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結社編 四章:皇国の後継者

揃う役者達

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 アリアとエリク、そしてケイルは騎士ウィグルの案内でハルバニカ公爵がいる席へと向かう。

 そこには様々な人々がたむろし、複数の従者達に従い列を成していた。
 その列の先に居るのが椅子に座り杖を持つハルバニカ公爵であり、列の先頭から一組ずつ順番に挨拶を交えている。

 三人に待つよう告げたウィグルがハルバニカ公爵の下へ向かい、傍に控える老執事に声を掛けた。
 そしてアリア達を見て頷いた老執事にウィグルは命じられ、三人が待つ場所へ戻って来る。

「今の方が終わった後に、大旦那様に御挨拶を」

「承りました」

 そう返したアリアは、エリク達と共に少し待つ。
 そして挨拶を終えた組が引いて各従者達の指示の下、集まっていた全員が散り散りとなった。
 それを確認すると、改めてアリア達をハルバニカ公爵の目の前に案内される。

 アリアとエリクはハルバニカ公爵に一礼し、それを見てやや遅れてケイルも軽く頭を下げた。
 そして顔を上げたアリアが、儀礼的な挨拶を行う。

「本日は祝宴の場に御招き頂き、感謝を述べさせて頂きます。ハルバニカ公爵閣下」

「うむ。この会場に来てくれた事、こちらも感謝しよう。他の二人は?」

「食事していますよ。子供らしくね」

「そうかい。エリク殿も、そしてケイル殿も。招待を受けてくれて感謝しよう」

 ハルバニカ公爵が椅子に座りながら軽く頭を下げ、三人に対して礼を述べる。
 そして頭を上げると、改めて三人の顔を見て話を始めた。

「……さて。以前に聞いていた話の返答を聞きたいと思う」

「……」

「今回の祝宴の場で、お主等に話していた褒賞を渡す準備は整えておる。それを受け取るかどうか、その答えを聞かせて欲しい」

「この国に身を置き、貴族の位を与えるという話か? ……俺達だけ聞くのか?」

「あのマギルスという子からは、聞いたその日に答えを貰っておる。留まる気は無く、お前さん達が留まるなり離れるなりしてもフォウル国を目指すそうじゃ」

「そうか」

「それではエリク殿。まずは御主の答えを聞こう」

 そう問うハルバニカ公爵の言葉に、エリクは僅かに思考して目を閉じる。
 そして数秒後に目を開けたエリクは、その答えを伝えた。

「――……俺はアリアに雇われている。お前に雇われていたのは、連れ去られたアリアを取り戻す為だった。だからもう、お前に雇われる気は無い」

「……なるほど。ならばこれからも、アルトリアに雇われるという事じゃな?」

「ああ」

「了解した。ならば最低限のモノを褒賞としよう。お前さんに出されているベルグリンド王国からの指名手配要請は皇国圏内では無効とする。それで良いかな?」

「いいのか?」

「ああ。その方が皇国としても都合が良い」

「……そうか」

 エリクの答えを聞いたハルバニカ公爵は、次にケイルへと顔を向ける。
 それに返すようにケイルは鋭い眼光を向け、ハルバニカ公爵から話し掛けた。

「ケイル殿。お前さんが皇国で行っていた事、そして結社に所属しておる者である事を罪に問う気は無い。その上で、どうするかね?」
 
「貴族の地位なんて興味は無い。興味があるのは、アンタが知ってるアタシの一族の話だ」

「つまり、それ自体が報酬で良いのかね?」

「ああ。さっさと話してもらいたいね」

「……良かろう。今日の祝宴が終わり次第、お前さんに真実を話そう。それまで、このパーティーを楽しんでおくれ」

「さっさと話を聞いて、帰りたいんだがな……」

「そう言わずに。老い先短い年寄りが開く最後の催し物じゃ。是非、最後まで留まっておくれ」

「……分かった」

 エリクとケイルは互いに皇国に所属する事を拒み、自身の目的を優先する。
 そし二人の答えを聞いたハルバニカ公爵は、最後にアリアの方へ顔を向けた。

「アルトリア、御主からは答えを既に聞いておる。しかし事情が事情故、その成否を問う場が必要じゃろうと儂は思う。アルトリア、御主はどう考える?」

「仰る通りだと思います」

「それを決める場を、今日に用意した。それを覚悟した上で、今日は来てくれたと思うて良いのか?」

「はい」

「そうか。……感謝しよう、アルトリア」

「……何の話だ?」

 ハルバニカ公爵とアリアの話を理解出来ず、思わずエリクが口を開く。
 そしてアリアが軽く顔を傾け、エリクに視線を移しながら話した。

「大丈夫よ。エリクは何も心配しなくていいから」

「……アリア?」

「公爵閣下。私達はこれで失礼しようと思いますが、宜しいですか?」

「ああ。このささやかなパーティー、楽しんでおくれ」

 そう話して淑女らしく一礼するアリアはその場で優雅に振り返り、ハルバニカ公爵の下から離れる。
 エリクは訝しげな表情を浮かべる付いて行き、ケイルはハルバニカ公爵とアリアを見比べて離れた。
 そして去るアリアの後を追うエリクは、後ろから声を掛けて訊ねる。

