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結社編 閑話:舞台袖の役者達

クラウス策謀説 (閑話その二十)

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 暴風のような出来事は過ぎ去り、復興し再び歩み始めようとするルクソード皇国は、表面からは見えない問題を今だに抱えている。

 『フラムブルグ宗教国』と『ホルツヴァーグ魔導国』という二つの大国と敵対し、戦争状態は辛うじて免れながらも潜在的な危機感は拭えないものとなっていた。
 その対策として二国との貿易や交流は大幅に制限し、更に【結社】の侵入を防ぐ為に入国制限を行い、国内の【結社】とそれに関わる不穏分子の洗い出しが始まる。

 そして女皇ナルヴァニアが八年前に新設した第四兵士師団は、正式に解体が告げられた。

 合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造実験に関わり生き残っていた者達は収監され、関係の無い兵士達は第一・第二・第三兵士師団に再配属される。
 第四兵士師団が担っていた新兵教育と犯罪者収監所の監視、そして皇都の守備はそれぞれの兵団と皇国騎士団に役目が振り分けられた。

 そして禁じられた実験の情報は、皇国上層部で厳重に取り扱われる事となる。

 四大国家が定め禁じたそれ等の実験情報を廃却しない理由の一つには、敵対関係に発展したホルツヴァーグ魔導国の存在が大きい。
 アリアが述べる情報とランヴァルディアが残している幾つかの情報を照らし合わせ、『青』のガンダルフは合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造を国で行っていた可能性が高いと新ハルバニカ公爵のダニアスは判断し、今後それ等の勢力が兵器としてそれを用いる場合に備える事にした。

 まだまだ問題が山積みの中、更に重大な問題も残っている。

 それは、ルクソード皇国の皇王となる者の選定。
 アリアが後継者を退いた事で、ルクソード国内に新たな皇王へ選定できるルクソードの血脈が途絶えた事が、大きな問題へと発展する可能性を秘めていた。

 新たな皇王を誰にするのか、それとも血脈とは関係無い者から皇王を選定するのか。
 皇国貴族達がそう囁き、それぞれが様々な内情を抱えて思考を巡らせる中で、また別の声も挙がっていた。

 まだルクソードの血脈は残っている。
 その声が向けられたのは、ルクソード皇国であれば誰しもが考える人物だった。

「――……我が七大聖人セブンスワンを辞し、皇王になれと。これを書いた者は言うのか?」

「そういう声が貴族達の中から上がっているのは、確かな事実です」

 ルクソード皇国、皇都の皇城内にある宰相室。
 その室内で椅子に腰掛ける新宰相ダニアスと、対面し椅子に腰掛けながら一枚の紙を机に投げ捨てた『赤』のシルエスカが密談を行っていた。

「こんな馬鹿者の発言を、真に受けるのか? ダニアス」

「真に受けるわけじゃない。貴方が七大聖人セブンスワンを辞めれば、ルクソード皇国は四大国家から外れる。人間の国家が四大国家に所属する最低条件は、『聖人を選出し七大聖人セブンスワンへ据え置くこと』ですからね」

「そうだ。我が『赤』を引き継ぎ七大聖人セブンスワンへ選出された事で、この国は四大国家として継続し植民国を増やしながら多くの民を得て、軍備の増強と技術の集める事で繁栄を許されてきた。それを辞せば、大き過ぎる軍事力と技術は解体を迫られ、それを拒めば人間大陸の中で孤立し、傘下国の全てを手放し同盟を結ぶ国々も離れていくだろう。……それがルクソード皇国の完全な崩壊を招くと、お前に分からぬわけではあるまい?」

「分かっています。七大聖人セブンスワンを失い大国からただの国に成り下がった皇国は、この人間大陸の中で存在価値を失う。この大陸も他の大国に奪われてしまうでしょう。戦乱が起こるのは確実です」

「それが分かっているのなら、このような戯言に耳を傾けずとも良いだろうに。何をそんなに悩んでおるのだ?」

 シルエスカは眉を顰めながら訊ねる。
 そして額を手で抑えるダニアスは、一つの溜息を吐き出した後に話を続けた。

「……貴方の子供を、幼皇にする事を提案する者もいる」

「は?」

「貴方が結婚して子供を生めば、その子は間違いなくルクソードの血脈だ。その子を皇王にすればいいのではと……」

「……それを口にした者の名を言え。今すぐ心臓を貫きに赴こう」

「落ち着いてださい、シルエスカ」

 置いていた赤槍を手に持とうとするシルエスカを、ダニアスは急いで制止する。

 シルエスカは生まれた頃から既に聖人へ達しており、その影響で他の者達より見た目の成長が遅い。
 同じ年に生まれた者達が成人の年齢へ達する時期に、シルエスカはまだ親離れも出来ないような幼子の姿。
 精神的な成長は他の者達と同等かそれ以上の早さだったにも関わらず、自身の容姿的成長が他の者達より遅いことで周囲の奇異なる視線を受けていたシルエスカは、コンプレックスを秘かに抱えていた。

 それが顕著に表れるのは、結婚の話。
 見た目は十五歳前後のシルエスカは、今がまさに結婚適齢期の容姿と言ってもいい。
 しかし聖人としての威光オーラが邪魔をし、普通の男はシルエスカを見ただけで萎縮してしまう為に、結婚相手としてシルエスカの前に立つ男性がいない。
 更に実年齢が七十歳を超えるとなれば、普通の男は女性としての興味を無くし、聖人としての存在を重要視するだろう。
 故にシルエスカに結婚という話には無縁であり、当の本人は結婚そのものを諦めようと考えてすらいた。

