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結社編 閑話:舞台袖の役者達
教育の過程 (閑話その二十二)
しおりを挟むルクソード皇国での騒動は、その傘下国であるガルミッシュ帝国にも伝わる。
皇都の襲撃を聞いた皇帝ゴルディオスと新ローゼン公爵セルジアスは、ベルグリンド王国との和平協定の話を使者を送る事で一時的に保留し、本国であるルクソード皇国の状況と事態の情報を収集する事にした。
その最中、セルジアスは自領に逗留していた【黒獣傭兵団】の団長代理であるワーグナーへ使者を遣わせ、年が明け冬を越えた時期に父親であるクラウスの行方を捜索を依頼する。
それまでは領地にて休養を行うよう伝えられると、傭兵団の一同は拍子抜けした表情を浮かべる。
「――……冬が終わるまで待機か。こっちとしてはありがたい話だが、人探しなら早めの方がいいんじゃねぇか? どっかで野垂れ死ぬかもしれないぜ」
「帝国側でも探してるんだろ? あのローゼン公爵家だ、各地の町で情報収集を行ってるのかもしれん」
「じゃあ、俺等が探す必要も無いんじゃないか?」
「逆だよ。俺等だからこそ探し出せる場所に居た場合に、依頼するんだろ」
「俺達だからこそ?」
「例えば、王国の方に捕まってる時とかだな。俺等は元王国傭兵、帝国の連中よりは捕まってそうな場所には詳しい」
「あ、そっか」
「そこから連れ戻せって話になると、依頼の危険度は一気に高まるぜ?」
「だなぁ」
「後は、危険な場所を捜索する時か。南部には馬鹿デカい樹海がある。噂じゃ、この大陸に始めから棲んでた原住民も中で暮らしてるらしい。やけに好戦的で、縄張りに入った奴は生きて出られないとさ」
「王国か樹海か。どっちも行きたくねぇな」
「同感」
「今回の依頼は王国に居た時より遥かにマシさ。ここの宿泊費に加えてメシや酒の代金も公爵様の払いだしな。依頼で必要な物も、要望があれば公爵様が用意してくれるらしいぜ?」
「まさか、馬もくれるのか?」
「馬だけじゃなくて、馬車とかもくれるらしいぜ。必要な装備や食料の類も無料で用意してくれるってよ」
「マジかよ!」
「凄いな。けど俺、馬に乗ったことねぇよ?」
「俺も」
「同じく」
「乗れない奴は荷馬車に乗るか、乗れるように訓練していいってよ。この領地にある帝国兵の訓練所で指導してくれるってさ」
「帝国兵に指導って、いいのかよ? 俺等、元王国の傭兵団だぜ?」
「指導中に後ろから、グサッ……とかな?」
「そりゃ、勘弁だな!」
黒獣傭兵団の面々は冗談交じりでそう話し、ローゼン公爵家の領地で休養を行う。
しかし元王国の傭兵団と帝国の重鎮ローゼン公爵家の兵士達が同じ領地で冬を越えるという事態は、彼等の言うような危険を生み出す可能性もある。
更に和平協定の話などもある為、黒獣傭兵団は逗留する町で狼藉を働かない限り、兵士達に手を出さないようにとセルジアスは厳しく命じていた。
仮に黒獣傭兵団と帝国兵との間で諍いが起きれば、それがどのような形でベルグリンド王国へと伝わるか分からない。
下手に伝われば、黒獣傭兵団が領地へ誘い込まれ帝国兵に嬲り殺しにされたという風評が流れてしまう可能性も高い。
ベルグリンド王国の国民に知名度が高い黒獣傭兵団に何かあれば、和平協定は破棄されベルグリンド王国は再び敵対関係へ巻き戻る。
仮にベルグリンド王国が再び進行を開始すれば、帝国側は反乱領地の鎮圧と各領地への支援で手一杯な上、避難させていた帝都の住民達を帰還させる時期も延びてしまう。
そうなれば各領地と帝都の民の不満は大きく増し、新たな暴動の呼び水になりかねない。
そうした繊細な立場へと置かれてしまっている事を黒獣傭兵団の面々は理解しておらず、冬を超えるまで英気を養い依頼達成の為の準備に専念する事になった。
その一方。
ガルミッシュ帝国の皇子ユグナリスと『緑』の七大聖人である老騎士ログウェルは、逗留している屋敷の庭で訓練を継続していた。
しかしユグナリスを監視する騎士や屋敷の使用人達は、それを見て訓練とは思わない。
ユグナリスは抜き身の剣を握りながら血反吐を何度も吐き捨て自己回復魔法で起き上がり、ログウェルは木剣を持ちながらにこやかな笑顔を向けていた。
「――……ゲハッ!!」
「ほっほっほ。立ち上がらんと死ぬぞい」
「グッ、ガハッ!?」
「ほれ、儂の殺気を読んで、剣を見ずに避けてみい」
「この、クソジジイ……グホッ!!」
「喋る元気が残っておるなら、まだまだ行けるのぉ」
「ちょ、待っ……ウグ……ッ!!」
