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結社編 閑話:舞台袖の役者達

王の腹心 (閑話その三十二)

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 リエスティア姫とユグナリスの交流がローゼン公爵領で始まった頃。
 ベルグリンド王国の王都に戻ったウォーリス王は、大衆の歓声と共に迎えられる。

 一年前、ウォーリス王は即位後に国民の前でガルミッシュ帝国と最後の決着をつけると宣言した。
 その為に自ら軍を率い、帝国に対する最後の戦いとなる出兵を行う事を告げる。
 ベルグリンド王国の誰しもが不安を募る中、結果として帝国との和平が実現され、宣言通り帝国との百年以上に渡る戦いを終結させたウォーリス王への信頼は、王国民の中で最高潮となった。
 ベルグリンド王国において、ウォーリス王の盤石は揺るがぬモノとなる。

 ウォーリスが王国の王位継承者となる前のベルグリンド王国は、貴族達は富を貪り民に貧困を強いる政治が行われ、それに民が反意を示せば弾圧され、ギロチンの刃が落ちる処刑台で首が落ちるという悪政が蔓延していた。
 その地獄のような国から逃げて国境を越えようと試みれば、背中から槍や矢を突き立てられ死ぬ運命しかない。

 そんな絶望的な生活を送っていた王国民は、希望となる光を求めた。
 近年の王国でその立ち位置にいたのは、傭兵エリクを主軸にした黒獣ビスティア傭兵団だったろう。
 平民出身にも関わらず数多の魔獣達を屠り、更に帝国との戦争では多くの武功を挙げた傭兵エリクと黒獣傭兵団は、王国貴族に憤りを持つ国民にとって希望の光だった。
 それは同時に、旧王国貴族の支配体制を覆したいと秘かに願う者達にとっての拠り所ともなっていた事を、エリク本人は知らない。

 そして一年前、そのエリクが一つの村で虐殺を行った事が王国民に伝わる。
 とある村の住人が全て殺され死体は残らず焼かれたと伝え聞くと、多くの民が傭兵エリクに対して失望を抱き憤怒を向けた。

 その情報と共に、傭兵エリクを捕らえられた事も同時に伝わる。
 捕らえるように命じたのは即位したばかりのウォーリス王であり、エリクは国民を虐殺した罪により処刑される事がウォーリス王の名で告げられた。

 しかし捕らえられた傭兵エリクと仲間である黒獣傭兵団は逃亡し、国外へ脱出。
 にわかに国民の中に疑問と憤りが残りながらも、ウォーリス王を中心に王国の制度改革を一気に推し進める。

 まず王国から王位以外の貴族位を廃止し、旧王国貴族達が持つ国民から貪った財を全て取り上げた。
 それに反発する貴族勢力をすぐに捕らえられ、断罪の場で今までの悪行を国民達の前で明かされた後に、二つの選択肢を迫られる。

 慎ましい財を持ち国外へ追放されるか、目の前に用意され自分達が使っていたギロチンで処刑されるか。
 その二択を強制的に選ばされた王国貴族達は、命欲しさに自ら国外へ出る事を選ばざるを得なかった。

 そして王国貴族達から奪った財を、ウォーリス王は国民の為に使う事を宣言。
 貧困に苦しむ国民達の食糧事情を改善し、今まで危険な仕事を請け負い低収入を強いられていた労働者達に対して十分な給金と保証制度を与えた。
 更に各領地を遮るように敷かれた関税の高利を無くして適性な税関処理を行われ、陰徳の為に不正行為で富を得ていた役人達を一挙に処断して見せる。

 その改革速度は尋常ではなく、即位から半年程でベルグリンド王国民が抱える不満や憤りは目に見える形で無くなった。

 国民を苦しめる不正や悪政を許さず、更に新王自身が改革案を投じて自らの足で各地を巡り、直に国民と触れ合いながら苦しんでいた民を救済する。
 そのウォーリス王の姿を見た民は、彼を王国の希望の光と認識するのに時間は掛からなかった。
 そして王に従う臣下達も、民の為に働き続ける王に対して忠誠を尽くすに相応しい人物だと認める。

 今のベルグリンド王国は、ウォーリス王という絶対的な希望を得た。
 そんな王を快く迎える王都の国民達に笑顔を向ける若い茶髪の国王は、手を振りながら王城へと帰宅を果たす。

 その王城の中で出迎えたのは、多くの従者達と騎士達。
 それを率いるように一人の人物が、ウォーリス王の前に歩み出た。

「――……おかえりなさいませ。ウォーリス様」

「ただいま、アルフレッド!」

 アルフレッドと呼ばれる眼鏡を掛けた青眼黒髪の青年は、文官の礼服を着込みウォーリス王を出迎える。
 それに気兼ねなく声を掛け、更に親しく肩を掴み握手をするウォーリス王は、嬉しそうに伝えた。

