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結社編 四章:皇国の後継者

覚醒までの時

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 アリアとケイルが目覚めずに一ヶ月が経った頃。
 マギルスと共に身綺麗に整えた元奴隷の少女が、訓練場で大剣を振るエリクの前に訪れた。

「エリクおじさーん!」

「……マギルスか。どうした、何か用か?」

「僕じゃなくて、この子の方が用事あるんだって。だからおじさんが居そうな場所に一緒に来たんだ」

「……?」

 マギルスではなく少女の方が用があると聞き、エリクは不思議な表情を浮かべる。
 そして少女の方へ目を向け、エリクから訊ねた。

「俺に用があるのか?」

「……うん」

「なんだ?」

「ずっと寝てるっていう二人に、会わせて欲しいの」

「!」

 少女の口からアリアとケイルの事が話され、エリクは僅かに驚きながらも聞き返す。
 今の二人に少女が会う理由を、エリクには理解できないからだ。

「どうして、お前が二人に会う?」

「……マギルスから色んな話を聞いて。それで二人が眠ってる理由が、私には分かると思うから」

「!」

「私、色んな事を知ってるの。だから多分、その事も知ってると思う」

「……確証は無いのか?」

「実際に見てみないと……。私だけだと、二人の部屋に行けないから……」

 そう話す少女の言葉を聞き、エリクは少し考える。
 今のアリアとケイルは別々の部屋が用意され、そこで医師と看護士を付けられ容態の確認が行われている。
 特にアリアの部屋にはハルバニカ公爵を含んだ一部の人間しか入室が許されておらず、エリクは老執事や使用人の許可を得て何度か入っていた。

 少女がアリアやケイルと会う為にエリクに頼むのも、ハルバニカ公爵と老執事に一定の信頼を置かれている事が周知されている為。
 それに考え至ったエリクは、少女に返答した。

「……俺と一緒に面会できるか、聞いてみる」

「うん」

「あっ、僕も行きたーい!」

「分かった」

 二人が目覚めず好転しない状況に変化が訪れるならと、エリクは少女の頼みを聞いた。
 そして公爵家の家人と話し、老執事を通じてハルバニカ公爵に許可を取ったエリクは、少女とマギルスを伴いアリアが眠る部屋に訪れた。

 皇都にある公爵家の屋敷は何処も広く、その中でも特に大きな部屋で高級な調度品が置かれた部屋でアリアは眠り、手練の使用人や従者達に守られている。
 その対応がアリアとハルバニカ公爵に血の繋がりを持つ事を証明していた。
 そんな部屋に訪れたエリクは、部屋の中で待機している女従者の一人に話し掛けた。

「アリアは?」

「今日も眠っておられます」

「そうか。今日は、この二人を連れて来た」

「執事長から聞き及んでおります。ただしアルトリア様に対して何か行う場合は、前もって話を通して頂きます」

「ああ」

 いつもと変わらぬ言葉を交え、エリクはアリアが眠る寝台へ歩く。
 それに付いて行くマギルスと少女は、眠るアリアと対面した。

「ふーん。あれから本当に眠りっぱなしなんだね、アリアお姉さん」

「……ああ」

 マギルスはアリアをハルバニカ公爵に預けてから、これまで一度もアリアとは会っていない。
 それには理由があり、マギルスが皇都で起こしていた傭兵ギルド襲撃の騒動に関わっていた事を知るハルバニカ公爵が、マギルスの身をどう処遇するのかを考え、今までハルバニカ公爵邸の一角で幽閉状態にしていたからだ。
 幽閉生活が解かれたのは十数日前、シルエスカが訪れマギルスの身を保証するとハルバニカ公爵に申し出た為。
 マギルスはハルバニカ公爵邸を自由に動き回り、たまにエリクを相手に戦闘訓練を行っていた。

