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結社編 四章:皇国の後継者

姉妹の夢

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 自分の一族が滅びた理由を知ったケイルは、その要因の一端だったハルバニカ公爵へ剣先を向ける。
 沈黙しながらそれを行うケイルに対して、ハルバニカ公爵は動揺を見せずに話し始めた。

「……儂を殺すのは、当然であろうな」

「……」

「当時の儂は先皇エラクと共に、クラウスを新たな皇王として推した。あれの気質こそ、腐り落ちるルクソード皇国という国を生まれ変わらせるのに必要だと判断したからじゃ。……しかし、他の候補者達と貴族達の野心をナルヴァニアに利用され、各候補者達はそれぞれの勢力に取り込まれ、二十四年前の内戦を引き起こした」

「……」

「しかしそれは、同時に絶好の機会でもあると儂等は思った。厄介な政敵や候補者達を一掃し、更にはナルヴァニアの手足となる者達を潰す事が叶えば、皇王として立つクラウスの障害を取り除けると思っておった。……だからこそ、儂等は内戦を止めようとはしなかった。むしろ態勢の整わない勢力を削り討つ為に、準備を行っていた」

「……ッ」

「結果は、儂等の思惑通りに進んだ。クラウスとゴルディオス以外の候補者達を殺め、それ等を擁した皇国国内の敵対貴族と反ルクソード勢力の多くを壊滅させる事に成功した。……しかし、クラウスは儂等の期待から背を向けて皇国を去り、実兄ゴルディオスが治めるガルミッシュ帝国に根付いてしまった」

「……」

「最後にして唯一の候補者を失った儂等は、まずルクソードの血を引く部族から子供を得る策を浮かべた。しかしナルヴァニアはそれを予期していたかのように、南方の部族を討たせていた。……生き残りとおぼしき子を見たという話もあったが、捕らえる事は叶わなかった」

「……!!」

 ケイルはこの話を聞いた時、当時も記憶を思い出す。
 ある町の裏路地で盗みを生業に生きていた際、しつこく兵士達に追われていた時期があり、それは兵士を襲い金品や食糧を盗んでいたからだとケイルは考えていた。

 その兵士達がどうして盗人に堕ちた子供ケイルを殺そうとせず、律儀にも捕らえようとしていたのか。
 それは人道的な理由ではなく、幼いケイルがルクソードの血を引く部族の生き残りだと考えられ、ハルバニカ公爵から捕まえるように厳命が下っていたからだと思い出しながら察した。

「……そしてナルヴァニアの手により、先皇エラクは毒を盛られ病に追い込まれた。その際、儂は先皇エラクに隠し子がいる事を耳打ちされ、探し出して皇都に招き新たな候補者に立てようとした。しかしそれは間に合わず、ランヴァルディアを招くより先にナルヴァニアが新たな皇王に立てられた……」

「……」

「ナルヴァニアの智謀と行動力は、悪い意味で儂等を凌駕していた。……クラウスが皇王の座を拒否する事を見定めて内乱を起こし、候補者が全て消える事を予見した。だからルクソードの血を引く盟約の部族さえも殺め、儂等が新たな後継者を立てる前に自身が皇王になる事に成功したのだ」

「……ッ!!」

 ケイルは小剣の柄を強く握り締め、怒りの形相を浮かべてハルバニカ公爵に詰め寄る。
 そして剣先をハルバニカ公爵の鼻先に突きつけたが、落ち着いた老人の声は止まらなかった。

「昨年、ナルヴァニアは次世代の候補者であるアルトリアがこの大陸に来た事を知り、通じていたガンダルフへ伝えた。そしてガンダルフの提案に従い、【結社】に攫わせ元生物学研究機関に聖人実験を行わせる事で処理させようとした。……儂はそれに対しても手が遅れ、全てが後手に回った」

「……ッ」

「だからこそ、儂は協力を依頼した。アルトリアと共にマシラ共和国で戦い、魔人ゴズヴァールから生き延びた傭兵。あのエリクに」

「!!」

「こちらでもアルトリアと同行している御主達の動向は窺っていた。そしてアルトリアからの手紙が届き、御主等をこの屋敷に迎えようと使者を送った。しかしマギルスという子が奴隷を盗み、ナルヴァニアの手勢である第四兵士師団の兵士達と傭兵ギルドが御主達は付いていた為に、迂闊に使者を近付けられなかった」

「……!」

 ケイルはその時の事を思い出す。
 アリアと同行している自分達に追跡者がいる事を真っ先に気付いた。
 その時は傭兵ギルドや皇国軍が監視しているのだと思っていたが、あの追跡者こそハルバニカ公爵の使者だったと今更になって思い至る。

 そしてハルバニカ公爵は、その後の話も伝えた。

「そしてアルトリアが宿に居らず、付き従えているエリクと離れて行方不明になったと伝え聞いた時。儂は自らの足を使い、残るエリクに接触する事を望んだ。……向こうから声を掛けて来たのは、予想外じゃったがの」

「……」

「そうして儂等は後手に回りながらも手札を掻き集め、幾つかの偶然に助けられながらもナルヴァニアの手札を全て奪い、処する事に成功した。……後は、アルトリアを皇王の座を就かせれば国は安泰じゃと思ったのだがな……」