ログウェルは微笑みながら容赦なく木剣をユグナリスの身体中に打ち込み、その度にユグナリスは地面へ転がり血反吐を吐く。
ユグナリスの監視を命じられた騎士達も、この訓練を見て最初はログウェルを止めに入ろうとした。
しかしログウェルは騎士達に手合わせと称した模擬試合を行い、一撃で彼等の介入を封殺してしまう。
『ほっほっほ。儂はゴルディオス皇帝陛下からユグナリス皇子を性根と身体を鍛え直すように依頼されておる。それを邪魔するのであれば、儂より強くなってから申してみい』
悶絶する騎士達を前にそう言い放ったログウェルは、それからも遠慮せずにユグナリスに特訓と称した暴力で襲い掛かる。
そしてユグナリス自体も訓練を受ける事を強く拒否しなかった為、セルジアスの許可の下で訓練は継続的に続けられていた。
騎士達が更に驚いたのは、ユグナリスの成長速度。
彼等は以前まで小太りだったユグナリスの姿を覚えており、この領地に来た際の痩せた姿に驚いていた。
更にログウェルとの訓練で見せるユグナリスの自己回復魔法が異常なまでの速さである事と、僅かに垣間見える動きの鋭さに目を見張る事も多い。
それ等の全てがログウェルという暴力に圧倒され、必ずしも目立つはモノには見えていなかったが。
そんな訓練に弱音を幾らか漏らすユグナリスだったが、それでも昼夜問わずに続く中を立ち上がりながら挑む。
魔法の使用限界と疲弊で気絶している間と数時間の睡眠以外に休息は無く、食事すら用意した携帯食で奪い合うという訓練方法に、騎士や屋敷の者達を戦慄させた。
この訓練を課すログウェルも異常だったが、その異常な訓練を耐え切るユグナリスも騎士達には異常に見えている。
自分達であれば、恐らく二日どころか一日すら持たないだろう訓練を、ユグナリスは既に一ヶ月近い期間の中で行い続けていた。
「……あれが本当に、私達の知るユグナリス皇子なのか……?」
「……分からん。分からんが、これだけは言える……」
「?」
「今のユグナリス皇子と仮に戦う場合、俺は自分が勝てると思えない」
「……同感だ」
騎士の二人はそう呟き、訓練を行うユグナリスを注視する。
この一ヶ月間で、ユグナリスはログウェルの剣戟を辛うじて目で追い、暴力と呼ぶべき攻撃を防ぎ始めていた。
それでも何度か木剣を受けて地面を転がり、血を吐きながらも一秒にも満たない時間で起き上がる。
実際にあの木剣での攻撃を受けて立ち上がれずに悶絶した騎士達は、ユグナリスの異常な耐久力と読み難く速すぎる太刀筋に慣れ始めている事に絶句するしかない。
そして今まで防戦一方だったユグナリスが、初めてログウェルの木剣を防ぐと同時に反撃を行った。
「グッ、アァアッ!!」
「ほぉ。ほっ」
「アグェッ!!」
木剣を敢えて左横腹で受けたユグナリスは、痛みに堪えて左腕で木剣を挟み動けない状態へする。
そして右手に持つ本身の剣でログウェルを容赦無く斬りつけようと襲い掛かった。
しかし木剣を手放したログウェルは左手で剣の刃を掴み取り、空いた右手で拳を握りユグナリスの鳩尾を狙った。
ユグナリスは激しい嗚咽を漏らし、そのまま剣を手放し前のめりに地面へ突っ伏す。
ログウェルは掴み取った剣を投げて地面へ突き刺すと、微笑みながらユグナリスを褒めた。
「やっと反撃できたのぉ。ちとお粗末じゃったがな」
「……うぇ……。手で、殴るなんて……聞いてない……」
「剣を奪われたんじゃ。武器が無ければ、手足で殴るのが普通じゃろ?」
「……卑怯だぁ……」
「実戦に卑怯も何も無かろう。相手の武器ばかり気にしておると、こういう目に遭う。武器を奪えば勝てるなどという希望は無くす事じゃな」
「くっそぉ……」
「ほれ、さっさと立ち上がらんかい。踏み潰すぞい?」
「分かってるよ……ッ!!」
苦々しい声を漏らすユグナリスは再び立ち上がり、脇で掴んだ木剣をログウェルへ投げ返す。
それを微笑みながら受け取ったログウェルは、再びユグナリスへの暴力を再開した。
それを見ていた騎士達は唖然とし、呟きを漏らして会話を行う。
「……見えたか?」
「……何がだ?」
「皇子の反撃、剣が振られた瞬間……」
「いや……」
「……私達は今、恐るべきものを見ているのかもしれない……」
騎士達は凄まじい速度で成長していくユグナリスの様子を近くで監視し、そして確信を抱き始める。
ユグナリスという青年が僅か一年にも満たない老騎士ログウェルの訓練で、人間を凌駕する強さを手に入れつつある事を。
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