「アルフレッド、帝国との和平が叶ったよ!」

「存じておりますよ。お疲れ様でした」

「こっちの方は、何か問題はあったかい?」

「特に問題はありません。ただ、ウォーリス様に確認して頂きたい報告などが幾つかあります」

「なら、その話は私の部屋でしよう。帝国まで同行した皆は、今日と明日はゆっくり休んでくれ。私もアルフレッドとの話が終わったら、ゆっくり休むよ」

「ハッ」

 ウォーリス王は周囲に微笑みながら話し掛け、アルフレッドと共に王城の王室へと移動する。
 そうした二人を見送る従者達の中で、若い男従者と女従者が小さな声で呟き話していた。

「――……あのアルフレッドっていう人、何なんです? やけに王様が親しい感じでしたけど……」

「貴方、まだ城勤めをし始めたばかりの子ね? あの方は国務大臣の、アルフレッド=リスタル様。国王ウォーリス様とは幼少の頃から親友として付き従っていて、国王様の右腕とも腹心とも呼ばれているのよ。実務的な部分の大半は、あのアルフレッド様が担っているの」

「へぇ、国王様の親友ねぇ」

 半年以上前から城勤めをしていた従者達は、ウォーリス王と並び歩くアルフレッドという人物の事を知っている。

 ウォーリスが王子の地位に就く前から、アルフレッドは従者として常に傍らに控えていた。
 短く後ろに束ねた黒髪と美しい蒼瞳が目立つ美丈夫で、腰に下げた長剣を抜けば王国騎士でも敵う者はいない。
 文武両道を兼ね備え、常に冷静な表情で物事を実行する姿から秘かに女性達の人気も高く、茶髪で好青年のウォーリス王と共に並び歩く姿は女性達にとっては黄色い声を上げさせる時もあった。

 その二人が王室へ辿り着くと、アルフレッドは扉を閉める。
 更にドアノブ部分に刻まれた魔法式を用い、王室内部に結界を張り外界の音や視覚情報から隔絶された空間へとなった。

 結界に覆われた王室内で、ウォーリス王は冷蔵棚に適温で保存された白ワインの瓶を取り出す。
 それを丁寧にソファーの置かれる机へ置き、更にワイングラスを二つ取り出した。

 ウォーリス王はワインを二つのグラスに注ぎ、アルフレッドと共にソファーへ腰掛ける。
 そして注ぎ終えたワイングラスを摘み持ったアルフレッドとウォーリスは、口元を微笑ませながら話を始めた。

「――……王様役、お疲れ様。アルフレッド」

「ウォーリス様こそ、帝国の反乱勢力とローゼン公クラウスの排除、そして居残りでの旧王国貴族の残党殲滅。御苦労様です」

 この時のウォーリスとアルフレッドは、相手に向けて自分の名を呼ぶ。
 誰にも聞かれず誰にも見られない場所へ入ったと同時に互いに口調を変えた時、二人は本当の関係を露にした。

 今までベルグリンド国王ウォーリスと知られている茶髪の好青年の本名こそ、国務大臣たるアルフレッド=リスタル。
 そしてアルフレッドと知られている黒髪の青年こそ、本来はウォーリス=フォン=ベルグリンドとして国王の座に就くはずの青年だった。

 彼等はベルグリンド王国に来てから名前と身分を取り替え、国王と忠実な腹心という役柄を演じている。
 そして互いにワイングラスを持ち、一口飲んでから話を続けた。

「アルフレッド。お前の目から見て、皇帝ゴルディオスと新宰相セルジアスはどうだった?」

「……皇帝ゴルディオスは威厳こそありますが、どこか人の良さを感じました。それは言い換えれば、甘さと言ってもいい。……セルジアスの方は、中々に底知れない。幾度か話す機会は設けましたが、こちらを警戒している節は見えました。油断を持たない、優秀な男です」

「アルフレッドにしては、中々に高評価を付ける。何か探りを入れられたか?」

「探りと呼べるものでは。ただ、帝国のゲルガルド伯爵に関する事を訊ねられました」

「ほぉ。どんな事を?」

「帝国側で反乱勢力の頭目だったはずのゲルガルド伯爵の姿が何処にも見えず、帝国側では逃亡や生死の確認できないと。また何名か反乱貴族達の行方を掴めず、王国側へ逃げた可能性があるのではと、そう訊ねて来ました」

「……なるほど。ゲルガルドを含む反乱勢力を王国で匿っているのではないかと、そう遠回しに聞いてきたわけか」

「はい。こちらがそれらしい人物を見つけ次第、拘束して帝国に引き渡す事を約束しました。もし帝国側が望むのなら、あちらの捜索隊が王国内に入り共に探す事も許可していますが、よろしかったでしょうか?」

