行は宿へと戻ろうとする。

 そんな中で、船場で話す船員達が奇妙な話をしている声を一行は聞いた。

「――……なぁ、また出たってよ」

「マジか?」

「ああ、向こうの方にある商船の奴が見たらしいぜ」

こえぇな。今年もまた、消える船が出るんじゃねぇか?」

「かもなぁ。毎年、あれが見つかると消える船が増えるから……」

 そんな事を話す船員達の声を聞き、アリアは訝しげな表情を浮かべながらケイルの方に目を向けた。

「ケイル、あの話に心当たりって無い?」

「ん? あぁ。多分あれは、幽霊船の話だな」

「幽霊船?」

「アタシも昔に聞いただけだが、二十年近く前からこの辺りの海域に不自然な霧が出る場所が出るようになったらしい。その場所を遠くから見ると、たまに霧の中に船が見えるらしいんだ。んで、その船を見つけると必ず消えちまう船が出るんだと」

「へぇ、初耳。そんな話があるのね」

「元々、魔獣の類が棲みついてる海域でもあるらしいぜ。ほとんどの船はそこを迂回するから横切るだけで、大きく広まるような話でもないんだろ」

「そんな場所があるなら、皇国も海魔獣の討伐隊を組織して排除しようとするはずよ。皇国は何もしてないの?」

「さぁな。大昔に皇国の戦力が霧の中に入って、一隻も帰らなかったなんて話も聞くな」

「それ、本当?」

「与太話か噂程度の話だろ。元々、海自体も天候なんかで荒れちまう場合がある。何かの事故で沈んじまう事もあるだろ? それに尾ヒレが付いて、幽霊船を見たら船が沈むって話に定着してるだけだろうぜ」

「……」

 話を聞いたアリアは、思い深そうに真剣な表情で考え込む。
 それを見るケイルは、溜息を吐きながら問い掛けた。

「何だよ。なんか気になるのか?」

「……いいえ。私の考え過ぎなら問題は無いけど……」

「?」

「例えば、霧自体を魔法で発生させる方法はあるの。勿論、その濃度も調整できる。仮にその海域に何かしらの魔法障壁を張った状態で霧を発生させているとしたら、何かを隠す意図で近寄らせないようにしてるんじゃって……」

「……お前、これに組織が絡んでるって考えてるのか?」

「ええ。仮に関わってるとしたら、結社がその場所に海上施設を設けてたりとか……」

「海の上に施設って……、流石に考え過ぎだろ」

「私もそう思うけど……。魔導国が結社と大きく関わってるなら、そうした施設を建築できる可能性もあるわ。下手をすると、そこが海魔の実験場とかになってたりとか……」

「じゃあ、船が定期的に消えてるって話は?」

「その海魔の実験で犠牲になっているか。あの第四兵士師団がやってたみたいにね」

「……おい、信憑性を高めるようなこと言うなよ」

「皇国も、まだあの事件の残党全てを処理し切れていない。曾御爺様が知らない所で海上にも実験を行う施設を設けていたとしても、不思議じゃないわ」

 アリアは想定できる推測をケイルに話す。
 実際に第四兵士師団という合成魔獣キマイラ合成魔人キメラを製造していた前例がある以上、その話をケイルは完全に否定できない。
 そして海魔の合成魔獣キマイラが放流されている海域がある事を想像してしまうと、ケイルは表情を渋くさせながら呟いた。

「……猛烈に、船に乗るのが嫌になってきた」

「私もよ」

「……前に話してた『制約』とかいうの、大丈夫なのか? 海の上で襲われたら役立たずだろ、お前」

「酷い言い方ね、事実だけど。……今回の定期船は、今までみたいに船自体の性能は高いわ。話でも一週間程度の航行で次の大陸に着くらしいし。船自体にも防衛能力は備わってるし、大抵の相手なら退けられるはずだけど……」

「大抵の相手じゃなかったら?」

「その時は、船諸共に沈むしかないわね」

「おいおい……」

「海という場所は本来、人間が生息できる場所ではないもの。広さと深さ、そこに棲む生物達。全てが私達のような生物とは全く異なる生態系を持ってる。それに適応できる人類なんて、極一部の『聖人』くらいのものよ」

「……つまり、何も起こりませんようにって神頼みするしかねぇってことか?」

「ええ。襲われたら襲われたで、その時に私達自身の対処が必要ならそうしましょう。何処までやれるかは限られるけど……」

「……厄介事しかねぇな。お前と一緒にいると」

「ちょっと、私が厄介事の元凶みたいな話にしないでくれる!?」

「どう考えてもそうだろうがよ!!」

 そんな口論をし始めるアリアとケイルを見ながら、エリクは少し微笑みながら後ろを歩く。

 更に五日後。
 一行は準備を終えて定期船に乗り、次の大陸まで一週間の船旅が始まった。
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