「アリア。どういう事だ?」

「なんでもないわ。曾御爺様と私の話よ」

「君の事でこの場を用意したとか、覚悟をしてここに来たと聞いていたのは、どういう事だ?」

「それは、少し後で分かるわよ」

「アリア」

「エリク」

 互いに名を呼び立ち止まると、アリアが振り返りエリクと向かい合う。
 そして互いが真剣な表情で見つめ合い、先にアリアの方が微笑んだ。

「本当に心配しないで。大丈夫だから」

「……」

「別に、私が死ぬような話でもないし。貴方達が死ぬような話でもない。いつか来るべき日が来ただけの話よ」

「……来るべき日?」

「ガルミッシュ帝国を出てからの一年間、私はずっと逃げてきた。自分の立場と責任から逃げ、自分の父親や色んな人達から逃げて。でもエリクに出会えて、色んな人達と出会えた。色々遭ったけど、この一年の旅はなんだかんだで楽しかったわ」

「……アリア?」

「一年間の我がままは、今日で終わり。今まで逃げて来たモノから、いい加減に向き合わないとね」

「何を言って――……」

 微笑みながら話すアリアの言葉を聞き、エリクは不可解な気持ちを抱く。
 そして更に問い詰めようとしたエリクとは別に、アリアが流す視線である人物を目にした。

「あら。彼も居たのね」

「?」

 アリアが視線を向けて呟くと、エリクもそちらへ視線を向ける。
 するとそこには、エリクが知る人物が立つ歩み寄って来ていた。
 その人物も二人が気付いた事に気付き、強面の顔で笑顔を浮かべて話し掛けて来た。

「――……よぉ。エリオ! それに、相棒のお嬢さん!」

「グラドか」

 二人の目の前に現れたのは、騎士の礼服を着た元傭兵で訓練兵のグラド。
 アリアに重傷を治されエリクと共に友情を掴んだ男が、この会場内に招待されていた。
 そのグラドに対して気軽に話し掛けたのは、アリアの方だった。

「お久し振り。元気そうね?」

「ああ、お嬢さんのおかげだ! そうだ、あの時は驚きすぎて礼を言うのを忘れてたんだ。本当に、ありがとう!」

「どういたしまして。私はエリクに頼まれたから治療しただけよ」

「それでも、アンタには感謝し足りないんだ。後で子供達に聞いたんだが、皇都が襲撃された時に妻を治療してくれた人だと聞いた。妻も助けてくれて、本当にありがとう」

「それもエリクに頼まれたからよ。でも、感謝は素直に受けておくわ」

「ああ。この借りは騎士になったら必ず返すからな!」

「騎士? そういえば騎士の礼服ね。貴方、騎士になったの?」

「ああ。退院した後、騎士団から推薦状が届いてな。今回の事件で活躍して、準男爵の地位と騎士への叙勲になったんだ。それで今日、ここに呼ばれたってわけさ」

「そうなの。奥さんと子供達は? 一緒じゃないの?」

カーラは着れるドレスなんか無いしそんな厳かなパーティは性に合わないから行きたくないって駄々捏ねてな。町の祭りの方に子供達と行ってるよ」

「そうなの。でも騎士の叙勲は名誉な事ね、おめでとう」

「ああ、ありがとよ!」

 グラドがアリアに感謝を述べ、自身が騎士になった事を話す。
 それを聞いていたエリクは口元を僅かに微笑ませて、それに気付いたグラドもエリクを見て笑い掛けた。

「エリオ。お前さんもその服ってことは、騎士に叙勲か?」

「いや。着て来れる服がこれしかなかった」

「そうなのか? てっきり騎士になるもんかと思ってた」

「騎士に興味は無い。俺はアリアを守れれば、それでいい」

「そっか、お前さんらしいな。それじゃあ二人で旅に戻っちまうのか。本当にお別れになるな。祭りが終わったら、行っちまうのか?」

「あ、あぁ……」

「?」

 グラドが訊ねる事を、エリクは曖昧な呟きで返して首を傾げられる。
 二人が話す間にアリアは周りを見渡して、何かに気付いてエリクを呼んだ。
 
「エリク」

「なんだ?」

「ケイルがあそこで捕まっちゃってるわ」

「!」

 エリクは振り向き、アリアが視線を向ける場所を見る。
 するとアリアの言う通り、ケイルが複数の男達に囲まれていた。

 ハイヒールに慣れず歩みが遅く二人と引き離れた瞬間に狙いを定めた男達に狙われ、話し掛け誘う男達に対応できないケイルはエリク達の方へ視線を向けている。
 そんなケイルの困った姿を確認したアリアは、エリクの背中を押して命じた。

「エリク、貴方がケイルを守りなさい」

「!」 

「ちゃんとエスコートしてあげるの。いいわね?」

「だが……」

「私はああいう手合いのあしらい方は知ってるし、その辺で適当に時間を潰すわ」

「……ああ、分かった」

 そう命じられたエリクは、ケイルの方へ向かう。
 すると瞬く間にケイルを囲む男達に威圧を加えて退けると、ケイルの横へと付いた。
 そしてケイルが安心してエリクと話す姿を見届けアリアは、そのままグラドに一礼しその場を離れる。

 そして残ったグラドは、去るアリアとエリクの傍に居るケイルに視線を向けて何かを察した。

「……なるほどな。モテる男も辛いが、気の効き過ぎる女ってのも辛いわな」

 そんな事を呟くグラドは、騎士叙勲の件の段取りで従者に呼ばれ会場に紛れる。
 様々な思いを抱えたまま、それぞれが会場の中で散らばった。
 そして会場各所で皇国貴族同士や騎士達の様々な談合が行われた。

 その数十分後、会場内にある人物が入場した事で周囲が僅かにどよめく。
 それは今回の祝宴で招かれた最後の入場者。

 『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカの入場に、皇国貴族達は大きな驚きを見せた。
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