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結社編 三章:神の兵士
魔人戦線
しおりを挟むグラドの家を含んだ西地区は、他の地区より酷い崩壊を迎え、周囲を確認しても人の気配は無い。
既に避難が完了し逃げているか、逃げられずに死んでしまったかとエリクが考えていた時に、崩れる瓦礫の音や燃え広がる炎の音に紛れて、小さな声が耳に届いた。
それは崩れ燃え広がるグラドの家からであり、エリクは家の壁を破壊して跳び入る。
火の手が回り始める家の中は炎に染まり始め、煙が立ち込める中で確かな声を聞いた。
「――……て……。だれか……」
「!」
はっきりと声が聞こえたエリクは、その場所へと駆けながら崩れる瓦礫を除けていく。
そして一つの部屋に辿り着き、塞ぐ瓦礫と火の手を大剣と共に横へ払うと、その中へエリクは入った。
「……だれか、たすけて……。おねがい……」
その部屋はまだ辛うじて炎は届かず、壁が破壊され幾つかの大きな瓦礫と家具が横倒しになっている。
そこから聞こえる幼い子供の声に、エリクは呼び掛けた。
「何処だ!」
「……!! こ、ここ! ここだよ!!」
「お願い、助けて!」
「……地下室か!」
エリクは自分が隠れ家としていた借家にも地下室が在った事を思い出し、瓦礫を除けて床が見えるようにする。
そこに一つの床扉があり、損傷した床扉をエリクは抉じ開けた。
地下室の中に居たのは、グラドの家族である息子ヒューイと娘ヴィーダ。
塞がれていた床扉が開け放たれると、中で泣き晴らしていた二人がエリクを見上げた。
「……お、おじさん?」
「おじさんだ!」
「無事か」
二人は大きな負傷が見えない事をエリクは確認し、二人に手を伸ばして引き上げる。
腕を掴まれた地下室から救い上げられる二人だったが、出た途端に部屋の隅へと駆け出した。
子供達の反応でエリクはそちらを見て、初めて気付く。
そこにはグラドの妻カーラが倒れ、血を流しながら棚と瓦礫に押し潰されていた。
「お母さん! お母さんっ!!」
「ねぇ、起きてよ! お母さん……!!」
子供達が必死に母親に呼び掛け、押し潰している棚と瓦礫を動かそうとする。
しかし子供の力ではどうする事も出来ず、エリクは子供達を引かせて瓦礫を退かした。
そして覆い被さっていた棚を動かした時、エリクは強張る表情となる。
カーラは頭を強打し、背中と両足に酷い怪我を負い、床にまで届く流血をしていた。
棚を退けた事で状態が明らかになると、エリクはカーラをゆっくりと抱える。
既に血を大量に失い肌の温もりが冷めているカーラを確認したエリクは影を落とした表情を浮かべ、それに子供達は心配そうな声と表情を向けた。
「お母さん? お母さん!」
「お母さん、大丈夫だよね? おじさん……?」
「……外に出るぞ。付いて来い」
エリクはカーラを抱えて部屋を出る。
それに子供二人は付いて行き、エリクを先頭に家から脱出を果たした。
火の手が回らず瓦礫が落ちない水場のある西地区の広場へ来たエリクは、そこでカーラをうつ伏せに寝かせる。
後を付いてくる子供達は母親に寄り添い、目覚めない母親の手を握った。
「お母さん? ……お母さん?」
「お母さん、起きて……。おじさん、どうしよう……。どうしよう……!?」
「……」
母親が起きず、傷の深さを改めて見る子供達が事の深刻さを察する。
自分達の母親が死ぬかもしれないという恐怖が、再び目に涙を流させ始めた。
エリクは子供達の問いに答えず、夜空を見上げる。
アリア達と戦うもう一つの光球に包まれた男を肉眼で捉えたエリクは、その戦い振りに怒りを覚えた。
ランヴァルディアの攻撃は皇都にも無差別に降り注ぎ、オーラの収束砲や光球が継続的に皇都内に降り注ぐ。
アリアはそれを必死に防ごうとしながらも対処できず、マギルスは攻勢にしか出られない。
そのランヴァルディアの戦い方を確認したエリクは、拳を強く握り締めながら影を落とした表情で鋭く睨んだ。
その顔を子供達には見せずに、エリクは話し聞かせた。
「……ここで待っていろ。お前達の母親を助けられる者を呼ぶ」
「!」
「俺はグラドと約束した。お前達を代わりに守ると」
エリクは三人の傍から離れ、全身に赤い魔力を漲らせる。
