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結社編 三章:神の兵士

守る為の戦い

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 マギルスの離脱をアリアが指示し、それをエリクとケイルに隠していた。
 早い段階でケイルが結社の一員であると考えていたアリアが、それでも仲間に加えていた事にエリクは驚く。
 思えば、幾つかの場面でアリアはケイルに対して不自然な話題を提供していた。

 例えば、マギルスとエリクが戦った後にアリアは唐突に結社を匂わせる話題を出した。
 それは結社の存在を教えたのではなく、その話題にケイルがどのような食い付き方をするか確認していた可能性もある。
 そして狙い通りにケイルは話題に食い付き、アリアがどの程度まで結社の情報を得ているのかを知る為に話を促した。
 自分の依頼にどの程度の支障が出るかを量るように。

 結果として、ケイルは自分の素性が暴かれる事は無いと判断し、アリアはそう思わせる事に成功していた。

「――……ここまでが僕の知ってる話で、エリクおじさんが知らない話かな?」

「……」

 エリクはマギルスの話を聞き、驚きの後に呆然とした思考が訪れる。
 アリアが今回の件に意図的に関わろうとし、自分とケイルを遠ざけようとしていた事がにわかに信じられない。

 しかもアリアの思惑は最悪の形で進み、ケイルの他に皇都に潜んでいた結社の運び屋バンデラスがアリアを誘拐する。
 それに加担してしまったケイルはエリクは戻る機会を失い、エリクは連絡を受けていたハルバニカ公爵と接触して形なりに保護され、アリアの奪還計画に参加した。
 そして一連の騒動で蚊帳の外に置かれていたと思われていたマギルスですら、結社の標的となっていた奴隷の少女を保護しながらも誘拐され、それを取り戻す為に今回の件に関わる事となる。

 今回の出来事は幾多の人々の思惑と行動が、アリアを中心として捻れるように螺旋へ紡ぎ、今現在の状況に辿り着いていた。

「……ケイルは、その話を?」

「知らないと思うよ? 僕も話してないし。ケイルお姉さんも、なんでエリクおじさん達と離れてるのか教えてくれなかったし」

「なら、何故ここにケイルが……?」

「ケイルお姉さんは何か探してるんだってさ。だから僕と一緒に傭兵ギルドに押し入ったわけだし」

「!?」

「僕達が隠れてる所にケイルお姉さんが来てね。というか、元々はケイルお姉さんの隠れ家だったんだけど。そこで僕が事情を話したんだ。そうしたら、この子の契約書は傭兵ギルドにあるって教えてくれてね。ケイルお姉さんも傭兵ギルドに探してる物があるかもしれないから、じゃあ取りに行こうって話になってね。僕とケイルお姉さんで傭兵ギルドに侵入したんだよ」

「……」

「そこで金庫とか色々壊して聞いたりして、契約書は無かったんだけどさ。でも、ケイルお姉さんは何かを持って行ってた気がする」

「何を持って行ったんだ?」

「知らないよ、興味も無かったし。……でもあの時のケイルお姉さん、確かギルドマスターの部屋を漁ってる時だったんだけど。何か書かれてる紙を見つけて、驚いてる感じだったかなぁ?」

「……?」

「それで用事が終わって帰ったら、この子がいなくなっててね。隠れ家に荒らされた跡が残ってたから、連れ去られたと分かったんだ。そしてケイルお姉さんが居場所を突き止めてくれたんだよね。ついでに探す物もあるらしいから、ここまで一緒に来たんだよ」

「……」

 マギルスの話で、アリアが連れ去られた後のケイルがどのような行動をしていたか明らかになってくる。

 バンデラスのアリア誘拐に協力した後、ケイルは自分の隠れ家に戻った際にそこで隠れていたマギルスに遭遇した。
 そしてマギルスから事情を聞いた後、マギルスと行動を共にする。
 奴隷の少女からケイルの話が出て来なかった事を考えると、マギルスとしか接触はしていないと考えていいだろう。

 そしてその時点で、ケイルにも何等かの目的が生まれていた。
 その為にケイルはマギルスと共闘して傭兵ギルドを襲撃し、更に第四兵士師団の基地へ潜入して、少女の奪還とは別に違うモノを探している。

 エリクは自分が知り得た情報と照らし合わせ、やっとケイルの行動理由を掴んだ。
 そして涙しながらも戻って来れないケイルの心情を、幾らか察する事も出来た。

「ねぇねぇ、もう話さなくてもいい?」

「……ああ」

「じゃあ、エリクおじさんの話も聞かせてよ。そっちで何があったのか、全然知らないし」

「……分かった」

 エリクは自分が行って来た一ヶ月近い話をする。
 アリアとケイルが戻らなかった日にハルバニカ公爵と出会い、アリアを奪還する為に協力関係を築いたこと。
 訓練兵として皇国軍部に入り、アリアを見つけ出そうとしたこと。
 今回の遠征でアリアが居ると思しき基地内部に侵入し、奴隷の少女を助けバンデラスと遭遇したこと。
 そして、ケイルと遭遇しながらも別れたこと。

