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結社編 閑話:舞台袖の役者達
慰霊祭 (閑話その二十三)
しおりを挟むアリアの兄であり新ローゼン公爵家の当主となったセルジアスは、二十代前半の若い新宰相として反乱後の政務に追われ続ける。
基本的にはローゼン公爵領から指示を行い、同盟領と連携して貧困に悩む元反乱領の民を救済し、暴動を鎮圧していく。
今も抵抗し引き篭もる反乱領に対しては各領と連携して軍を派兵して降伏勧告を行い、それと同時に反乱領の民を救出も行っている。
更に各地に四散し捕らえられた反乱貴族の投獄と事情聴取、そして正式に反乱貴族達から帝国貴族の称号を剥奪し、財産と領地を取り上げた。
それ等の資産を元反乱領への復興資金に向け、反乱貴族達が一時的に占領した帝都の破損費用などに宛がい、今回の内乱で戦死した兵士達の遺族年金や見舞金として渡していく。
また帝国軍部にも徹底し、元反乱領と現在も抵抗する反乱領の民に対しての略奪や暴力行為を禁じている。
それを破る者がいれば極刑に処すと伝え、実際にそうした事が行われた場合には、被害者達の前で略奪者の死刑を執り行わせた。
新ローゼン公爵セルジアスは反乱貴族達を徹底的に潰し、巻き込まれた民に対しては寛容さを示す。
その対応は伝え広まり、クラウス亡き後の自領や各同盟領の民に対して信頼度を高め、元反乱領と反乱領の民達には希望の光となりつつあった。
その影響もあり、元反乱領と反乱を続ける領の民がローゼン公爵領や各同盟領に救いを求めて来る事も報告されている。
セルジアスは新公爵・新宰相として、父クラウスかそれ以上の信頼を民から得始めた。
こうして反乱領の鎮圧は年明け前には終了し、元反乱領の復興は順調に行われている。
そんなセルジアスは年が暮れる前に、ローゼン公爵領でとある催し物を行わせた。
クラウス=イスカル=フォン=ローゼンの告別式。
そして今回の内乱で戦死した父親を喪する葬式と共に、戦死した兵士達を喪する慰霊祭を領地中央の都市の公共墓地でセルジアスは行う。
内乱での戦死者は、ローゼン公爵領の兵士が約二百名、各同盟領の兵士にも合計で二百名から三百名の被害が出ている。
これはベルグリンド王国軍と反乱貴族領軍に包囲された際、突破中の衝突と突破後の追い討ちによる被害を受けた。
民間人の被害は、ベルグリンド王国軍の侵攻で占拠された国境沿いと、元反乱領以外には及んでいない。
参列者達は主にローゼン公爵領の領民が中心であり、全員が喪服となる黒い服を着ている。
そして各同盟領からは領主自身や代理者が集い、クラウスの実兄である皇帝ゴルディオスと皇后クレアも参列者に加わっていた。
その二人が赴いているにも関わらず、皇子ユグナリスの姿は見えない。
ユグナリスは世間的にまだ謹慎されている状態であり、そんなユグナリスを反乱貴族は救い擁するという大義名分が掲げていた。
そのユグナリスが内乱で戦死した者達の遺族が集う場に赴くのは、流石に体面が悪過ぎるという話をセルジアスから述べられ、ゴルディオスとクレアは合意の下で出席させない事が決まる。
そんなユグナリス本人は、ログウェルとの訓練で四六時中ボロボロで倒れていた。
そしてログウェル自身にも葬式の出席を尋ねる使者が訪れたが、軽く拒否される。
『見知らぬ人間が葬式に出て花を手向けるのは、遺族だけでなく死者も困惑するだけじゃろう。それに生きておるクラウス様を喪する場に出ては、後に本人から笑われそうじゃ』
そんな事を述べるログウェルは、ユグナリスとの訓練を継続する。
それを使者伝手に聞いたセルジアスは溜息を吐き出し、ゴルディオスは納得した微笑を浮かべた。
こうして仰々しくも厳かな慰霊祭とクラウスの告別式が行われ、戦死者達が弔われる。
慰霊碑に数多くの領民と各同盟領の代表者達が花を手向け、戦死者達への祈りを込めていく。
そして遺体の無いクラウスの棺にも多くの人々が花を手向け、多くの者が涙と悲痛な面持ちを浮かべていた。
その中には柄の悪そうな者達も多かったが、その誰もがクラウスという人間に惹かれた人々である。
ルクソード皇国で皇王になる事を拒否したクラウスは、ガルミッシュ帝国へ移住しローゼン公爵家を興し、宛がわれた領地の開拓と発展を僅か十年で終わらせ、多くの領民達を豊かにしてきた。
その豪胆な性格と時折見せる読みの深い思慮の高さは、将としても人間としても人心を引き寄せる魅力を抱かせる。
そうした注目が向けられる中で、秘かに兄ゴルディオスではなく弟クラウスが皇帝へ就く事を望む声も生まれていた。
