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結社編 四章:皇国の後継者

貴族の責務

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 ルクソード皇国の新たな皇王として名乗りを挙げられたアリアは、それに応じるように会場の前へ出た。

 それに賛同する拍手を背にしながら会場の階段を登り始めるアリアは、ハルバニカ公爵とダニアスの下へ行こうとする。
 それに反発するように、表情を強張らせたエリクが前へ歩み出た。

「アリア!!」

「……」

 拍手が収まらぬ中でエリクが声を上げる。
 しかしアリアは振り返ろうとせず、エリクはそのまま歩みを止めずに踊り場へ赴き階段まで進もうとした。

 それを阻んだのは、長槍を抜き放ち道を遮った『赤』のシルエスカ。
 シルエスカを睨み対峙するエリクは、低い声で告げた。

「……退け」

「それは出来ない。……すまないが、今は大人しくしてもらおう」

「……どういう事だ? 何故、アリアがこの国の王になる?」

「ゾルフシスの述べた通りだ。アルトリアは元々、この国を率いる候補者として名を挙げられていた」

「嘘だ。アリアはこの国に来る時、自分の事など知る者はこの国にいないと言っていた」

「……それを信じたのか?」

「!」

「十年前。アルトリアを含んだ他の候補者達は皇国に訪問し、それぞれが次期皇王候補者として紹介された。……この国でアルトリアを知らぬ皇国貴族は存在しない」

「……!?」

「特にアルトリアとその兄セルジアスは、父親の方が有名だった。まだ肉体が幼く威厳を欠く我の代わりに、彼等の父クラウスは『赤薔薇の騎士ローゼンリッター』を鍛え上げ将として指揮していたのだ。そこで挙げた数々の武功により、クラウスを皇王に選ぶべきだと当時の者達から云われている程だ」

「……!!」

「だが当時の先皇やゾルフシスと折り合いが悪く、クラウスは公の場で皇王の座に就く事を拒否した。そして実兄であるゴルディオスの下に収まり、『赤薔薇の騎士ローゼンリッター』の名を冠する赤薔薇ローゼンの名でガルミッシュ帝国に公爵家を興したのだ」

「……それがなんだ? 今のアリアとは関係無い事だ」

「アルトリア自身は、そう思ってはいない」

「!」

「今回の事件は、クラウスの代わりにナルヴァニアが皇王となった事で様々な要因を引き起こした。クラウスが皇王に収まっていれば、このような事件が引き起こされる事は無かっただろう。そう思える程に、我の知るクラウスとは優秀な男だった」

「……まさか、アリアは……」

 シルエスカが述べる話をエリクは聞き、何かを察して階段を登るアリアに目を向ける。
 その察した内容が正しい事を、シルエスカ自身が話した。

「そうだ。アルトリアは今回の事件を知った時、自分の父親が皇王になることを拒絶した事も原因だと察した」

「!?」

「クラウスが候補者から外れた後、他の候補者達もまだ幼く未熟で、ゾルフシスも仕方なくナルヴァニアを一時的に皇王に選ぶしかなかった。だがナルヴァニアの悪辣さと周到さはゾルフシスの予想を凌駕し、ナルヴァニアの専横を許してしまった」

「……アリアは、自分の父親が王にならなかった事への償いを、自分が王になることで晴らしていると、そう言うのか?」

「そうでなければ、彼女がこの役目を引き受けるわけがないだろう」

「……!!」

 この時、エリクは二ヶ月前にハルバニカ公爵と話した会話を思い出す。
 とある役目をアリアに頼んだと告げたハルバニカ公爵の言葉が、この状況と重なるモノだったのだと理解した。
 理解を示し始めたエリクを確認したシルエスカは、自分の意思も伝える。

「アルトリアが皇王になる事に関して、我も賛同している」

「……」

「あの娘は事件に関わり、今回の事態を引き起こしているのがナルヴァニアとランヴァルディアだと即座に推測し、更にガンダルフが裏で関与している事を我々に伝えた。そして復讐心で決起したランヴァルディアから皇都の民を守り、ガンダルフの企みを阻止することに成功した」

「……」

「フラムブルグとホルツヴァーグの侵攻、そしてミネルヴァの襲来を予期し、更に戦争回避の為に素早く手段を講じ、自ら実行した。その行動力と判断力、そして先を見通す力は賞賛に値する。国の指導者となるのに相応しい資質だ」

「……ッ」

「ハルバニカ公爵家は、アルトリアが新たな皇王になる事を全面的に支持している。他の皇国貴族達もそれに賛同している。……今はアルトリアが国の上に立つ姿を、大人しく見てほしい」

 長槍を握る手に力を込めたシルエスカは、必死にエリクに頼む。
 それに対して、エリクは強張る表情と睨みを向けた。

 そして周囲の拍手が収まった事に気付き、二人は上を見上げる。
 階段を登り切ったアリアはハルバニカ公爵から拡声効果のある魔石を受け取り、自分自身で挨拶を行い始めた。

「――……わたくしは、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。ガルミッシュ帝国のローゼン公爵家で生まれ、十年前にこの国の後継者の一人として名を連ねました。……しかし、今は違います」

