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結社編 三章:神の兵士
終幕の折に
しおりを挟むランヴァルディアの死を静かに看取ったアリアは、魂の世界へ導かれたランヴァルディアの魂が浄化され、新たな生命となり幸福に至れる事を祈る。
数秒の祈りを終えたアリアは涙ぐんだ目を腕で拭って立ち上がると、後ろへ振り返り待っていた三名に話し掛けた。
「――……ごめんなさい。結果的に、三人を巻き込んでしまった」
「……マギルスから聞いた。今回の事件に、君が自分で関わろうとしていたと」
「ええ。初めて合成魔獣と遭遇した時、この事態を起こしてる実行者がランヴァルディアで、その裏で手引きしている首謀者をすぐに悟ったの。だから、それを止めなきゃいけないと思った」
「……どうして、一人で?」
「私の責任だと思ったから。子供の頃の私がランヴァルディアの才能を見抜けずに余計な知識を教え、それを利用されてしまった。そして、ランヴァルディアを唆した首謀者も私と所縁がある人物よ。……だから私が命懸けでも、止めなきゃいけないと思っていた」
「……」
「でも、色々上手くいかなくて。結局、三人を巻き込んでるし、ランヴァルディアを止められなかったし。……ごめんな、さ――……」
「……!?」
謝り続けるアリアは顔を伏せ、身体が揺れるようにふらつく。
その様子に気付いたエリクは、体の力が抜けて倒れそうになるアリアを抱える。
「アリア!?」
「――……少し、やりすぎたみたい……。もう、限界……」
アリアが呟きながら自身の限界を語り、再び鼻血を出して意識を途絶えさせる。
それにエリクは動揺しながらも、マギルスを見て頼んだ。
「マギルス、アリアを」
「はーい、しょうがないなぁ」
マギルスは青馬を近付けてアリアを乗せてマギルスに託す。
皇都の現状で医者がいるか不安もあったが、エリクはマギルスと共にアリアを皇都へ運ぼうとした。
その時、エリクは同行しようとはしないケイルを見て話し掛けた。
「ケイル?」
「……アタシは、行かない」
「何故だ?」
「言っただろ。もう忘れたのかよ? アタシは、お前を王国から追い出す手伝いをした。それにアリアを攫う手伝いもした」
「……そうだな」
「そんなアタシが、お前等と一緒に行けるワケが――……」
「ケイル」
最後まで口にしようとするケイルの言葉をエリクは止め、そのまま歩み寄って右手を出す。
それは握手を求めるような姿であり、ケイルは意図を読めずに戸惑った。
「……なんだよ?」
「お前が俺を王国から連れ出し、アリアを攫った結社に入っていても、俺の仲間である事に変わりはない」
「!?」
「ケイル、お前は仲間だ。だから、戻って来ていい」
「……!?」
「俺は、ケイルに戻って来て欲しい。一緒に旅を続けて欲しい。そう、思っている」
エリクからその言葉が出た時、ケイルは驚きを深めて無意識に瞳から涙を溢れさせる。
エリク自身の口から戻るよう頼まれるのは、居場所を失い続けて来たケイルにとって予想外にも心に響く言葉だった。
故郷を追われ、実姉から捨てられたと思い続け、世話になった恩師の傍からも離れ、一族を探す中で様々な場所を転々とし続けたケイルに帰るべき場所は存在しない。
今までのケイルは一箇所に留まるつもりはなく、実姉が奴隷となってマシラ王宮に居る事を知った時も早々に立ち去ろうと思っていた。
そんなケイルが、初めて帰るべき場所を得る。
それがベルグリンド王国に潜入していた際に所属していた黒獣傭兵団であり、彼等は女の身であるケイルを一度として侮らず仲間外れにしようともせず、ケイルを信頼し背中を預ける仲間となった。
傭兵団がそうした雰囲気にあったのは、エリクという存在が大きい。
平民出身者で固められた黒獣傭兵団はベルグリンド王国の国民に大きな支持と勇名を馳せ、その中でもエリクは国民を守り貧民に自身の財を分け与えている話は有名だった。