肉体が一回り膨らみ、エリクは膝を曲げて屈みながら上空を見据えた。
そしてランヴァルディアが自身の上空百メートルの位置を通過しようとする時。
狙いを定めたようにエリクは地面を抉る程の跳躍力を見せて上空へ飛び出した。
「!!」
子供達は凄まじい高さへ飛び立つエリクを驚きながら見送る。
一方でアリアとマギルスは、オーラの防御を突破する事が出来ずに攻めあぐねていると、ランヴァルディアが何かに気付き下を見た。
そして次の瞬間、凄まじい形相で大剣を握ったエリクがランヴァルディアのオーラの防御を砕き割り、肩口から袈裟掛けに大剣で殴り付けた。
「――……ッ!?」
「墜ちろッ!!」
エリクの大剣がランヴァルディアの骨を粉砕し、首を弾け飛ばんばかりに折れ曲がる。
ランヴァルディアを凄まじい速度で皇都外壁の更に外側へ殴り飛ばされた。
地面を砕くように削りながらランヴァルディアは皇都の外れで停止し、動きを止める。
それを見ていたアリアとマギルスは驚愕を浮かべ、落下し始めるエリクへそれぞれが掴み留めた。
「エリク!?」
「エリクおじさん、ここまで跳んできたの!?」
アリアは白銀の翼で生み出した羽を束ねてエリクの身体を包み、マギルスは物理障壁の足場へエリクを乗せる。
二人が驚きを向ける中で、エリクは表情を強張らせながらアリアに話し掛けた。
「……アリア、頼みがある」
「えっ?」
「下の広場に死にそうな女がいる。その子供が二人、近くに付いている。それを治してくれ」
「!」
「俺が、君と戦っていた男を倒す。だから君は、皇都に居る者達を救ってくれ」
「……でも、私はランヴァルディアを……」
「俺は、誰も救えない」
「!?」
「俺は君のように魔法で誰かを癒せない。……君なら救える命が、まだ下に残っている。だから頼む」
「……」
エリクはアリアと久し振りに再会し話を交える。
しかしそれは懐かしく呼び掛ける言葉ではなく、下で苦しむ人々を救う為の願いだった。
アリアは殴り飛ばされたランヴァルディアの方角を一度だけ見て、表情を強張らせながら顔を伏せる。
そして数秒後に決断したアリアは、頷いて答えた。
「……分かったわ。下は私に任せて。出来る限りは助けてみるわ」
「頼む」
「マギルス、アンタはエリクと協力して奴を止めて。奴から神兵の心臓《コア》を引き抜かない限り、不死性が解けることは無い。私が戻るまで、二人で時間を稼いで」
「はーい」
「ああ」
承諾したアリアは、エリクをマギルスに委ねて下を見る。
そして六枚の翼を羽ばたかせ、皇都へと降下した。
マギルスはエリクの腕を引き、足場にしている物理障壁を広げて乗せる。
そして殴り飛ばされたランヴァルディアの方角へ目を向けた。
「じゃあ、やろうか。エリクおじさん」
「ああ」
二人は全身に魔力を漲らせ、ランヴァルディアに向けて跳躍する。
皇都上空の百メートル位置から二キロ以上先へと跳躍した二人は、皇都外の地面へ降り立った。
既にこの時、ランヴァルディアは立ち上がっている。
殴り飛ばされた先で衝突した地面は大きく抉られ、強打され叩きつけられた肉体はほぼ潰されている状態だったことは、ランヴァルディア自身が驚いていた。
そして負った傷を修復する最中、ランヴァルディアは考えながら呟く。
「――……凄いな。緩めていないオーラの防御を軽々と突破する威力。……それにあの殺気と気配。知った感覚だと思えば、あの時に上で暴れていたのは少年の方ではなく、彼の方か」
そう呟きながら傷を完治させたランヴァルディアは、少し先で着地したマギルスとエリクを見る。
互いが遠目で睨み合いながらも、ランヴァルディアは微笑みを浮かべた。
「アルトリアは凄いな。これほどの怪物を二人も手元に置かせているなんて……。良いだろう。そちらの望み通り、地上で戦おう」
オーラを滾らせ凄まじい光を放つランヴァルディアは、微笑みながら二人に向けて歩く。
それに立ち向かうマギルスとエリクも体内の魔力を滾らせ、青と赤の魔力を放出した。
大鎌を持つマギルスと大剣を持つエリク。
二人の魔人に対して、神兵という武器でランヴァルディアは迎撃に入った。
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