「……!」

「私は一年前、自分の名と共に全てから逃げました。生まれた国から逃げ、貴族としての立場から逃げ、家族から逃げ、自身の自由を求めて旅立った。……私は皇国の後継者として失格の烙印が押されるべき存在です」

「……」

「旅立った私をすぐに、幾つかの苦難が襲いました。そこで自分の甘さを幾度と無く痛感させられた。……それでも、幾つかの幸運な出会いが今の私を生かしてくれています。私は幸運の出会いと、そして私を生かし続けてくれている幸運に対して、感謝を忘れた日はありません」

 そう話すアリアは微笑みながら視線を落とし、階下の踊り場に立つエリクを見る。
 下から見上げ視線が重なるエリクは、アリアの言う『幸運』が自分エリクの事を言っているのだと察した。
 そして視線を周囲に戻したアリアは、話を再開した。

「私は以前、父クラウスからルクソード皇国に対する話を聞いた事がありました。……父から聞いたのは、二十数年前に起きたルクソード皇国を巡る無惨な醜い後継者同士の争い。ルクソードという血で繋がる兄弟と呼ぶべき者達が殺し合い、自国や他国を巻き込み悲惨な戦争にまで発展した話でした」

「……ッ」

「我が父クラウスと伯父ゴルディオスも二十数年前にその戦いに否応無く加わり、多くの兄弟を殺めた。そして母を同じくするこの二人は互いに共闘し、醜い後継者戦いとそれに連なる戦争を止める事に成功したと聞いています」

「……」

「この争いで最も多くの兄弟を討ち取り数々の武功を飾ったのが、我が父クラウスだとも聞いています。……当時の先皇とハルバニカ公爵家は、我が父クラウスを次期皇王へ推そうとしました。しかし兄弟を殺した事を戦果などと云うのは以ての外であると断じ、更に後継者争いを止められなかった先皇とハルバニカ公爵を含んだ多くの貴族達に対して父クラウスは公の場で批難した。だから父はルクソード皇国から背を向け、二度とこの国に入る気は無い言っていました」

「……」

「そして伯父ゴルディオスのいるガルミッシュ帝国に父は赴き、ローゼン公爵家を興した。……私はそれを聞いた時、父は人間として、そして貴族として何も間違った事はしていないと思いました。……今回の事件を知るまでは」

「……!」

「事件の根幹であるナルヴァニアとランヴァルディア。仮に父クラウスが皇王の座に就き皇国を掌握していれば、この二人に好き勝手を許さず、こんな不様な事件を引き起こさずに済んだでしょう。……いえ、それ以前の問題かもしれない」

「……?」

 アリアは小さく首を横に振り、鼻で溜息を吐き出す。
 そして話の流れが微妙な事を察し始めた者達は、訝しげな視線を向け始めた。
 そんな視線が含まれる中で、アリアは怯えも無く堂々と言い放つ。

「父の批難は正しかった。二十数年前の後継者争いの時も、そして今回の事件においても。皇国内で最も力を持つはずのハルバニカ公爵家を含む貴族家が抑えとして全く機能していなかった。それどころかナルヴァニアの暗躍と専横を許し、全てが後手に回り被害を拡大させ、自分が守るべき民に危険を及ぼし、この国を滅亡へと導いた」

「……!!」

「本来ならば後継者争いを止められなかった時点で、父クラウスは皇王となるべきだった。……そして皇王として最初に行うのは、皇国貴族の全てに責任を追求することだと、私は考えます」

「!!」

「後継者争いを止めずに喜々として参加した貴族家を処断し、争いを静観し自身の地位と財産を守るだけの貴族家から地位と財産を取り上げる。それを父は行わなかった。それが間違いだったのです」

「!?」

「敢えて、この場をお借りして頂きます。……この場で揃われている皇国貴族あなたたち全員が、今までの事態に何も対処する事が出来なかった無能の集まりだと、自覚していますか?」

「なっ……!?」

「そんな者達が、私を皇王に選ぶ。……ならば私が皇王となった暁には、各貴族家当主の処刑と全貴族家に対する地位と財産、そして領地の没収という、愚かな皇王に相応しい要求をするでしょう」

「何……!?」

「皇国貴族で在りながら、皇国の存亡に関わる事態に対して何も出来ない無能者達を、処断が必要があると言っているのです。……貴方達は自分の全てを差し出す事で皇国貴族としての責任を果たし、新たな皇国の為にいしずえになれるのであれば、私はこの国の皇王《おう》として立派に務めを果たしましょう」

 真剣な眼差しと声を向けるアリアは、会場内の皇国貴族達に問う。
 アリア自身が皇王になる事と引き換えに、今回の事件を止められなかった責任として各皇国貴族当主達の命を求めた。
 更に各々が残すべき地位や財産、そして領地を剥奪するという無茶な要望を聞き、その場の貴族達全員が唖然する。

 その数秒後。
 唖然としていた各貴族達が次に沸きあがったのは、賛同の拍手とは真逆の怒声だった。
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