ケイルは始めこそ、エリクや傭兵団に対して懐疑的な思いを向ける。
しかし長く居続ける中で、傭兵団に向けられる国民の尊敬や感謝の意が本物であると察し、傭兵団に所属する傭兵達もエリクや他の仲間達を信頼している事が窺えた。
ケイルは今まで居たどの場所よりも、エリクに集まる人々は温かいと感じる。
だからこそエリクに尊敬を感じ、理想の戦士としての姿を重ねてしまった。
エリクはケイルにとって、帰りたいと思える場所を作った人物だった。
そのエリクが、戻って来いと目の前で手を差し伸べている。
それがケイルには、何より嬉しかった。
エリクが伸ばす右手に、ケイルの右手が伸びる。
それを見たエリクは口を微笑ませて、ケイルの手を受け入れようとした。
「……!!」
「!?」
ケイルが手を取ろうとした瞬間、エリクの背後を見て何かに気付き、凄まじい反射神経で差し出された右腕を掴みながら捻るように回して、エリクの巨体を横へズラす。
ケイルの突発的な行動に驚いたエリクだったが、次の瞬間には別の驚きで上塗りされた。
体がズレた結果、エリクの体が在った位置に白い光線が背中側から貫き通る。
そしてケイルの体が弾き飛ばされるようにエリクの目の前から飛び、地面へ倒れた。
ケイルの体は空を見上げるように仰向けとなり、エリクはそれを緩やかな動きで見る。
白い光線を浴びたケイルの胸には穴が空き、既に事切れていた。
何が起こったのか理解する事が出来ないエリクは、目の前に倒れたケイルを見て硬直する。
そんなエリクの背後から、皺枯れた男の声が聞こえた。
「――……掟に従わぬ者には死の罰を。儂の組織に身を置きながら掟すら守れぬとは、不粋で薄汚い鼠じゃのぉ」
「……」
エリクは男の声を聞き、後ろへ振り返る。
そこに居たのは、青の衣と帽子を纏い、長く意匠の凝った錫杖を携えた、長い白髭を垂れさせた長身の老人がいた。
先程まで誰の気配も感じず、また目の前に居ながらも気配を感じさせない青い衣の老人に、エリクは大剣を握る左手を震わせながら力を込める。
そして目の前の老人がケイルを殺した事に思考が追い付いた瞬間、エリクは怒り狂う凄まじい形相で大剣を振り上げ、背後に立つ老人に襲い掛かった。
「お、まえ……がああっ!!」
「ふむ」
「!?」
しかしその大剣は振り切れる前に、エリクの手足と胴体を貫くように突如として大地に生み出された氷の杭が貫く。
エリクは串刺しになり出血し、動きを封じられた。
更に氷が広がるようにエリクの身体へ伝わり、体全体を封じるように覆い始める。
それに気付いたエリクは痛みを堪え、体を動かし血を噴き出しながらも氷の杭から脱出しようと試み、怒りに染まる呻きを叫んだ。
「ぐ、がっ、ガアアアアッ!!」
「あれほどの消耗をしながらもまだ動けるとは、誠に厄介な血筋よ。鬼神の一族は」
青い衣を纏う老人は氷に覆われていくエリクから目を逸らし、その身体を皇都へ行くマギルスとアリアに向ける。
それに気付いたエリクは覆われる前に大声を上げ、マギルスに伝えた。
「マギルスッ!!」
「ん? ――……ッ!?」
「コイツだ!! コイツが、あの男とアリアが言っていた――……」
老人の正体を伝えようとしたエリクだったが、全てを伝える前に体を覆う氷が体全体に行き渡り、巨大な氷の中にエリクが封じられる。
マギルスはアリアを乗せた青馬から跳び降り、大鎌を振りながら構えて目の前に現れた老人の正体に気付いた。
先程までランヴァルディアとアリアが話していた、今回の事件を全て手引きしていた首謀者であり黒幕。
アリアが幼い頃に師事し、人間大陸で大魔導師として名を広めた英傑。
『青』の七大聖人ガンダルフが、降りるはずの幕を妨げるように姿を現した。
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