しかしそうした声には決してクラウスは応えず、皇帝である兄を支える弟としてローゼン公爵の名を広めは、最後まで国と民に尽くす姿を見せる。
今回の反乱でクラウスという光を失った領民達の中には、それを惜しみ意気を沈める者達も多い。
反乱貴族達の鎮圧が終わった今、主を失ったローゼン公爵領の民は怒りや憎しみは薄れ、喪失感が襲い始めている頃でもあった。
そうした中で開かれた慰霊祭は、喪する場として静けさを宿す。
そして参列者全員の花の手向けが終わると、公共墓地に設けられた高台に立ったセルジアスが魔石を用いた拡声で自身の言葉を伝え広めた。
「――……参列者の皆様。私は、セルジアス=ライン=フォン=ローゼン。今日は戦没者の慰霊祭と共に、前ローゼン公爵領主である父クラウスの慰霊に参加して頂き、御礼を申し上げます」
「……」
「そして、亡き父と共に戦ってくれた兵士の方々。そんな彼等を支えて下さった御家族の方々に、御礼を述べさせて頂きます。……本当に、ありがとうございます」
そう告げるセルジアスは集う参列者達に一礼を行い、次に慰霊碑がある場所へ身体を向けて一礼を行う。
戦死者とその遺族に対して誠意を見せるセルジアスは、一礼の後に頭を上げて再び参列者達に声を届けた。
「……今回。帝国貴族の一部勢力が内乱は起こし、それにより私の父を含め多くの方々が犠牲となりました。そして皆様の御協力と尽力のおかげを持ちまして、反乱を起こした貴族勢力の大半を捕らえ反乱領の鎮圧が終了した事を、この場を御借りして御報告させて頂きます」
「おぉ……」
「亡き父であるクラウスに代わり、改めて皆様に御礼を申し上げます。そして亡き父に代わり、今後は私セルジアスがローゼン公爵家を引き継ぎ、皆様が住むこの領地の主として、そしてガルミッシュ帝国宰相として帝国貴族の務めを行う事になります」
「……」
「私は父クラウスに比べ、経験も乏しく見劣りする部分も多い若輩者です。そんな私には、皆様の御協力が必要な時が今後も訪れるでしょう。その際には、どうか御助力をお願いしたい所存です。……皆様。今後は私セルジアスを領主として、この領地と帝国の繁栄に御力をお貸し頂くよう、宜しくお願いします」
改めてセルジアスは慰霊祭に参加した領民達や各同盟領主達に挨拶を交わし、ローゼン公爵家と領地を引き継ぐ事を告げて深い一礼を行う。
そして参列者達の全員が、二十代の若く長い金髪の青年公爵へ拍手を送った。
誰もがクラウスという光を失いながらも、次の光となり得るセルジアスへ期待と希望の眼差しを向ける。
それを一身に背負ったセルジアスは、下げた頭を上げて軽く手を上げて拍手を止めた。
「皆様、ありがとうございます。……まだ反乱の鎮圧から日も浅く、同時期に行われたベルグリンド王国からの侵攻も油断できない状態です。亡き人々に対する悲しみも癒えぬ中ですが、各領主の代表の方々は油断をしないよう御願いします。我がローゼン公爵領も備えを万全に、互いに連携を欠かさず急な事態の対応を行いましょう」
「ハッ!!」
各領主の代表者達に身体を向けたセルジアスは、今後の事態に対する連携強化を話す。
内乱は終息しながらも、ベルグリンド王国がまだ余力を残しているのが現実。
例え新たに王となったウォーリス王子が和平交渉を行いたいと申し出ていても、それ自体が油断を誘う為の罠かもしれない。
その考えをセルジアスは浮かべ、帝国軍部への国境沿いの警備強化が既に行われている。
仮にベルグリンド王国へ送り出した使者が戻らぬ場合、ベルグリンド王国と次の戦いが始まるだろう。
その時には各領主達の兵力と帝国軍主力を動員し、ベルグリンド王国の兵力を徹底的に壊滅させる事をセルジアスは考えていた。
こうして年明け前に行われた慰霊祭と告別式は終わり、ガルミッシュ帝国は雪降る新年を迎える。
喪に服したばかりのローゼン公爵家の領地だったが、新たなる年と新たな当主となったセルジアスを領民達は祝福し、大きな賑わいとなる祝宴を開いた。
セルジアス自身も新年には帝都へ赴き、各貴族達が参列する場で皇帝ゴルディオスから正式に公爵杖を受け取り、ローゼン公爵と帝国宰相の地位を授かる。
ガルミッシュ帝国は反乱の喪を明け、新たな年を迎えた。
丁度その時期、ゴルディオスとセルジアスの下にルクソード皇国から一つの報せが届く。
曰く、ルクソード皇国を救済せし者達が現れる。
その者達を率いている人物の名を聞いたセルジアスは、家出をした妹の健在と活躍ぶりに呆れながらも笑顔を浮かべた。
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