 久方振りにアリアの顔を見るマギルスは、噂通り眠ったの様子を確認する。
 そして少女がアリアの顔がある側へ近付いた。

「……手を、触ってもいい?」

「?」

「確認したいから」

 そう話す少女の言葉で、エリクは確認を取る。
 傍に控えていた女従者は頷き、少女を監視する為に様子を窺った。

 許可が取れた事を確認した少女は、アリアの手に触れて脈を確認する。
 指の一つ一つに触れていく中で、少女はアリアの状態に関して呟いた。

「……この人は大丈夫。もうすぐ、目が覚める」

「!?」

 今まで何人かの医師や魔法師に診察され容態に関して不明だと言われ続けた中で、少女はアリアが目覚める事を淀みの無い言葉で告げた。
 それに女従者は驚き、エリクは少女に尋ねる。

「本当か?」

「マギルスから聞いた通りだった。何回も古代の魔法を使ったせいで身体と脳に何度も負荷を掛けたのが、意識を失った原因。身体も聖人に進化の影響で節々が変質してるけど、異常はないよ。目覚めない原因で大きいのは、肉体を乗っ取られたかけたせいだと思う。自分の魂を正常に戻す為に、少し時間が掛かってるのかも」

「……そ、そうか」

「明日か明後日には目が覚めると思う。ずっと食べてないみたいだから、明日から喉に通り易い食事を準備してあげてください」

「わ、分かりました……」

 流暢に話す少女は、アリアの手を話して身を引く。
 少女が少女らしからぬ言葉遣いと知識を用いて話す風景は、女従者を驚かせるに十分だった。
 そして僅かな驚きを抱くエリクに、マギルスは笑いながら伝える。

「凄く面白いでしょ? この子」

「……お前が関わった理由は、これか?」

「そうそう。僕の事を見ただけで首無族デュラハンだって言い当ててね。友達になったんだ!」

「……友達か」

 マギルスが笑いながら少女を見る。
 少女は微笑みながら頷き、マギルスと友達になった事を認めた。

 その後、アリアの部屋からエリク達は出てケイルの部屋へと向かう。
 見張りを果たしていた女従者は代わりの従者を呼び、この事を老執事に伝えに向かった。
 
 そしてケイルの部屋に訪れた三人は見張る従者に許可を取り、同じように少女に手を触れさせる。
 すると少女は先程と違い、僅かな驚きを見せた。

「……!」

「どうした?」

「……この人も、もうすぐ目が覚める。でも……」

「でも?」

「今まで眠ってた原因は、二つあるかな。一つは、死んで魂が死者の世界に赴いたせい。肉体が魂に戻るのに時間が掛かってたみたい」

「……そ、そうか」

「もう一つが、魂が戻る肉体のせい」

「肉体のせい? どういうことだ」

「戻るべき魂が肉体の変質に対応する為に、魂も変質してる。それせいで今まで起きれなかったみたい」

「肉体が、変わっている? どういうことだ、ケイルは生き返ったわけではないのか?」

「生き返ったけど、魂が戻る身体が進化してるせいで魂も進化しようと試みてるの。それはもうすぐ終わると思うよ」

「……?」

「この人、普通の人間から進化しようとしてるの。その変化が終わるまで、眠ってたんだよ」

「……進化?」

「人間が進化する条件は、『魂』と『肉体』を鍛錬させて進化する必要があるの。でも、それだけだと進化には辿り着けない」

「……そ、そうか」

「この人は一度、死者の門を潜った。それは肉体が死んだ影響で魂が死の循環に触れたから。でも魂の門が開いたまま肉体が復活した影響で、世界の理に触れたの。だから――……」

「……すまん。何を言っているか、よく分からん」

「あっ、うん。えっと、もっと簡単に言うと……」

 エリクは話が理解できず、マギルスもよく分からない話に首を傾げる。
 少女は細かく説明していたが、二人に分かり易い言葉で伝えた。

「ケイルさんは死から蘇った事で、聖人になったの」

「……え?」

 少女の話す言葉をやっと理解した二人は、改めて眠るケイルを見つめた。

 ケイルが眠り続けていた理由。
 幼い頃にアズマの国で過酷な鍛錬を積み気力オーラの扱い方を学び、幾多の戦闘経験を詰んで来たケイルが殺害され、そして『マナの実』と同質の『神兵』の力で蘇生を成功させた。
 こうした幾つかの条件が達成されたことで、ケイルは人間から『聖人』へ進化を果たした。

 それから一日近く経った深夜。
 少女の予告通り、アリアとケイルは目覚めた事をエリク達は知った。
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