 にも関わらず、その彼女に子供を求めて今更になって結婚するよう口にする無責任な者達の声が、シルエスカの怒りを買うのは当然だろう。
 それに対してダニアスは苦笑を浮かべて制止し、再びシルエスカを椅子に座らせた。

「……」

「機嫌を悪くしないでほしい。皇国貴族の中には、やはりルクソードの血が皇王になるべきだと考える者もいるんです。その為に貴方にそれを求める声が出てしまうのも、仕方のないことです」

「……我は子を生まん。仮に我の子を孕ませたいなどと思う輩は、私の前に立つがいい。その首と胴体が繋がっていれば、考えてやらんでもない」

「また過激なことを……。……貴方も貴方で、クラウスやアルトリアと似た部分がありますよ」

「……クラウスの持つ気質は稀だった。奴の声は周囲に良く通り、人を集めさせる。奴の周りには、それに相応しい強者が集まった。あれこそ、まさに王の資質だったろう」

「そうですね。彼が先皇エラク父上ゾルフシスに推されるのも、私には理解できましたよ。……そのクラウスも戦場で死んでしまったのは、時の流れと言えばいいのでしょうか」

 互いに微笑むシルエスカとダニアスは、生前のクラウスの事を思い出す。
 知勇兼備を持つクラウスの得難い才能と魅力カリスマを両者共に認めており、それだけにクラウスという人材が皇国から去ったしまった事を惜しんでいた。
 しかし去った理由もクラウスらしいと納得しており、更に惜しい気持ちがダニアスの中に思い浮かぶ。

 しかしシルエスカは口に手を当て、眉を顰めながら呟いた。

「……クラウスが内乱で不意を突かれ死んだという話を、どう思う?」

「え?」

「クラウスが内乱を予期できず、何の対策も無く死んだという報が、どうも信じられない」

「……確かに。あのクラウスなら、内乱の兆しを予兆し備えて置くことも可能だとは思いますが……」

「我が信じられない理由の一つは、クラウスが戦死したという情報が帝国から届く時期が早すぎる事だ。まだ内乱が収まらぬ中でクラウスの死を報じれば、各同盟領主達が困惑する。下手をすれば同盟領主達が裏切り、内乱に加担しかねない」

「……そうですね。帝国側がそう報ずるのは、確かにおかしい。敵の勢いを強め、更なる内乱を引き起こすだけです」

「しかし、実際には更なる内乱は起きなかった。ローゼン公爵家の同盟領主達は乱れずに連携し、内乱軍へ対応している。……これは元々、内乱を予期して連携を強化していたか、あるいはクラウス自身がまだ生きて各同盟領主達を繋ぎ止めている証拠だとも言える」

「確かに……」

「それともう一つ、気になる点がある」

「?」

「クラウスの娘、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。何故クラウスがあの娘の旅を許しているのかが気になっていた」

「旅を許した? 確か、アルトリアが上手く逃げたという話では?」

「考えても見ろ。アルトリアが如何に卓越した魔法の使い手で、エリクという男を従えていたとしても。逃がす可能性があるルートを抑えずに、ましてや船に乗せてマシラへの渡航させるなど、あのクラウスが許すと思うか?」

「……」

「少なくともアルトリアが逃げた時点で、クラウスなら各地へ間者からアルトリアの情報を掴んでいたはず。例え内乱の為に備えていたとしても、捕まえられる手練を揃える事は出来ただろう」

「……シルエスカ。貴方は何を考えています?」

 ダニアスはシルエスカが何を言いたいのかを理解し損ね、改めて訊ねる。
 それに対して思案するシルエスカは、搾り出す思考を口に出した。

「……アルトリアはマシラへ逃げたのではない。クラウスは敢えて逃がし、ルクソード皇国へ誘導したのだとしたら?」

「そんな、まさか……!?」

「現にアルトリアはマシラから半年も滞在せずに出て行き、あの事件が起きていたこの大陸へ赴いた。……クラウスはルクソード皇国の状態を把握していたのだろう。そしてナルヴァニアの企みを阻む為に、敢えて自分の娘を送り出し今回の事件を収める事を考えていたのなら……」

「ありえない。例えこの大陸で起きていた事を把握していたとしても、逃げる自分の娘を誘導してこの大陸まで来させたなんて……」

「普通なら我もそう思う。だが、クラウスだからな」

「……クラウスだからという一言を完全に否定できないのが、悔しいところですね」

 シルエスカとダニアスは、互いに自分の知るクラウスという男を思い出す。

 二十四年前、クラウス=イスカル=フォン=ガルミッシュは皇国の後継者争いに参加する。
 それは祖父であるハルバニカ公爵への義理立てと、後継者争いに巻き込まれた実兄ゴルディオスの身を守る為の戦いでもあった。

 しかしクラウスは、その戦いにおいて非凡な才を見せる。

 まず他後継者とそれ等を擁する貴族の兵力と領地の情報を完全に把握し、更に敵対貴族の要所となる人材の引き抜きを始め、敵勢力を削り弱体化させていく。
 その後、まともに機能しなくなった敵勢力と後継者だけを的確に刈り取り、国民の被害を最小限に抑え、敵勢力内の領民や徴兵された兵士達に対して公正に扱い、多くの人気と支持を得ていた。

 その戦果と活躍は新たな皇王に相応しいと大多数の者達を認めさせ、『烈火の猛将』という名で伝わっている。 

 そのクラウスが自分の娘であるアリアの脱走を見逃し、他国への逃亡まで成し遂げられてしまったのか。
 それはアリアの逃亡がクラウスによってコントロールされていたというシルエスカの説に、ダニアスは奇妙な納得を得てしまった。
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