 その話を聞いたマギルスは、エリクがしてきた今までの行動を理解した。

「そっかぁ。結局、ケイルお姉さんもエリクおじさんも関わっちゃったわけだね。アリアお姉さんが言ってた最悪の場合になっちゃったわけだ」

「……」

「でも、その方が面白そうだったから僕は良かったけどね!」

 そう無邪気に笑うマギルスとは別に、エリクは渋く苦い表情を見せる。
 それを傍らで聞いていたのは訓練兵達は、エリクがそうした事情で入隊していたのだと知り、それぞれが思い呟いた。
 
「……結局は、これってどういう話なんだ?」

「さぁ……?」

「……俺達が言えることは、あの子があの場に現れなかったら、俺達全員がキメラに殺されてたってことだろ」

「そう考えれば、なぁ……?」

「俺達は、運が良かったってことか……」

 エリクとマギルスの事情を大雑把に聞いて理解した訓練兵達は、自分達の運の良さを今更ながらに思う。

 仮にエリクの傍からアリアとケイルが離れなければ、マギルスは奴隷の少女と共に一人で皇都内に今も潜伏していた可能性が高い。
 そうなればエリクの入隊に関わらず、訓練兵達は合成魔人の実戦訓練の実験素体として、行方不明という形で処理されていただろう。

 意図せずしてエリクを含んだ四名が別々になったことで、訓練兵達は死の運命から逃れられた。
 更に第四兵士師団が企む合成魔人の兵士化計画と相対した魔人マギルスが圧倒的な差を明らかにした事で、それが無意味な物という結果も付随させている。

 しかし、その合成魔人の件もオマケに過ぎない。
 アリアが最も重要視していた問題であるランヴァルディアが最後に残り、更に最大の難問へと成っている。

 その難問を解くように求められたのは、魔人であるエリクとマギルス。
 そしてついに、その難問と衝突する時間が訪れた。

「!」

「!!」

 マギルスとエリクが何かに気付き、素早く動いて天幕の外へと出る。
 するとシルエスカとランヴァルディアが戦っていると思しき場所から凄まじい閃光が発せられ、この地域を揺らす程の振動が起こった。

「な、なんだ……!?」

「地震か!?」

「も、もう終わりだぁ……」

 周囲にいる者達は急に起こる地響きに驚き、先程のランヴァルディアとアリアの戦いを見ていた者達は世の滅びさえ予感させる。
 エリク達に続いて天幕の中から出て来た訓練兵達と奴隷の少女は、閃光が放たれた場所を見るエリクとマギルスに話し掛けた。

「こ、これは……!?」

「……一つの気配が、急激に弱まった」

「多分、七大聖人セブンスワンが負けちゃったね」

 エリクとマギルスの言葉でシルエスカの敗北が知らされる。
 そして大鎌を構えたマギルスが振り返り、エリクと少女へ話し掛けた。

「じゃあ、僕が先に戦うからね!」

「ああ」

「マギルス……」

「これが終わったら、また遊ぼうね!」 

 そう笑いながら少女に手を振ったマギルスは、脚に力を込めて駆け出す。
 エリクもそれを追おうと動く中で、後から天幕から出て来た訓練兵の一人がエリクを呼び止めた。

「エ、エリオ!」

「なんだ?」

「グラドが、お前に頼みがあるって……」

 そう言われたエリクは大剣を地面へ突き刺し、天幕の中へと戻る。
 そして横たわるグラドに近付いて話を交わした。

「グラド」

「……あぁ。頼みが、あるんだ……」

「なんだ?」

「……今からる奴は、皇国を滅ぼそうってんだって……?」

「らしいな」

「……俺はもう、戦えないからよ……。だから、俺の代わりに……守ってくれないか……?」

「……」

「俺の、大事なもんがあるんだ……。……頼む……ッ」

 弱々しい声で涙を流すグラドは、戦えない自分の代わりにエリクに頼んだ。
 もしランヴァルディアの思惑が皇国への復讐ならば、皇都に住むグラドの家族にも危害が及ぶ。
 それを知れたにも関わらず、もはや立つ事さえ出来ない体になってしまったグラドは悔しさから涙を流し、エリクに頼るしかなかった。
 それを聞いていた訓練兵達も、合成魔人すら退けられない自分達では役に立たないと知っている。
 全員の視線がエリクに集まり、頼むように頭を下げた。
 
 エリクは頭を下げる訓練兵達を見た後、グラドに顔を向けて答えた。

「……ああ、分かった」

 エリクはそう返事をし、天幕の外へ出て大剣を握った。
 そして身体中に魔力を滾らせ、マギルスの後を追う。
 それを見送る訓練兵達と少女は、危機が退く事を願うしかなかった。

 こうして、神兵と化したランヴァルディアとの戦いに新たに参戦する者達が出てくる。
 その一人は、戦いを楽しむマギルス。
 もう一人は、仲間達に願いを託されたエリクだった。
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