「ああ。……どちらにしても、ゲルガルドという男は十五年前にこの世から姿を消している。そんな存在しない男で良ければ、気が済むまで帝国には探してもらおう」

「そうですね」

 話しながらワインを飲む二人は、微笑む顔を互いに見せる。

 ガルミッシュ帝国内でローゼン公爵家と政敵関係だったゲルガルド伯爵は、前年の反乱を主導し引き起こしたとガルミッシュ帝国内部では認識されている。
 しかし十五年以上前から当主は領地に篭り、社交場や人前に姿を現した事は無い。
 姿を見せないゲルガルド伯爵の意思を言葉として伝えるのは、その従者を自称する執事服を身に付けた男だけ。

 そして反乱勢力が瓦解した後、ゲルガルド伯爵領地にも帝国軍部は当主捕縛の為に乗り込んだ。
 しかし屋敷は裳抜もぬけの殻であり、領地の住民達や役人達はゲルガルド伯爵の行方を掴めない。
 捕らえた反乱貴族達も行方を知らず、帝国側はゲルガルド伯爵を完全に見失った。

 それもそのはず。

 ゲルガルド伯爵の名を借り帝国の反乱貴族達を操り決起させたのは、ウォーリス自身。
 悪魔ヴェルフェゴールを介して反乱を企てる帝国貴族達を操り、一連の内乱を引き起こした。

 それを知るアルフレッドはワインを飲み干した後に、ウォーリスに呟くように尋ねた。 

「――……ウォーリス様。一つ、お尋ねしても?」

「ん?」

「帝国の元ローゼン公クラウス。あの男の死亡を確認していないと伺いましたが、よろしいのですか?」

「ああ。帝国と王国が和平を築く上で、あの男クラウスは最大の障害だった。こちらの思惑にも気付き、和平を果たせなかった可能性が高い」

「貴方が警戒する程に、クラウスという男は危険だったと?」

「私はあの男をよく知っている。そして私やお前があの男に会えば、正体に気付かれただろう」

「……確かに。貴方達と私は、幼い頃にあの男と会っていますからね。ならばこそ、確実に殺しておくべきでは?」

「お前は慎重だな、アルフレッド。……あの男が生きていれば、いずれ相見えることもあるだろう。その時に決着をつければいい。……彼と私達、二十年前からの因縁を」

 ウォーリスはグラスを軽く揺らしながら、青い瞳を白ワインに向ける。
 その瞳は過去を思い出している事を、アルフレッドは理解した。

 過去から現在を視る瞳に戻ったウォーリスはワインを飲み干す。
 そしてワインを口で楽しみ喉に通した後、思い出したように話し始めた。

「――……そうだ。リエスティアは?」

「御命令通り、帝国へ送り届けました。……御手元に留めずに、よろしかったのですか?」

「ああ。今は帝国の方が治安がいい。手元に残して、まだ王国内に燻る不穏分子に目をつけられるのは、好ましくない。仮に騒ぎを起こすにしても、帝国側で起きた方が好ましいだろう」

「しかし、それで帝国へ送るというのは……。しかも花嫁として……」

「帝国側も疲弊している今、慎重に和平を進めたいはずだ。リエスティアが来たからといって、婚姻を強引に推し進めようとは思わないだろう。まずは様子見として、監視できる場所で留め置こうとするはずだ」

「……そして、リエスティア様の目と足の治療をさせると?」

「いや。アルトリア姫の居ない帝国の医療技術と魔法技術では、妹の治癒は難しいだろう」

「では、何故わざわざ帝国にあのような依頼を……?」

「アルトリア姫を帝国へ戻す為だ」

「!」

「もし帝国側がリエスティアの正体に気付き、そこから私の正体にも気付けば、必ず私と接触しようと試みる者がいるだろう。そうなった時、アルトリア姫は必ず帝国へと呼び戻される」

「……しかし、こちらが敢えて逃亡させたアルトリア姫が、今の帝国に戻りますか?」

「戻らなければ、それでもいい。アルトリア姫を駒として欲しいが、手元に無いのなら今ある駒だけで盤上を攻略すればいいだけのことだ」

「それでは、リエスティア様の治療が……」

「……歪んだ兄の姿を見せて、リエスティアに失望されたくはない。私は妹にとって、理想の兄でいなければならないんだ」

「!」

「アルフレッド。まだお前にも『国王ウォーリス』として表に出てもらう事になる。そして緩やかに、丁寧に計画を運ぼう。例え、何年掛かろうとね。……もう一杯、飲もうか」

「……はい。ウォーリス様」

 寂しそうに微笑むウォーリスは、自分とアルフレッドのグラスにワインを注ぎ、親友と再び飲み交わす。
 こうしてベルグリンド王国でも密談が行われ、和平の裏側で展開する真の目的が緩やかに進められていた。
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