「……」

 話しながら疲れを見せるハルバニカ公爵は、ケイルから視線を外して杖を着きながら立ち上がろうとする。
 それを見たケイルは小剣を少し引かせ、様子を窺った。

 そして小さく弱々しい老人の身体を立たせるハルバニカ公爵は、改めてケイルに伝える。

「リディア殿。御主の一族を滅ぼし苦難の道を御主に歩ませたのは、何も止められなかった儂の責任。……御主が抱える憎しみを少しでも晴らすのが望みであれば、その剣で儂の命を絶つといい」

「……ッ!!」

「御主が儂の命を殺めたとして、罪には問われる事は無い。これはダニアスにも、そして家人達にも了承させておる。……この老いぼれの命一つで、どうかその怒りを鎮めてほしい」

 そう頼み頭を下げるハルバニカ公爵は、顔を上げて目を瞑る。
 ケイルは右手で握る小剣を震わせながら、怒りの瞳を宿して小剣を大きく振り構えた。

 ハルバニカ公爵は口元を微笑ませ、覚悟を終えて自身の死を待つ。
 そして瞳を閉じる中で剣が風を切る音を聞き、自分の死を受け入れた。

「――……?」

 数秒後。
 ハルバニカ公爵は痛みと死が訪れない事を不思議に思い、目を開ける。 
 そして目の前で小剣を向けていたはずのケイルが、小剣を鞘に収めている姿を確認した。

「……どうして、剣を収めるのかね?」

「……」

「儂が、憎くはないのかね……?」

「……憎いに決まってるだろ」

「!」

 初めて口を開いたケイルに対して、ハルバニカ公爵はその内容と行動の違いを不思議に思う。
 そしてケイルは再び剣を引き抜く事はなく、振り返り部屋を出ようとした。
 それをハルバニカ公爵は呼び止める。

「何故、憎い儂を斬らぬのだ?」

「……」

「儂は、御主の一族を滅ぼす原因を作った男じゃぞ」

「……アタシは、復讐の為に自分の一族の滅びを調べていたわけじゃない」

「!」

「生きている一族がいるのか確認したかった。ただ、それだけだ」

「……御主の一族は全て滅んだ。その怒りと憎しみを、剣と共に治めるというのか?」

「……」

 背中を見せて立ち止まるケイルに、ハルバニカ公爵は訊ねる。
 そしてケイルは、軽く溜息を吐きながら話し始めた。

「夢を見た」

「……夢?」

「死んだ後に、夢を見てた。……姉さんと一緒に、故郷の草原で遊んでいる夢だ」

「……!」

「そこには姉さんだけじゃなくて、父さんや母さんも、そして皆がいた。……皆が楽しそうに笑って、私と姉さんを呼んでた」

「……」

「アタシが皆の所に行こうとしたら、姉さんが手を引いて止めるんだ。そして、アタシに聞くんだ。『あなたは幸せになれたのか?』って」

「……」

「アタシは、姉さんと皆が一緒なら幸せだと言った。だから、姉さんと一緒に皆の所に行こうとしたけど、姉さんは手を掴んで皆が居る場所に行かせようとしなかった」

「……」

「私は、意地悪をする姉さんは嫌いだって怒った。……それでも姉さんは、アタシの手を離してくれなかった」

「……」

「泣いてるアタシの頬を、姉さんは撫でた。そして、いつもみたいに笑って言うんだ。『貴方に嫌われても、私は貴方の幸せを願ってる』って……」

「……」

「そこで目が覚めたアタシは、この屋敷で寝かされてた。……目覚めの悪い夢だと思ったよ」

「……」

「……アンタを殺したら、確実に根に持つ奴を一人だけ知ってるんでね。また嫌がらせをされるのは御免だ」

「!」

「……それに、アンタやアタシは意地汚いからこそ生き残った人間だ。だったら最後まで、意地汚く長生きしろよ。爺さん」

 ケイルは最後にそう話し、屋敷から立ち去る。
 部屋から出たケイルの話を聞いたハルバニカ公爵は、気を落として椅子へ座ろうとした。 

 その時、持っている杖を動かした瞬間。
 杖は真っ二つに割れ落ち、公爵の手から離れて床へ落ちる。
 ケイルに杖を斬られていたハルバニカ公爵は、僅かな驚きを溜息として吐き出し、改めて椅子へ腰掛けた。

「……儂の命では、何の使い道も無いということか。……このルクソード皇国が滅ぶのが先か、儂の命が尽きるのが先か。それだけが見物になってしまったわい……」

 そう呟くハルバニカ公爵は、窓に浮かぶ月を見上げながら思いを抱く。
 皇族の後継者が消失した今、ルクソード皇国は新たな条件の下に代表者を立てるしかない事は目に浮かんだ。

 次に始まるのは、新たな象徴となる者達が起こす新たな争い。
 例え平和的に代表者が決められたとしても、それには様々な問題が起こる事がハルバニカ公爵には予想する事が出来た。

「……ただの老いぼれがこれ以上、この国の行く末を口にするのは無粋か。……それは次の世代に委ねよう……」

 この日を境に、ゾルフシス=フォン=ハルバニカは公爵家の地位を息子ダニアスに相続させる。
 その後の彼は皇国の表舞台から去り、その余生を自領の地で過ごしたと云われた。

 こうしてケイルは自分の一族に起こった真実を知り、故郷であるルクソード皇国の大地から去る選択の道を歩んだ。
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